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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第九十一話 コクリさん救出劇 ②


 傭兵団の馬車は三頭立てを採用しているが、これは特に珍しいものではない。馬車は馬を増やせば増やす程速くなるというわけでもなく、五頭を超えると極端に効率が悪くなるため、馬車馬は多くても四頭までが一般的だ。使役する馬も良馬ながらありふれた種類のものである。

 しいて傭兵団の馬車馬が普通と違うところを挙げるなら、いつでも騎乗できるように三頭全てに鞍が着けられていることだろうか。馬車との連結を外して斜眼革を付け替えれば、馬車馬はすぐに騎馬へと変わった。

 

「それじゃあレナ、僕らはこの先の進路上にいるシビレモスの群れを倒してくるから」

「私は行かないわよ!」


 団長が馬の上から馬車の中にいるレナ告げると、レナはそっぽを向いてキツく返す。

 彼女はさっきフィロフィーに戦ってくれと頼まれた事を、まだ気にしているらしい。


「ははは……わかってるよ。シビレモスの羽を綺麗に回収しようと思ったら水魔法が一番なんだけど、ただ倒すだけならやりようはあるから。

 フィロフィーとジーナはそこの茂みの中でヘイホウを解体しているから、何かあれば彼女達に言ってね」


 ロイドはそう言うとレナの腕の中にいる子狐に目配せをし、それから同じく馬に乗っているバンケツやスミルスと共に、シビレモスの群れへと走って行った。



 ……とレナの目からは見えただろうが、本当はシビレモスの群れなんて存在しない。見つけたのは先ほどの一匹だけである。


 三人は馬車から見えない所に差し掛かると馬を止め、そこに隠れていた十七番と合流した。



「お待たせジーナ。こっちは予定通りだけど、フィロフィーは大丈夫かい?」

「え、ええ。フィロフィーさんならあそこでシビレモスを引きつけています、けど……」


 十七番(ジーナ)はフィロフィーのいる方を指差すが。

 そこにいるのはシビレモスに襲われている――なんだかよくわからない物体だった。


 あえて喩えるなら歩く卵の殻、もしくは歩くキノコだろうか? 要はフィロフィーが巨大な卵の殻(から)のようなものを被って歩いているのだが――その殻は卵と言うにはまだら模様で毒々しく、歪(いびつ)なキノコのような形をしている。


 シビレモスはフィロフィーの動きを止めようとして鱗粉を盛(さか)んに飛ばしているが、殻は彼女の腰のあたりでしっかりと接着して密閉しているため、中にいるフィロフィーが鱗粉を吸い込むことはない。硬い殻はシビレモスの吸血針を通さないし、下にはスカートのような部分があって脚を攻撃されないように防御している。


「随分と変わった魔法ですね。あんな防御魔法は初めて見ました」

「…………あれはフィロフィーの切り札だから、他言無用でお願いね」


 十七番は珍妙に思いつつも感心して見ていたが、団長は何故か遠い目をして眺めていた。


「……ふむ。だが存外大変みたいだな、あれは」

「ああ、引きつけ役を変わってくるよ」


 タマゴキノコフィロフィーは基本的にのっしのっしと歩いているが、時々風上にダッシュしては、殻に穴を開けて周りの様子を伺っている。その一瞬に見えるフィロフィーはゼイゼイと肩で息をして、腕をプルプルさせながら殻を支えている状態だった。

 その後シビレモスが近寄ってくると鱗粉を吸わないように殻を密閉し、再びのっしのっしと歩き始める。あの動きを見る限り、殻には結構な質量があるらしい。


 スミルスがシビレモスに近づいていくと、シビレモスはすぐにスミルスへと標的を変えた。シビレモスも埒のあかないタマゴキノコより、普通の人間の方が襲いやすいと思ったのだろう。

 シビレモスがある程度離れると、フィロフィーは防御魔法を解いて戻ってくる。


「はぁ、はぁ……お、思ったよりも重労働でしたわ」

「お疲れ様です」

「おお、ジーナも水魔法が使えたんだな」

「そんなに得意ではありませんけれど」


 戻ってきたフィロフィーは、十七番が差し出した水をごくごくと音を立てて飲み干す。


「ふひゅう、ありがとうございました。後はお父様がアレを馬車まで誘導するだけですわね」


 フィロフィーの立てた作戦は単純で、レナが魔物の所に行くのを嫌がるのなら、魔物を馬車まで誘導してレナにぶつけようというものである。

 ただし戦闘経験の無いレナが、突如目の前に現れた魔物に勝てるとは思えない。そこでピンチを迎えたレナを魔法でカッコ良く助け、レナに魔法戦に興味を持たせようという、まるで結婚詐欺師の演劇のようなマッチポンプ作戦になった。


