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14.守護神

 デルボキラ王国に来てから2日目の朝を迎えた。

 森の中を歩く間、また賊に遭遇したときを見越して、ユナから剣技についての軽い助言を受けた。


「おそらく剣を振るわれるときに力が入り過ぎているのだと思います。それではすぐに疲れてしまいますから、ひとつひとつの動作をもっと小さく、そして丁寧にするよう心がけてください。肝心なのは、息づかいに合わせて身を動かすことです」

 

 人に教えることは初めてだと不安げな様子の彼女だったが、ウィリアムの頭にはすんなりと彼女の言葉が入っていく。

 教えの多くはかつて師匠や仲間にも指摘されたことだったが、どれも記憶の奥深くに刻まれた。


「勝利の際には守護神様への感謝の意をお忘れなく」


 例のごとく、迷信じみた助言も含まれていたが。

 しかし、教わってばかりでは悪い気がした。

 だから道中に見知っている種の木の実を見かけたとき、食料集めも兼ねて、ウィリアムはどれが食べられるかを彼女に教えた。


「森には美味しそうな食べ物がたくさんあるのですね……勉強になります」


 その声はどこか喜々として聞こえた。どうやら先日に食べたあの味が忘れられないらしい。ずっと歩いていても稀にしか見かけられないので、この国での木の実は希少なようだ。


「気に入ったみたいでよかった。他にも食べられるものがあるかもだから、見つけたら教える……」


 言いかけて、ウィリアムは立ち止まった。

 森の中に縦長の小さな建物が建っていたのだ。

 石造りの外壁と木の屋根でつくられており、上部には尖塔(せんとう)がそびえ立つ。葉や草で囲まれていて、外壁に見える窓ガラスは割れている。


「あれは?」


 閑静な森にたたずむその建物は、確固たる存在感を主張していた。古びた外観から、どことなく畏敬の念を感じさせられる。


「教会です」


「教会?」


「はい。旅人や行商人の方々が各地を渡り歩く際、道中でも祈れるように、この国には至る場所に教会があるのです」


 思い返せば、森の中にも小さな建物や石碑がしばしば見られた。信仰熱心な人たちの住むこの国に、宗教施設は欠かせないのだろう。

 目を凝らすと、杖をつく男が見えた。彼は教会の入り口に向かって歩いている。


「ちょうど誰か入ってくとこみたいだね」


 ウィリアムは小さな教会の方を指さす。

 じっと様子を窺っていると、彼は体勢を急に崩し、ゆっくりと地面に横たわった。


「倒れ、られました」


「大変だ……! あの教会の司祭(しさい)さんかな?」


「いいえ、森にある教会に聖職者の方は常駐していません」


「じゃあ、旅をしている人?」


「恐らくは」


 遠目からなので分かりづらいが、武装しているようには見えなかった。

 しかし、昨日の一件もあって油断はできない。


「どう、する?」


「助けましょう。放ってはおけません!」


 ユナは教会の前へと走った。

 急いでウィリアムも後を追う。

 倒れていたのは、30から40歳ぐらいの男性だった。薄汚れた服を着ており、ひどくやせ細っている。彼の横には木枝の杖とかばんが落ちていた。


「どうされましたか? どこかお怪我を?」


 かがみこんだユナが、地面に横たわる彼の後ろ肩をひかえめに揺さぶる。


「んん……」


 倒れた男はうめき声をもらして身をよじった。


「も、もしかして痛んだり?」


 ウィリアムも男に近づいて、顔をしかめる。

 すると、彼の背がぴくりと跳ねた。


「食べる!」


 唐突に細身の男はさけび、その身をゆっくりと起こす。

 ウィリアムはとっさに身構えた。


「はい? 何をですか?」


「あぁ! 君はなんておいしそうなんだ!」


 痩せこけた彼の顔は、ユナに向けられた。両目は獣のようにぎらぎらと光を発している。昨日の盗賊たちとよく似ている目の色だ。

 ウィリアムは身を固くして、得物(えもの)の柄に手を添えた。


「いいえ、わたくしは食べられません」


 警戒する様子は少しもなく、ユナは真顔で否定した。この男の異常さは気にもしていないらしい。

 だが、彼女の言葉は、目の前の男には届いていない様子だった。


「神様が僕に慈悲を与えてくださったのだ! あぁ! 感謝します! これで、飢えをしのげる!」


 満面の笑みを浮かべ、男はユナの方に両手を伸ばす。


「ちょっと、待った!」


 それを見て、ウィリアムは抜き放った剣を彼の首の後ろにさっと置いた。


「んん……?」


 動きを止めたままウィリアムの顔を見て、男は首をひねる。


「ど、どうされたのですか? ウィリー様?」


 男の方よりもなぜか彼女の方が驚いていた。自分を食べようとする危険な存在を目の前にしても、その脅威に全く気づいておらず無警戒だった。昨日の機敏さはどこにいったのか。


