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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十三話 ブリジストを殺したのは・解

 

「もし私が、ブリジスト様を殺した犯人がわかったって言ったら、どうする?」


 そんなミルカの問いかけに、フィロフィーは母セルフィーのことを思い出す。


 犯人捜しのためならブリジストの遺体を解剖しようとまでしたセルフィーである。フィロフィーには「犯人探しは危ないから」と止めていたが、犯人が捕まらないことに憤(いきどお)っていたのは間違いない。

 ただスミルスやフィロフィー、そしてロアードに託された忘れ形見のタイアを放り出してまで、犯人捜しを続けることはできなかったのだ。

 そんな犯人をミルカが知っているのであれば、フィロフィーも娘としてできることはしたいと思う。


「わたくしのお母様は、亡くなる当日までブリジスト様のことを悔やんでました。もしミルカ様が犯人を知っているのでしたら教えてください。必ずや証拠を揃え、王妃殺しの犯人として公表し、王国で一番重い罰を受けてもらいますわ」

「犯人が証拠があっても公表すらされない、絶対に罰を受けない相手だったら?」

「…………」


 公表されず罰も受けない犯人と言われては、どう考えても一人(アークロイナ)しかいない。現女王なだけでなく、時期女王オリンの実母でもある。影響を考えれば公表されるはずがないし、オリンがアークロイナに罰を受けさせるとも思えない。


 そこでフィロフィーは考える。

 実際にどうするか……ではなく、ミルカがどんな答えを望んでいるのかを考える。

 母の言い付け通りに「じゃあ危ないから諦めます」と答えるのは、ミルカの望んでいる返事ではあるまい。フィロフィーに何もしないで欲しいのなら、そもそもこんな話はしないはずだ。


「どんな手を使ってでも、その人には罰を受けて貰いますわ」

「なんでもする?」

「はい……もちろん、自分が憲兵に捕まらない方法で、ですけれど」


 フィロフィーの返事に、ミルカは満足そうに頷いた。これで正解だったらしい。


『なあご主人よ。ご主人に復讐者の顔があるとか初耳なんだけど』

(奇遇ですわね、わたくしもいま初めて知りましたわ)

『…………』

(…………)

『だーかーらーっ、毒を飲むなんてやめとけって言ったんだ!』

(…………さすがに、反省しましたわ)


 どうやら母セルフィーとの約束は破ることになるらしい。

 ここまでくれば、さすがのフィロフィーでも後悔していた。


「実はね、ブリジスト様を殺したのはお母様なんだ。 ……あまり驚かないね?」

「ええまあ、絶対に罰を受けない相手という時点で予想はできましたので」

「それもそっか。セルフィーさんもお母様を疑ってたもんね。タイアが産まれたばかりなのに、自分が死ぬかもしれない状況でお母様を優先するはずない、そんな殊勝な奴じゃないって」


 ミルカが言っているのは、十年前にシェパルドルフ医師が駆け付けた時の話である。

 毒に侵された王妃が複数いる中、シェパルドルフが最初に治療しようとしたのはブリジストだった。当時の国王がロアードで、その正妻がブリジストだったからだ。

 しかしブリジストは「自分はまだ大丈夫だから」と言って、自分より苦しそうだったアークロイナの治療を優先させた。

 その言葉を信じたシェパルドルフはアークロイナの治療を始め……しかし彼がアークロイナの治療を終えた時には、ブリジストは既に帰らぬ人になっていた。


「確かにわたくしのお母様は、ブリジスト様が自分の治療を後回しにしたことが解(げ)せないと言ってましたが……ミルカ様はそこまでご存じなのですね」

「私は幼い頃からジゴ薬を飲んでたから、毒魔法を使えるブリジスト様達の近くにいることが多かったんだよ。だからセルフィーさんにもよく遊んでもらったし、事件後も少し話す機会があったの」

