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第40話(最終話):永遠の愛の誓い

穏やかな初夏の風が、公爵邸の広大な庭園を渡っていた。

見渡す限りに咲き誇る数千本の薔薇が、暖かな陽光を浴びてキラキラと輝き、むせ返るほどに甘く優しい香りを風に乗せて運んでくる。


「にぃさま、まってー! わたしも、おはなのちょうちょ、さわりたいのー!」

「はははっ、ルナは元気だなぁ。ほら、こっちだよ。転ばないように気をつけてね」


庭園のふかふかとした緑の芝生の上で、銀髪をふたつ結びにした三歳の愛娘ルナが、キャッキャと高い笑い声を上げながら走っている。

その少し先を、手加減しながらゆっくりと後ずさるように歩いているのは、今年で八歳になった私の愛しい義息子、ノア様だ。


ノア様の手のひらからは、高度な魔力制御によって生み出された「光の蝶」が何十匹も舞い上がり、ルナの周囲をくるくると楽しげに飛び交っている。

王宮の筆頭魔導師が見れば泡を吹いて卒倒しそうなほどの超高等魔法を、ノア様はただ「可愛い妹を喜ばせるためだけ」の遊びとして、事もなげに使いこなしていた。


「……本当に、信じられない光景ね」


私はガゼボの特等席に設えられた長椅子に深く腰掛け、最高級のダージリンティーの香りを楽しみながら、二人の天使たちの姿を目を細めて見守っていた。


前世の保育士としての記憶を思い出し、「自分が将来、魔王と化した義息子に惨殺される悪役継母である」と気づいた、あの絶望の結婚式前夜。

暗く冷たい部屋の隅で、愛情に飢え、心を完全に閉ざしてガタガタと震えていた三歳のノア様。


あの時の悲劇的な運命(死亡フラグ)は、今やこの世界のどこを探しても、欠片すら残っていない。

私を嘲笑っていたメイド長も、私を利用しようとした実家も、公爵家を陥れようとした王宮の政敵たちも、すべてアレクシスの容赦ない「ざまぁ」によって完璧に粉砕された。

障害をすべて排除し、ありったけの母性と愛情を注ぎ込んで育て上げた結果が、目の前で妹を溺愛する、この心優しき天才魔導師の姿なのだ。


「あー……ルナといっぱい走ったら、なんだか急に眠たくなっちゃった……」


しばらく芝生で遊んでいたノア様が、ふぁあ、と可愛らしい欠伸をして、私のいるガゼボへと歩いてきた。

メイドにルナの着替えを任せると、ノア様は私の隣にコテンと座り、吸い込まれるように私の膝の上へと頭を乗せた。


「あらあら、ノア様。はしゃぎすぎましたね。少しおやすみになりますか?」

「うん……おかあさまのひざ、すっごくあったかくて、いいにおいがする……」


すっかり背が伸びて立派な少年になったというのに、私の前でだけは、出会ったあの頃のままの甘えん坊だ。

ノア様はすぐにトロンとした目を閉じ、私のドレスの『服の裾をぎゅっと力強く握り』しめた。

剣や魔法の過酷な訓練で少しだけマメができたけれど、私から見ればまだまだ愛おしい『小さな手』。


「むにゃ……おかあさま……だぁいしゅき……」


夢の世界へ旅立つ直前、ノア様がとろけるように甘い『舌足らずな言葉』を無意識に呟く。

そして、ものの数分もしないうちに、私の膝の上でスースーと『安心しきった無防備な寝顔』を見せ始めた。

かつての暗い影など微塵もない、愛されることの幸福に完全に満たされた、無防備で純粋な寝息。

そのあまりの尊さとあざとい可愛さに、私の限界突破した母性愛は今日も絶好調に大爆発し、ただただ幸せな溜息をこぼすことしかできなかった。


「……またノアの奴は、私から君を独占しているのか。八歳にもなって、甘えん坊が過ぎるのではないか?」


ふいに、背後からひどく低く、そしてどこか大人気ない嫉妬を滲ませた声が降ってきた。

