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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第七十二話 冥探偵ミルカ

 

「金とコネって……あなたいったいクリンミルに何させるつもりなの?」

「わたくしの研究に出資してもらおうと思っていたのですわ。リュックの中にあるものを見ていただいた方が早いので、少しお待ちいただけますか?」


 そう言ってベッドから這い出ることで、フィロフィーは自分の胸に置かれていたミルカの冷たい手から逃げた。こっそりと襟を引っ張って自分の胸を確認すると、ミルカの手の形に赤く霜焼けになっている。確認した途端にムズ痒くなってきたが、今は胸の霜焼けは気にしないことに決め、椅子の上に置いてあったリュックサックに左手を突っ込む。

 そしてゴソゴソとリュックの中を漁る――フリをして、リュックの中で小さな星形の魔石を作り出した。


「ミルカ様、これを見てくださいませ」

「これって宝石? ……じゃなくて魔石!?」

「しーっ、声が大きいですわ」


 カーテンの向こうに夜勤の看護婦がいることを思いだし、ミルカは慌てて自分の口をふさぐ。


 フィロフィーは魔石をミルカに手渡した。ミルカは相変わらずフィロフィーのベッドに横になったまま、魔石を天井にかざして眺め始める。


「こんな形の魔石もあるんだ」

「いえ、自然界にはたぶんありませんわ。わたくしが作ったのです」

「……え?」

「実はわたくし、魔石の形を変える研究をしているのですわ。まだ技術として完成まではいきませんが、それは偶然上手くいったサンプル品のひとつなんです」

「す、凄いことしてるんだね……うん、確かに、これは高く売れそうだよ」

「いえいえ、星形にしたのはあくまでお遊びですわ。それよりも魔石を細長くしたり平らにしたりすることで、新たな魔道具の開発を進めることが目的でして。

 その研究のための出資者として、クリンミル様を考えていたのですわ」

「それでクリンミルに死なれたら困る、と? なんでクリンミルなの? 援助が欲しいんならクリンミルよりオリン姉様に頼むべきだと思うんだけど」

「そ、それはその……実はセイレン家はキイエロ王国に借金がありまして。なので出資してほしいと持ち掛けても……」

「あー、確実にその技術は借金のかたとしてうちの所有物になるね。せめてお母様が女王なら、まだ利益の一部を還元してくれたかもしれないけれど……オリン姉様相手に交渉は無理だと思う」

「……そ、そうですか」


 オリン時期女王はいい性格(・・・・)をしているらしい。そんなミルカの情報に、フィロフィーの元々引きつっていた口が更に歪んだ。

 やむを得ずミルカにフィロフィーの魔石を見せてしまったが……これが原因でフィロフィーの能力がオリンにバレる様なことになった時、交渉の余地はないかもしれない。

 もともとバレたら王都から出られなくなるくらいの覚悟はしていたが、それでも場合によっては王国と一緒に魔人化研究をしていくことも考えていた。が、次期女王であるオリンがどういった人物なのかで話は変わる。


 しかし今は、将来の危険オリンのことを考えている場合ではない。

 目先の危険ミルカを何とかしないと、そもそもフィロフィーに明日はない。


「は、話を戻しますが――実は借金のため、うちの帳簿は毎年そちらに提出することになってまして。なのでうちの主導で大々的に研究しても、やっぱりオリン様にバレてしまうのですわ。かと言って帳簿の虚偽は打ち首ものの重罪です。

 そこで『大魔導士』であるクリンミル様に表に立ってもらって、裏でセイレン家が利益を少し分けて貰えるような関係を――と考えていたのですわ」

「別にクリンミルじゃなくても、その辺の魔導士協会を引き込めばいいのに。むしろクリンミルは王族なんだし、オリン姉様に言っちゃうんじゃない?」

「うひゅひゅひゅ、実はクリンミル様に関しては、ちょっとした弱みを握ってまして。交渉を有利に進められるのです」

「弱み!?」


 思わぬ単語に少し声が大きくなったミルカに、フィロフィーが自分の口元で指を立てて「お静かに」と注意する。


「弱みの内容はご勘弁ください。言ってしまったら弱みではなくなりますので。

 ――とにかく、それでクリンミル様には取り引き相手として生きていて欲しかったのですわ。ついでに恩も売っておこうと思い、今回クリンミル様が飲まされる予定だった毒をわたくしが飲んでみせたのです」

「ふぅん」


 ミルカの最後の返事は素っ気ないものだったが、フィロフィーの話には一応の理解を示したらしい。彼女の手は既に冷気を纏ってはいなかった。

 さっきまではミルカがフィロフィーに一方的に自分の弱みを握られている状態だったが……今は逆にフィロフィーの弱みを握ることができている。それで心の余裕ができたのだろう。


「ただもしミルカ様がクリンミル様に強い恨みをいだいているのでしたら、わたくしはもうこれ以上ミルカ様の邪魔する様な真似は致しませんわ。クリンミル様にそこまでする義理もありませんので。

 なんなら協力させてもらいますので、その……いまお話しした件、ミルカ様のお力添えいただければ幸いです。最初はロアード様をあてにしていたのですが、完全に隠居して一緒にセイレン領に来てしまうロアード様には、あまり予算もつかないとのことなので」

「別に、クリンミルと研究すれば? 私はそんなに興味ないし、オリン姉様にも黙っといてあげるよ。別にクリンミルを殺したいわけでもないしね」

「…………殺したいわけじゃ、ない?」


 致死量を軽く超えるジゴ薬を飲ませようとしておいて、殺したいわけじゃないとはどういうことか?