 ――否、フィロフィーはショック療法だと主張しているが、ぶつける魔物が凶暴なシビレモスとなると詐欺師より酷いかもしれない。


「本当にうまくいくでしょうか?」

「うまくいかなかったところで、現状のレナさんより悪くはなりませんわ」

「…………」

「そ、それにしてもスミルスが白馬の王子様役か。これでレナがスミルスを好きになったりしたら面白いね」


 レナを魔法で助ける役は、今シビレモスを引きつけているスミルスが行う。今ここにいる人間の中では、彼が一番魔法が上手いらしい。

 ちなみにシビレモスに襲われないように乗ってきた馬は、白馬ではなく栗毛である。


「はは、それはいいですな! レナの嫁の貰い手も無くなってしまったところですし」

「二人の結婚式は昔の仲間も呼んで盛大にやらないとね」

「……冗談でも笑えませんわね」


 冗談で笑いあうバンケツと団長に、フィロフィーが引きつり顔で苦言を言う。


「おや、フィロフィーでも父親にヤキモチを焼くのかな?」

「では、ロイドさんは笑えるのですか? ――アキさんが結婚するより先に、お父様が若い娘と再婚して」

「…………」


 アキの名前が出た途端、ロイドとバンケツの顔が真顔に変わった。


 十七番が集めた断片的情報によると、時々話題に登るアキという人物は、索敵が得意で結婚できない女らしい。あまり知り合いたくない人物だろうが……今はそんなことよりスミルスだ。

 

 スミルスは風の魔法で鱗粉を防ぎながらシビレモスを引きつけているのだが、へっぴり腰で剣をぶんぶん振っている姿がなんともなさけない。どうも彼は魔法使いとしては優秀だが、体術は得意ではないらしい。一歩間違えればやられてしまいそうに見える。


「あの、スミルスさんを助けなくて大丈夫なんですか?」

「ご心配なく。お父様はああ見えて最強ですから」


 フィロフィーが自信満々に言ったそばから、スミルスは思いっきり転倒した。

 そこをチャンスと見て吸血針で突いてくるシビレモスを、彼は間一髪のところで転がってかわす。更にかわしながら剣で反撃するが、剣の峰でシビレモスの針を叩いただけになり、ダメージはまったく入らない。

 それでもシビレモスは気に障ったらしく、スミルスを執拗に追いかけ続ける。


 十七番は団長やバンケツの方にも助けなくていいのかと視線を送ったが、二人ものんびり眺めたまま「芸術的だなぁ」などと笑うばかりで動かなかった。


 スミルスは際どい攻防を繰り広げながらも、馬車の近くへと近づいていく。


「さて、そろそろ俺達も馬車に――」

「……ん? ちょっと待ってバンケツ」


 ようやく援護に行こうとするバンケツを、団長が引き止める。

 団長の見ている方向――この先の進路上から、十数匹のシビレモスの群れが向かってきていた。

 奇しくもロイドがレナに適当についた嘘が、そのまま事実になった形である。


「まさか本当にシビレモスの群れが現れるとは思いませんでしたわ……」

「あれは危ないから無視できないね。僕とバンケツはあっちの群れを殲滅してくるから、二人はスミルスに作戦の中止を伝えてきて」

「仕方ありませんわね。ジーナさんは後ろからついて来てください」


 三頭の馬はその場に残し、団長とバンケツはシビレモスの群れに、フィロフィーと十七番は馬車に向かって走りだす。


「お父様!」

「フィロフィー、どうした!?」


 馬車の目と鼻の先にいたスミルスにフィロフィーが叫ぶ。


「この先に本当に群れのシビレモスが――」


「貴女達、帰ったならさっさと――」


 しかしフィロフィーが全て話すより早く、馬車からコクリさんを抱いたレナが出てきてしまう。


 そのタイミングは最悪で、レナが馬車の扉を開けた時、シビレモスはちょうど扉の前にいた。

 スミルスがフィロフィーに気をとられたせいで、予定よりもかなり近い距離で出会わせてしまったのだ。


「……え?」


 驚いたのはシビレモスも同じだったのか、シビレモスは慌てたように羽を振って鱗粉を撒いた。

 砂埃のように濃い鱗粉が、レナの目の前に発生する。

 

