旅をしていただけなのに。
ピアノの音が聞こえる。クラシックか何かだろう。高級感のある上品な音色が、高い天井まで届くようだ。見知らぬ教会に一人座り込んでいた僕はいつしか聞き惚れ、うつらうつらと眠気に襲われる。
「ーーーーもし、もし、もう閉館の時間ですよ」
肩を揺さぶられて目が覚めた。ハッとなってあたりを見回すと、なんとなく薄暗くなっていて、窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。
「あれ? ……あぁ、すいません」
少し困り顔をしていたシスターさんは、それを聞いてにっこりと笑った。
「いいえ。随分長いこと気持ちよさそうにしてらしたので、声をかけるのが遅れてしまいました。こちらこそごめんなさい」
「いえ、そんな」
立ち上がり、出口の方を振り返った。
そのときだった。
ーーーーバタン!!
「「え?」」
声が重なる。二人きりの教会の中、何かが壁に打ち付けられるような大きな音が響き渡った。
それは出入り口の大きな扉がひとりでに閉まる音だった。
次の瞬間けたたましいサイレンの音とともに視界が赤く染まった。
「なんだ? これは、火災警報!?」
にかわに足元からかすかな煙が立ち込め、こげた匂いが鼻を刺す。
「……」
シスターさんは何も言わない。困り果てた様子であたりをせわしなく見回していた。
「下からか?」
立ち込める煙が強くなるとともに、火事の場所がおぼろげにわかる。この教会には地下室でもあるのだろうか。
「そんなはずは……」
ガタンと大きな音がしたかと思うと、突然、僕らに向かって影がさした。
「危ない!!」
「きゃっ!!」
気づいたときには遅かった。教会の壇上の中央に飾られた巨大な十字架が、僕らに向かって倒れてくるのが見えた。僕らはそのまま、押しつぶされたのだろうか。
意識は、そこで途切れた。