花火大会
体育祭の後、橘さんから根掘り葉掘り聞かれると身構えていたんだけど、どうやら選抜リレーのときに直接山田に聞いたらしい。宇宙人が嬉しそうだったのがわかったから栗原さんには聞かないであげる、そう言いながら橘さんも嬉しそうに笑ってくれた。私が踏み出す後押しをしてくれたのは、間違いなく橘さんだからそう言ってくれて嬉しかった。
「……夏休み、羽目を外しすぎるなよー。あと課題も少しずつでもやっていけよー。最終日に泣くことになっても知らんからな。……よし、じゃあ起立! 礼!」
今日が夏休み前の最後のHRだった。終わるや否やはしゃぐクラスメイトたち。奇声を上げたり、走って教室から出て行った人までいる。……まぁ夏休みだもんね、浮かれちゃうよ。私は夏休みだろうが特に予定はないんですけどね……。
「栗原さん!」
呼びかけに顔を向ければ、橘さんが頬を緩め嬉しそうにしている。
「今度の日曜日に河川敷で花火大会があるの知ってるかしら? もし良かったら一緒に行かない?」
「花火大会……! いいですね!」
おぉ……友達と行く花火大会なんて夢みたいだ。橘さんの浴衣姿……綺麗だろうなぁ。
想像するだけで癒されそう。……あ、そうだ。
「良かったら先輩も誘いませんか? きっと先輩のことだから日々受験勉強に追われてますよ。良い気分転換になると思いませんか?」
そう言うと、橘さんは若干嫌そうに眉をしかめた。
少し考え込むように視線を落としたけど、すぐに表情が晴れる。
「……まぁ、いいわ。私一人になるのも寂しいし」
「え、一人、ですか?」
「そうよ。だって、うちゅ――彼氏も誘うでしょう? だったらほら、四人の方がいいと思って」
「え……。や、山田も?」
「何言ってるの、当たり前でしょう? ねぇ、山田くん?」
そう言って橘さんの視線が私の後ろへ逸れる。
「もちろん行くよ!」
ビクッとして振り返ると、いつの間にか真後ろに山田が立ってた。
「でも、先輩は急に誘って大丈夫なのかな? 今から直接言いに行った方が良いと思うんだけど。きっと橘さんから誘ったら断らないと思うよ」
「……誰が言っても一緒だと思うけれど。まぁ、行ってみましょうか。栗原さんたちもついてきてくれる?」
「あ、はい……」
何だか橘さんと山田に押されつつ、みんなで先輩の教室へと向かった。
三年の教室が並ぶ階はどこか雰囲気が違う。受験、ということもあってかピリピリしてる感じがする。
廊下はHRが終わったのか、三年生たちが教室から出てきているところだった。みんな山田と橘さんの姿を見つけると、一瞬惚けている気がした。
「あの教室のはず……あ、出てきたわ」
久しぶりに見た先輩は相変わらずの姿だった。眼鏡をクイッと上げつつ、若干視線を落とし足早に教室から遠ざかってる。そんな先輩に橘さんが近づいてトントンと肩を叩いた。
「先輩。お久しぶりです」
「え……うわっ! な、何ですか揃いもそろって!」
「何ですか、その言い方」
「ちょ……き、君たちは目立つんですよ……! 話があるなら聞きますから、外に出ましょう……!」
慌てる先輩を先頭に、私たち四人は学校から出ることにした。
◇ ◇
「……へぇ、良い雰囲気のお店ね」
四人でやって来たのは、いつもの裏通りにある静かな喫茶店。冷房が汗ばんだ身体を冷やしてくれて、おばあちゃん店主がいつものようにのんびりと迎えてくれた。橘さんは興味津々で店内を見てて、その隣ではムスッとした表情の先輩が腰掛ける。相変わらず私たちの他にお客さんはいない。
「……で、何ですか用事は。あ、俺はコーヒーだけで結構です」
「……へぇ意外にメニューあるのね。でも今回はコーヒーだけでいいわ」
「わかりました。……山田もコーヒーでいい?」
「うん」
すいませーん、と声をかければおばあちゃん店主がやって来て注文を受けてくれた。
注文を終えると、さっそく橘さんが先輩に向かってニッコリと微笑んだ。
「今度の日曜日に花火大会があるんです。先輩も気分転換にどうかなぁっとお誘いしたいんですけど……いかがですか?」
「……花火大会、ですか」
考えてるのか、先輩は眼鏡をクイッと上げて橘さんを見つめる。橘さんは小首を傾げて朗らかに続けた。
