あなたと歩く道
町の診療所で、医師はレオンの左足首を見て眉をひそめた。
「骨は折れていないようですが、かなり腫れています。しばらく歩き回るのは駄目です。頭も打っていますから、今日は安静にして、吐き気や意識の変化がないか見守ってください」
「しばらくって、どのくらいですか」
レオンが尋ねると、医師は包帯を巻きながら答えた。
「少なくとも数週間は、山を走るような真似をしないこと。あなたが救護隊長だというのは知っていますが、隊員を頼りなさい」
レオンは不服そうに口を閉じた。エステルは隣の椅子から彼を見て、少しだけ笑った。
「聞いたでしょう。ちゃんと休んで」
「お前が言うと、医者の言葉より厳しく聞こえる」
「何か問題でも?」
「ありません、エステル先生」
医師が包帯を結び終えると、ミナが戸口から顔を出した。彼女は白樺小屋に残った荷物を運び、救助された旅人たちを宿屋へ案内してから来たのだという。
「リナちゃん、温かいスープを二杯も食べましたよ。お母さんが、落ち着いたらお礼に来たいって」
「元気になったならよかった」
「それと、組合の評議員がもう救助門の鍵を受け取っています。フランツさんも警備隊の指揮に戻ったそうです。組合長の席は空いたままですが、評議会が共同で冬道を管理すると決まりました」
レオンはほっとしたように息を吐いた。
「これで隊員が門の前で止められることもないな」
「ええ。隊長は休んでくださいね。私たちで何とかしますから」
「お前まで言うのか」
「全員で言います」
ミナは胸を張り、医師から薬の包みを受け取った。エステルは彼女へ礼を言い、レオンを支えて奥の休憩室へ移した。窓の外では、夜の間に積もった雪を町の人たちが片づけている。遠くに見える山はまだ白いが、朝の空は明るかった。
レオンが寝台へ腰を下ろすと、エステルは椅子を引き寄せた。彼はしばらく窓を見ていたが、やがて口を開いた。
「式、できなくなったな」
「そうね。礼拝堂には、あとで私から謝りに行くわ」
「俺が行く。花婿が来られないんだから」
「今、先生に何と言われたの?」
「歩き回るな、だな」
「覚えてるならいいわ」
エステルはレオンの手を取った。いつも山で使っている硬い指には、縄で擦れた傷が増えている。彼が痛がらないように、指の間へ自分の指を差し込んだ。
「式を延ばしても、私はあなたと結婚するわ」
「分かってる。でも、お前は楽しみにしてただろう。花嫁衣装も、ずっと直してたし」
「楽しみだった。あなたと一緒に礼拝堂へ入るところも、みんなに祝ってもらうところも。でも、あなたが生きて帰ってきたことのほうが大事よ」
レオンは彼女の手を握り返した。
「俺は、情けないところを見せたな」
「またそれを言うの?」
「谷へ落とされて、助けられて、足まで痛めて。結婚する前から世話になりっぱなしだ」
「私たちは結婚するのよ。世話を掛けたり掛けられたりするのが、嫌なら今のうちに言って」
「嫌なわけがない。むしろ、お前に甘えたいくらいだ」
エステルは驚いて彼を見た。レオンは笑っていない。いつも人を助けるために走り回っていた男が、彼女の前では素直に弱音を見せようとしている。
「甘えていいわ」
「本当に?」
「ええ。あなたが動けない間、私が山小屋の薪を運ぶ。隊員の仕事はミナたちに任せて、あなたは私と一緒に休むの」
「お前の家で?」
「そうよ。母様が山小屋と一緒に残してくれた町の家で。食事は私が作るけど、文句は言わないでね」
「俺はお前の煮込みが好きだ」
「いつも焦がしてしまうのに」
「焦げたところを取ればいい。お前と食べるなら、何でもうまい」
エステルは笑った。レオンは彼女を引き寄せ、額を寄せた。
