大学生編 5
◆ ◆
ボーっとモニターを眺めるのも面倒になってきた。
だがしょうがねぇ。あの先輩が何度も何度もしつこく頼んできたことだ……せめて戻ってくるまでの辛抱か。
確かに奴が動く可能性がある。近くに先輩がいないし、周りに邪魔をする人間もいねぇ。今日が絶好の日だろう。
今は建物に入って留まっている。たぶん、飲み会ってやつが始まってるんだろうな。
俺の核じゃねぇから詳しい状況までは掴めねぇが、あの女が自分の家に無事に帰ればそれでいい。
そうじゃなかったら――俺が行かなきゃダメなのか?
……面倒だな。早く先輩戻ってこいよ。
お、建物から出たみたいだな。このままさっさと帰ってくれれば終わりだな。
……。なんで動かねぇんだ?
ん。何かに乗ったのか? すごいスピードで動いてるぞ。
しかもそっちの方向は……あの女の家じゃねぇ。
あー……。
あの人間、先輩の忠告を無視しやがったな。どこに連れていくのかは知らねぇけど……先輩が来るまでは俺が相手するしかねぇか。
馬鹿な人間だな。
――ようやく止まったか。
……宿泊施設か? まぁいい。座標さえわかればすぐに向かえる。
先輩がキレるようなことになる前に止めてやるか……。
座標セット完了。
――行くか。
□ □
――……さて。
ここは、部屋の玄関か。靴が三足? しかもどれも女の靴じゃない汚ねぇ靴だな。
……どういうことだ? こりゃさっさと行くべきだな。
――……おらっ!!
「……っ! 何だ!?」
扉を蹴り開けると、ベッドの上に横たわる栗原とそれに跨るあの男――秋山、だったか。
もう一つのベッドの上にも横たわる女と跨る男。
床にも女が倒れていて、大柄の男が服に手をかけようとしている。
女どもはいづれも……怪我はしてねぇな。あぶねぇ、ギリギリだったな。
「んだてめぇ!! どうやって入ってきたんだよ!!」
床に倒れていた女に手をかけようとしていた男が、立ち上がって威勢よく近づいてくる。
――見たことねぇ奴だな。誰だ?
「んなことはどーでもいいんだよ。この状況はどういうことだ? ……おい、てめぇ、先輩の忠告忘れたとは言わせねぇぞ」
栗原の上に跨った秋山を睨みつけると、向こうも俺を睨み返してきた。
「お前は確か……山田にくっついてる野郎だな。どっから付けてきたんだ? 山田もいるのか?」
「なんで先に俺が答えなきゃいけねぇんだよ。先にそっちが説明しろ」
「ダメだ話が通じねぇ。相手は一人だろ、さっさと黙らせよう」
そう秋山が言うと目の前の男が頷き、ポケットからナイフを取り出した。
おいおい、なんで武器持ってんだよ。そのナイフで服でも切り裂くつもりだったのか?
「そのナイフは何だよ。女どもに何するつもりだったんだ?」
すると、大柄の男がニチャアと汚い顔で笑ってきた。
「てめぇも興味あるのか? もちろん、女を脅すに決まってるだろ? ナイフをちらつかせて、ちょっと血を見せればおとなしくなるのさ。後は写真なり動画なり取れば奴隷の出来上がり」
「……はぁ、趣味わりぃな」
「んだと?」
「今まで見てきた人間中でいなかった、まさに外道って奴の思考だな。そういう意味で興味が沸いてくる」
まぁどこでもこういう奴はいるよな。むしろ今まで出会わなかったのが奇跡なのか。
本気でこいつらの脳みそ持ち帰って色々抽出して、そうなった経緯やら人間の残虐性なんかを調べたくなるな。
――上司も満足するんじゃないか? いや、今はそういうのがほしいんじゃないんだよな……。やっぱダメか。
けど純粋に俺の研究材料として持ち帰りてぇな。
「……怖気づいたのか? もうおせぇんだよ!!」
俺が急に黙ったせいで勘違いさせたらしい。
うーん、どうやって持って帰るか。一旦黙らせるか。こいつらの意思はいらねぇもんな。
「……たすけ、て」
「ん」
床に倒れていた女――確か、なんとか絵里、だったな。
薄っすらと目を開けて、口を動かしている。意識が戻ったのか。
「あー……そのまま眠ってた方が良かったんだが……しょうがねぇな」
しょうがねぇとはいえ、面倒なことになるな。
はぁ――と思ったら、急に目の前の男が血相を変えて向かってきた。
「おら死ねええええ!!!」
汚ねぇな、唾飛ばすんじゃねぇよ。
力任せに向かってくるナイフをさっと避けて、男のひたいにチップを張り付ける。
――ま、とりあえず眠ってもらうか。
グッとチップを押し込んで――男はそのままバタッと倒れた。
……眠らせたけど、実験台まで運ぶのって俺だよな。
……やっちまった。眠らせるんじゃなっくて、一時的な洗脳にすりゃよかったな。
「おい! 何コケてんだよ!」
秋山はどうやら男が勝手にこけたと思っているらしい。ま、傍目から見りゃそう見えるだろうな。
「……おい、てめぇはいい加減その女から離れろ」
いつまでも跨ってんじゃねぇぞ。
先輩が来たらどうなるか知らねぇぞ。
「うるせぇんだよ!! てめぇらさえいなけりゃ――」
言葉を置き去りにして、秋山の身体がぶっ飛び壁に激突した。
頭を強く打ち付けたのか、ぐったりと倒れこみびくともしない。
「……良かった、寝てるだけみたいだ……」
元の場所を見れば、いつの間にか先輩がいた。
心配そうにあの女を抱き締めている――いつ来たんだ?
