12.森の中に潜むもの
日が昇ると共に歩き出した。相変わらず、森の中は静けさに満ちている。
目的地の岩山まではまだかかるらしい。河川を頼りに黙々と前に進む。
「この国って、今は内乱が起きてるんだよね?」
歩いているだけでは退屈に感じてきたので、気になっていたことをユナに確認する。
「はい。ですが、ご心配なく。安全を期して、人気の少ない森林を歩いていますから」
時折、彼女は地図を確認しながらウィリアムの前を歩いていた。昨夜の伝令兵に渡された古びた紙だ。デルボキラの全土が大まかに描かれている。
どの方向に目を向けても、灰色の木々のほとんど代わり映えがしない景観だ。目印となる川や地図がなければ、延々と彷徨ってしまいそうだった。
「人がいないと、なんだか不安になるなぁ。ユナさんもそう思わない?」
「いえ、内乱が起きていることの方が心配でなりません。過半数の貴族が関わっている大規模の反乱ですから、争いの中で命を落とした方々もいるはずです……魔女様も苦戦を強いられているでしょう」
ユナは沈みこむように言った。
「そこまで大きな反乱なの?」
「はい、地方の貴族の方々が中心となって、王家に反旗を翻したのです。以前から、周辺国との紛争を止めるようにと主張を続けていました。戦費が増えて国が貧しくなるだけだ、とか……」
そう考えるのは当然だし正しい。しかし、そういった真っ当な考えを持つ人間がこの国にいるのは意外だった。
「平和的な人たちじゃないか。戦争なんてないのが1番だよ」
「ウィリー様。反逆者たちは神罰が下されるべき存在です。彼らはこの国を混沌に陥れ、危険に晒しています。今、他国から攻めこまれれば、どうなることか……。だからこそ、貴方様のお力添えが必要なのです」
「オレは別に何もしないし、できないよ」
ウィリアムは軽く首を振る。
この国の内乱事情には、まったく興味がなかった。ただ、魔女に会い、自身と両親の謎を解き明かす。それだけが望みだ。
「それでは困ります、ウィリー様――」
話を中断し、ユナはさっと身を横に移した。彼女の黒い外套がふわりと揺らめく。
今し方まで彼女がいた場所に、何かが横ぎった。
――矢だ!
狙われている。
ウィリアムとユナは木の影にそれぞれ素早く隠れた。
「ユナさん、無事っ!?」
「何ともありません。ウィリー様は?」
「平気! でも、弓矢は厄介だね」
昨日の反乱軍の中にも弓を持った男がいた。あのときのように、即座に接近戦に持ちこまないと射抜かれる。
「持ってる金、全部出せ、ごらぁぁ! こっちは5人いるぜぇ!」
そろりと幹から顔を出して、矢が飛んできた方角に目を向ける。鬱蒼とした木の上にもうひとり、潜んでいるようだ。加えて、土で汚れた衣服を着たふたりの男たちが、剣を手にして地に立っている。
彼らの言葉を信じるなら、残りふたりもどこかに潜んでいるらしい。
「身なりからして、おそらく盗賊でしょう」
村や町から追いだされた人間がならず者に落ちぶれる、という話は故郷でもよく耳にした。彼らもその類なのだろう。
しかし、矢も放ってくるとは、かなり厄介な盗賊だ。
「逃げてください。わたくしが対処します」
「そんなのできないって」
ウィリアムは断固として拒否した。
「それでは困ります。貴方様にもしものことがあったら……」
「オレだって君に死なれちゃ困るよ」
「わたくしは死にません。魔女様の下に貴方様をお連れするまでは」
ユナは迷いなく言い放つ。
忘れていた。彼女は剣の達人なのだ。だとしても、全てを彼女に任せて逃げるなどという醜態を晒すつもりはない。
「オレも死なないし、逃げない。盗賊ごときに逃げ出すなんて、騎士を志す者として、名が廃るよ!」
ウィリアムは剣のまっすぐと立て、柄を両手で握り締める。
「ですが、反対側にもふたりいます。囲まれました」
ユナは敵の存在に気づき、早口でまくし立てた。
前方からはふたりの男が少しずつ間合いを詰めてくる。彼らは「降伏しろ!」「金を置いていけ!」と脅迫をくり返している。
「オレは前の奴らを相手する! ユナさんには、あっち側のふたりをお願いしてもいい?」
「しかし……」
面持ちを険しくし、彼女はウィリアムと敵の方を交互に見やる。
「大丈夫、大丈夫。オレはオレの思うようにやるだけだ。ふたりくらいなら余裕だしね」
ウィリアムは歯を見せて笑った。
「……分かりました。どうか、ご無事で」
「ユナさんこそ!」
木の影から颯爽と飛び出した。全速力で敵の下に駆ける。
「来やがったなぁ!」
片方の丸坊主の男が気炎を吐き、ウィリアムを向かい討つ。