「愛してる。谷で死にかけたから言うんじゃない。お前と結婚すると決めた日から、ずっと変わらない」
「私も愛してる。助けに行ったのは、花婿を取り戻したかったからだけじゃない。あなたが、あなたのまま帰ってきてほしかったの」
彼は目を閉じ、彼女の額に口づけた。エステルはしばらく、その肩に顔を寄せていた。戸の外で医師が薬の説明を始めると、二人はようやく身を離した。
「式は、あなたが自分の足で歩けるようになってからにしましょう」
「ああ。今度は、俺がお前を迎えに行く」
「途中で転ばないでよ」
「そのときは、また助けてくれ」
「もちろん」
エステルは立ち上がり、窓を少しだけ開けた。冷たい空気が入り、診療所の薬草の匂いを薄めた。山の向こうでは、救助門が開いたままになっているはずだった。
◇
六週間後、白樺小屋の前には小さな椅子が並べられていた。
山の斜面にはまだ雪が残るものの、小屋の周囲では土が顔を出し、白樺の枝に新しい芽がついている。エステルは母が使っていた小さな鏡の前で、花嫁衣装の襟を整えた。式のために縫った白い服は、裾を少し短くしてある。雪道を歩いても踏まないようにするためだ。
「よく似合うわ」
宿屋の女将サラが背後から声を掛けた。彼女はエステルの髪を結い直し、最後に白樺の花を彫った留め具をつけてくれた。
「お母様も、きっと喜んでいるでしょうね」
「そうだといいな」
「あなたが山小屋を守ってくれたことも、レオンを助けたことも。あの人なら、きっと大きな声で自慢していたわよ」
エステルは鏡の中の自分を見た。母の葬儀のあと、兄は山小屋を売れと言い続けた。父が亡くなると、その言葉は命令に変わった。それでも手放さずにきた場所で、今日、自分の結婚式を挙げる。
「サラさん、ありがとう。私、母様の小屋を残してよかった」
「残しただけじゃないでしょう。あなたはここを、また人が帰ってこられる場所にしたのよ」
外から子どもの笑い声が聞こえた。リナが、ミナと一緒に椅子へ花を飾っている。あの夜に救助された旅人たちのうち、都合のつく人が式へ来てくれたのだ。御者は荷車で食事を運び、商人は町の菓子屋から焼き菓子を買ってきた。
サラが窓を開けると、ミナが手を振った。
「エステルさん! 準備できました! 隊長がさっきから落ち着かなくて、ジャンさんに何度も襟を直してもらってます!」
「レオンが?」
「はい! 隊員の前ではあんなに堂々としてるのに!」
エステルは思わず笑った。サラが戸を開け、彼女を外へ送り出す。
小屋の前には、木の枝で作った簡素な門があった。母が冬の救助道に立てた目印と同じ形だ。門の向こうでレオンが待っている。濃紺の礼服を着た彼は、まだ少し歩き方が慎重だったが、杖は持っていなかった。
エステルを見ると、レオンは何か言いかけて口を閉じた。
「どうしたの?」
「いや……」
「変?」
「逆だ。あんまり綺麗で、言葉が出ない」
エステルは立ち止まった。レオンは照れたように笑い、すぐに真面目な顔になった。
「迎えに来た、エステル」
「待ってたわ」
彼は手を差し出した。エステルがその手を取ると、レオンは慎重に彼女の歩幅に合わせて歩き出した。六週間前には、エステルが彼を支えてこの道を歩いた。今日は二人とも、自分の足で歩いている。
椅子に座った人々が立ち上がった。ミナは涙を拭き、ジャンは大きく拍手した。リナが花びらを撒こうとして風に飛ばされ、母親に抱き上げられている。
小屋の前に立つ牧師は、二人が並ぶのを待ってから話し始めた。長い説教はなかった。冬の夜に互いを迎えに行った二人が、これからも一緒に暮らすことを誓う。それだけで十分だと、牧師は言った。
