18.秘密
パニックホラーのように次々と人が食べられて行く。ボリボリと嫌な音がした。
隣にいるマリーは顔を青くさせ、泣きながら声が出ないように口を手で押さえていた。
震えが荷車の持ち手からロリアに伝わってくる。
その間も源魂花は人を襲っていた。
だが、そんな中、一人だけ血に塗れた檻から逃げ出した者がいた。ボロボロの男だ。猿轡をしているが首輪をしていない。
魔法使いだ。
杖から魔法を出し攻撃しているが、源魂花には今ひとつ効いていない。
むしろ、打った攻撃が源魂花が展開した魔法陣に吸い込まれているようだった。
しばらく応戦していたが諦めたのだろう。魔法使いは脱兎のように逃げ出した。
冬虫夏草の形だからか芋虫のように動きが遅い。普通なら逃げ切ることができる。
……普通ならば、の話だ。今回は普通じゃない。
きっと最初から仕組まれていたのだ。
魔法使いの頭上に突如光の玉が現れた。
ピカっと光るとレーザー光線は器用に男の手足を切断した。
ずり、ずりと芋虫が近づいてくる。生きている魔法使いの目の前で切られた足を食べ始めた。
魔法使いの彼は泣きながら芋虫の様に這って逃げようとしている。
猿轡に魔法が掛けられているのか彼の呼吸の音すら聞こえなかった。ついにパクリと男は胴体を喰まれた。
(あっ……。)
こと切れる瞬間、魔法使いの男はロリアを訴えかける様な目で見ていた。
急に汗が引き、頭が冷えるような感覚に陥った。
胃から迫り上がってくる酸っぱいナニカを感じ、必死に堪える。
マリーは脂汗を垂らしハッハッと犬の様な呼吸をしていた。
「どうして……。」
マリーが喋った。少し心配になり様子を伺うと彼女は天に向かって大声をあげた。
「どうして教皇様への贄が5人いないんですか⁉︎ ルシーラ様ぁぁ!!見てるんでしょ!早く、早くはやく合図を下さいよ!離脱の合図をっっ!!」
シーン
一拍静まり返った後、声につられたのか今の今まで人を貪っていた芋虫が動き出した。
ゆっくりと、こちらに向かってくる。
芋虫に気を取られていたロリアに隙が出来た。横から飛んできた拳に腹を殴られ、足払いをされ転ばされた。
ドンドンっと背中を足で何回も踏まれる。
「あんたが死んで!私の為にお前が死ね!お願い、死ね、死ね!」
地面にうつ伏せで押さえつけられ逃げられない。目の前には口元を血と涎で汚した化け物が迫っていた。
生臭い吐息がかかり、ボタボタと涎がロリアの頭に降ってくる。
バクンッ
ロリアの顔が青ざめる。頭から丸呑みにされた。目の前が真っ暗になった。
臭いし汚い。顔も体も生臭い化け物の唾液でぐちゃぐちゃだ。
(こんなとこで死ぬのだろうか。嫌だな。)
ロリアの考えうる中でもトップ10に入るであろう最悪な死に方だった。
『は、アハハっ!私は生き延びた!また私は生き延びた!!教皇様に二度も私は選ばれたのよ!!』
暗闇の奥でマリーの声が聞こえた。
リーン、リーンと鐘の音がする。ルシーラが鳴らした合図だ。
だんだんと腹が狭ばり、芋虫の口に締め付けられる。このまま引き千切るつもりなのか。
真っ二つになる少し未来の自分を想像し、ゾッとした。怖い。死ぬのは怖い。
そこで初めてロリアは暴れ出した。生存本能だ。魚のように体を跳ねさせ無我夢中でもがいた。
ぐっ、グゲぇ、
暴れたのか功をなしたのか、変な声を出し、源魂花の動きが止まった。
っぅオロロロ!!!おえっおえ!
ビチャビチャと吐瀉物と共にロリアも地面に吐き出された。
助かった。助かったけれど……。
「さ、最悪の経験だ。臭いしキモいしグロい。」
何もかもがドロドロの粘液に覆われ最低な気分だった。マリーはそんなロリアを化け物を見るような目で見つめ、はっと我に返り走った。
すると、また頭上に光の玉が現れたかと思うと光の紐が出現しマリーの四肢を拘束した。
マリーが言葉を発する暇もなく口を塞がれた。
「鐘を鳴らしてもいらっしゃらないので、迎えに来ましたよ。シスターロリア。ふふ、教皇様に洗礼をされて喜ばしい限り。あなたは正式に我々の家族となりました。」
木の影から軽やかにルシーラが現れた。おそらく、ずっと何処かで見ていたのだ。
被害者の頭上に現れる光の玉の正体も彼女の仕業だろう。
「マリーが、」
「彼女なら、禁忌を破った為、途中で逃げ出し離脱しました。たまにいるんですよ、気が狂って失踪する人。」
「いや、そうじゃなくて、」
「彼女の狂言や暴言は気にしないで下さいね、人の生命は何よりも尊いのです。」
ロリアの包帯越しの目には涙を流しているマリーの姿が写っている。
盲目だろうと侮っているのだ。
こんな惨事をワザと引き起こし、嘘を平然と言い放つルシーラこそが怪物のようだった。
「マリーを助けて……気配を感じるの。」
「はぁ、そうですか、……そうですね、まだ遠くには行ってないみたいです。」
するとルシーラは杖を袖から取り出し、指揮者のように優雅に横に振るった。
キュイン
甲高い機械音がしたと同時にマリーが倒れた。脳天をレーザーが貫通したのだ。
そして何事も無かったかのように教皇と呼ばれる源魂花はマリーの死骸を食べ始めた。
信じられない。悪夢のような光景だ。
知らず知らずのうちに体が震える。
「さぁ、戻りましょう。新たな家族を皆に紹介しなければなりません。シスターロリア、明日からは家族と一緒に暮らしてもらいますよ。」
そう言い、ルシーラはロリアの涎や血で塗れた手を取った。
手を取って、舐めた。
肉に食いつく獣のようにロリアの指の一本一本を丁寧になぶりしゃぶっている。
「えっ、なに。やめ、はっ?」
ロリアの濡れた髪の毛まで、恍惚とした表情で口に含んでいる。
耳元でジュッジュッと髪を吸われる音がし鳥肌が立った。
教皇に貪られているマリーの横でロリアもまた怪物に貪られている。
首筋を喰まれロリアは気がついた。
ルシーラはロリアを舐めているのでは無い。教皇が吐き出した吐瀉物を食べているのだ。
その事実に気がつき怖気が走る。ゾッとした。
(悍ましい!)