「ひっ」


 驚いたレナがコクリさんを抱いたまま尻もちをつき。


「きゃう!」


 コクリさんが鋭く鳴き。


「待て、タイ――」


 スミルスが手を伸ばして何か叫ぼうとした所で。



 ――爆炎と共に、彼らのいた場所が吹き飛んだ。



「フィロフィーさん、あれは!?」

「火の魔法が鱗粉に着火したんですわ!」


 爆発する直前、レナの前に火の玉が生まれていた。レナがとっさに火の魔法で身を守ろうとしたのだろう。

 しかし鱗粉が空気中に大量に存在したため、それが一気に燃えて爆発してしまったのだ。


「ジーナさんはレナさんをお願いします!」


 フィロフィーはそう言うと、一番遠くに吹き飛ばされたスミルスの方へ――ではなく、まさかのコクリさんの方へと駆け寄った。

 よほど動揺しているのか、尻尾に火がついて走り回っている子狐に「消火するから止まってください!」などと話しかけている。十七番はフィロフィー達は無視し、レナの方へと走る。


「う……ん……一体何が……」


 が、レナが十七番が到着する前に耳を抑えながら自力で起き上がるのをみて、十七番は速度を落とした。

 レナにせよコクリさんにせよ、爆発で派手に吹き飛んだにしては外傷が少なく、火傷を負った様子もない。


 十七番は先ほどの光景をもう一度思い出す。

 あの時、一瞬だが爆風の形が不自然に曲がったように見えた。更に爆発から一番遠い場所にいたはずのスミルスが、何故か一番遠くまで吹き飛んでいる。

 きっとスミルスがレナを守るために、風の魔法を使ったのだろう。それなら彼が一番遠くに吹き飛ばされているのもわかる。彼は粉塵爆発ではなく自分の魔法で吹き飛んだのだ。

 スミルスも無事に起き上がろうとしているのを確認し、十七番はホッとして息を吐く。


 そして気づく。

 ――全員無事ならシビレモスも無事なのではないか、と。


「いゃあぁ!」


 十七番が気づくと同時に、レナの悲鳴が耳に入った。

 やはりシビレモスも生きていたのだ。無傷ではないが飛べていて、レナの目前に迫っていた。


(――氷よ!)


 十七番は息を止めてレナとシビレモスの間に割り込むと、魔法で作った氷塊をシビレモスに向けて放つ。


 シビレモスは氷塊をギリギリでかわしたが――十七番が続いて振るったナイフは避けられなかった。

 十七番がナイフを数度振るうと、羽がズタズタになって地に落ちる。

 そこを十七番のナイフが頭を突き刺し、シビレモスはついに絶命した。


「御無事ですか?」

「は、はい……」


 十七番はナイフをしまって手を差し出す。レナはぼーっと十七番の顔を見つめながら、おずおずと手をとるのだった。



 *   *   *   *   *



 こうして、コクリさん救出作戦は成功(・・)した。

 そう、失敗ではなく成功である。色々とハプニングはあったものの、レナはフィロフィーの目論見通りに魔法の練習に励む様になり、コクリさんはレナから解放された。


 今、コクリさんは御者席で丸くなり、馬の世話をするスミルスを眺めながらくつろいでいる。火がついて大変なことになっていたはずの尻尾も、何故か次の日には元どおりになっていた。

 シビレモスの群れがバンケツと団長の手で殲滅されたことは言うまでもない。



 レナも今では休憩時に馬車の中に籠るのをやめ、皆と一緒に馬車の外に出て――


「お姉様、ハーブティーをどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ――甲斐甲斐しく十七番の世話をするようになった。



 馬車の中に入ればべったりと引っ付かれ、宿に泊まれば同じ部屋。

 さらに十七番が他の人と楽しく話をしていると、レナは間に割り込んできて話し相手を威嚇する。バンケツと話しているときには特に多い。

 ほぼ二十四時間レナに付き纏われている状態だ。




(…………って、これでは人身御供がコクリさんから私になっただけでしょう!?)




 十七番はすがるような目をフィロフィーに向けたものの、彼女にはそっと目をそらされて終わる。


 その後イセレムに到着するまでに『ジーナさん救出作戦』が実行されることはなかった。


 

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