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ジーバーンオウルより下の階層では偶にエネルギーをドロップしないモンスターがいる。そういったモンスターは倒すと自爆するのが特徴のようで、自爆するという情報と撮った写真を一緒に役所に提出する。提出方法は窓口の近くにあるポストに投書するだけでいいので楽だ。
八月も中旬を超えて暑さのピークも収まってきたように思う。通り雨が多い時期なので涼しく感じるだけかもしれないが、暦の上ではそろそろ秋なので気分的にも暑さが納まってきていると思いたい。例年のように残暑厳しいのは御免こうむりたいものである。
池袋ダンジョン以外のダンジョンにも足を運ぶようになったのだが時期が悪かったといえばいいのだろうか。小学生や中学生、高校生も八月中は夏休みである。故に彼らが探索する浅い階層はかなり混む。混むだけならまだしも人口比に比例してモンスター比が減っていく。モンスターとの遭遇が少ないということは稼ぎも少ないということである。つまりは池袋ダンジョンにとんぼ返りというわけだ。
八月の第一週は池袋以外のダンジョンに赴いたがどこもかしこも似たような様子で他のダンジョンに潜るのは九月以降にしようと俺が決意するのはたやすかった。
池袋ダンジョンのジーバーンオウル以降の階層までもが混むということは無いようなので悠々と椅子に座りながらダンジョン探索ができるというものだ。それにダンジョン内は外気と隔絶されたヒンヤリとした温度なので過ごしやすい。クーラーいらずなので前年と比べて電気代も浮いて万々歳だ。
この調子なら年内の返済も望めるなと皮算用しているとピピピとタイマーが鳴った。スマホを取り出すと時間は昼の十二時になっていた。夏休みは毎日朝から探索しているのだが、何回か昼ご飯を食べるのも忘れてモンスターの殲滅に没頭していたことがあったのだ。探索者は体が資本なので吐いても飯を食えと探索者スレに書いてある。あらかじめコンビニで買っておいたおにぎりと焼きそばパンを椅子に座りながら食べる。この時はさすがに移動はしないが、モンスターが俺のいる場所に来てしまうことがあるので土でちょっとした壁を作って通路をふさいでから食べ始める。
十分ほどかけてご飯を食べ終え、探索を再開する。この階層からは植物系モンスターというのが多く出てくる。ダンジョンの通路に生えている草花が敵なのだ。その中でも一番厄介なのが木型の巨人である。
便宜上トレントと呼んでいるこいつは大きい。ダンジョンの通路の縦ギリギリくらいの大きさがあり、体力がかなり高いのかかなりの量の攻撃をする必要がある。それだけならまだいいのだが、このトレントと共生状態にあるモンスターが厄介なのだ。
まず茎から花まで真っ白な変な植物。こいつはトレントを回復させる役割があるようで傷ついた場所に白くて細い糸のようなものを伸ばして治癒する。厄介なやつなので先に倒すようにしているのだが、トレントの上のほうにいるため見づらく、いるかどうかがわかりづらい。
次にトレントの幹にくっついている緑色の蔓に赤い繊毛がぽつぽつと生えている植物。こいつの繊毛には粘着質の液体がびっしりと付着しており、トレントを倒してもこいつが生きていると服がくっついて取れなくなる。俺のローブの裾がボロボロになった原因だ。無理やり引っ張ったら布のほうが破れてしまった。
植物系のモンスターどもはこういったいやらしい行動がいちいち腹が立つ。しかも植物のくせに燃えづらいという嫌な奴らだ。その上エネルギーを落とさないやつが多い。こいつらに会うだけ損なのでテンションも盛り上がらない。なるべくなら避けたいが感知範囲も大きいようで結構遠くにいるのに猛ダッシュでこちらに向かってくるのだから始末に負えない。ジーバーンオウルより嫌いだ。
のんびりとしたペースながらもダンジョンを着実に下に降りていく。はたしてこの塔に底はあるのだろうか。
あったとしたら、そこに何があるのだろう。金銀財宝でもあるのだろうか。囚われのお姫様でもいるのだろうか。姫がいるんだとしたら、この塔ができてから何年もたってるんだから結構歳くってるよななんて考えながら先へと進んだ。
都市伝説ってあるじゃない?
