表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転校生、山田くん  作者: ぱくどら
高校二年生
28/49

体育祭、無事終了

 クラス選抜対抗リレーは体育祭の最後の種目で、その前にまだいくつか種目が残ってる。ちなみにスコアを見てみると……若干白組がリードしてるみたい。……うーん、なんとか追いつけばいいんだけど。


「……はー、疲れた」

「あ、おかえりなさい」


 二人三脚を終えた橘さんが、テントの最前列で陣取っていた私の隣に腰を下ろした。……そういえば、橘さんもたくさん競技に参加してたっけ。

 その割にはぐったりしてる様子もなく、流れる汗をタオルで拭ってる。……本当に体力あるなぁ。


「早く体育祭終わらないかしら……栗原さんの話をじっくり聞きたいのに」

「な、何言ってるんですか……」


 橘さんはつまらなさそうにため息を漏らした。


「……あれ、彼氏は?」

「彼氏って……。や、山田はゲートの所で待機してるんじゃないですか? 次は男子全員でやる騎馬戦ですので……」

「あぁ、そういえばそうね」


 すると、丁度BGMが流れ始めた。ゲートから入場する二学年の男子。

 その中でも山田は異様に目立って見える。……ついつい目で追っちゃう。


「……宇宙人だってわかってても、イケメンに見えてしまうのが悔しいわ」


 ボソッと呟くように言った橘さんは、眉間に皺を寄せ悔しそうにため息を漏らした。

 一方で、別の女子グループからも「山田くん頑張って!」や「本当カッコイイ」などという声が聞こえていた。


「栗原さんもあの子たちに負けないぐらい応援しなさいよ? もう遠慮することなんてないんだから」

「は、はい……」


 山田の出番が来るまで、紅組は白組の騎馬に鉢巻きを取られ続けてた。そのせいか周りからは落胆する声が聞こえてる。でも最後、山田たちの出番となると一斉に歓声が沸き起こった。騎馬の上に山田が乗って両腕を広げると、より歓声が大きくなる。

 けど……私の目にはいつもより腕が伸びてる姿にしか見えない。あいつの身体って一体……。周りが騒いでないから普通に映ってるみたいだけど……。


「……何その顔。嫌なものでも見たかのような表情は」

「その……山田の奴、気合い入ってるみたいで……ますますタコみたいになってて――」

「あまり聞かないでおくわ」


 橘さんも宇宙人姿の山田を思い出したのか、若干顔色が悪くなった。

 でも、やっぱり山田は凄かった。

 騎馬がぶつかると同時に、上に乗る山田と相手の男子が激しく鉢巻きの奪い合いを始める。相手の男子も体格が良くて、頭を遠ざけつつ必死に腕を伸ばしてる。山田もその腕を避けつつ、一瞬の隙を見逃さなかった。


「あっ!」


 男子の体勢が崩れた瞬間、山田は鮮やかに鉢巻きを奪って見せた。

 取った鉢巻きを高らかに掲げると、周りの女子からは黄色い声援が飛び交った。私も思わず拍手をして見惚れていると、山田が一瞬こっちを向いた気がした。


「悔しいけど……カッコイイわね。って、栗原さーん? 顔が赤くなってるわよー?」

「えっ!? あ、いや、その……」

「……宇宙人の姿でも見惚れちゃうって、本当に山田くんのことが好きなのね。……あー、早く話が聞きたいわ!」


 足をジタバタさせる橘さん……ちょっとかわいい。

 騎馬戦が終わりテントに戻って来る男子達。ワイワイと騒ぎながら帰って来る中で、一番人だかりができたのはやっぱり山田だった。戻るなり女子たちに囲まれ、キャーキャーと言葉をかけられてる。クラスの女子だけじゃなくて、他クラスの女子までやってきてるものだから、山田自身もあたふたしてる。


「さて、最後のリレーね。栗原さん、応援してね」

「あ、はい!」


 そういえば騎馬戦の後ぐらいだった。ニッコリと微笑んだ橘さんは立ち上がるとそのまま山田の元へ行き、群がる女子から山田を引っ張り出しそのままゲートへと連行していく。引っ張り出したのが橘さんだったせいか、囲んでいた女子たちも呆然とその背中を見つめるだけ。……ナイスです、橘さん。