「ユナさん、この男は危険だ。すぐに離れて」


「君は……」


 かすれた声で男は短い言葉を漏らした。


「お兄さん、ちゃんと見るんだ。この人のどこをどう見ても、食べ物には見えないでしょ?」


「その通りです。わたくしなどを食べても美味しくはありません」


 彼女は大きく首を縦に振った。


「いや、そういう問題じゃなくて……」


 言葉を継ごうとしたが、男に目を向けると、彼はたちまち表情をほころばせていた。


「あぁぁ、君もうまそうだ。美味しそうなにわとりが2匹……神様の御心(みこころ)は、なんと寛大であられることか! 感謝を捧げなければ!」


 男は地面に膝をついて、合掌した手を震わす。


「オレたちが鶏だって?」


「貴方は幻覚を見ておられるようです。わたくしたちは、にわとりではなく人間です」


「幻、覚? 人間?」


 重ねた両手を崩し、男は眉をひそめた。


「寝ぼけているんだよ。こんなに大きなにわとりはいないでしょ?」


 まばたきをしながら、男はウィリアムとユナの顔を交互に見る。

 そして、何かをさとったように首をかくんと曲げた。


「……そうか。そうだな。たしかに、あなたたちは人間だ。すまない、2日前から何も食べていなくてね」


「2日も!?」


 この国の人間は食事を好まないのだろうか。ユナのようにしばらく胃に何も入れていなかったら空腹になるはずだ。

 かくいうウィリアムもここ数日はまともな食事を取れていないので他人ごとには思えなかった。


「もしや守護神様のご加護を求めて、この教会に来られたのですか?」


 ユナは男にたずねた。

 彼女の言う通り、空腹に耐えかねて神頼みをしに来たのかもしれない。


「それもあるが、ここに来たのは巡礼のためだ。寝こんじまった息子の病を治していただけるよう、祈ろうとね。……なのに、たったひとりの息子も助けられずに、俺は食い物を求めて幻を見る。あぁ、情けない姿を見せてしまったよ……」


 今にも泣きそうな声で、男はうなだれた。

 悲壮な彼の姿を見ていられず、ウィリアムは空をあおいだ。食事すらままならないとは、この国はかなり貧窮に(おちい)っているらしい。


「情けなくなんてありません。貴方の子を想う願いは、神様に届いています」


「ほ、本当か!?」


 ユナの力強い断言に、彼は再び顔を上げた。


「はい、きっと。今は多くの方々が貧困に悩まされています。お辛いでしょうが、あと少しの辛抱です。すぐに救世主様がこの国をお救いになられますから!」


 男に視線を合わせて、ユナは熱く語りかけた。

 それを聞いて、異を唱える言葉が喉まで出かける。


「そうか……! だったら、もうじきいい暮らしができるんだな……希望が見えてきたよ」


 だが、ゆるんでいく男の表情を見て、否定の言葉はぐっと飲みこんだ。


「何よりです。少量ですが、こちらを差し上げます」


 穏かな声音(こわね)で言って、ユナは先ほど採取した木の実を彼に差し出した。


「え、本当に、いいのか?」


「はい。希少な木の実のようですから大切に食べてくださいね」


 ユナはこくりと首を縦に振った。


「あぁぁ、なんと! あなたはまるで魔女様のように慈悲深い御方だ! ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」


 涙を流し、男はユナに向かって何度も頭を下げた。

 それを聞いた彼女はしばし黙りこんでいたが、やがて小さく口を開いた。


「……魔女様、ですか。わたくしは、そのような崇高な者ではありませんが、貴方と貴方のご家族に幸運が訪れることを祈っております」


 彼女はそっと両手を合わせた。男も同じ動作を始める。

 ウィリアムはその様子を黙って見ていた。この国の守護神と呼ばれる存在は彼に幸福をもたらすのか? 救世主と呼ばれる存在は本当に現れるのか?


 祈願を終えた後、男は何度もふり返って感謝しながら、杖とかばんを拾って歩き去っていく。

 釈然としない心持ちで、ウィリアムはその後ろ姿を見送った。

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