ハッキリさせたこと
朝、いつも通り登校すると、さっそく橘さんが駆け寄ってきた。その顔は心なしか笑ってる。
「おはよう、栗原さん! 昨日はどうだった?」
「お、おはようございます」
席につくと、橘さんは机の横にしゃがみ込んで、キラキラした目でじっと見上げた。
ものすごく期待されてる目……聞きたくてウズウズしてたのかな。
「昨日は……橘さんの言う通り、弁当を持って行きました」
「そうなの!? で、で? どうだった?」
「はい、その、とても喜んでくれてたと思います」
「良かったわね! ……あ、来たわよ彼氏!」
ニコニコと笑いながら、橘さんは登校してきた山田の元へ歩み寄る。
近寄ってきた橘さんに気付いた山田は、一旦荷物を机に置くと二人でこっちにやってきた。
「おはよう、栗原さん。昨日はありがとう」
「おはよう……こちらこそありがと」
「山田くん、聞いたわよ。美味しい弁当食べたそうね?」
「うん。すごく美味しかったんだ。それに動物園も真新しくて新鮮だったよ」
「そう。楽しかったみたいで良かったわ。……あ、ごめん、ちょっと呼ばれてるから」
見ると、少し遠くの女子グループが橘さんの名前を読んで手招きしてる。橘さんはグループのところへと向かって行った。
「……丁度良かった」
山田がボソッと呟くように言ったので、思わず見上げる。
「栗原さん、今日の放課後に会う約束を取り付けたから。HRが終わっても帰らず教室にいてね」
「……わかった」
いよいよなんだ……一体どうなるんだろう。
◇ ◇
昼休憩も三人で一緒に食べて、その時に橘さんから根掘り葉掘り聞かれた。動物園が楽しかった、とか、弁当が美味しかった、とか、山田が主に答えてくれた。どうやら嬉々と話していたようで、その様子に橘さんも嬉しそうに笑っていた。そうなったのも、橘さんが助言してくれたおかげだし、本当に良かったと思う。
午後の授業はほとんど頭に入らなかった。あの二人に会ってどうなるのか、そんなことを考えているとあっという間に時間は過ぎて――終わりのHRが終わろうとしてる。
「……よし、じゃあ起立、礼!」
先生の掛け声とともに散らばるクラスメイトたち。
部活へと急いで教室を出て行く人やら、友達と一緒に教室を出る人もいる。私はその様子を眺めつつ、山田の指示通り自分の机から動かなかった。
「あら? どうしたの栗原さん。帰らないの?」
すると、不思議そうに首を傾げて橘さんが近づいてきた。手にはかばんを持っていて、すぐにでも帰りそうな雰囲気。
「はい、その……この後山田と少し用事が……」
嘘は……言ってない。正直に話したら橘さんが心配しそうだし。
「あ、そうなの? ごめんね、気が利かなかったわ。じゃあ私先に帰るわ。また明日ね」
「はい。また明日」
手を振る橘さんに手を振り返して見送った。
「橘さん帰ったね」
「わっ! び、ビックリするじゃない!」
いつの間に隣に立ってんのよ!
「待ち合わせ場所は体育館の裏手だよ。俺の拠点に通じてるところ。そろそろ行こうか」
「……うん」
緊張する。気のせいかもしれないけど、山田の声色も強張ってるような……。
下校時間で騒がしい廊下を二人で足早に抜け、体育館の裏手へと向かった。
◇ ◇
人気のない体育館裏。西日は校舎に遮られて、すっぽりと影になってる。元々明るい場所じゃないから、誰かが好んで来る場所じゃない。中からはバレー部かバスケ部か、どこかの運動部の掛け声が聞こえてる。こちらがよほど大きな声を出さない限りは、中の人たちに気付かれることもないと思う。そして、外壁の地面の隅っこにある黒い穴。山田の拠点を繋ぐ穴は相変わらずある。ところで肝心の二人だけど……。
「……まだ来てないね」
誰もいなくてがらんとしてる。……まぁ、なんとなく予想はできてたけど。
「良かった」
「……良かった? どういう意味――……って!!」
隣に立つ山田を見ると、こいつ、いつの間にか人間化してる!! 何考えてんのよ!!
「ちょっと! 誰かに見られたらどうするつもり!? 人気がないとはいえ、中じゃ部活動してんのよ!?」
「栗原さん、しー! 静かにしていればバレないよ」
ふんわりと微笑み、人差し指を立てて口に添えてる。……ってカッコつけてんじゃないわよ!!
中にもバレるかもしれないけど、今から来る吉村さんとヒデオにもバレたらどうするわけ? 一体何考えて変化してるのよ……!!