 しかし……山田も橘さんもリレー参加となると……私、一人きりになるんだった。でも一番前確保できてるし、少しの間だから別にいいや。


 少しすると流れていたBGMが代わり、いよいよ入場の時間が近づいてきた。楽しみ――そう思った直後だった。さっきまで山田に群がっていた女子が一変し、突然テントの最前列目掛けて押し寄せてきた。

 いきなりわーっと押し寄せてきたものだから、私も座るに座れなくなって思わず立ち上がってしまった。すると、ズルズルと後方へ押しやられ……気付けばテントの後ろに追い出されてしまった。

 テントの中じゃみんな立ち上がってるし、背伸びしたらギリギリ見えるぐらい。……最悪。


「栗原せんぱーい、こんなところで何されてるんですかぁ?」


 この声は……そう思いつつ振り返ると、案の定吉村さんだった……。そしてその隣にいる男子……えーっと、誰だっけ。まぁいいや。

 今の吉村さんは黒ブチ眼鏡に黒髪のポニーテール……学校では地味子を演じてるみたい。


「……吉村さんこそ、ここで何をやってるんですか?」

「私は良い場所で山田先輩を応援しようって思ったんですよー。でも、一足遅れちゃいました。まさかぁ、先輩押し出されちゃったんですかぁ?」

「こ、ここからでも見えるからいいんです。吉村さんこそ、場所取れなかったから意味ないでしょ? 自分のクラスのテントへ帰った方がいいんじゃないですか?」


 早く帰ってしまえ。顔見てるだけでも、イライラで歪みそうだよ……。

 すると、パンッ! という号砲が響き渡った。と同時に上がる歓声――どうやら選抜リレーが始まったみたい。……一人で見たいのに……!!


「せっかくなんでもうここで見ちゃいます。それにヒデオくんが先輩に用事があるみたいですよ?」

「ヒデオくん?」

「今目の前にいるじゃないですかぁ、見えてます~?」


 垂れ目を薄く閉じ、ニヤリと笑う吉村さんの顔……こ、この子は本当に……腹が立つ。

 そのヒデオくんと言われた男子は山田ぐらいの身長で色黒のがっちりとした体型の男子だ。……そういえば遊園地で見た気がする。吉村さんと似たような薄笑いを浮かべて嫌な感じ。私はあなたに別に用事なんてないんだけど……ていうかあるなら早く終わらせて。


「じゃ、ヒデオくん案内したからね? 私、リレー見るから用事終わったら勝手にテントに帰っててね」

「あぁ」


 そう言うと吉村さんは群がってる女子の間に割って入って行き姿を消した。……って、私も見たいんだけど!! 

 背伸びして少し見てみると、次の走者が橘さんだった……。やばい、見れないかも。橘さんの次は山田だし……早くしないと見れない。 


「あ、あの! 用事って何なんですか? 早く教えてくれません?」

「あぁ。別に用事なんてねぇんだけど、こうやって邪魔したら楽しいんじゃねぇかなぁって思ってさ」

「……はぁ!?」


 何言ってんだ、こいつは!! ほとんど初対面の相手に普通そんなこと言う!?

 頭に血が昇って、目の前の男子を無視してトラックの方を向いて背伸びする。……あぁ、今橘さんが走ってるよ……ちゃんと応援したかったのに……。二人がバトン渡しするところ見たかったのに。もうすぐ山田の元に橘さんが到着しそう。


