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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第二章 アークロイナ女王連続殺人事件
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第五十九話 狐の親も頬白


 その日の夜。

 研究員棟のロアードの部屋に、ソファーに突っ伏すタイアの姿があった。


 登城二日目にして彼女の目はうつろになっているが――タイアの今日一日を振り返ってみれば、それも無理からぬことだろう。


 朝からヨシュアの捜査に付き合い、その結果を犬の姿で新旧女王に報告し。

 ようやく医務室に顔を出せたかと思えばアークロイナに呼び戻され、そこで待っていたのは女王直々のマナー指導。午後にみっちりとテーブルマナーの研修をうけた後、夕食はマナーのテストも兼ねてアークロイナと一緒であった。


 ちなみにそのテストは不合格で、明日の午後にもマナー研修を強いられている。


「お疲れみたいですわね。今日はもう宿に帰った方が良いのでは? もしくはこの部屋に泊めてもらうかですが」


 そんなタイアに、見かねたフィロフィーが声をかけた。

 部屋には他にロアードとスミルスとバンケツもいるが、三人は少し離れた場所のテーブルで話し合いの最中である。


「ん、そうしマショウかな……フィロフィーサンは今日も医務室に泊まるつもりデスか?」

「タイア様、喋り方が変てこになってますわ」

「そのオ言葉はそのままフィーに返シマす」

「うぎゅっ…………ま、まあいいですわ。

 わたくしはもちろん、今晩も医務室に泊まりますわ」

「何でさ?」

「確かにお父様のパニックは一日経って落ち着いたみたいですが、このあとクリンミル様と古文書の解読をする約束がありますから」

「それはもう入院じゃないデス。……いや本当に、お前は城に何しに来てんだよ」

「その言葉はそのままタイア様にお返ししますわ」

「うぐっ…………」


 医務室で古文書の解読をしているフィロフィーと、犬として憲兵に捜査協力をしているタイア。

 どちらの方がより変なのかはさておいて、どっちも一般的な貴族令嬢が城に登った時の過ごし方ではなかった。


「いや、でもさ、他ならぬフィーが毒を盛られたわけだし。捜査の協力ぐらいするだろ?」

「そう言われると返す言葉が出ませんが……それがなくても、毒魔法泥棒を探したのでは? そちらの捜査もしているのですか?」

「んー、探しはしたけど行き詰まったよ。鼠の死骸なんか証拠として持ってこられてもなぁ……」

「鼠の死骸?」

「うん、毒魔法が盗まれた後で、外傷のない鼠の死体が沢山見つかったんだってさ。匂いを嗅がされたよ」

「はあ、それで何かわかりましたか?」

「死んだ獣の匂いがした」

「……御愁傷様ですわ。

 まぁ捜査協力はほどほどにして、とにかくコクリさんの正体がばれてしまわないようには気をつけてくださいね」

「そうだな、コクリさんの……ああぁ!?」


 自分の大事を思い出し、タイアが叫ぶ。

 その声にテーブルで話し合いの最中だった大人達も、何事かと思ってソファーの方に視線を向けた。


「フィー、突然だけど分身できる魔法とかってないかな」

「……はい?」


 突拍子もないことを言い出したタイアに、一同は意図がわからず首を傾げた。



 *   *   *   *   *



「――で、引き受けちゃったわけか」

「他にどうしようもなかったんだよ、犬の姿だったから反論もできなかったし」


 タイアから事の次第を相談されて、ロアードがどうしたものかと腕を組む。


 第六王女としてお茶会に参加しつつ、犬として潜入する。


 この無茶な状況をどう乗り越えたものか、大人達も合流して知恵をしぼっているものの、妙案はすぐには出てこない。


「やはりコクリさんを不参加にするしかないですな。腹でも壊したことにしてしまいましょう」

「うーん、アークロイナを騙すだけならそれでいいんだけど……オリンも関わってるとなると、簡単に裏が取れるような嘘はつけないよ。あの子は勘がいいから、少しでも違和感を感じればコルナに徹底的に調べさせるだろうね」

「では堀に落ちて死んだことにするのは?」

「オリンなら、堀をさらって死体を改めようとするかも。今からコクリさんそっくりの犬の死体を手配するのは無理だ」

「いっそ、オリン様にだけ素直に話してしまうのは駄目なのか?」

「最悪、それしかないけども……正直、あの子に借りを作るのは怖い」

「……そんなにやばいのか? 次の女王は」


 理由はわからないが、ロアードはオリンを相当に警戒していた。溜息をつくロアードを見て、タイアはしょげて縮こまる。

 そのやりとりを見ていたフィロフィーは不思議そうに首を傾げ、「はい」っと小さく手を挙げた。


「あの、普通に代役をたてるのではいけないのですか?」

「いやフィロフィー、さすがにコクリさんの代役が務まるほど賢い犬なんていないよ。ネコマタでもいれば別だけどね」

「いえ、犬でもネコマタでもなく、人間に犬化して貰えば良いのでは?」

「それこそ無理だよ。

 タイアが使ったのは狼化の魔導書の中でも、インク作りに失敗した特別な魔導書なんだよね? 普通の狼化の魔導書なら手に入らないこともないけれど、あんな子犬の姿にはまずならない。

 魔石を仕入れても、新しく作ってる時間もないし……」

「あ、魔石でも魔導書でも、どちらかあればわたくしが何とかしますわ。最悪、鍋で溶かして飲みますし」

「え、鍋?」

「あー……団長、フィロフィーにはちょっとした特殊能力があってな。また後で説明するが、フィロフィーなら短時間で魔導書を作れるし、元ある魔導書を書き直して威力を弱めることもたぶん可能だ」


