第九十話 コクリさん救出劇 ①
「あそこ、ツリーランナーが木に擬態して待ち構えてますわね」
「ふむ……あれは硬そうだし焼いてしまっていいよな?」
「いえ、葉っぱは使えるかもしれないので燃やさないでくださいませ」
「なるほど、わかった」
* * * * *
「今度は後ろから子連れのトゲイノシシが来ましたわ」
「なら、次は俺の番だな」
「そうだ、子供は生け捕りにして下さい。セイレン領で飼いましょう」
「なるほど、わかっ……ちょっと待て。まさかそれは、俺が連れて帰るのか!?」
* * * * *
「あれは……えっと、名前はわかりませんが肉の塊みたいな魔物がいますわね」
「あー、あれはヌッペッポウだね。かなり臭いから、本当は近付かずに焼くのが一番なんだけど……フィロフィーが欲しいんなら、凍らせた方がいいのかな?」
「いえ、さすがに臭い魔物は要りませんので燃やしてください」
* * * * *
十七番は眺めていた。
ツリーランナーが斧でへし折られ、トゲイノシシが眉間を氷の矢で撃ち抜かれ子供は網で捕まえられ、ヌッペッポウが遠くから焼き尽くされ。
そんな風に魔物が出落ち気味に倒されていく光景を、遠い目をしながら眺めていた。
ちなみに現在はヘイホウという双頭の豚を倒し、馬車を止めてフィロフィーがさばいている最中である。
(グックスもいい加減に諦めればいいのに……)
索敵が早く対処は冷静、魔物に対する知識も豊富で、危険な場面が全くない。この傭兵団に生半可な魔物を送っても無駄なことは、グックスもとうにわかっているはずだ。
それでも彼がこうして魔物を送り込んでくるのは、十七番への嫌がらせか――もしくは傭兵団に「ジーナと出会ってからやたら魔物に出会う」という不信感を抱かせて、彼らから十七番を追い出すように仕向けるつもりなのかもしれない。
「それにしても、こんな王都の近くでこれだけの魔物に会うとはな」
「本当にジーナさん様々ですわね。たった二日間でこれだけの収穫ですもの」
「…………お役にたっているなら何よりです」
だとすれば、グックスの当ては大はずれだ。
この傭兵団の本当の恐ろしさは、この異常に高いエンカウント率をまったく苦にしていないところにある。
通常ならこんな風に断続的に魔物に襲われる状況は、苦痛以外の何物でもない。しかも襲ってくるのは油断すれば大怪我をするが、かといって魔石は取れないような、微妙な強さの魔物ばかりだ。グックスもこちらを潰すのは諦めて、嫌らしい魔物ばかりを仕向けてきているらしい。
しかしこの傭兵団の場合、魔物が来るとすぐに見つけて一瞬で倒してしまうので、ほとんど疲れを感じていない。討伐後フィロフィーが魔物の解体をする時間が、馬の休憩時間代わりになっている。
さらに詳しくは教えて貰えなかったが、フィロフィー所有の魔導鍋二号とやらに魔物の血肉を入れるとチップ状になり、それに結構な価値があるらしい。魔物そのものを有効活用しているため、魔物退治に虚しさを感じることがない。
結局、十七番を追い出すどころか、抱きつかれて離れてくれないような状態になっている。
唯一レナだけは馬車が止まるたび嫌そうにしているが、彼女の機嫌が悪いのは元々だろう。
「……そういえば、レナさんは今回も馬車から出てきませんね」
「そうだね。彼女も豚の解体シーンなんて見たくないだろうから、無理に出てこなくて良いんだけれど……」
「ですが前の休憩の時も、ずっと馬車に籠りっぱなしですよね。差し出がましいようですが、休憩の時は無理にでも馬車から連れ出した方が良いのでは?」
「う……ん、それはそうなんだけど」
十七番の問いかけに、団長は困り顔になる。
彼らと行動を共にするようになってまだ三日目だが、レナの状態の悪さはすぐにわかった。馬車の中ではなにかと他人に当たり散らし、休憩だと伝えても馬車から降りてくることがない。
あれでも子狐のおかげで一時期よりは良くなっているらしい。本来は人当たりの良い優しい人だったと言う話だが、そんな面影は一切ない。
そして彼女の拠り所になっている子狐も、相当疲弊しているように見える。
