精一杯の言葉
山田は弁当を綺麗に食べてくれて、食べ終わった後も「美味しかった。ありがとう」と言ってくれた。それだけで作った甲斐があったと思う。少しお腹を休ませた後、二人でアスレチックがある広場へと向かった。
同じ動物園内のエリアなんだけど、ここは家族でわいわいと過ごすような場所。そのためか周りには動物の入った檻はない。足元は短い芝が生え揃って、なだらかな坂を利用して子どもたちがそりで遊んでる。……子どもの頃、同じように遊んだ気がするなぁ。
「へぇ、気持ちいい場所だね。どうせだし、あの丘を登ってみようよ」
「うん」
山田と手を繋いで、丘の頂上を目指し歩いてく。
頂上って言ってもすぐだ。着くと子どもたちが行儀よく、そりの順番を待ってる。他にも父さんと一緒にそりに乗る子や、上から手を振る子もいたりした。丘から下を見下ろすと、丁度このエリア全体が見渡せるようで、緑の芝生が日光を浴びてキラキラ輝いて見える。シートを敷いて家族や恋人と楽しんでる人たちも見えた。
「……あっ、栗原さん、あそこ丁度ベンチが空いてるから座ろうよ」
見ると木の下にベンチがあって、丁度日陰になってる。運よく誰も座っていなかったので、二人で並んで腰かけた。
……日陰に入ると風が気持ちいい。
「……栗原さん。今日は本当にありがとう。ずっと閉じこもってたから、良い気分転換になるよ」
顔を向けると、山田も前を向いて風を浴びているようだった。
「それなら良かった」
それが一番の目的だったしね。そう言ってもらえると嬉しい。
……まぁこれで山田の考えごとがなくなるっていうわけじゃないんだけど。どうにかして山田の力になれないのかな。
「あの――」
「楽しそうだね」
「えっ?」
「ほらあそこ、家族、かな? 大人と子どもが一緒になってはしゃいでるから」
山田の手で差す所を見下ろすと、父さんに抱えられた男の子が一緒になってそりを滑っていた。楽しそうに微笑み合って、見てるこっちも頬が緩みそうになる。
……山田もやっぱり家族が恋しかったりするのかな?
「……山田の家族はどんな感じなの?」
「んー……そもそも家族というか、親とは一緒に生活しないんだ」
「えっ。じゃあどうやって一人で生きていくの?」
「そういう施設があるんだ。生まれた瞬間に親は施設に子どもを預けて、育児は全くしない。施設では子どもに適切な教育を受けさせるし、その間親も仕事の効率を落とさなくて済むから合理的でしょ? だから人間のこういう風景は新鮮に映るよ」
「……でも、それじゃあ親からの愛情を知らずに育つってこと?」
「うん。知識さえあれば生きていけるからね」
……なんだか、改めて山田が宇宙人なんだって思った気がする。いつも飄々としていたのってそれが原因なのかな。
「だから、ここに来て人間たちの様子を見るのが新鮮だったんだ。全てを合理化する俺の星ではありえない光景ばかりだったから。……こんなのもいいなぁって、思ったんだよ」
「そうなんだ……そういえば最近、山田も何だか人間臭い気がするよ」
「え? そう?」
「うん。人間臭いというより……優しい、かな。まぁ優しいのは元々だけど……あれ、そう考えたらやっぱり山田は元々人間臭い宇宙人だったのかな?」
自分で言っててわけわかんなくなってきた……。そもそも、お嫁さん探しも山田が無理矢理さらってたら全然違う話になってるのよね。まぁ、私が山田の本来の姿が見えちゃってたから、そういかなくなっただけかもしれないけど。そうだとしても、やっぱり日頃の仕草や言葉は優しい。悪ぶってる男子よりもよっぽど良い。
「……それはきっと、栗原さんが俺を人間と同じように接してくれたおかげだよ。人間と宇宙人の壁をなくしてくれたんだ」
妙にハッキリと聞こえた声に釣られ、山田を見つめた。山田もじっとこっちを見てるみたいだった。
「俺、本当に栗原さんと出会えて良かったと思ってるよ。元の星にいたら知りえなかったことがたくさん知れたし、体験できないこともたくさん体験できたから。だから……」