「なぁ、あんたって頭おかしいんじゃねぇか?」


 聞こえた罵倒に思わず視線を逸らし、男子を睨みつける。


「……は?」


 その時丁度、女子の歓声が大きくなった。……絶対今、橘さんがバトンを山田に渡したんだ。

 何位なんだろう、山田のやつ頑張ってるのかな。視線を再びトラックへ戻そうとするも――。


「それともあいつの頭がおかしかったのか、いや両方かもしれねぇな」


 男子を再び睨みつける。けど、そいつはニヤリと口元を歪めて笑ってた。

 一体何なのこいつは。


「さっきから……初対面のくせに失礼なことばっかり言って……! あんたには関係ないでしょ?」

「関係ない? まぁ……そうだな、あんたらの関係なんて知ったこっちゃねぇよ」


 テントでは男子女子ともわーわーと騒いで一番盛り上がってる。

 見たいけど……この目の前に立つ失礼な男子から目が背けられなかった。逸らしたら負けた気がするから。


「だったら放っておいて。私はあなたに用事はないし、二度と見たくない。さっさと自分のテントに帰って」


 自分でもびっくりするぐらいハッキリと言い切った。だけど、男子はニヤニヤと笑うばかりで引こうとしない。むしろ、じわじわと近づいてくる。

 ……な、何なのこいつは。

 気持ちが悪くなってじりじりと後退する。すると丁度、パンッ! という号砲が響いて歓声が上がった。リレーが終わったみたい。だけど、すぐに歓声は止んでざわざわと騒がしくなる。

 ――その時だった。


「栗原さん!!」


 しゃがれ声が聞こえたと思った瞬間、山田の奴が男子と私の間に砂埃を立たせながら割って入って来た。

 手にはバトンを持ったまま、私を自分の後ろに隠すように立ち塞がる。


「……あれ、もうリレーは終わったんすか」


 驚く様子もない落ち着いた声色で男子が言い放つ。顔は見えないけど、ニヤリと薄笑いを浮かべる顔が想像できた。

 山田は空いている方の腕で私をグッと引き寄せる。


「栗原さんに何の用? というか、君は誰?」

「別に? ……じゃあな」


 近くにいた人たちが唖然とした表情でこっちを見ている。それでもその男子は余裕ありげな笑みを見せ、その場を去って行った。ざわざわとする中、遅れて橘さんもやって来た。慌てた様子ですぐに私の肩を掴み心配そうに見つめてくる。


「だ、大丈夫? 山田くんがゴールした途端急に走り出したから……!」

「大丈夫ですけど……いきなり山田が飛んできたのがビックリだったんですが……」

「そ、そうね……私も驚いたわ」


 二人同時に山田を見上げた。

 山田は手に持っていたバトンをじっと見下ろしてる。


「ははっ! バトン持ったままだったね。あ、一位になれたよ。ね、橘さん」

「え、えぇ……最後一気に順位を上げてくれたおかげね。栗原さん私の走り見てくれた?」

「……それが見れなくて。見ようと思ったらテントから押し出され、その後吉村さんに話しかけられて……それであの失礼な男子に絡まれて……ごめんなさい」


 せっかく応援しようと思ったのにまともに見られなかった。申し訳なくて視線を落としていたら、橘さんが優しく肩に手を置いてくれた。

 顔を上げると、どこかほっとした表情で頬を緩ませてる。


「気にしないで。栗原さんが応援したいっていう気持ちは十分伝わっていたから。それより、何その男子って」

「それが――」

「その話は置いておいて、閉会式が始まるみたいだよ」


 珍しく山田に促され、私たちはクラスの列へと並び始めた。

 ……結果、体育祭は僅差で紅組の勝利となった。けれど……終わりがあんなだったせいか、イマイチ実感がない。一体あの男子……確か、ヒデオくん、だっけ? あいつは私に何が言いたかったわけ? 吉村さんとつるむような男子だから、きっと性格がねじ曲がってるに違いない。いや、ねじ曲がってる。思い出すだけでも腹が立つ。


 そんなことを考えていたら閉会式は終わっていた。

 朝、準備をした人たちは一足先に教室へ戻って解散。そうじゃない人たちは残ってテントの片づけ。私と山田は後者で、橘さんは残念ながら前者だ。正直、山田と二人きりになるのは何だか恥ずかしいから、橘さんにはいてほしかったんだけど……しょうがないよね。