「英雄、なんでさっさと動きを止めないんだ? 知美に何かあったらどうするんだ?」
普段とは打って変わって驚くほど冷めた口調だった。
これは、めちゃくちゃ怒ってるぞ。
「あー……変に動くとやばい、かなぁと」
「……まぁいいや。ほら、あいつもさっさと眠らせて」
頭でクイっと指し示す方向には、残り一人の人間が唖然とした表情で固まっている姿だった。
まぁそりゃびっくりするだろうな。マジでぶっ飛んでいったからな。
「こ、こっちに来るな!」
俺が近寄るとそいつは女から離れて、ベッドから立ち上がった。
が、広くはない部屋で逃げられる場所なんてない。
「ま、あいつみたいに痛くねぇからいいだろ」
そう言ってチップをひたいに張り付けて――しばらくの間眠ってもらった。
……あー、結局全員眠らせちまった。
「英雄、こいつらのスマホを回収して、全データ消去するんだ」
「ぜ、全データ?」
「当たり前でしょ。動画やら画像なんかあっても意味ないんだから。あ、もちろん家にパソコンがあるならそれも全データ消すんだよ」
「……え、俺がするんすか」
「それぐらいできるだろ?」
冷めた物言いに背筋がひやりとした。
こいつらの自宅も特定しろってことだよな……本当に面倒なことになったな。
あー……先輩の頼みなんて引き受けるんじゃなかった。
「……何の話を、してるの?」
……忘れてた。
この女だけ目を覚ましてたんだった。まだ身体がだるいのか、頭を抱えて立ち上がることはできないみたいだが……。
「……川本さん、今の話聞いちゃった?」
「うん……山田くんたちって……何者?」
「うーん……」
こりゃこいつの記憶も消すしかないんじゃねぇのか。
じゃないと俺たちの正体がいつバレてもおかしくねぇぞ。
「……俺たちの秘密はね、知美は知っていることなんだ。だから心配しないでほしいんだけど……それでも知りたい? 返答によっては対処が変わってきちゃうんだけど……」
え、なんで選択の余地を与えるんだ?
「……知りたい。絶対誰にも言わないから」
「そう。……じゃあ英雄、見せてあげなよ」
「……はい?」
え、俺?
「本当の姿を見せてあげなよ」
「なんで俺が?」
「いいから」
意味わかんねぇ。ま、見せりゃいいんだろ、見せれば。
――確かに見せれば、うっとうしい付きまといもなくなるかもしれねぇしな。
「……う、嘘でしょ」
女は口を手で覆い、言葉を失っている様子だった。
俺の頭から足の先までをじっくり眺め――俺の顔をじっと見つめてくる。
「黒い……タコみたい」
「タコじゃねぇよ」
俺の声にビクッとする女。……まぁ声色も変えてたからな。
さて、この女はどうするんだ? この姿を見ても、周りに黙ってることができるのか?
「あの……目とか口とか鼻もないみたいだけど……英雄くんはちゃんと私のことが見えてるの?」
「当たり前だろ」
「声も……聞こえてる?」
「……じゃなきゃ質問に答えてねぇだろうが」
何言ってんだ、この女。
「じゃあ……私、英雄くんの秘密を知っちゃったから、お話相手ぐらいにはなってくれるよね?」
にっこりと笑って小首をかしげる女――こいつ、何考えてんだ?
