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賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書  作者: 芍薬甘草
第三章 無色透明な愛情
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第百四話 フィロフィーと団長


 それから少し経った後。

 喫茶店から一人で神院に戻ってきた十七番は、門の前で立ち話をしている団長のロイドに出くわした。

 十七番は怪しまれないようにと何食わぬ顔で近づいて、しかし彼の話し相手を見て固まってしまう。そこに居たのは街で見かけた見回り兵士や、迎賓館の護衛騎士など、十七番がいま会いたくない連中だった。


「あ、お帰りジーナ……って、一人かい? 今朝はフィロフィーと出掛けてなかった?」

「……あ、えっと」


 とは言え団長は普通に話しかけてきたし、護衛騎士は十七番ジーナを見たことがあるのか「ああ、確か見習い巫女の……」と呟くだけだった。

 男性兵士の一人には顔をまじまじと見つめられたが、彼は別の兵士に脇腹を小突かれて、顔を赤らめて視線を逸らした。誰かを捕まえるために集まっていた様子ではない。

 安心した十七番は、さきほどの狼狽を咳払いで誤魔化した。


「こほんっ……そうですが、先に一人で戻ってきました。フィロフィーさんは街の喫茶店をとても気に入って、王国への報告書を仕上げてから帰ってくるそうです」

「となると、フィロフィーは今は街に一人か。 ……うーん、大丈夫だとは思うけど」

「…………」


(はて、そんなに過保護でしたでしょうか?)


 俯き考え込んだ団長を、十七番は不審に思う。


 団長は普段、フィロフィーに対して、どこか不干渉を決めているような節が見える。

 フィロフィーが生きた魔物を鷲掴みにしていてもただ遠い目をして眺めていたし、魔物の群生地域を一人で彷徨うろついても好きに行動させていた。十七番やレモナのことはよく気にかけてくれる団長が、フィロフィーだけは野放しなのだ。

 ともすれば、ペットのコクリさんのほうが、余程大事に扱われているようにすら見えてくる。


 それで十七番はてっきり、フィロフィーもスミルスやバンケツくらい強いのだろうかと思っていたが……実はフィロフィーは武器も魔法も使えないらしい。

 前にシビレモスと戦ったときの防御魔法も、本当は魔石を盾にしていたそうだ。グックスの送った魔物も食べまくり、今では自分の体重と変わらない重さの魔石を体内に保有しているという。

 巨大で形の変わる魔石に驚いたらいいのか、意外と体力や腕力やあることを褒めたらいいのか……はたまた無謀な行動に呆れたらいいのか。

 深く考えたら負けかもしれない。


 ……余談はさておき、それくらいフィロフィーに干渉しない団長が、彼女が街の喫茶店にいると聞いただけで心配するのには違和感がある。


「あの、なにかあったのでしょうか?」

「うん。実はイセレムで指名手配犯によく似た人物が目撃されたらしくって」

「指名手配犯……」


 十七番が嫌な予感がして緊張すると、隣にいたさっきの兵士が一枚の紙を差し出してきた。


「こちらがその男の手配書ですが、どこかで見かけませんでしたか? 街で目撃された人物は、この顔に金髪だったらしいのですが……」


 そう言って兵士が見せた手配書には、坊主頭の青年が――グックスが描かれていた。

 手配書は手書きながら、眉毛や耳、目鼻などの特徴はよく捉えられている。これならカツラをかぶった程度の変装では見破られることもあるだろう。


 どうやらここにいる兵士達は、指名手配犯の目撃情報を神院に報告に来ていたらしい。

 それを団長達神院の人間が聞いていたタイミングで十七番が帰ってきたのだ。


 十七番は動揺を笑顔の裏に隠しつつ、「わかりません」と首を振る。

 見回り兵士は手配書を懐に戻すと、用は済んだとばかりに街の方へと帰って行った。護衛騎士も団長に一礼して迎賓館の方へと去っていく。


「では、私もこれで――」

「あ、待ってジーナ。さっきの手配書の男についてなんだけど――」


 十七番も行こうとしたが、団長にすぐ呼び止められた。


「――実は、ちょっとだけ僕らと因縁のある相手なんだ」

「因縁、ですか?」

「うん。だから本当に今の男がイセレムに潜伏してるんだとしたら、僕やレナに何かするつもりかもしれないんだ。ジーナが直接狙われてる訳じゃないけれど、巻き込んでしまう可能性もあるから頭の隅には入れておいて欲しい」