「そう、でしたか。

 それで犯人がわかったということは、犯人が使ったトリックもわかったということなのでしょうか? ブリジスト様が治療の順番を譲った理由もわかったのですか?」

「もちろん! フィロフィーちゃんのおかげで確認もとれたよ」

「わたくしの、おかげ?」


 ミルカはフィロフィーの質問に、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。


「ねえフィロフィーちゃん、さっきシェパルドルフ先生はフィロフィーちゃんを解毒するのに何分かかった?」

「解毒の時間、ですか? だいたい三分くらいでしたが」

「そっか。やっぱりあれだけ溶かしてもたった三分なんだ」

「はい?」

「ジゴ薬はね、お砂糖みたいにいくらでも水に溶かせるわけじゃないんだよ。例えばカップ一杯の紅茶には、せいぜい致死量の二倍くらいしか溶かせないの。それでも溶かすのに結構時間がかかるし、それ以上入れるともう溶けずに沈殿しちゃうんだ。

 でもワインにはもっと溶けやすくて、致死量の五、六倍くらいは溶かせるの。

 さっきのワインには限界まで溶かしてあって、それに更にワインのアルコールとチャコの毒魔法も解毒して――それでも解毒するのにたった三分しかかからないってすごいよね」

「…………」


 フィロフィーが自分が飲んだワインに入っていたジゴ薬が、実はとんでもない量だったのを知ったのはこの時だった。

 フィロフィーが毒入りワインを飲めたのは、十年前のシェパルドルフに解毒魔法でアークロイナを助けた実績があるからこそだったのだが……もしかしたら彼にも解毒しきれない可能性がある量だったと知って、フィロフィーの全身から汗が吹き出る。


 もっともそれだけの量の毒だったからこそ特務憲兵はフィロフィーの自作自演の可能性を捨ててしまったので、むしろ助かったとも言える。


「それを踏まえて十年前の話を思いだしてみて。公式発表されている事件の詳細には解毒にかかった時間の情報はないんだけれど……皆が飲まされたジゴ薬の量を、セルフィーさんが執念で調べたのは知ってる?」

「知ってますわ。ブリジスト様はカップを丸々飲み干していたから……致死量の二倍近く飲んでいたのでしょうね。カリナ様はあまり口を付けていなかったから関係なくて、女王陛下は致死量よりも少なく、それを半分ほど飲んで…………あ」

「わかったでしょ。シェパルドルフ先生なら、その程度の毒を解毒するのにはほとんど時間はかからないんだよ。ブリジスト様に毒魔法を少しかけられていたとしても、一分どころか三十秒かからないんじゃないかな?

 ――でもさ、『自分はまだ大丈夫』って言ってお母様に順番を譲ったブリジスト様が、たった三十秒後にはもう死んでるって不思議だよね? ブリジスト様は毒魔法を完全に使いこなしていたから、心臓が痙攣を起こして気を失ったってことも考えられないし」


 それはシェパルドルフに時々解毒魔法をかけられるミルカだからこそ気づいた点だろう。

 ミルカが薬を飲みすぎても、シェパルドルフの解毒魔法はいつもあっという間に終わる。そこから十年前の事件の時はどうだったのかという疑問が生まれたのだ。


「それで私、当時の治療に立ち会った看護婦を捕まえて、お母様の解毒に何分くらいかかったのか問いただしてみたんだ」

「その看護婦は答えてくれたのですか?」

「うん。だって私はお母様の娘だからね。まさかお母様の罪を暴こうとしてるなんて思わないでしょ?」

「え、ええ……」

「でさ、看護婦はシェパルドルフ先生はお母様の解毒に、十分以上かかってたって言ったんだよ」

「…………ありえませんわね」


 大量にジゴ薬を飲み、アルコールと毒魔法まで体内にあったフィロフィーですら、三分で解毒が終わったのだ。

 仮にシェパルドルフが今より未熟だったとしても、十分かかるとは思えない。


「つまり女王陛下は自分の治療を長引かせるために、別の毒も飲んでいた――ということでしょうか?」

「惜しいけど、ちょっと違うかな? それだと本当にとんでもない量の毒を飲まないといけないし」


 特務憲兵が「自作自演で飲むには考えられない量」と判断したフィロフィーでも、解毒にかかった時間は三分だった。それでも治療があと数分遅れていたら危なかったとシェパルドルフが判断している量である。

