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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十四話 夜明けはまだ遠く


「えーーっとぉ、ミルカ様はどうして毒魔法を?」

「お母様に罪を償わせるのに毒魔法が必要だったの。別にいいでしょ、元々私のための魔導書なんだし」

「罪を、償わせる……」


 その言葉の意味するところを、フィロフィーはすぐに理解する。

 ミルカが証拠を突きつけたところで、長年国王を務めたアークロイナが公的に裁かれる可能性は低い。実の娘が時期国王で、ロアードが隠居してセイレン領に来てしまうのならなおさらだ。

 そんな事情はミルカも当然わかっていて――だから彼女は自分の手で、アークロイナを私刑にするつもりらしい。


「よろしいのですか? 実の母親ですわよね?」

「うん、いらない」


 フィロフィーの確認に、ミルカは考える様子もなく即答した。


「私はね、私は、ブリジスト様に憧れてたんだ。ブリジスト様は強くてかっこよくて、私が苦しんでる時は助けてくれる、私のヒーローだったんだよ。

 ――だから、そんなブリジスト様を殺したお母様なんて、いらない」


 毒魔法を使えたブリジストと、心臓が弱くて幼い頃からジゴ薬を飲んでいたミルカ。一緒にいることが多かったという二人の関係は察しがつく。


 アークロイナだって緊急の時は、今日のようにこっそりと毒魔法を使っていたのだろうが……それでも毒魔法をブリジストの暗殺に使って隠し続ける母の姿は、ミルカには許容できないものなのだ。


「ミルカ様の決意はわかりましたわ。ですが、わたくしは何を手伝えば良いのでしょうか? どうやって女王陛下に罪を償わせるつもりなのですか?」

「薔薇園でお茶会を開いて、そこで十年前の事件を再現しようと思ってるの。

 まずはお母様にジゴ薬を飲ませて、それからシェパルドルフ先生がお母様を治療しないように、私が先に倒れて治療してもらおうと思って」

「なるほど、その時に毒魔法で治療を長引かせるのですわね」

「お母様は意趣返しに気づくと思うけど、それを指摘するのは自分の罪を告白するのと同じだから言えないと思う。実の娘を訴えられないかもしれないね。――うん、何も言えずに絶望して死ねばいいんだよ」

「……」

「ただ、肝心の毒魔法の練習がうまくいってないんだよね……」


 ミルカは悔しそうに「はぁー」とため息を吐く。


「毒魔法って心臓の動きを止める魔法だからさ、生き物の心臓がないと発動できなくて、普通の魔法みたいに空に向けて練習ってわけにいかないんだよ。前は協力者にネズミを捕まえてきてもらってたんだけど、最近それがバレちゃってさ。

 今の私にはシェパルドルフ先生の解毒魔法に拮抗するような威力の毒魔法は使えないし、この分だと計画の実行が何十年後になるか……」

「それは悩ましい問題ですわね」

「うん。そこでフィロフィーちゃんに、毒魔法の練習を手伝って欲しいの」

「うひゅひゅ、その程度ならいくらでも協力させていただきますわ」


『実験動物を持ってこい、あるいはうまく処分しろってことか。まぁご主人の得意分野だな』

(……本当に、その程度の要求で済んでよかったですわね。魔獣化したリスでも用意しましょうか)


 ミルカの要求に、フィロフィーとグリモは安堵していた。

 てっきり戴冠式までに殺すから協力しろと言われるものだと思っていたが、毒魔法を使うとなれば話は別だ。毒魔法はそんな短期間の練習で使いこなせるような魔法ではなく、ミルカが事を起こすのはフィロフィーが出て行ったあとの話になるだろう。


 普通の人には実験動物の用意や処分も難しい問題だが、フィロフィーには解決方法がある。

 人間はまだ無理でも、小動物なら秘薬で魔獣化することができる。フィロフィーは魔獣化したリスを用意して、珍しい白いリスを見つけたことにしてミルカに贈ろうと考えた。魔獣は魔法に対する抵抗力が高く長持ちするので、頻繁に用意しなくて済む。たまにフィロフィーから贈られてくる長生きな白いリスを見て、それが毒魔法の練習に使われている実験動物だとは誰も思うまい。

 処分方法に困っているだけなら、魔導鍋を作って渡せば済む話だ。


「それじゃあ早速、毒魔法の練習相手になってくれる? まだ心臓が止まるような威力は出せないけど、一応私のジゴ薬を渡しておくね」


「………………」

『………………』


 ミルカはそんなに甘くはない。



 フィロフィーがどう答えたものかと固まっていると、医務室の扉がノックされて開く音が聞こえた。

 カーテンの向こうで夜勤の看護婦が、フィロフィーにも聞き覚えのある男性と話す声が聞こえる。


(この声、誰でしたっけ?)

