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U T

蟷螂とうろうおの

という故事成語がある。


蟷螂とはカマキリのことだ。

この故事成語は、

弱者が自分の力をわきまえず、

強敵に立ち向かうことを意味する。

つまり、無謀な抵抗。


その蟷螂を冠した拳法、

蟷螂拳とうろうけん


蟷螂拳で低く構えた冥華は、

なおさら小さく見える。


140センチのちびっ子と、

3メートルのパンダ種ゴビート。


体格差で言えば、

ぬいぐるみと重機だ。


「おい、冥華……」


「なんじゃ?」


構えを崩さず、冥華が答える。


「『拳』ってつくからには、

それなりの武術なんだろうが、

その体格差でどう戦うんだ?」


「蟷螂拳には、

箭疾歩せんしっぽ

という技があるのじゃ。

矢のように入り、はやく突く」


せんしっぽ?千尻尾?

お尻で突くのか?

技名だけでは、攻撃方法が

まったくピンとこない。


「まぁ、見ておれ。

ワシの箭疾歩はスペシャルじゃからな」


冥華の垂れた髪耳が、ふわりと浮いた。


その瞬間、ゴビートが動いた。

「「ごあっ!」」


正面の空気を、真横に削り取るような

でかい平手打ち。


ぶおっ!


冥華の体が、吹っ飛ば……

ない!すり抜けた?!

いや、違う。

コマのように回転しながら、

冥華はゴビートの膝裏へ

滑り込んだ。小さな指が、

膝裏、足首を順番に突く。


トトトトトト。トットットンッ!


俺は動体視力に自信がある。

だが、すべてを追えない。

それほどに腕の動きが速い。


ズシュ!


冥華の指が、ゴビートのふくらはぎを刺す。


点穴てんけつ、旋らす(めぐらす)、

疾風しっぷう。 ゆえにーー」


スパァァンッ!


鎌をした冥華の手が

ゴビートのアキレス腱を払う。


パンダゴビートの巨体が、バルルルッ!

と回転しながら真上に打ち上がった。


「奥義っ!てんせんしっっ!!」


「お、おお……すげぇ。

なぁ、点穴てんけつって何だ?」


「体中にある急所のようなものじゃ」


冥華は悠々と歩いて、俺の横まで戻ってきた。


その直後。


ドスーン!