「山田くんと栗原さんと三人で行こうかと思ったんですが、私が一人余るので……。先輩が嫌とおっしゃるんでしたら、無理にとは言いません。先輩は今年受験ですし、勉強に忙しいと思いますから。でも先輩のことですから、普段から勉学に励まれてるんでしょうし、一日ぐらい勉強から離れても問題ないですよね?」
ニッコリと笑みを向ける橘さんだけど……何だろう、物凄く威圧的な感じがする。気のせいかもしれないけど、橘さん先輩に対してちょっと態度が違うような。
「も、もちろん! ずっと机に向かっていても効率が落ちるかもしれませんしね。たまには休憩も必要でしょうね。……いいですよ、行きましょう花火大会」
まんまと橘さんの口車に乗った先輩は、花火大会へ行くことを約束してくれた。でもまぁ、結果的に先輩としては良かったんじゃないのかな。どうせ素直に頷かないんだろうし、先輩の誘い方はこれで間違いないんだと思う。
◇ ◇
花火大会当日。
開催される河川敷が学校の割りと近くということで、学校の校門前で待ち合わせすることになった。一応早めに出たおかげか、私が一番乗りだったけど、すぐに学校の中から山田がやってきて一緒に待つことに。するとまもなく――正面から浴衣姿の女子と眼鏡を掛け直す男子が近づいてくる。あれは絶対に……。
「……もう少しまともなこと言えないんですか!?」
「お、俺は君を貶してるつもりはありません! 君こそ、そういう言い方は失礼でしょう!?」
何言い合ってるんだろ、あの二人……。
「あ、あの……二人とも、どうしたんですか?」
「栗原さん! この人、私を見て『少しはまともになりましたね』って言ったのよ!? 失礼じゃない!?」
「あー……」
「ど、どこが失礼なんですか! 俺は事実を言ったまでですよ!!」
「はぁ!? 先輩ってどれだけ人の気持ちを逆なですれば気が済むんですか!? ……もう、栗原さん、行きましょう!」
「え? ……うわっ」
橘さんが私の腕を取って、そのまま河川敷に向かって歩き始めた。
薄ピンクの浴衣姿の橘さんに、少しはまとも、って……そりゃ怒るよ。私が代わりに言ってあげよう。
「……私はすごく似合ってると思います。髪を結い上げていつもと全然雰囲気違いますし、いつも以上に大人っぽいですよ」
「……ふふ、ありがとう。頑張って着てきた甲斐があったわ。って、私、栗原さんも浴衣だと思って期待してたのに」
「す、すいません……」
「謝らなくていいわ。むしろ……その、ごめんね。宇宙人と二人っきりにさせたかったのに……私が栗原さん取っちゃって」
「全然、気にしないでください」
後ろをチラッと見てみると、山田が先輩に対して何か言ってる感じに見えた。先輩も山田に対して何か言葉を返してる。……あいつが何とかフォローしてくれたらいいんだけど……そんな気遣いができる気がしない。でも……直接的な言い方の方が先輩に効く気がする。そういう意味じゃ山田は良いのかな。
河川敷が近づくに連れて周りに人が増え始めた。浴衣を来たカップルだったり、小さい子どもを連れて家族連れだったり、色んな人たちがいる。陽も山の向こうに落ちていて、周りはすっかり薄暗い。河川敷に並ぶ屋台や提灯の灯りがぼんやりと周りを照らしてた。……お祭りだなぁ。家族以外でこんな所に来られるなんて嬉しい。
「すいませーん、屋台でクレープ屋がどこにあるか知りませんか?」
と、いきなり甚平を来た男二人組が近づいてきた。……ツンツンした髪型と、眼鏡を掛けたインテリ系の男。
「さぁ知りません。私たちも今来たばかりなので」
「あ、そうだったんですか。来たばかりなら、少し案内しましょうか? 女の子二人なら心細いでしょ?」
……ナンパだ。女の子二人って言うわりには、橘さんばっかり見てるな。でも橘さんは相手にしてない感じでそっぽを向いてる。
早く山田たち追いつかないかな。……いや、ここはあえて先輩が割って入ってきて、橘さんのピンチを救えば……好感度が上がるのでは。
「栗原さーん!」
この声は……。
「あ……や、山田」
駆け足気味に山田がやって来てくれた。
先輩は……少し距離を置いて一応こっちに向かってきてる。
「ねぇ、ここからは二人組で分かれて花火を見ようよ」
「え?」
山田はそんなことを言うと、男二人組には顔も向けず橘さんの方を向いた。
「ごめんね、橘さん。今日は二人きりにさせてもらうから」
男二人組は突然の山田の登場と言動に驚いてるのか、黙って見ているだけだった。