衣服などにも絡みついた、血混じりの粘液をゴクゴクと呑んでいる。
ロリアが辛抱たまらず押し退けると、ようやくルシーラは離れた。
それでもまだ食べ足りないのか、ロリアに触れたせいで汚れた自分の指を舐めとるとニタリと笑った。
「ああ、気が利かずに申し訳ありません。今、綺麗にしますね。」
ルシーラが杖を振ると光がロリアの体を包み込みあっという間に元通りの綺麗な服装になった。
髪も体も水滴ひとつ付いていない。
「では戻りましょう、来週の教皇への運搬もよろしくお願いします。シスターロリア。」
ロリアは無事に生きて森から脱する事が出来た。
明日からはロリアの寮での生活が始まる。今住んでいる所は仮設部屋だったらしい。
「ギャスパー……。」
「おかえりなさい、大変でしたね。」
悪夢から帰還し、部屋に戻ると、人のベッドで呑気に本を読んでいるギャスパーを見てロリアは心底安堵した。
うっかり涙腺が緩んだ程だった。
無意識のうちに恐怖し、緊張していたようだ。
「ギャスパーの源魂花があったよ。凄く……怖かった。」
「あれは純粋な私の魂ではありません。おそらく欲張りな教皇が源魂花を一人で食べて取り込まれたのでしょうね。」
「ギャスパーの魂を食べてどうするつもりなの。」
ギャスパーはニヤリと笑いロリアを見た。
「私の魂を食べると魔力が増幅され強くなるんですよ。無魔人以外はね。私の魂を啜ったあの大炎帝国の王は一人で一国を落とせます、私たちが花を掠め取れたのは不意打ちだったからです。」
「でも教皇はあんな姿に……。」
「教皇は許容量を知らなかった間抜けで、大炎帝国の王は油断して不意をつかれた阿保。国のトップがどちらもダラシないなんて、あははは、世も末です。国民が可哀想、うふふ。」
ギャスパーはご機嫌に笑い、足をパタパタさせながら読書を再開した。
「この部屋から寮に移るみたいなんだけど、君はどうする?」
「確かにここは監禁部屋ですしね、私の事は気にしないで下さい。魔法でなんとか出来るので。」
――ここ、監禁部屋だったんだ。…………。
翌日、ロリアは部屋を変える事となった。今日から共同生活が始まる。ルシーラが寮の部屋のドアを開けた。
「皆さん、私たちの新しい家族が来ました。シスターロリアです。彼女は盲目ですので協力して助け合い、互いに慈しみながら生活しましょう。」
ルシーラにそう紹介されロリアも前に出る。
「ロリアです。よろしくお願いします。」
頭を下げてから部屋を見渡しゲンナリした。
簡素なベッドが5つある。5人部屋らしい、首輪を付けた3人の男が舌舐めずりをしてロリアを見つめていた。
もう一人は壁の方を向き、ベッドで横になっていた。
一目でわかる荒くれ者達だ。
「今度はその女か!」
「マリーちゃんじゃなかったな!賭けは俺の勝ちだ。」
「皆さん、くれぐれもロリアの事を宜しく頼みますよ。」
ルシーラはそう言ってロリアを部屋に押し込み魔法で鍵を閉めた。
「げへへ、歓迎するぜロリアちゃん。」
ここは恐らく牢屋みたいな物なんだろう。窓もない。目の前の男達も不自由そうだった。
男が近づいてきたかと思うとドンと壁に押し付けられ、そのまま腹を殴られた。
「ヒュー、最初から飛ばしますね兄貴!」
「躾は初めが肝心だからな。」
座り込みうずくまるロリアに一人の男が近づいた。先程寝ていた男だ。他の男達もビクッと驚いている。
「ボスがやるんですかい?」
「珍しいですね。」
「俺らがやっときやすよ。」
「うるせぇ、黙ってろ。」
そうして男はロリアの後ろ髪を下に引っ張り無理やり顔を上げさせた。
「はは、クソ女、いい様だな。」
ロリアの目が包帯の下で見開かれる。男の顔には両目と口に傷があった。
――ヒソクレフ‼︎
こんな所にいたのか。そして、ヒソクレフの首にも魔法が使えなくなる首輪が付いていた。彼もまた籠の中の鳥らしい。
ロリアは盛大に顔を顰め、ため息を吐いた。
あけましておめでとうございます。