13.強くなる秘訣
川沿いの大木にもたれかかり、ウィリアムは一息つく。肩の痛みが増してきた。胴衣の上に刺さった矢が、布を紅く染めている。
「そろそろ……この格好悪いのを取ってもらっていい?」
苦笑交じりに、ウィリアムはユナを見上げた。
ユナはうなずいて身をかがめ、肩に刺さった矢をつかむ。その手は小刻みに震えていた。無理はない。戦場にいる兵士でもなければ、他人の体に刺さった矢を抜く機会などないはずだ。
「大丈夫だよ。オレの体は頑丈にできてるから」
ウィリアムはユナに微笑みかけた。彼女は再び小さくうなずき、深呼吸する。
舌を噛み切らないように、ウィリアムは自分の服の袖をくわえた。
「いき、ます」
ユナは手に力をこめて、勢いよく矢をひき抜く。
「ぐっっ!」
「す、すぐに止血しますので!」
川の水で傷口を洗った後、彼女はウィリアムの服をおぼつかない手つきで脱がした。
ユナはその後、着ていた黒い外套の裾を剣で切り裂き、包帯の代わりにする。高級そうな布なのにもったいない。申し訳なくなってきた。
その切り取った布を、丁寧に肩に巻いてくれる。
「どうか、守護神様。彼に速やかなる回復をお与えください!」
ユナは巻きながら祈りの言葉を口にする。彼女の額には、冷や汗がにじんでいた。心からウィリアムの身を案じていると分かる。それほどまでに、救世主という存在は、彼女にとって大切なのだ。
(……きっと、もともと優しい人なんだろうな)
ウィリアムは瞼を閉じる。
盗賊たちとの戦闘を思い返せば、彼女に助けられてばかりの未熟な自分に嫌気がさしてきた。負けないと豪語していたが、結果はあの体たらくだ。
「ごめんね、ユナさん。大口たたいたのに、君の足を引っ張っちゃった」
「いえ、そのようなことは。しかし、相手より優位に立ったとしても決して油断はなさらないでください」
首を小さく横に振り、ユナはぎゅっと布を結ぶ。
「いててっ」
その言葉は深く心に刺さった。己の未熟さが身に染みるようだ。
「今後、ウィリー様はわたくしがお守りいたします。くれぐれもご自愛ください」
強めの口調で警告された。
「はは、情けない、なぁ……。弱々しい自分が嫌になるよ」
自身の弱さを認めたくなくて、つい声が小さくなる。他でもないこの弱さのせいで、こうして怪我を負ったのだ。
もっと強くならなければいけない。彼女のように、凛々しく剣を振るいたい。
「いいえ、ウィリー様は決して弱くありません。先ほども勇ましく戦っておられました。加えて、貴方様は救世主様であらせられます。大いなる力をお持ちのはずです」
「救世主に、特別な力でもあるの?」
「はい、そう言い伝えられています。ですから、そのお力でこの国を救っていただきたいのです」
「いいや、ないね。そんな能力があったら苦労しないよ。オレはただの人間だ」
「今はそうかもしれません。ですが、魔女様が貴方様の本来のお力を目覚めさせるでしょう」
「魔女が?」
「はい。わたくしも詳しくは存じ上げませんが……」
魔女から与えられる力など、到底まともではないだろう。魔眼にも似たおぞましい呪いをかけられるかもしれない。
そもそも、ウィリアムは救世主ではない。少しだけ人より体が丈夫なだけだ。
「何にしても、特別な力なんていらないよ。それより、オレはもっと剣の腕を上げたい。ユナさんみたいに」
このような調子では、魔女を前にしても、すぐ石にされる。それどころか、また道中で襲われてユナに守ってもらうことになる。そのような格好の悪い姿は見せられない。
「わたくしの剣筋など大したことありません」
「いやいや、ユナさんは正に剣の天才だよ! 初めて会った時だって、あんなに大勢の男たちを易々と撃退していたじゃないか」
先の戦闘においても彼女は盗賊の殺気をいち早く察知していた。彼女がいなければウィリアムはあのまま矢に打たれて死んでいた。
「易々ではありません。あのときも、先ほども、必死でした。幼少期から研鑽を積んでいましたが、まだまだ経験不足で至らぬ点ばかりです」
それはウィリアムも同じだ。7歳の頃から木剣を握り、12歳の頃には師匠との本格的な稽古を始めた。だというのに、いつまで経っても、一人前の騎士には程遠い。
「そんなことないでしょ。あんなに強くて凛々しいのに」
「現状に満足などしていられません。立場上、いかなる騎士よりも強くある必要があるのです」
いったい彼女はどのような身分の人間なのだろうか。やはり少なくとも、ただの旅人ではない。とはいえ、聞いても教えてはくれないだろう。
「じゃ、強くなれる秘訣とか知ってる?」
「秘訣ですか……やはり、大切なのは守護神様に祈ることです。この国の騎士や職人の方々は毎日、技能の向上を祈っています」
彼女に実践的な助言を求めた自分を悔いた。そのようなことで本当に強くなれるのなら、苦労はしていない。
「へぇ」
ウィリアムは抑揚のない声で言って、天をあおいだ。
「……もしかして信じておられませんか?」
ウィリアムの心を見透かしたかのように、ユナはこちらをじっと見つめる。眉を少し上げているので睨まれているのかもしれない。
「うん。だって神様がいるなんて思えない。会ったこともないし」
「わたくしたちが直接お会いできるような存在ではありません。けれど、この国の守護神様は祈る者に、たしかな恵みを与えてくださいます」
「ふーん、そういうもの?」
「はい。ですから信じてください。僭越ながら、わたくしもウィリー様のご上達をお祈りいたします」
ユナは両手を重ねて目を閉じた。
その真摯な姿を見ていると、本当に祈りが届きそうにも思えてくる。
神頼みは受動的な行為だ。あまり気は乗らない。だが、せっかく彼女がウィリアムのために願ってくれているのだ。試しに少しだけやろう。
「強くなれますよーに」
肩を動かせず、だらりと腕をぶら下げたまま、ウィリアムも試しに手を合わせる。名も知らない守護神に祈りをささげた。
それでも、腕を磨くことの方が何倍も重要だ。魔女に会って両親と自分について聞き出した後、ウィリアムは復讐を成し遂げたいのだ。
そのためには、もっと強くならなくてはいけない。