っていうか、山田はこの状況わかってない? いや、そんなことはないはず。でも、山田は私の手を握ると橘さんを置いてその場を離れて行く。
「えっ……ちょ、ちょっと! 止まって!」
足を踏ん張ってみるけど……全然止まらない。後ろを見れば、ぽかんとした表情で男二人が立ち尽くしてる。
ってその隙に橘さんがその場からダッシュしてる! ……あ、先輩も走って追いかけてる。
「大丈夫だよ。橘さんのことは先輩にまかせたから」
「だ、大丈夫なの……?」
「先輩が橘さんを見捨てるってことはないだろうし、何とかなるんじゃないかな。これだけ人もいれば逃げ切れるだろうしね」
ら、楽観的な考えね……。でも本当に大丈夫なのかな……橘さんが逃げ切れればいいんだけど。
気になりはしつつも、結局山田と二人で堤防の斜面に腰を下ろした。ここは地面がコンクリートになっているせいか、他にも家族連れやカップルが同じく腰を降ろして、今か今かと花火を待ってる様子だった。
「栗原さんお腹すいてない? すぐ下に屋台があるみたいだし、俺買ってくるよ」
そう言うと、山田は私の返事も待たず屋台へと走っていく。……何買ってくる気だろ。変なもの買わなきゃいいけど。
そう思ったのもつかの間、山田がこっちに引き返してくる。え、早くない?
「おまたせ。はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
差し出されたのは紙カップに入ったかき氷だった。……宇宙人のくせに夏の食べ物知ってるんだ。
赤いシロップの方を受け取ってありがたくいただく。
「どういたしまして。……うわー、冷たい。これって氷だよね。ただの氷なのに美味しいね」
「うん。……夏に食べると暑さも和らいで最高よ」
二人で並んでかき氷を食べ始めてからすぐに――夜空に大きな花火が打ち上がった。
ドーン、という全身に轟くような爆音と、暗闇に浮かび上がる色とりどりの火花。久々に目の当たりにする夏の風物詩に、しばらく夜空を見上げた。山田も食べていたかき氷の手を止めて、夜空を見上げてるみたいだった。
「……綺麗だ。想像以上に迫力があるね」
「うん……」
花火って綺麗だけどすぐに消えていくのが……なんだか少し切ない。今は次から次に花火が打ち上がってるからいいけど、ピタッと終わったあの瞬間はいつ見ても寂しい。
「山田も……」
今はそばにいてくれるから寂しくない。
でもいなくなった後のことを考えたら……。
「……ずっと地球に残れないのかな」
「……え?」
「え……あっ」
な、何言ってんだ私! まさか、花火の爆音の中でも聞こえた!?
……山田の奴こっちに顔向けてるし、やっぱり聞こえたのでは……!
「栗原さん、身の回りで変わったことは起こってない?」
「……へ?」
あれ、聞こえてなかったのかな? ならいいんだけど……。
「別に……起こってないけど」
「そっか、なら良かった。夏休みに入って毎日会えないから心配なんだ。……ほら、体育祭のときみたいになるかもしれないから」
「体育祭……あぁ、吉村さんの友達の奴ね」
あの嫌味ったらしい笑い方は、今でも覚えてる。吉村さんもそうだけど、あのヒデオって奴も似たような感じだった。類は友を呼ぶってこのことなんだろうな。
「まぁ……何もないなら良かった。……花火、綺麗だね」
そう言って山田は花火が打ち上がる夜空を見上げた。
……どうしていきなり身の回りのこと聞いてきたんだろ。……ヒデオって人がそんなに気に食わないのかな。
綺麗に夜空を彩った花火は終わり、星が広がる夜空はどこか寂しげに見える。周りの人たちは、混むのを避けるためか早めに移動を始めてた。
私はなんとなく、そのまま夜空を見上げた。……そういえば、山田の星ってどの辺りにあるんだろ。
「……ねぇ山田。あんたが来た星ってどこ辺りにあるの?」
「そうだね……本当に遠いから、まだここからは見えないんじゃないかな」
「そうなんだ……」
なんか……これ以上聞けない。聞き始めたら絶対に……また変な事口走りそう。
……もう帰ろう。帰りながら、さっき気になったことを聞こう。
「山田、学校の校門まで一緒に帰ろう」
「え、栗原さんの家まで送るよ。もう暗いし、危ないかもしれないから」
そう言って山田は立ち上がると、手を差し伸べてくれた。