ゴビートが床に落ちた。

右足の膝から下が無い。


これは、蟷螂のおの…じゃない。

蟷螂が、斧・やりかぎ

全部くっつけた鉾槍ほこやり

ハルバードを持っている。


蟷螂の斧は無駄な抵抗…

だが、蟷螂の

ハルバードは無駄のない閃光だった。


「練習用のゴビートじゃからな。

ワシが壊すわけにもいかぬ」

「片足ないぞ?壊してない扱いかよ」


「壊しておらん。崩しただけじゃ」

「崩し方が物騒なんだよ」


冥華は俺を見る。


「次はお主の番じゃ」


「点穴とか蟷螂拳、俺にもできるか?」


「できぬ」


「即答かよ!なんで?」


「お主に細かいことは無理じゃ」


「やってみねぇと、わかんねぇだろ?」


「では聞くが、ワシが突いた点穴。

何個見えたんじゃ?」


「……いっぱい」


「うむ。その程度じゃ」


腹立つ。いっぱいは、いっぱいだ。


「それよりも見よ」


冥華が指をさした。

片足を失ってもゴビートは、

よろよろと立ち上がろうとしている。


その胸に、赤い球のようなものが

半分だけむき出しになっていた。


「見えるじゃろ。あれが禍根かこんじゃ」


「ゴビートの核か」


「そうじゃ。未練が凝り固まったものじゃ」


「よし。そこを俺が狙えばいいんだな?」


「狙わなくて良い」


「なんでだよ!急所っぽいぞ?!」


「急所ではある。じゃが、お主は禍根ごと

破壊できるんじゃ」


「んん?」


「説明は嫌いなんじゃろ?とりあえず実践じゃ」


「おし!まずは膝蹴りで……」


「禁止じゃ」


「は?じゃあ、頭突きで……」


「膝蹴り、肘打ち、拳、頭突き。全部禁止じゃ」


「どうしろってんだよ!」


「お主は武術家ではない。

何千回も繰り返した動きをやるのじゃ」


「……陸上か?」


「正解じゃ」


冥華はゴビートを指さした。


「陸上の動きなら何でも良い。

動き出す前に、へその下に

力を集めながら『万集ばんしゅう

と唱えよ。万物から集めると書いて、万集じゃ」


「おお。じゃあ、クラウチングスタートで…

ヘソの下に気合い入れて…

万集ッッッ!!」


「そのりきみではダメじゃと思うが、

一応聞く。何か起こったか?」


「あ?そうだな。

俺のシックスパック腹筋がセクシーになってる」


「よし、もう一度ゴビートに

吹っ飛ばされるが良い」


「ウソウソ!気を集めるってなんだ!?

イメージできねえよ」


「も、もう1人の自分をぉ……

イメージしてくださぁい……」


妄兎モートが口を挟んだ。


いつの間にか、

床にぐでっと寝転んでいる。

息を切らしている。


「妄兎、もしかして絶兎は?」


「はいぃ〜。

冥華様とは違う形の霊体ですぅ…。

絶兎様は、気を集めるんじゃなくてぇ、

自分の動きを重ねるタイプですぅ」


「俺のタイプ?どういうことだ?」


「とりあえずぅ〜…

自分が横に3人並んでぇ…

同じ動きをする感覚をイメージしてくださいぃ……」


同じ動作をする自分を並べる。それがコツか。

それにしても、妄兎。だいぶ疲れているな。

床に寝転んで、ハァハァ息を切らしている姿。

不謹慎だが、少しエロい。


「「ごああ!」」

ゴビートは立つのを諦めたらしく、

ズリズリとこっちに近づいてきた。


…いや、いかん!集中!

今はエロいより、ヤバい!

よし!クラウチングスタートをしながら、

両横に自分がいるイメージ。


ぐんっ!


「うお!」


びっくりして尻餅をついてしまった。


「魂がわかれるような感覚になったじゃろ?」


「あ、ああ……」


まさに、そんな感覚だった。

幽体離脱ってやつか?自分が分身する感覚。


「魂をわけて、同じ動きをさせる。

それをひとつに結集させるのじゃ」


冥華の説明は相変わらず雑だな。

とりあえず、3人をイメージして……


グンっ!


左右の分身が、中心の俺と同じ動きをする。

これを中心に集める。感じで……


万集ばんしゅうっ!!」


スゥドッッ!

すごい速さで身体が前に出た。


ドンッ!!

近づいていたゴビートと正面衝突し、

ゴビートも俺も後方に吹っ飛んだ。

吹っ飛んだ衝撃でゴロゴロ転がったが…


「い、痛……くねぇ!さっきより痛くねぇ!

そして、すげえチカラだった!

何だ、この加速っ!」


「絶兎。興奮しすぎじゃ。魂を分けすぎるでないぞ。3人ぐらいにしておくんじゃ」


冥華が眉をひそめる。


「皮膚をこする手と一緒じゃ。少しならマッサージになるが、こすりすぎれば皮膚ははげ、そこから、ただれる」


今の説明はわからなくもない。


だが、無理だ。味わったことのない加速。


改造シューズや改造スーツでさえ、

味わったことのない加速。


俺は7人をイメージした。コツはつかんでいる!

さっきは肩付近でゴビートと変な当たり方をした。

そうだ。ゴビートをゴールテープだと思えばいい。


ゴールテープを切る感覚なら、何百回と味わってきた。


ぐぐんっ!


7人の俺が、ゴールテープを切るように走り抜ける。イメージ!その動きを重ねて…


「万集っ!」


シュッッッゥドンッ!!

ゴビートに腹からぶつかった。直後。


ブボォンっ!


