吉備津神社
吉備津神社は岡山県岡山市北区吉備津に鎮座する、備中国一宮にして吉備総鎮守の官幣中社です。
中山を挟んで東側に鎮座する、吉備津彦神社は備前一宮です。
祭神は吉備津彦命で、神体でもある中山の山上には「中山茶臼山古墳」と呼ばれる前方後円墳があり、そこに葬られているとされます。
神徳は、公式では詳らかではありませんが、開運や諸事願望成就にあると思われます。
祭神の吉備津彦命の本名は彦五十狭芹彦命とされ、第七代孝霊帝の皇子です。
第十代崇神帝の御代に四道将軍の一人として西方へ派遣されました。
日本書紀と社伝に拠ると、山陽道・針間の道に派遣された彦五十狭芹彦命は、吉備一帯を支配していた温羅という名の鬼と戦いになります。
激戦の末、鬼の首を刎ねましたが、その首は死んでも呻り声を挙げて人々を不安にさせました。
犬に首を与えて骸骨にしても呻り、地中に埋めても呻り声が響き渡ります。
困っていた彦五十狭芹彦命ではありましたが、ある日のこと夢枕に温羅が現れます。
「吾が妻、阿曽郷の祝の娘阿曽媛をしてミコトの釜殿の御饌を炊がめよ。もし世の中に事あれば竃の前に参り給はば幸有れば裕に鳴り禍有れば荒らかに 鳴ろう。ミコトは世を捨てて後は霊神と現れ給え。われは一の使者となって四民に賞罰を加えん」=温羅の妻である阿曽郷の祝の娘である阿曽媛に神饌を炊かしめれば、温羅自身が吉備津彦命の使いとなって、吉凶を告げよう。
そこで言われた通りに首を埋めたところに宮を建て、神事を行ったところ、ピタリと呻り声が止まります。
これが有名な鳴釜神事の始まりで、彦五十狭芹彦命の鬼退治は桃太郎の原型ともされています。