「せいっ!」
剣を振り下ろし、地面に強く踏み込む。相手の剣と衝突した。丸坊主の男は「ぐっっ!」と呻きを上げた。勢いに押され、のけぞる。
構わず、ウィリアムは剣を持つ手にありったけの力をこめた。全身の血流が手に向かっていく。
敵が踏ん張りきれずに体勢を崩した。
その隙にウィリアムは彼の胴体に蹴りを繰りだす。足裏が相手の骨に当たる。彼はよろめき、後ろに倒れた。
「あがっ。分が悪りぃ……」
うめき声を発し、丸坊主の男は立ち上がる。手で腹を押さえたまま、腰を曲げて這うように逃げ去った。
それを確認し、ウィリアムはすぐさまもうひとりの敵に剣を向ける。
「ひぃぃぃ!」
まともな戦いの経験がなさそうな男だ。剣を構えながらも、がくがくと足を震わせている。細々とした体躯に、頬骨が目立つやつれた顔をしていた。
「奇襲なんて、汚い真似をしちゃってみっともない。覚悟はできてる?」
相手を睨みつける。
ウィリアムの近くの村でも、昔、盗賊による被害が相次いでいた。どこの国でも、こういった輩はいるのだ。
「ち、ちくしょう! 手練れを釣るたぁ、ついてねぇ!」
今にも泣きそうな声で、やつれた顔の男は嘆いた。
「君たちこそ降伏して。そしたら見逃してあげるから」
「ほ、ほんとうか?」
男はまるで希望の光を見出したかのように、表情を明るくする。
「ほんと、ほんと。何せ、オレは救世主に見間違われるほど、良心のある人間なんだ。でも、もう金輪際は暴力をやめるって誓ってもらうよ? 断るなら――」
言いかけた時だ。
ユナの叫ぶ声が耳に届いた。
「木の上です! ウィリー様!」
瞬時に木の上へ目を向ける。ユナの言う通り、灰色の葉っぱに紛れてクロスボウを構えた男がいた。こちらに照準を定めている。
「くっ!」
ウィリアムは身を捻って避ける。
しかし、遅かった。肩に矢が刺さる。
ふらつくウィリアムだったが、地面に踏みとどまった。体勢を立て直そうとする。だが、目の前にいた腰抜けの男がこの隙を逃さんと言わんばかりに、斬りかかってきた。
間一髪、ウィリアムは上体を後ろに傾けて避けた。敵の動きが鈍くなければ、叩き斬られていた。
「へへ、殺してやる! ――ぐがっ!」
彼は動きを止め、うつ伏せに倒れる。
後ろには、ユナの姿があった。 彼女が剣の柄で腰抜け男の後頭部を打撃したのだ。
「ウィリー様!」
ユナは取り乱した様子で、ウィリアムを見る。他にいた盗賊たちは、彼女が既に無力化したようだ。それに比べると、気を抜いて負傷した自分が情けなくなる。戦いの最中に慢心するなと師匠に散々言われてきたのに。
「いっっ……いや、大丈夫、大丈夫! 致命傷は外れ、てる」
肩に刺さった矢と血のにじむ服を見ながら、ウィリアムは歯を噛みしめた。
次々と矢が飛んでくる。よろめきながら身を動かし、それらを避け続ける。一息すら叶わない。
「後退してください。ここにては危険です!」
ユナはウィリアムを庇うように立った。クロスボウの男が潜む木の上を、見据えている。並外れた剣技を誇るユナと言えども、この状況では敵の方が有利だ。
「大丈夫、だいじょ、うぶ。オレはまだ戦える……」
虚勢を張ろうとするが、痛む手では剣を上手く握れない。
相手の出方をうかがっていると、矢が飛んでこなくなった。
矢が切れてしまったのかもしれない。ただの盗賊が、それほど多くの矢を持っているとは考えづらいからだ。だとしたら、反撃の機会は今しかなかった。
「ユナさん……! 急いで木の上に!」
「いいえ、去ったようです。殺意の気配がなくなりました」
ユナは小さくつぶやいた。
ウィリアムは彼女のように肌で危険を感じられない。
だが、彼女の言葉には不思議な確信があった。
「でも、また襲ってくるかも。とにかく体勢を立て直さないと……!」
剣をおさめ、痛む肩を押さえながら、ウィリアムはよろよろと足を引きずる。
「はい。肩をお貸ししますから、すぐに安全なところへ!」
負傷した肩とは反対側の右腕をユナに優しくつかまれた。それを細くて白い首に回し、肩を貸してくれる。華奢な女性に支えてもらうとは、みっともない。自分の姿に涙が出そうだ。
「ごめん。お願いするよ」
少しだけ彼女の方に体重を預けながら、小走りに前へ進む。
「このくらい当然です。貴方様を死なせるわけには参りませんから。早く矢を抜きましょう!」
彼女にとって、この国の人たちにとって、救世主という存在は極めて重要なのだろう。国を救う気は毛頭ないが、今はその誤解された立場がありがたかった。