粉々に砕け散ったゴビート。


「気持ち…いい…。

すげぇチカラだ」


「はぁはぁ……

できましたねぇ、絶兎様。必殺技ですねぇ……」


片膝をついた妄兎が、

俺をたたえた。


「おう!そうだな!

まさに必殺技だ!名前つけてもいいぞ!」


「必殺技ぁ……おなかドーン」


「絶対、そんな名前にはしねえ!」


「威力が強すぎじゃ!」


冥華が厳しい表情で俺を見る。


「絶兎。何人の分身をイメージした?」


「おう!7人だ!」


「バカが。痛い目を見るぞ」


「おいおい、冥華。最初から思ってたが、

古風な言葉づかいしてるんだったら、

バカじゃなくて『たわけ』とか

『痴れしれもの』っていう言葉…ーぉ?」


ぐぅ!?


「ぐああああっ!」


強烈な頭痛。そのまま絶兎は失神した。


「愚か者が」


そう言いながらも、冥華は絶兎の頭に

そっと手を置き、回復のための気功を練った。


ーーーーーーーーーーーーー


--- 亀代宗一郎研究室 ---


大きな敷地の正面玄関には、

そう書かれていた。


敷地内には複数の建物がある。

そのうちのひとつ。

第一研究室。


地下一階。


ビーカー、フラスコ、計測器が

無数に並ぶ広いフロア。


その広さに反して、

そこにいる研究者は一人だけだった。


亀代宗一郎かめしろそういちろう

その男は一人、競技シューズの

ソール材質を研究していた。


パシュー。


電動ドアが開く。


白いフードをかぶった者が、

勝手に入ってくる。

何種の獣人かは分からない。


亀代はビーカーから目を離さず、静かに聞いた。


「どうされました?」


「亀ちゃ〜ん。また君をイジメようとしてる

死神が来てたよ〜?」


男の声だった。


白いフードの男は、亀代の近くの丸イスに座り、

床を軽く蹴って、くるくる回り始めた。


「しかも4匹も!イジメ、ダメ、絶対ぃ〜」


「イジメ?私を殺すためですよね?」


「まぁ、そうだねぇ。彼らはそういう死神だし」


「4人とも殺したんですか?」


「う〜ん。はらった、

って言って欲しいな〜。

邪悪なものを祓ったんだよぉ。僕はぁ〜」


男は丸イスの上でおどけた動作をみせる。


「あと、亀ちゃん。今さらシューズ開発なんて

やめてよぉ。ドリンクどうしたの?

レッドタートルの研究は?」


「してますよ。他のスタッフの目に触れぬよう、

置き場所を変えました。そこの棚の下。

ダンボールにサンプルが5本」


「おほぉー!ちゃんと作ってた!

安心したよー。これが無いと、

何のために科学を君に教えたか

わからなくなるからね〜」


男は棚の下のダンボールから、

缶を一本取り出した。


バサッ。


フードを払いのける。


中から現れたのは、獣人ではなかった。

太古の昔に絶滅したはずの…

伝説にだけ残る種族。


ヒト種であった。


カシュ!ゴクゴク…ゴクン!


男は缶を開け、レッドタートルを飲んだ。


「いや〜、霊体に染み渡るぅ〜。

レッドラビットを超えるね!」


「……売り物じゃありませんから」


陽気なヒト種とは反対に、

亀代の周りだけ、空気が沈んでいく。


「ちょっとぉ、亀ちゃん。何度も言うけどさ。

レッドラビット開発者に

亀ちゃんの名前は無いし、

絶兎が死んだのも、レッドラビットの

せいじゃないよ〜?」


「……」


「もう、陰気だなぁ。まぁ、いいや。

ちゃんとやることはやってるし」


男は指でつまんだ空き缶を振った。


「じゃあ、引き続き、レッドタートルの研究、

お願いね♩」


明るく、軽い言い方。


だが、亀代は笑わない。


ビーカーを見たまま、答えた。


「……わかっていますよ」


少し間を置いて、名前を呼ぶ。


「……ウラシマさん」


つづく

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