追憶
ネタ帳を発掘したので。
「ですから、貴族が今の生活を出来るのは平民のお陰なんですっ平民がいなければ今の生活は成り立たないんですよっ!? どうしてそれが分からないのです!!」
“平民? 人間ですの? ソレ”
そのあまりの言い分にティーリアは息がとまりそうなほど怒りを覚えた。
それと反対にあくまで馬鹿にした雰囲気を崩さずに女はいった。
「だからどうなんですの? 平民だってわたくしたち貴族がいなかったら生活できませんわ」
それに、と彼女は続ける。
嘲笑を浮かべて。
「平民が一人、二人死んだところで代わりは大勢いますが、わたくしみたいな有能な人物が死んだら代わりはいませんのよ?」
「―――っ」
衝動のまま手を振り上げようとしたとき不意に視界が遮られる。くらりと傾いた身体が誰かによって支えられ、まぶたに手袋の感触と背中に人の体温を感じた。
つまり背後から軽く抱きしめられるような体勢だ。動揺する前に聞き慣れた声が聞こえる。
「ええ。その意見に私も賛成ですよ」
この声は……キシだ。
「キシっなんでっ」
涙が溢れそうになる。
どうしてキシまで!
離して欲しいと暴れるが鍛えられているキシの身体はティーリア程度が暴れたくらいではビクともしなかった。
「ほら、貴方の騎士も言っていましてよ?」
ふっと笑い声が聞こえて悔しくてたまらない。きっと勝ち誇ったような顔をしているのだ。悔しくて、手を握りしめた。
(キシ、どうして!)
こんなことを言う女に同意するキシが憎らしく感じる。
相当の力で握りしめられた手から、ぽたりと血が落ちる。その時、キシがくすりと笑った。
「ええ。あなたのような性格の歪んだ人なんて滅多にいませんからね」
確かに代えはきかないでしょうね、と。
―――え?
一瞬の間。バシンッ という音が響いた。どうやら女が持っていた扇子をキシに投げつけたらしい。
「し、使用人の分際でわたくしに逆らっていいとおもっているのっ!」
視界を遮っていた手が離れキシが一歩女に近づくのが見える。
いつもの黒いローブ姿とは違い、騎士の制服を着たキシ。こんな状況にも関わらず似合うと思ってしまった。
「――――」
キシが女の耳元で何かをささやくと真っ赤になっていた顔が一瞬で真っ青になった。
「な、なぜそんなことを……」
「私は彼女の騎士ですから」
がたがたと震え始めた女にキシは笑いかけたようだ。ティーリアからはキシの顔は分からないので推測だが。
冷め切った声でキシは言い放った。
「ティーリア様の視界から消えてくださいますね?」
悲鳴を上げながら女は逃げるように去っていった。
振り返ったキシの顔にはいつの間にか仮面が付いている。
「女性を脅すのは好きじゃないのですが、流石にあんなこといわれると許せませんね」
ふっと困ったように言うキシにティーリアは頷いた。
「ありがとう。キシ」
「いいえ」
さらりと手を撫でられた時に、手の傷が癒えているのが分かった。キシが治してくれたのだろう。
もう一度ありがとう、というとキシは柔らかい笑みを見せてくれた。
この時のティーリアはまだ幼いです。
本編のティーリアなら、もっと的確に令嬢に向かって冷たい微笑と切り裂くような言葉を投げると思います。
本編ティーリアが怒ったら容赦がなくなります(笑)