そう言うと山田の手が伸びて、丸い手でそっと私の頬を撫でた。突然のことでビックリしたけど、すぐに山田は手を降ろして少し顔を俯かせる。
だから、の続きを待っても山田はそれ以上語ろうとしない。考え込むように、呆然と地面を見てるみたい。
「あの……どうしたの?」
「……ヒデオっていう人間をずっと考えてたんだ」
「えっ?」
……なんでいきなり。
山田は俯いたまま言葉を続ける。
「この問題を解決する唯一の方法を思いついたんだ。そのためには、俺が、ヒデオと吉村さんの二人同時に会う必要があるんだけど……栗原さんはどうする?」
ここでようやく山田がこっちを向いた。
……どうするって、要するにそれに付き合うかどうかってことよね。そんなの決まってる。
「一緒に行く」
「うん、そう言うと思ったよ。……じゃあ明日にでも会う約束を取り付けるね」
「でも会ってどうするの? またあの二人から変なこと言われるだけじゃない?」
っていうか、そもそも問題自体が何かわからないから、会う理由もよくわからないんだけど……。
「言われるかもね。それでもハッキリさせたいんだ」
妙に力強く言い切った。山田はそのままじっと私に顔を向け続ける。……見つめてるのかな。
何か言うのかと思ってたのに何にも言わず黙ったまま。不思議に思って首を傾げたら――いきなり山田が抱き寄せてきた! って、いきなりなに!? てか周りに人いるから!
「ちょ、ちょっと! 山田、いきなり何を――!」
「俺、絶対に栗原さんを守るから。大丈夫だよ」
解こうと抵抗してたけど……その言葉と優しく包み込む腕の温かさに、抵抗する力は急激になくなる。……なんで急にそんなこと言うの。ただ二人に会うだけでしょ? なんでそんな……大げさな言葉言うんだろう。
山田はすぐに身体を離すと、私の肩に軽く手を置いた。
「……急にごめんね。じゃ、まだ行ってない所に行こうか」
山田はいつものような雰囲気にすっかり戻って、ベンチから立ち上がった。……なんかまた、はぐらかされた感じがするけど……明日になればわかるのかな。すると、山田が赤い腕を伸ばして、私に行こうとでも言いたげに顔を向けてる。仕方ないから手を取って、私もベンチから立ち上がった。
……色々気になるけど、今はいいや。今は笑って、山田と二人で動物園を楽しもう。
◇ ◇
それから二人でまったりと動物園を散策した。動物と触れ合いもしたし、記念撮影もした。……ちなみに、写真の山田はというとやっぱりタコ宇宙人で映っていた。けど、撮影した人が何も言わなかったから、やっぱり写真でもイケメンとして映ってるんだと思う。
後は、鳥や羊に餌やり体験をしたり、オウムのショーを見たりした。どこも人が多かったけど、ずっと山田が手を繋いでくれてたのではぐれることはなかった。
時間はあっという間に過ぎて――夕方、私と山田は動物園の外に出た。
「楽しかったね。今日は付き合ってくれてありがとう」
「お礼を言うのは俺の方だよ! お弁当まで用意してくれてありがとう! とっても良い気分転換になったよ」
声が嬉しそう。……うん、今回は大成功かな。
「じゃあ私バスで帰るから……」
「あ、じゃあ俺も!」
「え? ……あんた、いつもみたいに瞬間移動して帰るんじゃないの?」
「たまには人間と同じ感じで帰ろうかなぁって。それにまだ、栗原さんと一緒にいたいしね」
そんなことをサラッと言ってのけ、私の手を取ってバス停へと歩き始める。……ていうか、なんでそんな簡単に恥ずかしいことを言えるのよ。
バス停に着くと丁度バスが到着して、なんとか二人掛けの席に座ることができた。……山田と公共交通に乗るなんて初めてな気がする。
バスの中は静かで、山田も珍しく空気を読んだのか終始黙ってた。ただ、興味津々で窓から外の風景を眺めてるみたいだった。こういう姿を見てると子どもっぽくも見える。……それにしても、ちょっと歩き疲れちゃったな……瞼が……落ちそう。
「栗原さん」
