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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第九十四話 安息日


 神院の見習い巫女には十日に一度、安息日という休日が与えられる。

 普段は神院の外に出ることが許されていない見習い巫女も、この日は外へ遊びに行くことができる。とは言っても次の日にはまた朝から修行が始まるため、精々イセレムの街に出るくらいしかできないが。

 

「お姉様、部屋で一緒にお茶しませんか?」


 その安息日の朝、部屋を出ようとした十七番は、レナにお茶に誘われて呼び止められた。

 十七番が神院から与えられた女子寮の部屋は、レナと相部屋になっている。フィロフィー達は今も最初の客人用の宿舎にいるので、二人だけ隔離された形だ。今でこそ懐かれているので問題ないが、これが出会った当初のレナと二人だったらと思うとぞっとしない。


「ごめんなさい、今日は行きたい所がありまして。レナさんは街には行かないのですか?」

「ええ、私は……自室で大人しくしています」

 

 十七番はレナに「ついてきたい」と言われるのではないかと身構えたが、彼女は他人との関わりを避けたいからか、寮の相部屋から出ようとはしなかった。


 意外なことに……というとレナに失礼かもしれないが、彼女は巫女見習いをやらされる事を何も言わずに受け入れている。魔物退治をさせられるよりはマシだと考えているのかもしれない。

 レナが巫女見習いをやるなら自分はやらなくていいんじゃないか……と考えてしまう十七番だが、レナがフィロフィーに一日の報告する姿というのも想像がつかないのでやらざるを得ないのだろう。


 寂しそうに見送るレナに後ろ髪を引かれつつ、十七番は女子寮を出た。

 


 神院に来てから今日で十日。


 今日は初めて迎える安息日てあり――十七番にとっては待ちに待った、神院の中で単独行動できる日だった。



 フィロフィーはまだヒドラの生態を調べたり、檻の設計図を作ったりしている段階である。十七番には手伝えることもなく、引き続き巫女見習いの修行を続けさせられている。朝から見習い巫女の修行をして、夜に修行内容をフィロフィーに報告するのが十七番の仕事だ。

 もちろんレモナ探しはしているのだが、巫女見習いは朝から晩まで忙しく、常に団体行動を強いられるため、神院内を自由に探れる環境ではない。

 精々(せいぜい)見習い仲間に話を聞いてみるくらいしかできていなくて、目と鼻の先にレモナの気配を感じていながら手を出せない、歯痒い日々を送っていた。


 それでも、多少の収穫を得てはいるが。


(レモナ王女が神院内にいることは確かなようです)


 レモナが神院に来ているという話は、見習い巫女の中にも知っている者が複数いた。そもそもキイエロ王国は、レモナの神院入りを隠してはいないらしい。

 ただし大々的に発表したわけでもないために、一部の情報通だけが知っている様な状態になっている。


 それならレモナを見つけるのはたやすいはず、と思いきや、未だに居場所はわからない。


(レモナは見習い巫女の修行には参加していない。しかしすぐに王族の追悼儀式を行うこともしない。見習いの中には実際にレモナを見た人間は一人も居らず、どの建物にいるのかすらわからない……気味の悪い話ですね)


 見習い仲間の一人も気になった様で、講師のルチルにレモナのことを尋ねてくれていたのだが――その時ルチルは答えをはぐらかしていた。神院には意図的にレモナの情報をうやむやにしている節がある。


 ――何となく嫌な予感がする。

 間者としては、そう感じた時点で手を引くべきなのかもしれないが……そんな簡単に諦めてしまえる思いなら、そもそも十七番はバーグラの言いつけを破ってまで、こんなところに来ていない。

 はやる心を抑え、怪しまれることは極力避けながら、それでも兄の仇を討つために行動を続ける。十七番にはその選択肢しかないのだ。

 だから慎重に、慎重に――

 

