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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第九十五話 服は人を作る


 十七番はバンケツと共に、イセレムの大通りを歩いていた。 

 レナはイセレムを「小さな街」と言っていたが、宿場町としては規模が大きな方だろう。十日前の日没頃は閑散としていた大通りも、日中は賑わいをみせている。

 神院への観光客こそ少ないものの、イセレムは地理的に王都と南部諸国を行き来する人の中継地になっている。通過点として訪れる商人や貴族は少なくないし、交易品を扱う店も多い。


(これだけ行商人の多い街なら、地図も売っているかもしれませんね)


 等高線を引いた精密地図までは期待していないが、おおまかな道と距離が書いてある程度の地図であれば安く手に入るかもしれない。

 十七番はそんな期待を持って、店を覗きながら大通りを歩く。


「ジーナ、どこか気になる店があるなら先に寄っていくか?」

「ありがとうございます。では、あの店を見ていきたいんですが」


 バンケツに声をかけられた十七番ジーナは、通りの奥に見つけた一軒の店を指さした。

 テントや携帯食料などを扱っている、旅の必需品を扱っている店である。あの店なら地図を売っていてもおかしくないと考えたのだが……


「えっと……あの旅用品の店か?」


 バンケツがまんじりと見ている姿に、十七番は自分の失敗に気がついた。

 傭兵団の馬車にはテントなど一通りのものは積んであったし、フィロフィーの神院での仕事はまだまだ続く予定のため、消耗品を買うにはまだ早い。フィロフィーに雇われ続けるのであれば、あの店で買わねばならない物は何もない。

 にも関わらず旅用品の店をみたいと言っては、傭兵団と別れて旅をするつもりだと言っているようなものである。実際そのつもりでいるのだけれど、今から雇用について相談をしようという時に見に行く店ではないだろう。

 バンケツの前で地図を買うという行為もよろしくない。

 

「い、いえ! その隣の……服屋さんが気になりまして」


 十七番はとっさに目的地を、隣接する服屋へと変更した。

 そうして服屋へと入ってみれば、ちょうど女性服を中心に扱っている店だった。

 ただし、その店に置いてあるのは綺麗なワンピースや刺繍入りのカーディガンなどで……明らかに庶民向けの安服とは違う、富裕層向けとおぼしき商品が並んでいる。


「中々良い服屋だな」

「そ、そうですね……」


 どこか楽しそうなバンケツから、十七番はすっと目をそらす。


 十七番とて、可愛い服に興味がないわけではない。孤児院に住んでいた頃は、誕生日にだけ着せてもらえるきれいな衣装に心を躍らせたこともあった。

 ……が、今の仕事に就いてからはますます縁遠いものになっていたし、そもそもこれから兄の仇を討とうというときに、普通の少女のように着飾るつもりはない。

 そしてこの店の服は生地も良いものばかりで、案の定気軽に買えない金額が付いている。ここはここで、十七番には場違いすぎて居たたまれない場所だった。


「気になる物は着てみたらどうだ?」


 バンケツが微笑みながら勧めてくるのが、十七番をますます申し訳ない気持ちにさせる。

 

「いえ、えっと……考えたら女性の服選びにバンケツさんをつき合わせるのもどうかと思いますし、また今度にしておきます」

「いや、遠慮はいらんぞ? むしろジーナには、着飾ってくれとお願いしたいくらいだからな」

「え?」

「男親に育てられたせいか、どうにもフィロフィー()は、この手の物に興味を示してくれんのでな。女性らしさを教える人間が必要なんじゃないかと、団長やスミルスと話しとった所なんだ。

 ジーナが着飾っているのを見れば、あの子達も少しは興味を持ってくれるかもしれん」

「そうなんですか? フィロフィーさんはともかく、レナさんは着飾るのとか好きそうに見えましたけれど」

「ん? あー、()ってのはレナのことではなくて、フィロフィーの幼馴染にも『服より鎧の方が欲しい』って言ってしまうような女の子がいるんだ。

 …………いや、そもそもあの姉妹はみんなそんな感じか? まさか、あれでレナが一番まともなのか?」

「バンケツさん?」


 何やら考え込んでつぶやき始めたバンケツに、十七番の声は届かなかった。

 なんとなく、すぐにこの店を出ていけない雰囲気なので、もう暫く洋服選びをするフリを続ける。


 十七番は店に入って最初に目についた、胸元にフリルのついたワンピースを手にとって、鏡の前で合わせてみる。


  ――たぶん、悪くはない。

 十七番が敵国に潜入中の身ではなく、金銭的に余裕があり、見せたい相手あにがいたならば買っていたかもしれないくらいには似合っていると思う。


(…………一体、私は何をしているんでしょうか)


 馬鹿みたいなことをしているなと、十七番はフッと自嘲気味に笑った。


「もう十分です。行きましょうバンケツさん」

「うむ」


 十七番達が店を出るとき、完全に冷やかしになったにも関わらず店員に「ありがとうございました」と声をかけられた。

 そして店を出てすぐに、バンケツがソワソワし始めて。


「あー、すまんジーナ。今の店でちょいとトイレを借りてくるから待っててくれ」


 そう言って、店の中へと引き返してしまった。


 丁度良い、それなら今のうちに隣の店で地図を買ってしまおうと思い、十七番は隣にある旅用品の店へと足を向け――



「……っ」


 ――目の前から歩いてくるフードの男、バーグラの顔を見て身構えた。



 しかしバーグラは十七番に何も言わず、目を見ることもせず歩いてくると、そのまま大通りへと消えていった。

 ……十七番に一枚の紙を、すれ違い様に握らせて。


 その背中を見送ったあと、十七番は握らされた紙を見てみる。

 それはちょうど求めていた、この周辺の地図だった。


 十七番が地図を探していたから、気を利かせて持ってきてくれたのか?

 ――否。そんな訳はない。


 たぶん、この地図には細工がされている。

 祖国には秘密のやり取りでよく使われる、特定の人物の魔力にだけ反応するインクがある。たぶんこの地図にもそれが使われていて、十七番の魔力を通せばバーグラからのメッセージが浮かび上がるのだろう。


「すまん、待たせた」

「い、いえ大丈夫です!」


 いつの間にか戻ってきていたバンケツに後ろから声をかけられ、十七番は慌てて地図を懐にしまった。


 それから無理矢理笑顔を作って振り返ると――バンケツは手に紙袋を持っている。


「あの、それは?」

「何も買わずにトイレだけ借りるのもしのびなかったんでな。ただ、俺が使えそうな物はあの店には売ってなかったから……よかったら貰ってくれ」


 紙袋を受け取って中を覗き込んでみれば、それは先ほどまで十七番が触っていた、胸元にフリルのついたワンピースだった。

 とてもじゃないが、トイレの借用代に買っていくような金額ではなかった逸品である。


「……さっき、似合っていたと思うぞ」


 バンケツに、その巨体には似合わないか細い声でそう言われ、十七番は自分の顔が熱くなるのを感じてうつむいた。

 

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