 意味がわからず首を大きく傾けるフィロフィーに、ミルカはクスリと笑った。


「そうだよ。だってちゃんと医務室に先生がいる事は確認しておいたし、食事に出かけたりしない様に、食べ物の差し入れもしておいたからね。毒を飲んでも解毒魔法の使える先生さえいれば問題ないのは、フィロフィーちゃんだってわかってたでしょ?」

「な、なるほど……ですが一体、何故そんなことをしたのですか?」

「実はね、ワインを飲むのはクリンミルじゃなくても良かったんだよ。今回はフィロフィーちゃんがワインを飲み干してくれたおかげで、私の目的はもう達成されてるの」


 そこまで話すと、ミルカが掛け布団を持ち上げて手招きし、フィロフィーに中に入ってこいと促した。

 何がそんなに楽しいのか、ミルカは満面の笑みを浮かべている。近づきたくないが、フィロフィーにはもはや逃げるという選択肢はなく、促されるままにミルカに添い寝させられることになった。


 ミルカがフィロフィーの頬に手を添える。

 その手は今はもう冷たくはないが――ミルカにそっちの気があるのかもしれないと思い、フィロフィーは貞操の危機で背筋が凍る。


「ねえ、フィロフィーちゃん」

「は、はいっ」

「フィロフィーちゃんは、セルフィーさんの娘だよね?」

「……はい?」


 そして突然出された母の名前。


「ブリジスト様の親友で、ブリジスト様が殺されたことで王国をずっと恨んでいた、セルフィーさんの娘なんだよね?」

「え、ええ。間違いなく、わたくしのお母様はセルフィー=セイレンですが……」



「じゃあさ、じゃあさ――もし私が、ブリジスト様を殺した犯人がわかったって言ったら、どうする?」



 フィロフィーは息を呑んだ。



 *   *   *   *   *



 それは数年前、セルフィーがフィロフィーと添い寝していた時のこと。


「――さて、ジストちゃんを殺したのは誰や思う?」

「んと、カリナ!」


 セルフィーが『ブリジストを殺したのは誰か?』をフィロフィーに聞かせると、フィロフィーは即答でカリナが犯人だと答えた。

 答えを聞いたセルフィーは苦笑する。


「そぉか、フィーもそう思うかぁ。フィーは普通の人より賢いはずなんやけどなぁ」

「ちゃうん? やって事件前にずっとお祈りしてたり、怪しいことしてたんでしょ?」

「ちゃうな。カリナはすっごい心の弱い子やったんよ。そりゃ事件の前に不審者してたし、無関係ではなかったと思うけど……でもなぁ、そもそも王妃殺しなんかできる子やなかった。あれはきっと、誰かに脅されてたんよ。

 今思えば人目も憚らずにお祈りしてたんだって、必死にアピールしてたんかもしれんなぁ。誰か気づいて、誰か助けてって」

「ん、やったら犯人は、アークロイナ?」

「どうして?」

「わからん。けど、他に出てこん」

「うん、そうやんなぁ。証拠はないけど、あいつしかいないんよ。ジストちゃん殺すんは、あいつしか」


 セルフィーはフィロフィーの頭を撫でていたが、その視線はどこか遠くを見つめていた。


「んじゃあ、探す?」

「うん?」

「お母さんはもうお城に行けんしょ? ……うちがお城に行って、ちと調べてくんよ」

「せんとき。フィーは普通の人の二倍賢いから、正解に辿りつけるかもしれんけど……だからこそ、危ないから」


 セルフィーはフィロフィーの頭を撫でる手に力を入れ、グリグリと撫でた。

 フィロフィーが幼いながらに本気なことを理解していたからだ。


「もしかして、フィーはお城行きたいん?」

「ん、お城より、お城の魔法の本が読みたい」

「はは、そっか。犯人捜しはあかんけど、それなら団長に頼んでもええな。

 ……でもその前に、その喋り方は直さなあかんな。それやと団長もフィーをお城に呼ばれんわ」

「ふゆぅ? 変?」

「変も変、うちのドミ訛りとご近所さんのセイレン訛り、スミルスの標準語が混ざってむっちゃくちゃ」

「ん、やったら直す、デスワ!」

「ふふ、そうそう、その調子その調子」


 昔読んだ子供向けの本に出てくる王女様の喋り方を真似ようとして、語尾にデスワを付けるフィロフィーを、セルフィーは面白がって褒め続けた。




 セルフィーは思わなかった。



 それから程なくして自分が死んで、冗談のつもりだったデスワ口調がフィロフィーに定着することになるとは思わなかった。



 数年後にリスティ城を訪れたフィロフィーが『デスワ口調の貴族なんて居ない』という事実を知り、人知れず打ちひしがれることになるとは思いもしなかった。



 そしてフィロフィーが目的通りに城の魔法の本を読もうとし――それが原因でなし崩し的にブリジストのかたき討ちまで果たすことになるとは、まったくこれっぽっちも思ってはいなかった。

 

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