いざ口を開いて文句を言ってやろうとしたんだけど……その前に山田の手が私の口を塞いでしまった。
キッと睨み上げても、山田は優しい眼差しで私を見つめる。
「……大丈夫。今回はこの姿で会ってこそなんだ。栗原さんも自然にしててね」
自然にしててねって……。私がこの姿で見えるってことは、他の人にはタコ宇宙人に映ってるってことでしょ? そんなの……自分が宇宙人だってバラすってこと? 何考えてんのよ……! ただでさえ吉村さんとヒデオが何考えてんのかわからないのに……知られたら何言われるかわからないじゃない。
私は山田の手首を握ると、グッと力を込め口から外した。
「……なんでこんなことするの? ただ会うだけでしょ?」
「今回こんな風に会うのは、俺の姿を見せるためだよ。……大丈夫、これでハッキリするよ」
「ハッキリしたところで、あんたが宇宙人だってバレるんじゃ意味ないじゃない!」
「そうなった場合は、少し眠ってもらうよ。きっと誤魔化せるから」
と言って、山田はニッコリと笑った。
……眠るってどういう意味だ。あの二人はあんまり好きじゃないけど、だからって何かされるのを黙って見過ごすのも気が引ける。でもこのままじゃ……山田が宇宙人ってことがバレるのは確実……!! どうしよう、どうすればいいの……!
――その時、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
地面を蹴る音は一人のようで、どんどんと近づいてくる。
山田も聞こえたようで、スッと真面目な顔つきになるとその音の方を真っ直ぐ見据えた。いつもなら見られないその横顔は、真剣で集中してるように見える。
「……栗原さん、なるべく自然に振る舞ってね。心配しないで」
目を見ず、念を押すように山田は言った。
もう……こうなったら山田を信じるしかない。私も頷いて答え、近づく足音に集中した。そして姿を現したのは――。
「どうも」
白い歯を見せながら顔を覗かせたのはヒデオだった。ニヤニヤと笑いながら、こっちへ近づいてくる。
……でも……なんかおかしい。
「あれ? 吉村は来てないんすか」
「……うん、まだだよ」
「おかしいっすね、あいつ教室にいなかったんだけどなぁ」
……なんで、山田を見ても何も言わないの? 気にする様子もなく、ポリポリと頭を書いて小さく舌打ちをしてる。
目はちゃんと山田の方を見てるし、見てないこともない……なんで……。
すると……また後ろの方から足音が近づいてくる。
「すいませーん、また遅れちゃいました~」
体育館の影から吉村さんが笑顔でやってきた。少し息が上がってて、本当に急いできたみたい。
ニッコリと笑っていたのもつかの間――こっちを見るや否や、表情が一変する。
「き、きゃあああ!!!」
「は?」
目を見開き腰を抜かしたのか、ぺたんと地面に座り込んだ。けれど視線は真っ直ぐ山田へと向けられてる。
……やっぱり、ちゃんと宇宙人として映ってるんだ。じゃあなんで……!
ヒデオは首を傾げたまま、吉村さんに近づくとだるそうにしゃがんだ。
「どうしたんだよ」
「ど、どうしたって……目の前に化物がいるじゃない!!」
その直後、隣に立っていた山田が突如動き、早歩きで一気に吉村さんとの距離を詰めた。吉村さんは小さく「ひっ」と声を出したけど、腰が抜けたままで少し身体を引いただけだった。山田は吉村さんの前で膝を折ると、ポケットから一つチップを取り出し吉村さんの額に当てた。
「……ごめんね、少し眠っててくれる?」
「……っ!」
恐怖で顔を歪ませた吉村さんだったけど……チップを額に当てられてからすぐにガクッと脱力した。それを受け止めた山田がゆっくりと地面に倒した。
っていうか……ちょっと待って。今は吉村さんよりも……このヒデオ……一体なんで……。
じっと見ていたのに気付いたのか、ヒデオの視線とぶつかった。
人を見透かすかのように鋭い視線。どこか威圧的な態度。それでも、見た目は人にしか見えない。色黒の体格の良い男子だ。なのにどうして……!
「……あんたはまだ理解してねぇんだな。ま、俺も嵌められたってことしかわかっちゃいねぇんだけどな」
ふん、と私を鼻で笑って見た後、ヒデオはスッと冷めた目で山田を睨みつける。
「先輩、一体何をしたのか……説明していただけますかね?」
山田は立ち上がって振り返る。
眉間に皺を寄せ、鋭い視線でヒデオを睨み返した。
「……君、俺と同じくこの星の人間じゃないんだろう?」
そう言われてもヒデオは表情を一つも変えることなく、山田を睨みつけていた。
動揺したのは私だけで、思わず一歩後ずさる。だって……まさか、人間にしか見えないのに……宇宙人なの?
「君にはずっと、俺が人間じゃない姿で映っていたんだ。でもね、今の俺の格好は栗原さんにしか人間の姿に見えないんだ。つまり……通常の人間が俺を見たら、本来の宇宙人の姿として映ってる。だから吉村さんが驚いたんだ。でも……君は違う」
山田はそう言いながら、私の所へと歩み寄って来る。
一方で、ヒデオが苦々しい表情で舌打ちをしていた。いつもの嫌味ったらしい笑顔はない。つまり本当に……。
「ずっと俺の本来の姿を見ていたからその変化に気付けなかった。……さぁ君の目的を教えてもらうよ。宇宙人さん」
山田のハッキリとした声色に対し、ヒデオは視線を落とし、面倒臭そうにため息を吐いた。