「…………なるほど、わかりました」


 頷きながら、十七番は少し安心していた。

 グックスの存在には気づいていても、目的までは把握できてない。それが今の言葉ではっきりとした。

 敵国の工作員らしき男が、王女が滞在中の街に潜んでいる――そう言われれば誰だって、工作員は王女を狙っていると思うだろう。

 そもそも十七番の最初の狙いはレモナだったし――団長は口には出さないが、迎賓館の護衛騎士もいたのでタイアが狙われている可能性も考えているはずだ。


 まさか、王女達を無視して辺境領主の娘が拉致されるとは思うまい。亡命だが。


 ――と、それはそれでいいとして。


「けど、レモナ王女(レナさん)が危険なのはわかりますが、団長さんもですか?」

「あー、うん。まあね」


 団長は頬をかいて言葉を濁す。

 十七番は彼やバンケツの素性を知らないが、おそらく団長はどこかの有力貴族の子供なのだろう。喫茶店で聞いてくれば良かったのだが、フィロフィーの爆弾発言ですっかり忘れてしまっていた。

 ここで団長を問い詰めてまで聞き出す理由はないし、そんなことをしている暇もない。それより一刻も早く目的を達成して喫茶店に戻り、グックスに違う変装をさせなければ危うい。


 十七番はグックスに似合いそうなカツラを考えながら、団長には「わかりました、気をつけておきます」と返すだけにして、深くは追求しなかった。


「わかってくれて助かるよ。それで、フィロフィーを迎えに行きたいんだけど、どの店にいるの? あの子も直接狙われることはないと思うけど――」

「けど?」

「――あの子の場合、逆に街中で男を見つけたら、自分で捕まえようとしたりするから」

「…………なるほど」


 団長の心配そうな顔に得心がいった。


「それでしたら私が迎えに行きましょう。と言いますか、元々迎えにいく約束でしたから」

「そう? なら、ジーナにお願いするよ。念のため人気ひとけのない道は通らないようにね」


 それは人のいない場所は危ないから――ではなく、うっかりグックスを見つけないようにという意味か。


(今頃一緒にお茶を飲んでますよ、と伝えたらどんな反応をするのでしょうね)


 驚愕するのか激怒するのか。ああやっぱり、と納得してしまうような気もする。


 そんな想像を思い浮かべながら、十七番は今度こそ団長と別れて神院の奥へと向かった。




 そして十七番はすぐ、目的地だったフィロフィーの研究所に到着した。

 『研究所』と言っても神院の使っていない建物をフィロフィーが借りているだけで、大きさは民家に毛が生えた程度、研究に使うような設備もない。中の物は全てフィロフィーが魔石を売ったお金で揃えたらしい。

 そういった冷遇もまた、彼女の亡命に結びつくのだろう。


 一応、神院はフィロフィーの研究を重視しているようで、入り口には見張りが立っているが……ここの見張りはただの神官見習いであり、迎賓館にいたタイアの護衛とは比べようもないほど隙だらけだ。

 潜入に特化した十七番には、取るに足らない相手である。忍び混むのに透明化すら必要せず、フィロフィーに預かっていた鍵を使って裏口から悠々と建物に入った。

 狭い研究所の中で迷うこともなく、十七番は目的のものを発見する。


(机の上机の上……あれですね)


