第1話 想定外の始まり
天へ昇るように、巨大な尖塔がそびえていた。
塔の横から、吐息のような白煙が幾本も空へ昇っている。
純白な壁面は、びっしりと氷に覆われていた。
「感慨深いわねぇ。とうとう、もう一度宇宙に行くところまで来たわ」
瑠璃造りの兜を被り、なまめかしい肢体にぴっちりと貼りついた衣装をまとう妙齢の美女、フォンティーア。
自らが搭乗する雪のように白い三段ロケット――天を突くその巨大な尖塔を静かに見上げていた彼女は、やがて背後に振り返ると、女王の前に恭しく膝を地面につけた
「今更よ、ティア。世界を変えた共犯者だもの、貴女は。公的な場でも名前で呼ぶことを今後も許可します。魔法のある異世界で宇宙を目指す有人ロケットを打ち上げられるまで、二人で文明を改革したのですから」
長くて美しい巻き毛金髪の頭上に王冠を被り、透きとおった碧眼を愛する相棒に向ける真紅のドレスを身にまとう女性。
アリエッタ・ド・アルヴェリア一世。
「でも、まだこれからだと思うの、エッタ。世界は、宇宙は無限に広いわ」
「じゃあ、宇宙船で銀河旅行も良いですわね。では、ティア。貴女に命じます。お互いに生きている間に、一緒に宇宙の果てまで旅行に行きましょう!」
「はい!」
二人の女性の夢は、更に広がる。
それは、なんと宇宙の果てまでも。
少女たちの甘い夢が、いつのまにか世界を救う。
この物語は異世界転生者である二人の少女が出会ったことから始まり、世界を変え幸せで満たしていく話である。
そこまでには長い長い道のりがあるが、その始まりから語るために時を十数年前へと巻き戻そう。
◆ ◇ ◆ ◇
王都、白亜の大神殿前には、数千の民衆が集まっていた。
なぜなら、今日は聖女が皆に祝福を与える日だから。
「これより、水の女神さまの祝福を受けし聖女、フォンティーアさまがお出ましになります」
わたし、フォンティーアは神官の紹介を受け、深呼吸をひとつしてバルコニーへと進む。
ところどころに金糸で豪華な刺繍を施されている純白の法衣。
とても重いそれに身を包み、わたしは緊張しつつも背筋を伸ばして優雅に歩く。
「おお、あれが水の女神さまに愛された聖女さまなのですね」
「あんな小さな女の子が、我らを救って下されたのかぁ!」
「とってもお可愛いお姿ですわぁ」
バルコニー下の広場に集まり、わたしへ熱い視線と大きな声援を向ける民衆に向かい、慈愛に満ちているはずの微笑みを届ける。
「本日は、多くの皆さまが遠路はるばるわたくしにお会いに来て下さり、ありがとう存じます。まだ春早く、花冷えの時候でありながら、かのように多くの方がいらして頂き、感謝致しております。まだ、昨年の洪水被害から復興途中の方、更にはそれに付随して起きました疫病被害も大変だったかと思います」
わたしの声は、側に控えし男性神官が持つ拡声魔道具により大きく響く。
先程まで騒然としていた広場はしーんと静まり、わたしに向かう視線がますますと強くなる。
わたしは、ごくんと生唾を飲み、言葉を続ける。
より聖女らしく。
「ですが、皆さまは幾多の試練から立ち上がり、今日をお迎えになられました。これからも、ご自分とご家族、隣人の方々を大事に思い、お互いに助け合って生きましょう!」
手の中に隠したカンペに書かれた言葉を、ゆっくりと噛まないように話す。
そして全てを話し終えた後、最高の笑みを浮かべつつ……。
「水の女神さま。かの地に集まりし人々に、祝福の慈雨を降らせたたまえ!」
と、祝詞を唱えた後、聖水生成の術式を起動する。
広場の上空で聖なる水の球を破裂させ、細かいしぶきを集まった民衆の頭上に降らせた。
「水の聖女さまに感謝を!」
「ああ、身体の痛みが消えてゆく!」
「なんて神々しく美しいのかしら!?」
「幼き聖女さま、バンザイ!」
多くの人々の嬉しそうな声を聞き、わたしは心から喜び微笑む。
そして、優雅に皆へ手を振り返した。
◆ ◇ ◆ ◇
「あ゛ー、づかれたぁぁぁぁ!」
「フォンティーアさま。自室とはいえ、気をお抜きすぎですよぉ」
聖女の役目を終えたわたし。
法衣を着替える余裕もなく、神殿から与えられた自室の机に突っ伏し、へたれている。
「だってぇ。わたし、本当は聖女なんて立派な女の子じゃないんだよぉ。今日だって聖なる雨って言いながら降らしたのは魔術で作った聖水。結局は、ただの水。病気を治す奇跡は起きないし、傷を癒す効果も無い。ただ綺麗なだけの『超純水』みたいなものだよ?」
「またフォンティーアさまは、よく分からない事をおっしゃってますが、それでも貴女さまに救われた方は実際に居ますし、病は気からとも申します。聖女さまから頂いた聖なる水、効果があって当たり前なのです」
机に突っ伏したまま文句をいうわたしに、苦笑しながらも茶を注ぎ、励ましてくれる側仕え。
……茶と言っても、チャノキは輸入しかないから、ハーブ茶。リンデンフラワーのね。
「じゃあ、今からでもわたしの代わりをしてくださいますの、リッカ?」
「それは無理です。第一、この国においてワタシのような獣人族の血を継ぐ者は、あまり良く思われません。御戯れをおっしゃるお元気がおありでしたら、お早く法衣をお脱ぎくださいませ。しわがついてしまいます」
少々弱気になったわたしは、リッカに代わりをしてくれと言うが、無理と返される。
確かに、リッカは身体の一部に獣の要素を持つ種族の末裔。