小声のかすれた山田の声に、ビクッとして目を開けた。見ると、山田がこっちに顔を向けてる。
「……肩、使っていいよ。近くなったら起こすから」
「あっ……うん、ごめん、ありがと……」
そういえば弁当作るのに早起きしたんだった。……山田の肩、気持ちいい。
揺れるバスと、隣に山田がいる安心感ですぐに眠りに落ちた。
結局、最寄りのバス停に着くまで一度も目覚めることなく、山田の肩はずっと私の枕代わりになってた。でも山田は嫌味なことを言うわけでもなく気にする様子もない。
「あー面白かった。ゆっくり帰るのもなかなかいいね。お金取られちゃうのは嫌だけど、それなりに楽しめたかも」
「……バスはアトラクションじゃないわよ」
「ははっ、そうだね。……今日は本当にありがとう。お弁当まで用意してもらって、本当に嬉しかったよ。明日のことは、また明日学校で会ってから話すね」
「わかった。……あの、山田」
「ん? どうかした?」
いつも通りの山田に戻ってると思う。けど……なんか少し不安。
「……明日はヒデオと吉村さんに会うだけ、よね? それ以上のことはないよね?」
そう言うと、山田は少しだけ間をおいた。
「……うん、そうだよ。会って確かめる、それだけだよ。栗原さんが心配するようなことはないよ」
「そう……」
「……あ、家まで一緒に行こうか?」
「ううん、平気。もうすぐそこだし」
「そっか。……じゃあ今日は本当にありがとう。また明日ね」
そう言って、山田は手を振ってその場から去ろうとする。
……何だろう、ものすごく嫌な予感がする。不安が拭えない。
「や、山田!!」
「……え?」
思わず叫ぶと、山田は足を止めてこっちを振り向いてくれた。不思議そうに首を傾げてる。
「どうしたの?」
「あの、さ……吉村さんとヒデオに会って、ハッキリさせたいって山田は言うけど……」
「うん」
「……ハッキリさせた後……山田がいなくなるっていうことは……ないのよね?」
不安で押しつぶされそう。答えを聞くのが怖い。でも……大事な事。
山田はじっと私を見ているみたいだった。ほんの少しの間沈黙が流れて、周りの音が全然聞こえない。
「……ごめん、それは今……答えられない」
「……どうして?」
「明日次第で状況が変わるかもしれないんだ。だから安易なことを言って、栗原さんを裏切りたくない」
つまりそれは……いなくなるかもしれないってこと? そんなの……嫌だよ。
……どうしよう、いなくなるかもしれないって思ったら……涙が出そう。泣いちゃダメ……泣いたって意味ないよ。
「……栗原さん?」
しゃがれ声と共に、山田がこっちに近づいてくる気配がする。
……やばい、泣いてるのがバレる。涙を拭って、気合いで止める。泣くぐらいなら……言うべきことを言った方がいい。
「……泣いてるの?」
「泣いてない。私は……ここに残ってほしいと思ってる」
頑張って顔を上げた。すぐ目の前にのっぺらぼうがある。
目が赤くなってるのがわかるかもしれない。……それでも、ちゃんと言わなきゃ絶対後悔する。
「すごくワガママなこと言ってるってわかってるけど……私はずっと山田には地球に残っててほしい。山田が何をハッキリさせたいかは知らない。でも、それがわかった後も一緒にいたい。ずっと……一緒にいてほしい」
何か言われるのが怖くなって顔を俯かせた。……それは無理、とか言われたら目の前で泣くかも……。
でも……でも……ちゃんと伝えた。これは本当に私の思ってること。嘘じゃない本当の願いだから。
「……ありがとう。そう言ってもらえてすごく嬉しいよ。こんな俺を受け入れてくれるなんて……」
そう言うと、山田はぽんっと私の頭の上に手を乗せた。思わず顔を上げて山田を見つめる。
表情なんて見えないけど……なんだか微笑んでる気がした。
「……本当にありがとう。じゃあ……また明日」
けれど、山田はそれだけ言って、再び私に背を向けてその場から去っていく。
……引き止めたってきっと答えは返って来ない。たぶん今のが山田の精一杯の返事なんだと思う。