 そうして十七番が手に取ったのは、フィロフィー愛用の片手鍋だ。


 なんのことはない、十七番が神院に戻ってきたのは荷物の回収のためだった。




 フィロフィー自身が亡命を希望したのですんなり行くかと思いきや、彼女は神院においてある自分の荷物を持っていきたいとごねたのだ。


 フィロフィーの荷物はどれもこれも、お金で買い直せるような物ではなく――例えばこの『魔導鍋二号』は堅い魔物の骨でも溶かし、さらに有毒物質を分離する機能があるという。

 これさえあれば毒がある魔物の肉も食べられる、フィロフィーには必須のアイテムだ。

 一応作り直すことは可能らしいが、製作に軽く半年はかかるらしい。エルフ化の禁薬を作る時にも必要だと言われては、回収しないわけにはいかない。


 そして、この魔導鍋二号以外にも回収しなければならない荷物はある。

 フィロフィーは最初、それらのアイテムを自分で取りに戻ると主張していた。バーグラもそれを許可しようとしていたが――フィロフィーの逃亡を心配した十七番が、絶対駄目だと猛反対した。



 最終的に、十七番が単身神院に戻り、荷物を回収することで折り合いをつけてきたのである。




(ですが本当に、罠も何もありませんね。やはりフィロフィーさんを信用するべきだったのでしょうか……)


 魔導鍋二号や謎の白い薬物、ヒドラの餌などを回収しながら十七番は思う。


 持っていく荷物の量を考えると、フィロフィーと十七番が二人で一緒に戻ってくるのが正解だったはずだ。


(――否。ようやくここまで漕ぎ着けたのです。ここでそんな危険は犯せない)


 フィロフィーは自分が十番テンと親密だったような事を言うが、どこまで本当かはわからない。



 フィロフィーを疑いたくはない。

 しかし、少なくとも――十番を殺したのがフィロフィーではないと、ちゃんと確証が得られるまでは。


(それに、バーグラ様にはわからないでしょうが、人間は合理で動くばかりでは無いのです)


 バーグラはフィロフィーが逃げる可能性はないと判断して一時帰宅させようとしていた。

 確かに合理的に考えるならば、ペラペラと自分の秘密を喋ったフィロフィーが逃げ出すなんてあり得ない。

 だがしかし。


(賢い人間ばかりではないし、女性は特に感情で動く。仮に今は本気で亡命するつもりでも、神院で仲間の顔を見れば心変わりをするかもしれない)


 十七番に当てはめるならば、兄の十番テンを祖国に残してキイエロ王国に亡命するようなものである。

 まだ成人してすらいない少女が、そんな簡単に故郷や仲間を捨てられるものだろうか?


 そういった一般人の感覚を残している自分が、しっかり判断しなければ。




 そんなことを考えつつも、十七番は滞りなくフィロフィーのアイテムを回収していった。


(さてと、この子で最後ですね)


 小物は全て回収し、十七番は最後にヒドラの檻の前へとやってくる。

 そう、実はこのヒドラも回収対象である。エルフ化の研究には強力な回復魔法も不可欠で、かつフィロフィーはヒドラさえ居れば、強力な回復の魔導書が作れるらしい。

 元々、フィロフィーは回復魔法を手に入れるためもあってオリン女王にヒドラの研究を申し出た所……色々とキツい誓約をさせられた上、あの状態のレモナを押し付けられてしまったそうだ。


 フィロフィーは野生のヒドラでもいいと言っていたが、生憎この辺りのヒドラは全て、グックスが鳥の餌にしてしまった。神院にいるヒドラしかない。


 幸いヒドラは小さくて力も弱く、鳴き声をあげることもない。十七番でも扱える。

 十七番は檻の鍵を開け――ただ、フィロフィーのように生きたヒドラを素手で掴む気にはなれず――用意した麻袋に放り込もうと、檻を傾けてガタガタと揺らし――



「そこで何しとるんだ、ジーナ」



 ――振り向くと、そこに大小二つの人影があった。



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