そう話を切り出したのは同じパーティーの炎使いの能力者だった。
「ああ、口裂け女とかターボババァとかそういうやつだろ?」
槍使いの少女がそう相槌を打つと、そうねと返答してから話を続ける。
「ここ最近ではダンジョンの都市伝説もあるんだけど知ってる?」
聞いたことがある。しかしどれもいくつか実験が行われて嘘であることが立証されたはずだ。
「死に戻りしすぎるといづれ戻れなくなるだとかモンスターをペットにできたとかそんな話? 全部でたらめじゃないか」
呆れながら会話に混ざるのは大剣使いの少女である。この三人に回復役の自分を入れて四人がこのパーティーの総勢だ。夏休みを機に都会のダンジョンを体験しておこうということで田舎から上京してきて一週間が経とうとしている。探索者用のホテルにも慣れ、今探索しているダンジョンの勝手もわかってきたころである。それ故に探索中にも緊張しすぎることもなく軽い雑談をしながら進むことができる。
「それがここ数日、新しい都市伝説ができてるのよ」
こちらの恐怖を煽るためか声を潜めながらそう囁く炎使いは降格を上げながら話し始める。彼女は槍使いが怖がりであることを知っているのでからかうつもりなのだろう。
「な、なんだよ」
「都内のダンジョンに現れる椅子仮面って話、知ってる?」
初耳だった。それは自分以外もそうであるようで大剣使いも興味深そうに耳を傾けている。槍使いだけが聞きたくなさそうにしているが強がって何でもないようなフリをしていた。あれでばれていないと思っているのだろうか。
「ここ数日。八月に入ってからの話よ。都内のあらゆる場所である存在の目撃情報が上がっている。
それが椅子仮面。空中に浮いた椅子に座り、そのまま移動する仮面の人物は進行ルート上のモンスターは勝手にひしゃげて倒されるらしいわ。その上、炎や水、土に雷に風と何種類もの能力を使うという。
一説によると椅子仮面はダンジョンの中で死んだ瞬間に少しだけ発生する魔力の残滓の集合体とされているわ」
神妙に話し終えた炎使いはこちらの反応をうかがうように見てきたが、正直に感想を言えば微妙といったところだろうか。
「いや、作り話にしたって現実味がなさすぎるだろ」
槍使いも先ほどまでとは打って変わって呆れながらそう返す。実際その通りだ。浮いた椅子に座るだの仮面だのはまあありえないが耳まで口が裂けている女くらいにはあり得るかもなと思える。しかし複数の能力を使うというのはあり得ない。
「さすがにあれもこれも盛りすぎだろその話。どこのどいつがそんなこと言ってるの」
「これを見なさい」
そうして炎使いが取り出したスマホを見ると何枚かの写真があった。どれもブレていて被写体が正確に映っているわけではないがそれでも何枚かの写真は複数の能力を同時に使っているような様子が見て取れた。
「合成か何かじゃないの?」
「私たちはそういうのわかんないけど写真の他にも動画とかがあってそれを見た限り不自然には見えなかったわ。それに専門家だとかなんとか言ってる人たちも合成の痕跡は見れないって言ってるし」
信じられないがそうなのかもしれないと思わせるような事実があった。実際に能力を複数持っているのだとすればどれほど便利だろうか。自分も回復役をこなしながら大きな剣をブンブン振り回したりできるのだろうか。
「おい、そろそろ呑気に話してる場合じゃなさそうだぞ」
槍使いがそう言って構えるのを見て先ほどまでの女子中学生トークモードから探索者モードへと切り替える。十数mほど先にヘビとワニとカメがいた。毒を持っていたり遠距離攻撃の手段を持っていないモンスターだがワニやカメは耐久力がある。時間のかかりそうな相手だなと思っていたその時だった。
頭上を何かが通り抜ける。見上げた時にはすでに目の前にそれはいた。
椅子である。浮いている椅子はそのままスッとモンスターに向かって雷と炎を浴びせた。その火力は恐るべきもので、自分たちが戦ったら十分以上かかりそうな相手が一撃だった。
地面に落ちたエネルギーも勝手に浮き上がり椅子に集まっていく。
「あ、あの!」
炎使いがそう声をかけると椅子はくるりと振り返る。
のっぺらぼうがいた。
「ひぃぇぇぇえええええ!」
それを見た槍使いが叫び声を上げる。それに驚いたのか椅子はものすごい速さで通路を進んで行ってしまった。そこには先ほどのモンスターのエネルギーが残ったままになっていた。
「ちょ、あんた何やってんのよせっかく椅子仮面と接触できそうだったのに!」
「いや怖いわあんなの! っていうかあれが人間に見えるか!? 絶対なんかのモンスターだって!」
ぎゃーすかと言い合いをしている二人をしり目に落ちたエネルギーを回収していく。ラッキーだ。
「結構大きいエネルギーだ」
「あ、ほんとだ。いくらくらいだろう」
「これなら今日は夕食にデザート付けれるかもね」
うれしいことだ。探索者用のホテルは学生割引もあって安いがご飯がついていないのだ。なので食事はファミレスなどでとることになるのだが学生には割高である。もちろんその日の稼ぎを全部使えば相応の贅沢ができるがそれでは計画がパーになってしまう。
都会くんだりまで来たのはダンジョンを経験しておくなんて高尚な理由がすべてであるはずがない。最終日には都会でショッピングするつもりなのだ。そのための軍資金は多いに越したことはない。
今日の稼ぎは二万円以上行くだろうか。このまま調子よくいけば三万円台も夢ではないかもしれない。
まだ後ろで騒いでいる二人を止めようと歩き出す大剣使いについていきながらそんなことをのんびり考えていた。
書きたかったこと:一般学生探索者の懐事情