「あのままではペットのコクリさんも死んでしまいませんか? だいぶ弱っているように見えましたし、小動物や小型の魔物は、ストレスで簡単に死にますけれど」
十七番の「死んでしまう」発言に、団員達がピクリと反応してお互いに視線を交わしあう。
「やっぱり、そろそろコクリさんは助けないとね……」
「でも今のレナからコクリさんを取り上げたら、精神状態が更に悪化しないか?」
「さっきの村に預けてしまったトゲイノシシの子供、一頭連れてきましょうか」
「いや、トゲイノシシは危ないだろう……というか代わりの小動物を用意しても、それこそ本当にストレスですぐ死んでしまうんじゃないか? そしたらレナのトラウマが一個増えるだけだぞ」
頭を突き付け合わせて考えはじめるが、良い案は中々出てこない。
彼らは魔物にはめっぽう強いが、年頃の女性の扱いは苦手なようだ。
「ジーナさんは何か思いつきませんか?」
「そうですね……レナさんは雇い主ではなく、一応は傭兵団員なんですよね? それでしたら何か仕事をさせてはいかがですか?」
「レナに仕事を?」
「はい。それもできるだけ没頭できるような仕事をさせて、一時的にでも悲しみを忘れるのが良いかと」
「なるほど、そういう方法もあるのか」
これは十七番の経験則でもある。
兄が死んで悲しみに押し潰されそうになった時、心の支えになったのは休暇や優しさではなく任務だった。無理矢理にでも働いて、落ち込む暇を与えない方が回復する場合もある。
――だからこそ、それまでの任務を全て放棄して戻ってこいという命令が受け入れられず、十七番はこうして離反してしまったわけなのだが。
「仕事、か。フィロフィーにやって貰ってる洗濯を任せるのはどうだ?」
「あれは没頭できる仕事でしょうか? わたくしにはさっさと終わらせたいだけの仕事ですが」
「じゃあ料理は?」
「旅の途中は基本、携帯食料だからなぁ。あまり凝った料理を作られても困る」
「あの、御者を教えて馬を任せてはいかがでしょうか?」
「あー、彼女は人目につくのを嫌うから、御者席に座らせるのが無理なんだよ」
旅の最中の仕事となると限られてしまい、ちょうど良い仕事がなかなかない。
再び黙り込んで考えていると、フィロフィーが「傭兵らしく魔物退治を任せるのはどうでしょうか?」と切り出した。
「お父様達がついていれば、そんなに危ないこともありませんよね。レナさんは戦えますか?」
「一応、水の魔法は魔導書で覚えていたはずだけど……それはかなりの荒療治になるね」
「しかしこのまま放置すると、コクリさんがレナ二号になりかねんしな。やらせるしかあるまい」
「あ、ちょうどお誂え向きにシビレモスが来ましたわ」
フィロフィーの指差す先に、一匹のシビレモスが現れた。
シビレモスは巨大な蝶々の魔物である。鱗粉に麻痺毒が含まれていて、風上から鱗粉を撒いて獲物の動きをとめ、尖った口を獲物に刺して体液を吸う。見た目以上に凶悪な魔物だ。
下手に剣などで攻撃すると鱗粉が舞って危ないため、遠距離武器で仕留めるか、火の魔法で鱗粉ごと羽を焼き払うなりするのが良い。
気づかないうちに風上に回られると厄介な魔物だが――動きは遅くパワーもないので、こうして遠くから見つけてしまえばどうにでもなる魔物でもある。
シビレモスを確認したフィロフィーが「それじゃあレナさんに戦ってもらいましょう」と言って馬車へと向かい――
「うひゅひゅ……断られました」
――そのまま一人で戻ってきた。
「そりゃあ、ただでさえ馬車に引きこもってるのに、魔物がきたから戦えと言っても出てこないだろう」
「しょうがない、あれは一旦僕らで倒そう。後で僕から話をしてみるよ」
「あ、待ってくださいロイドさん」
弓を持ってシビレモスに向かおうとする団長を、フィロフィーが引き止める。
何気に十七番が団長の名前を聞いたのは初めてだったが、キイエロ王国ではよくある名前なので、特に思うところはない。
それより、フィロフィーが団長を引き止めた理由が気になった。
「荒療治でいくのでしたら、いっそトコトンやりませんか?」
フィロフィーが何か思いついたように笑顔になる。
手詰まりに近い状態なので良い案が出るのは大歓迎、のはずなのだが……男性陣は何故か皆、露骨に嫌そうな顔をしていた。