頭部にこげ茶色の大きな耳、お尻からはモフモフとした大きな、これまたこげ茶色の尻尾を持つ。
「だってぇ、疲れちゃって動けないんだもん。脱ぐの手伝ってよぉ、リッカお姉ちゃん」
「フォンティーアさま! 今は公務中でございます。側仕え、それも獣人族の者に、そのような馴れ馴れしい言葉遣いをされては困ります」
「ぶぅー。今、ここにはわたしとお姉ちゃんしかいないんだよぉ。それに演説も終わって、休憩時間。今くらいは昔みたいに甘えさせてよぉ」
リッカは、わたしより三歳年上。
今年十四歳になる美少女メイド。
わたしもリッカも、共に親を亡くした身。
二人は神殿付属の「養育院」、俗にいう孤児院で育った。
「はぁぁぁ……。本当に困ったティアちゃんですこと。分かりましたから、さっさと着替えましょうね」
「うん。ありがと、お姉ちゃん」
幼い頃から姉妹のような関係だったわたしたち。
今日も精一杯甘えて、普段着に着替えさせてもらう。
「こんな姿。司祭長さまがご覧になられたら、どんな事をおっしゃられるやら」
「司祭長、義母さまなら、苦笑ひとつで許して下さると思いますよ。なにせ、わたしに無理やり聖女役を押し付けたんですもの」
下着姿になり上着を着せてもらっている間、司祭長について話すわたしたち。
養育院の院長も兼ねている司祭長さまは、院の子どもたちからはお母さんや母さんなどと呼ばれ慕われている。
わたしやリッカにとっても、育ての母だ。
「だって、あれだけの奇跡を起こした変な女の子を守るのには、聖女にした方が安全と、ワタシは思うんだけどね、ティアちゃん」
「そ、それはその通りなんだけどぉぉ」
確かに洗礼式後のわたしは、「思い出した」前世記憶から沢山「やらかし」た。
「ですが、フォンティーアさまのおかげで、多くの人々の命が助かりました。その中にはワタシも居ます。なので、これからも頑張ってね、ティアちゃん」
真面目な顔でわたしに対し、感謝の言葉を告げてくれるリッカ。
その期待に応えるのは、悪い気分ではない。
「もー、お姉ちゃんには敵わないよぉ」
嬉しくなったわたしは、昔のようにお姉ちゃんの胸に抱きつく。
その暖かさと昔から変わらない優しい匂いに、わたしは知らず知らずのうちに入っていた肩の力が抜けていくのを感じた。
「甘えん坊のティアちゃん。もう十一歳でしょ。少しはお姉さんになりましょうね」
そう言いつつも、しばらくはわたしが急に抱きついた事を咎めもせず、ゆっくりとわたしの頭を昔のように撫でてくれた。
「はい、着替え終わりました。後は、夕食までのお時間は、経典のお勉強をどうぞ。神さまを称える祝詞や真言は覚えていらっしゃいますか?」
「むむぅ。算数の本とか世界の歴史書とかなら、楽しく読めるんだよ。この世界には神さまは確かにいらっしゃるけど、難題もくだされた水の女神さまには感謝しづらいなぁ」
着替えが終わった後、再び、机に突っ伏してしまうわたし。
リッカに促され経典を読むのだが、正直神さまに対し複雑な思いがある。
彼女のいたずらで、わたしは聖女になったのだから。
「洗礼式の時のお話ですか? 水の女神さまが直接お越しになられて祝福して頂いたというお話でしたっけ?」
「まあ、そうなのだけれども……」
「あら、神さまを冒涜なさるようなお声が聞こえてきましたが、聖女さまはどうなされたのでしょうか?」
前世の記憶を思い出させてくれた水の女神に文句を言っていると、トントンと開けっ放しだったドアをノックし、金のアクセントがある白衣を纏った中年ながら美しい女性がわたしの部屋に入ってきた。
「あ゛、か、義母さま……」
「今は公務中、司祭長とお呼びくださいませ、聖女さま」
先程まで噂をしていた司祭長が突然、わたしの部屋に現れた。
「は、はい。で、いったい、わたくしに何の御用でしょうか? 本当なら、こちらから司祭長さまの元へお伺いするはずですけれど……」
「今日の儀式への慰労と、直接話したいことがあったの。あ、リッカも一緒に聞いてください。今後の都合もありますので」
応接椅子に座り、リッカから注いでもらった茶を優雅に飲む司祭長。
どう考えても四十代後半のはずなのだが、その美貌は三十代そこそこに見える程だ。
「はい、お話をお聞きします」
「では、聖女さま。この案内状をどうぞ。」
わたしも司祭長の向かいに座り、彼女から植物紙製の封筒を貰う。
「ティアちゃん。封筒を開く前に、よーく見てね。うふふ」
嫌な予感しかしない笑みを浮かべる司祭長。
その様子に首をかしげながら封筒を凝視した。
……まだ珍しい植物紙の封筒に、蜜蝋の封緘。これは貴族さまからのお手紙だよね。
「この封鑑の紋章は……! これって王家の紋章では無いですかぁぁ!」
封筒の封印に使う赤い蜜蝋の上に押された印鑑。
そこにあったのは、国旗などにも書かれている王家の紋章。
わたしは、王家から文書を貰うことなど一切考えておらず、思わず大きな声を出してしまう。
「ええ、詳しくは中を読んでね。わたくしにも同様の物が来ましたが、なんでも王家次女の姫さまが聖女さまにお会いしたいって話ですわ」
「えー!! 聖女役でもいっぱいいっぱいなのに、王女さまとの謁見ですって! 想定外だよぉぉぉ!」
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