「……他の女子に負けちゃダメよ?」


 ビクッとして後ろを振り返ると、ニンマリと笑っていた橘さんがいた。


「……じゃあ、お邪魔虫は帰ります」

「えっ、た、橘さん!」


 橘さんはニッコリと微笑みながら手を振って、教室へと帰って行った。お邪魔虫って……全然そんなことないのに。


「栗原さん、一緒にテント片づけよー」

「わっ!」


 こ、今度は山田が突然後ろから声かけてきた。……わ、私ボーっとしすぎなのかな。

 ドキドキする胸を抑えつつ頷いて、まず自分たちのクラスのテントから片づけることにした。

 ……で、ある程度予測してたことなんだけど……山田が片づけに回ると知っていたのか、明らかに女子の方が多い。おいおい、一つのテントに何人群がってるのよ……。しかも、わざとらしく力が出ないアピールすんじゃないわよ……!! もっとテキパキやってくれたら早く片付けられるのに。

 ……はぁもういいや、私、別のテント片づけよう。


「……山田、私、別のテント片づけてくるから」


 山田の返事も待たずその場から離れる。その時、視界の隅で女子が一斉に山田の近づいて行くのが見えた。……何なのよ、何だか腹が立つ。今は片づける時間でしょ? 口動かす暇があるなら手を動かせっての! ……はぁ、がつんと言えない自分がつくづく情けない。

 自分のクラスから二つ離れたテントへやって来た。すでに何人かが片づけ始めてたけど、私のことは気にする様子もなく黙々とやってる。うん、黙って紛れこもう。必要最低限の言葉を交わして、なんとかテントの足を折ることができた。あとは解体して倉庫に運べばオッケー。ほら、こんなの時間かけるまでもない。


「……怒ってるの?」

「っ!?」


 見たらいつの間にかすぐ隣に山田が屈んでた。い、いつこっちに……!


「な、なんで……いつの間に」

「え、今だよ? クラスのテントは女の子がたくさんいるから大丈夫だと思って任せたんだ」


 見てみると、確かにクラスのテントは女子たちが渋い顔で片付けてる。……ざまぁみろ。

 じゃなくて……せっかく山田がこっち来てくれたんだ。お礼言わないと。


「あの……さっき駆け付けてくれてありがと」

「ううん、気にしないで。俺もちゃんと見てなきゃいけなかったのに。ごめんね、怖い思いさせちゃって」

「いや、そんな大したことないのよ。私がちゃんと追い返せば良かったんだけだから」


 そう、私がちゃんと言えば良かったのよ。だったらちゃんとリレーも見れたかもしれないのに。

 はぁ……早くテント片づけよう。


「あ、これ運ぶんだね。俺が持つよ」「え?」


 切り離したテントの足を持ち上げようとしたら、ひょいと山田が担いでしまった。そのままスタスタと倉庫へ向かう山田。……って、ちょ、ちょっと!

 手ぶらで追いかけるわけにもいかず、地面に畳まれてたテントの布を持って追いかける。


「……本当に嬉しかったよ」


 私が近づくと山田は前を向いたままそんな風に言った。近くに誰もいないから私に言ってるんだ。


「帰る時までなるべく栗原さんの近くにいて、邪魔にならない程度の思い出を持って帰ろうって思ってたんだ。俺が来ちゃったことで栗原さんにだいぶ迷惑かけてるし、嫌われても仕方ないって思ってたから」


 遠くを見るように、山田は真っ直ぐ顔を前へ向けてる。

 強い西日が山田の顔を照らして、赤い肌が余計に赤く見えた。


「けど、まさか……好きになってくれたなんて。今にでも抱き締めたくなっちゃうよ」


 抱き締める――……お、思い出したら顔が火照ってきた! って、周りに人がいるときに変なこと言わないでよ!


「好き合ってるってわかったし……早く人間の愛情表現について知識を身につけなきゃね」

「えっ!?」


 嫌な予感しかしない。止めよう。


「それはもう今までで十分――」

「よし! 今日は帰ったら調べようっと!」


 言葉を遮られたのと倉庫に到着したせいで、それ以上止めることができなかった。

 ……あいつの考えてる愛情表現って何。なんか……自ら地雷を踏んでしまった気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