 ロアードは目を丸くしてフィロフィーを見つめる。

 魔導書を作れるだけでも珍しいのに、短時間で作れて書き直しもできるとはどういうことか。

 本来は魔石から魔導書用のインクを作るのに数日かかるし、つくった魔導書の書き直しとなるとロアードですら聞いたことがない。


 ――そしてフィロフィーが魔物を食べたり魔石を作ったりできると知って頭を抱えるのは、もうまもなくのことである。


「まあ、スミルスが言うなら信じるけど――仮に魔導書が手に入っても、コクリさんのフリをできる人間がいないよ。

 変身魔法の場合、同じ魔導書を使ったとしても同じ姿になれるわけじゃないんだ。毛の色や体格が違えば変身後の姿も違うものになるし、それ以前に犬種が変わるかもしれない。よっぽどタイアにそっくりな人間でないと……」

「それもいるではないですか」

「え?」

「タイア様にそっくりの人物ですわ。小柄で、タイア様と同じ色の髪の毛の持ち主で、血縁者で。

 ――そういえば先に発毛魔法を覚えてもらいましたから、変身後に毛並みを整える事も可能ですわね。かなり近い見た目になるのではないでしょうか」

「…………え?」


 言っている意味がわからず呆けたロアードだが、他の人間の視線が自分に集中していることに気付いて察した。


 自分の事を言われているのだと。


 口元をひきつらせたロアードの、その頬を一筋の汗が伝わった。



 *   *   *   *   *



 その一時間後。

 テーブルの上に一匹の子犬チワワが立っていた。

 タイア、ではなくロアードであった。


 都合良く、研究員棟の魔導士の一人が狼のクズ魔石を持っていた。それを分けてもらって魔導書を作り、早速ロアードに使わせたのだ。


 その姿はコクリさんに瓜二つだが、慣れない変身魔法のため、生まれたての草食動物のようにぷるぷるしている。


「ほら、そっくりですわ!」

「確かに似てますな……でもちぃっとばかしサイズが大きいような」

「そこは子犬は成長が早いということで誤魔化しましょう。そこまでは違いませんし」

「なぁフィー、プルプルして立ってるのもやっとに見えるんだが」

「インクを限界まで薄くしましたから。

 あとで狐化の魔法も覚えて貰えば、かろうじて歩くぐらいはできるかと。ちょっと作ってきますわね」

「しかし見た目は似てるが、性別は誤魔化せないんじゃないか?」

「あ、そうでした。では女体化の魔導書も一緒に作ってきますわね」

「あるのか!?」

「きゃいん!?」


 えげつない魔法を覚えさせられそうになり、ロアードがたまらず悲痛に鳴く。


「フィー、女体化は無しでいいよ。女王やテンに触らせなきゃいい話だし」

「そうですか? まあ確かにサイズも少し違いますし、抱っこされるような事態は避けるべきですわね」

「それよりヴィジャ盤を作った方がよくないか? 念話の魔導書はもうないだろ」

「……いえタイア様、団長は普通に人間に戻れますから」


 タイアの助け船により、女体化は許されたロアードだったが……人間に戻って部屋に戻ってきた時、彼の顔には青筋あおすじがたっていた。

 ロアードはスミルスにつかつかと歩み寄ると、肩をがっちりと掴んで揺らす。


「スミルス、お前の娘は無茶苦茶だぞ!? どうしてリスティに連れてきたんだ!?」

「む、娘が無茶苦茶なのはこの際否定しないが……元はと言えば団長がタイア様に出会い頭にセクハラしたからだろう? 因果応報――」

「そういうことじゃない! この子は、ここに連れてきちゃ駄目だろうが。こんなとんでも能力がオリンやアークロイナにバレてみろ、一生この城に幽閉されるぞ!?」


 ロアードの注意に、スミルスは口ごもる。

 その可能性は十分に理解していたのだが――まさかフィロフィーが自分を簀巻きにし、勝手に旅に出てしまったとは言えない。



 なお、ロアードがこんなにも興奮しているのには、フィロフィーの魔導書作りを間近で見ていた事にも原因がある。


 集めた沢山のクズ魔石を一度吸収して魔液に変えて、エーテルという魔導書作製に使う溶媒で適当に薄め、下書きもせずに描き始める。

 間違いを恐れずサクサク描いて、間違えても指でなぞってインクを吸収し、いともたやすく修正する。

 フィロフィーが魔導書を作り慣れていたこともあり、ロアードが貰ってきたクズ魔石をフィロフィーが魔導書に加工するまで、僅か三十分程度の出来事だった。


 その後フィロフィーに余ったからと返却されたのは、小さくはなったが高純度で宝石の様な魔石。

 それを手に取った時のロアードの顔は、その時点ですでに青ざめていた。



「まぁわたくしのことは置いといて。とにかくこれで、コクリさんの代役はできましたわね。一件落着ですわ」

「…………ごめんタイア、僕は君の友達がオリンと同じくらい怖いかもしれない」


 悪びれる様子の一切ないフィロフィーに、さすがにロアードも一歩引いてしまう。


 タイアはそんな父を責めるつもりにはまったくならず――むしろ父ロアードの中で、オリンがフィロフィーに匹敵するという事実にこそ戦慄を覚えたのだった。


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