「うん? そこで何をしてるんだジーナ」

「はわっ!?」


 不意に後頭部から話かけられ、十七番(ジーナ)はぎょっとして変な声を出してしまった。

 振り向けば身長二メートル近い大男――バンケツが戸惑いの表情で立っている。


「ええと、すまん。驚かせるつもりじゃなかったんだが……」

「い、いえ、こちらこそすいません。考えごとをしていたもので……」


 申し訳なさそうに頬を掻くバンケツに、十七番はぎこちなく笑ってみせる。


「して、こんなところで何をしているんだ? この先には迎賓館くらいしかないぞ?」


 この先は神院の最奥で、迎賓館という有力貴族や王族が宿泊するとき用の施設がある。

 神院の中でもレモナが滞在している可能性が高いため、十七番は安息日になったら真っ先に偵察しようと思っていた場所だ。


 ただ、見習い巫女が普段立ち入る様な場所ではないし、フィロフィーのいる一般用の宿舎やヒドラ保護区とも全く違う方向にある。バンケツに疑問に思われても仕方ない。

 

「少し考えごとをしながら神院内を散歩をしていたんです。気付いたらここを歩いていました」

「む、そうか。考えごとを邪魔してすまんが、この先には行かない方がいいぞ?」

「え?」

「ほら、あそこに見張りがいるのが見えるか? 迎賓館は貴族や王族も泊まる場所だからな、理由もなく近づくとあいつらに睨まれる羽目になる」


 バンケツが顎で示した先に、十七番も目を向けて――


「……ありがとうございます。でしたら、近寄らないようにしますね」


 ――そこにいる迎賓館の見張り番が、二週間前に林の中で見かけたレモナの馬車の護衛達であることを確認した。


「お、おう」


 バンケツに答えた際、手掛かりの発見に思いのほか浮かれてしまった十七番は、かなりニンヤリと笑ってしまった。目をパチパチさせているバンケツを見て、今の反応は少しおかしかったかと心の中で反省する。

 ともあれ、護衛に顔を見られる前にこの場を去ろうと思い、十七番は踵を返して歩きだした。


(ですが、問題はここからですね)


 なんらかの伝手を得て堂々と迎賓館に入るのか、それとも夜中にこっそり潜入するのか。

 ついさっき慎重に行動しようと決意したばかりだけれど、あまりもたもたしていると、レモナが王都に帰ってしまう可能性もある。

 しかし最終的な目的は兄の仇打ちであり、あくまでもレモナへの接触は通過点だ。ここで指名手配されて身動き取れなくなる訳には……

 

「難しい問題ですね……」

「何か悩み事か?」


 十七番がつい言葉にした独り言が、横を歩いていたバンケツの耳に入ってしまった。


「やはり、フィロフィーに雇われることを悩んでいるのか?」

「え? ……ええ。その様なところです」

「そうか。まあ、それはそうだろうな。俺がジーナの立場でも、異国の道端でたまたま出会った少女に雇われるなんて考えられんからなぁ」


 十七番が適当に打った相槌に、バンケツはさもありなんという表情でうなずいた。

 それから彼は一度十七番の目を見た後、視線をずらして口を開いた。


「ジーナ、俺でよかったら相談に乗ろうか? ……その、あれだ、立ち話もなんだし、せっかくの安息日でもあるし、よかったら神院の外で話さないか?」


 そんなことより迎賓館に潜入する方法を考えたい、と言いかけて――


(……ああでも、もしもの時の逃走経路の確認はしておきたいですね)


 彼とともに街に出るメリットもあると気づく。


 ことを起こした後、万が一神院から急いで脱出しなければならない状況になった時に、この辺の地形や逃走経路がわからないと話にならない。

 しかし下見のために一人でふらついて、またグックスに遭遇すのも避けたかった。その点、バンケツと一緒ならば安心である。


「そうですね。ご迷惑でなければ相談に乗ってもらえますか?」


 十七番がそう返答をすると、バンケツは「任せろ!」と勢いよく返事をした。


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