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終 隣人の在り方

 



 日の出と共に終わりを迎えた、魔物の軍団との戦闘の後。身体の傷は癒えても魔力はすぐに回復しないため、覚束ない足取りで玉座の間へと帰って来たルーミルを見るなり、彼を支えるイズレンディアへと飛んだのは、我らが宰相閣下の氷の視線と言葉であった。

「ルーミル殿がこうなる前に、助けに駆けつける事は出来なかったのでしょうか?」

「たとえあの時に私がその場にいたとしても、ルーミル君は無茶をしたと思いますよ?」

 突如として始まった、素直になりきれない宰相とマイペースな《賢者》の鮮やかな笑顔の押収に、思わず固まったセリオとアーフェルを置いて、今度はルーミルが声を張り上げる。

「ですです! ああしないと僕のほうの気がすまなかったのですから、お師匠様を叱らないでください! クロス閣下!」

 最早必死とも言える言葉に、ようやく瞳を暖めたクロスは、いまだ固まったままのセリオにかわり、すぐさまルーミルを介抱するように、指示を飛ばすのだった。




 精霊たちとの別れの時は、予想以上に早く訪れた。

 エルフ二人の帰還後、その無事を喜ぶ歓喜の舞が多発したのは最早言うまでもないことであるが、その収束は、舞踏会の時はなんだったのかと思うほど、あっさりと成されたのだ。

fi(フィ), HrLialin(ハルリアリン)! FearasSii(フェアラスシー)!!(もう、分かりましたって! フェアラス様!!)」

 再び集まった玉座の間にて、精霊言語でそう叫ぶルーミルは、フェアラスの固い抱擁をとこうと必死である。

 あの様に抱きつかれて大丈夫なのか? と、主にまだ手足に力が入らないためイスに座らされているルーミルを心配してのセリオ、クロス、アーフェルの視線に、三色の瞳に見つめられたイズレンディアはと言えば、相変わらずの微笑みを浮かべたまま答えた。

「まぁ、今回に関してはルーミル君にも無理をした非がありますからね」

「……なるほど」

 それもそうか、と納得した風に、いまだフェアラスに抱きつかれているルーミルを見る三人の顔には、温かな笑みが浮かんでいた。

 そうした穏やかな時間も、すぐに終わりを迎える。

 最後にその鮮やかな金の髪をひと撫でしてルーミルから離れたフェアラスは、穏やかな微笑みをたたえてイズレンディアへと振り返った。

 互いに無言のまま交わされた視線と微笑みは、やはりよく似たもの……。

 再びの別れが、やって来る。

 束の間の邂逅を果たした似た者どうしの家族は、無言で〝また〟と告げた。

「あ……」

 ルーミルが、ぽつりと言葉をこぼす。

 極々自然に瞳が向けられた窓の外には、すでに多くの精霊たちが集まっていた。

「これは――」

 一体、と、セリオがそう言葉を発する暇もなかった。

 淡い緑の燐光をなびかせて、フェアラスがさっと、窓の外へと躍り出る。

 それは、精霊ゆえに落下の心配を与えないかわりに、それを視界に収めた者たちへと、一抹の寂しさを与えた。

 くるくる、と精霊たちが小さく回転する。それが感謝であり、別れの言葉であることは、人族の者たちにも届いた。

 フェアラスを中心に、淡い光が輝きを増す。自身がまとう光輝を膨らませた精霊たちは、次の瞬間、音もなく空へと舞い上がった――。

「!?」

 ハッとして窓へと駆け寄った者たちが見たものは、晴れやかな蒼天に煌きを残し、何処かの彼方へと様々な方向に飛び去る、精霊たちの眩い姿。

「行ってしまいましたね……」

「そうですね」

 少し寂しそうに、その眉と長い耳を下げて呟いたルーミルに、彼の側にそっと歩み寄ったイズレンディアが応える。

 精霊たちが残した余韻に、静かに沈黙する玉座の間。

 そこに、二日前、フェアラスとの邂逅を果たした時の声音とよく似た、嬉しさと愛しさに満ちたイズレンディアの声が、穏やかに響く――。

「……かつて、とても豊かに緑が息づく、美しい森がありました――」

 豊富な魔力が満ち、多種多様な精霊たちも暮らしていたその森。

 そこは付近で最も大きな森で、近隣に住む者たちからは、《精霊の森》と呼ばれていた。

 それもそのはず。陽光と月光が降りそそぐその森では、昼夜とわず、いつの時も色とりどりの精霊たちが、森の中を飛び回っていたのだから。

 精霊たちが互いの手を取り合い、時には競い合って舞うその光景は、神聖とさえ言えるほどの神秘を秘めて、見る者の瞳に映されていた。

 黄金と蒼銀の木漏れ日に照らされながら宙を舞うその姿は、精霊を見慣れているはずのエルフでさえも目を瞠り、その感動を歌と、魔法と、笑顔に込めて語ったと言う――。

 朗々と響くそれは、確かな奇跡を体現するように――はたまた、すでに忘れ去られた真実の姿を紐解くように――優しく、優しく、イズレンディアの口からこぼれていった。

 精霊たちが、さもあたりまえのように飛んで暮らす、豊かで幻想的な神秘の森。

「……そういった場所が、この世界に在り続ける限り――」

 閉じられていた瞳が、そっと開く。そこから現れた、確かな力を満たす英知の光と、見るものすべてを魅了せんとする微笑みに、誰もがそっと、息をのんだ。

「フェアラスとも、精霊たちとも」

 美しい微笑みが、満面の笑みへと変化する。

「またいずれ、逢えますよ」

 それはもう、いつも通りの彼らしい、にっこりとした笑顔だった。

 ――〝そう告げた彼こそが、精霊のようであった〟――と語られるのは、それからまもなくのこと。

 精霊にも似た古きエルフの微笑みは、まだこの地で咲き続ける――。






 了


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

まだまだ『エルサリオン・シリーズ』および『ハーフ・エルサリオン・シリーズ』は続いていきますので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。


なお、『エルサリオン3』は、またずいぶんと間が空いてからの投稿になる気しかしませんが、いずれ投稿したいと思いポチポチしておりますので、イズレンディアのようにのんびりとお待ちいただければ幸いです。


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