「お前……頭おかしいのか? 普通、ビビッて叫ぶぐらいするんじゃねぇのかよ」
「びっくりはしたけど……みんなには普通に人間の姿として映ってるんだよね? だったら関係ないかなぁ。それに今の姿、怖い見た目でもないし……私は平気だよぉ」
「いや、お前が平気でも関係ねぇよ。……ちょっと、先輩! この女どうするんすか!」
先輩の方を見ると――笑いを堪えているみたいだった。
どこに笑う要素があるんだよ。
「……ごめんごめん、そういう答えが返ってくるとは思っていなかったから。ヒデオの対応も面白くってさ」
「今は面白いとか関係ないんすよ。いづれこの女がバラす可能性があるんすよ? 記憶を消す方が絶対無難でしょ」
「私、絶対誰にも言わないよ!」
女を見下ろすと、ムスッとした表情で睨み上げていた。
……何なんだ、この女。俺、今、本来の姿で晒してるんだぞ。
「ん~そうだね、川本さんの記憶は消さないことにしよう」
「やったー!」「え、どうしてすか!!」
先輩は女と俺を交互に見てから、ニッコリと笑って見せた。
「ヒデオ、そんなに心配なら川本さんのことを見張ればいいんじゃないかな?」
「はぁ?」
「あ、もちろん人間の常識の範囲内でね。大学とかで一緒に過ごす時間を増やせば、誰かに言うかもしれないっていう不安は取り除けるでしょ? 川本さんもそう思うよね?」
同意を求めるように女を見る先輩に釣られ、再び女を見下ろしてみると、目を輝かせながら頷いていた。
「山田くんの言う通りだよ! 私、英雄くんといっぱいお話したかったから嬉しいなぁ」
何なんだこの女は……!!
思わず頭を抱えると、先輩は栗原を横抱きにしてベッドから立ち上がった。
「ま、後はまかせたよ。……川本さん、この秘密は知美にはしゃべってもいいよ。多分いい相談相手になってくれると思うし、これからも知美とは仲良くしてほしいな」
「うん、もちろん。後の人には……愛ちゃんにも秘密にするから。山田くんも……ともちゃんのこと、お願いね?」
「うん。大事な人だから」
そう言うと先輩はスッと姿を消してしまった。
……おいおいおい、この状況、俺が全部処理するのかよ。
「あの……英雄くん、手貸してくれないかな」
「あ?」
見るとこちらに手を伸ばしている。
立ち上がりたいのだろう――くそ、しゃーねぇな。
「……ありがとう。本当に助けてくれてありがとう。薄っすら意識があるのに身体が全然動かなかったから……本当に怖かったんだ。でも、英雄くんの秘密を知っちゃって、全部吹き飛んだよ」
えへへ、と声を漏らし女が笑う。
女の手を握り、グッと力を込め引っ張り上げた。よろけながらも、女はようやく立ち上がった。
「……手、丸いね。物とかちゃんと掴めるの?」
「見た目がこういう風なだけであって、細かい作業には困らねぇよ。……てかお前、さっきから興味ありすぎだろ」
「そりゃだって……私、英雄くんのこと好きだから。興味ありまくるに決まってるじゃん」
「…………はぁ!?」
思わず手を払いのけた。
マジで言ってんのか、こいつ。頭おかしいだろ、信じられねぇ。何なんだこの人間は。
「そんなに驚かなくてもいいじゃん。でも、これで英雄くんが私を無視しなくなるからチャンスあるよね?」
「お前……俺を脅してんのか」
「脅す、なんて言葉が悪いなぁ。仲良くしようねって言ってるんだよ?」
「あーー!!! 意味わかんねぇ! お前の相手してると時間の無駄だ!!」
「えー? ねぇねぇ、それより山田くんにいっぱいお仕事頼まれたんでしょ? 私も何か手伝おうか?」
「うるせぇ! お前は今から家に帰るんだよ!」
「私の名前、ちゃんと呼んでよぉ。か、わ、も、と、さん。英雄くん、わかった?」
「うるさい、さっさと帰るぞ」
ぐだぐだうるさい女の腕をつかみ、さっさと瞬間移動をする。
……マジでやべぇ女に秘密を握られちまった。
それにあの部屋の処理もしなきゃならねぇなんて……最悪な日だ。