『女王と一緒にいた執事だな。名前は確か、テンだっけ?』


 目の前のミルカも声の主が誰だかわかった様子で、嬉しそうな顔になっていた。

 そのうち看護婦がこちらに近づいて来て、「開けますよー」とカーテンをめくる。


「ミルカ様、お喋りはそのくらいにしてください。フィロフィーちゃん、私と一緒にトイレに行きましょうか」

「は、はい!」


 何故自分だけトイレに連れていかれるのかは疑問だったが、とにかく逃げ出したかったフィロフィーは、看護婦の提案に救いを感じて布団から這い出た。


 そして看護婦の後ろにいたテンと目が合う。フィロフィーはテンに会釈をして、看護婦と共に医務室を出た。


 医務室の外には若い見張りの騎士が立っていて、看護婦と目を合わせると口をへの字に曲げる。


「また今日もトイレですか?」

「ええ、またトイレですね。一時間ほど行ってきますのでよろしくお願いします」

「まったく、他にゲストがいる時くらいは自重しろっての」

「……あの、もしかしてこんな風にいつも追い出されているのですか?」


 ぼやく騎士と苦笑する看護婦。フィロフィーが察して看護婦に質問してみると、彼女はゆっくりと頷いた。


「二人は恋人同士なんですよ。秘密の関係なので、他言無用でお願いしますね」


 人差し指を口に当てた看護婦にフィロフィーも頷き――


(というわけですので、よろしくお願いしますわね)

『はいよ』


 ――さっそく医務室に残しておいたグリモに情報を伝えた。


 さっきミルカは「協力者にネズミを捕まえてきてもらって」と言っていた。フィロフィーはミルカがテンの来訪を明らかに喜んでいたのを見て、その協力者がテンである可能性があると考え、グリモは盗聴器兼隠しカメラとして医務室に置いてきたのだ。


「事情はわかりましたわ。ですが、どこで時間を潰しましょう?」

「そうなのよねぇ。彼は事情を知ってるからいいけど、あまりウロウロして他の騎士様に声をかけられると困るから。私一人の時は本当に一時間トイレに座ってるんだけど……」

「では、わたくしもそうしますわ……ああ、わたくしはたいした家の人間ではありませんので、気にしないでくださいませ」


 フィロフィーは申し訳なさそうにする看護婦と共にトイレへ向かう。


 看護婦と一緒にトイレに向かう途中、フィロフィーは何人もの見張りの騎士の前を通った。


 リスティ城は王族に専属の護衛がつかないかわりに、城内にはあちらこちらに騎士がいる。

 見張りの騎士達はフィロフィー達に視線は向けるが、声をかけてくることはない。フィロフィーが医務室泊まっていることが、きちんと通達されているのだろう。看護婦にトイレに付き添ってもらっているようにしか見えないフィロフィーを、わざわざ呼び止めることはしない。


 トイレへの道すがら横切ろうとした階段の前には、女騎士が三人立っていた。

 彼女達もフィロフィーを見ても驚くことはなく、軽く会釈するだけで――



「やあやあフィロフィー、これは実に珍しいところで出会ったね」



 ――しかし階段の上から聞こえた声の主には、彼女達は明らかに動揺していた。


「こんばんはヘリーシュ様。こんな夜中にお会いするとは思いませんでしたわ」


 階段の上から一段下がったところに、ヘリーシュが仁王立ちになって立っていた。大きな眼鏡がランプの明かりを反射して光り、王族特有の金髪は相変わらず頭頂部から一本大きく跳ねている。


「まだ寝てなかったのかい? もしかして、さっきのことで寝付けなかったりしたのかな?

 それなら部屋に遊びに来るかい? なに、丁度小生も寝付けなくて城内を散歩していたところだからね、遠慮することはない」

「はあ、わたくしとしては是非お伺いしたい気持ちですが……」


 フィロフィーは語尾を濁しながら、階段の女騎士達の方に目をやる。

 フィロフィーが直接断らずとも、さすがにこんな夜中に王族の部屋に遊びに行くなんて彼女達が許しはしないだろう。


「すごい、ヘリーシュ様が自分より年下の女の子に声をかけるなんて!」

「ずっと階段に座ってるから、何だろうとは思ってたけれど……」

「ヘリーシュ様にもついにお友達ができたのね」


「うん。君達、ちょっと黙りたまえよ?」


 ……と思いきや、女騎士達は妙に高いテンションでざわめいたかと思うと、あっさりとフィロフィーに道を譲った。

 フィロフィーが隣にいる看護婦を見ると、彼女も嬉しそうに頷いてくる。



 薄暗くてよくは見えないが、こめかみを抑えているヘリーシュは耳が赤いように見えた。

 

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