「レオン・ヴァレン。あなたはエステル・ルヴィエを妻とし、喜びも困難も分かち合うと誓いますか」
「誓います」
レオンはエステルを見た。
「俺は、彼女が困ったときに必ず隣へ行きます。俺が困ったときには、ちゃんと助けてと言います。何もかも一人で抱え込むのは、もうやめる」
ジャンが小さく笑い、ミナが肘でつついた。エステルはレオンの言葉を聞きながら、彼が谷底で震えていたときのことを思い出した。助けを求めるのは、弱いことではない。彼がそう言えるようになったのが、嬉しかった。
牧師がエステルへ向き直った。
「エステル・ルヴィエ。あなたはレオン・ヴァレンを夫とし、喜びも困難も分かち合うと誓いますか」
「誓います」
エステルは彼の手を握った。
「私は、自分の行きたい道を自分で選びます。その道をあなたと歩きたい。迷ったら相談するし、違うと思ったら言うわ。あなたにも、同じようにしてほしい」
「もちろんだ」
「それから、どちらかが転んだら、笑う前に助けましょうね」
レオンは声を出して笑った。
「分かった。約束する」
牧師が二人の結婚を宣言すると、拍手が起こった。レオンはエステルの頬へ手を添え、彼女の返事を待つように顔を寄せた。エステルが自分から近づくと、彼は静かに口づけた。
リナが大きな声で叫んだ。
「お姉ちゃん、おめでとう!」
「ありがとう、リナ!」
式が終わると、人々は小屋の中と外に分かれ、食事を囲んだ。エステルは母の大鍋で作った煮込みを配り、レオンは足を休めながら焼き菓子を切り分けた。ミナが、冬道組合の新しい救助案内板を持ってきた。
「これ、評議会からのお祝いです。白樺小屋を正式な共同救助拠点にしたいって。管理はエステルさんにお願いしたいそうです」
エステルは板を受け取った。そこには、誰でも無料で利用できることと、緊急時には救護隊が門を開けることが記されていた。
「私一人では管理しきれないわ。みんなと相談して決めたい」
「もちろんです。評議会も、そのつもりですよ」
ミナは少し声を落とした。
「ベルトランさんの判決も、昨日届きました。レオン隊長への殺害未遂と小屋への放火未遂で有罪、禁錮刑が確定したそうです。組合長の地位も通行権も戻らないって」
エステルは板を胸の前で持ち直した。兄が何を失ったかを聞いても、嬉しさは湧かなかった。ただ、あの夜に閉ざされた門を、もう兄が閉めることはない。そのことに安堵した。
「教えてくれてありがとう。今日は、お祝いの続きをしましょう」
「はい!」
ミナは明るく答え、リナたちのいるテーブルへ戻った。レオンがエステルの隣に来る。
「無理に笑わなくていいぞ」
「無理はしてないわ。兄上のことは、もう私たちの暮らしを決める理由にはならない。それだけよ」
「そうだな」
レオンは彼女の手を取り、小屋の外へ誘った。白樺の枝の下には、まだ雪が少し残っている。二人は並んで立ち、町へ続く道を見下ろした。冬の間に何度も通った道には、旅人の足跡がついている。
「エステル、これからどうしたい?」
「まずは、あなたの足が完全に治るまで無理をさせない。それから、小屋の薪を運ぶ人を増やして、救護隊の手伝いも続けたい」
「俺も手伝う」
「もちろん。一人で全部やろうとしないでね」
「それはお前も同じだ」
エステルは笑い、彼の腕へ自分の腕を絡めた。
「じゃあ、二人で帰りましょうか」
「どこへ?」
「私たちの家よ。煮込みの鍋を洗わなきゃいけないもの」
「結婚した日に、もう家事か」
「嫌?」
「まさか。お前となら、鍋を洗うのも楽しそうだ」
レオンは彼女の手を握り直した。小屋の中から、二人を呼ぶ声がする。エステルは振り返って返事をし、夫と並んで戸口へ向かった。
白樺小屋の扉は、今日も開いたままだった。