振り返るよりも早く、私の肩にふわりと温かい上着が掛けられ、そのまま背中越しに、大きくて逞しい腕にすっぽりと抱きしめられる。

私の最愛の夫であり、この国で最も恐れられる宰相、アレクシスだった。


「お帰りなさいませ、アレクシス。今日は王宮での会議が長引くのではなかったのですか?」

「あんなものは数日放置しても国は滅びん。それよりも、少し風が出てきたな。私の愛する妻が、庭園の冷たい風に当てられて風邪でも引いたら、私は心配のあまり正気を失ってしまう。いっそこの公爵邸全体を覆う、強力な常春の結界魔法を今すぐ構築すべきか……」


「もう、相変わらず過保護が過ぎますわ。今の季節の風は、とても心地よいですのに」


私が呆れてクスクスと笑うと、アレクシスは私の首筋にすりすりと顔を埋め、まるで飼い主に甘える大型犬のように深く息を吸い込んだ。


「過保護で結構だ。君は私の魂そのものであり、私の命よりも重い至宝なのだから。君に危険が及ぶ可能性が万分の一でもあるなら、私は迷わずこの世界のことわりすら捻じ曲げる」


王宮では「氷の公爵」として恐れられ、冷酷無比な権力を振るう男。

しかし、私という妻の前でだけは、こうして完全にだらしなく顔を崩し、信じられないほど重すぎる執着と愛をぶつけてくる「狂犬」へと変貌するのだ。


アレクシスは私の隣に腰を下ろすと、私の膝で眠るノア様をひどく優しい、父親の顔で見つめた。

そして、私の頬にそっと触れ、信じられないほど熱を帯びた、甘い青の瞳で私を真っ直ぐに射抜いた。


「……こうして、君がノアに微笑みかけ、ルナが笑い声を上げているこの庭園を見ていると。私は時々、恐ろしくなることがある」

「恐ろしくなる、ですか?」


私が不思議に思って小首を傾げると、アレクシスは私の額に、自らの額をコツンと合わせた。

至近距離で交わる視線。彼の吐息が、私の唇を甘く撫でる。


「ああ。もしあの時……君が私の凍りついた心を溶かしてくれなかったら。君のその底なしの愛に、私が気づくことができなかったら。私の世界は永遠に、愛を知らない冷たい氷の荒野のままだっただろう」


アレクシスは自嘲するように目を伏せ、そして、懺悔するように痛切な声で囁いた。


「あの初夜に……君を愛することはないと言った、昔の愚かな自分を、今すぐ過去に戻って力いっぱい殴りたいよ」


そのあまりにも素直で、不器用で、愛に溢れた言葉に、私は胸の奥がキュッと締め付けられるような愛おしさを感じた。

私は彼の首にそっと腕を回し、その美しい銀髪に指を絡ませて微笑んだ。


「殴らなくても大丈夫ですよ、アレクシス。あの時のあなたのおかげで、私は『絶対にこの家族を幸せにしてやる!』と決意することができたのですから」

「リリアーナ……」


「それに、今のあなたは、私が時々息苦しくなってしまうほど、私と子供たちを愛してくださっているでしょう? 私は今、世界中の誰よりも……この歴史上のどんなお姫様よりも、幸せな妻であり、母親ですわ」


私が心からの愛を込めてそう告げると、アレクシスは一瞬だけ泣きそうなほど顔を歪め――次の瞬間、私を骨が軋むほど強く抱きしめ、私の唇を深く、情熱的に塞いだ。


「んっ……ぁ……」


鳥たちの囀りと、薔薇の甘い香りに包まれた初夏の庭園。

膝の上で安心しきって眠る愛息子と、遠くで花を摘んで遊ぶ愛娘の気配を感じながら。

私は、このどうしようもなく重くて、狂おしいほど私を愛してくれる夫からの、世界一幸せなキスに身を委ねた。


もう、何も恐れることはない。

悪役継母という呪われた運命は完全に粉砕され、私たちの前には、永遠に続く完璧なハッピーエンドの光だけが、どこまでも眩しく輝き続けているのだから。

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