 単純計算してフィロフィーの三倍以上の毒を飲んでしまうと、解毒が間に合わずに死んでしまう危険がある。


「フィロフィーちゃん、さっき私がお母様とテンに肩を貸されて医務室に運ばれてきたときに、どう思った?」

「わたくしが毒をわざと飲んだことに気づいて追ってきたのかな、と」

「私のことじゃなくて……なんでわざわざお母様が、女王が肩を担いでるんだろうって思わなかった?」


 セイレン領ではフィロフィーやタイアが倒れた時にスミルスが運ぶのは当たり前で、フィロフィーは指摘されるまで気づかなかった。

 ミルカの移送は使用人に任せれば良いし、その方が早い。それこそテンひとりにおんぶでもさせた方が早いだろうし、最初にロアードがやろうとした様にテーブルクロスを担架がわりにして運んでもいい。アークロイナがミルカの肩を担いでくる必要はない。


「言われてみれば…………まさかっ!?」


 フィロフィーは少し大きな声を出し、カーテンの向こうに看護婦がいるのを思い出して口を塞ぐ。

 そして声をひそめ、結論を出した。


「まさか女王陛下は、毒魔法が使えるのですか?」


 フィロフィーの質問に、それまで笑顔だったミルカが真顔になって頷いた。


「チャコがフィロフィーちゃんに付いていったから、あの会場にはお母様の他に毒魔法を使える人間がいなかったの。そんな時に私が倒れたものだから、止むを得ずお母様が私に毒魔法をつかったんだよ。

 ただし毒魔法を使えることは知られたくないからパーティー会場を先に出て、そして私にもバレないように肩を担いで背中から、ね。

 まあでも、こっちが背中や心臓に意識を集中していればバレバレなんだけど」

「つまりミルカ様は、女王陛下が毒魔法を使えることを確認するために……自分に毒魔法を使わせるために、こんな事件を起こしたんですか?」

「ふふっ、うまくいったでしょ?」



 アークロイナが毒魔法を使えることを証明し、ついでに毒の解毒に時間がかからないことを確認するための計画だったのだ。


 まずクリンミルに大量のジゴ薬を飲ませ、チャコに毒魔法をかけさせる。そして医務室に移送されるクリンミルにチャコを付いて行かせたうえで、更に自分も多めにジゴ薬を飲んでわざと倒れる。ミルカを助けるためには、アークロイナがミルカに毒魔法を使うしかない。


 基本的にはその計画のクリンミルの部分が、フィロフィーに置き換わっただけである。

 唯一ミルカが慌てたのはフィロフィーが動悸が出る前にわざと倒れてしまったことで、とっさにフィロフィーの脈をとって動悸があると嘘をついた。


「…………」

『……ぶっ飛んでるな、こいつ』


 自慢するミルカにフィロフィーは言葉を失い、グリモが毒づく。

 母の愛を逆手に取った、アークロイナがミルカのためなら隠している毒魔法だって使うことが前提の計画である。

 そのために恨みもないクリンミルに大量の毒を盛り、自分も危険をおかして多めに薬を飲んだのだ。

 ミルカの所業は悪魔のそれすら越えていた。


「……そ、そうなると、十年前は女王陛下はシェパルドルフ先生に解毒魔法をかけて貰いながら、自分で自分にこっそりと毒魔法をかけ続けていたんですわね」

「そういうこと。それとたぶん、カリナ様を殺したのはブリジスト様じゃなくてお母様だよ。ブリジスト様が三人に軽く毒魔法を使ったタイミングに合わせて、お母様がカリナに殺す気で毒魔法を使ったんじゃないかな? それから自分にもギリギリまで毒魔法をかけて、ブリジスト様に治療の順番を譲らせたんだよ」


 その時、ブリジストはさぞかし焦っただろう。

 心臓が痙攣しないよう、軽くジゴ薬を中和するだけのつもりで毒魔法を使ったのに、カリナは心臓が止まって死んでしまい、アークロイナも死にかけになったのだから。

 それをブリジストは自分の毒魔法が強過ぎたと勘違いして、罪の意識からアークロイナに順番を譲ってしまったのだ。


「本当に間違いはないのですか?

 そういえば、つい最近毒魔法の魔導書が盗まれたと聞きました。実はそっちの犯人が女王陛下なのでは? それなら十年前の時点では毒魔法を使えなかったことになりますが」

「それも絶対にありえない」

「どうしてですか?」


「だって、それ盗んだのは私だもん」

「……なるほど、では間違いありませんわね」

『もうやだこの王女。家に帰りたい』


 フィロフィーの素直な気持ちはグリモが代弁した。

 

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