こんなのってないよ
目の前には初めて見る魔物がいる。
イノシシ型の魔物で、名前はリトルボア。
リトルと付いているが、十分にでかく、位階が8もある。
全長は1mくらいはあるだろうし、口からは大きな牙が生えてる。
レオナルトは、今日も依頼を受けて街の外に出ていたが、森の側でこのリトルボアに遭遇した。
目が合った瞬間に、リトルボアは突進をしてきた。
かなりの速さであり、出会いがしらというのもあってレオナルトはなんとか躱すことができたのみで、反撃は出来なかった。
なんとか初撃は躱したものの、リトルボアはすぐに方向転換してこちらに向かってくる。
今度はあらかじめ横に回避しようと駆けだすと、器用にリトルボアは進路を曲げてこちらに向かってくる。
その突進を躱しつつ剣を振るうが、剣と牙が打ち合うことになり、弾かれる。
その勢いで少し体制を崩してしまい、躱し切れずに左手に牙が掠る。
せっかく買った革のジャケットがやぶれ、左腕には切り傷ができ、血が出ている。
光魔法で回復をしたいが、リトルボアがその隙をくれるとは思えない。
また突進がくるので、今度は確実に躱し、すれ違いざまに脚を狙って剣を振るう。
まともには入らなかったが、リトルボアにも軽い傷を負わせることができた。
少し攻撃が効いたのか、突進の速度が遅くなったので、躱したうえで後を追い、後ろから斬りつける。
脚と違い、胴には硬い体毛が生えているせいで、思ったほど深く斬る事ができない。
構わず、距離をとろうとするのを追いかけて、今度は首筋に思い切り一撃を叩き込む。
その一撃で動けなくなったリトルボアの首筋に、再度とどめの一撃を入れて仕留める。
電子音とともに、位階が3に上がったとのメッセージが表示される。
リトルボアを捌きながら、ステータスを確認すると、各パラメータが結構上がっていた。
名前: レオナルト(星野 烈央)
種族: 魔族/エルフ
位階: 3
魔力: 473
腕力: 136
体力: 93
俊敏: 20
知力: 102
精神: 60
スキル: 武神の加護、簡易鑑定、生命力自動回復、片手剣術、火魔法、土魔法、風魔法、水魔法、雷魔法、光魔法、闇魔法
称号: 剣士、治癒士、魔王
リトルボアを解体して得られた素材をしまい、血の汚れをピュアウォーターで洗い流すと、位階があがった効果を確認しようと、森の中に踏み込んでいく。
とはいえ、遭遇するコボルドやゴブリンくらいでは、既に簡単に倒せるようになっていたため、位階が上がった実感は感じられなかった。
今日もサクサクと狩りながら、薬草類の採集を続けていたが、この日はさらに新しい魔物に遭遇した。
レッサーフォレストリザードと言う名前の、緑色のトカゲだ。
強さ自体はプレーリーヘアと大差ないが、群れで襲い掛かってくるのが厄介だった。
森の中では、気が邪魔なので広い場所まで逃げて、追いかけてきたところを中級の雷魔法である「スプレッドサンダー」でまとめて打ち倒したのだ。
ただ、雷撃を食らわせた際に、皮が焼け焦げたものが多く、解体しても皮は半分ほどしか手に入らなかった。
チェナートの街に帰る際にも、リトルボアに遭遇したが、闇魔法の「ダークネス」で視界を遮っている間に近づき、後ろ脚を斬りつけて動けなくすることで、あっさりと狩ることができた。
今日も、レオナルトが来た時だけなぜか納品受付にいるマウラと解体場に行き、素材を積み上げて担当職員を喜ばせると、受付に戻って清算をしていた。
「今日の素材と依頼の報酬は、合わせて銀貨7枚、大銅貨8枚、銅貨4枚になります。」
リトルボアとレッサーフォレストリザードのお陰で、今日の報酬金額はいつもより多めだ。
「それと、レオくんのギルド貢献が基準を満たしましたので、2級へと昇級になります。ギルド証を更新しますので、出してもらえますか。」
おお、もう2級へと上がれるようだ。
まあ、毎日けっこうな数の納品をしているし、最初なので昇級基準も緩いのかもしれない。
差し出したギルド証を、何かの道具にセットすると、すぐに返してくれた。
「さすがレオくん、早いですね。でも、無理しないでくださいね。」
マウラがジャケットの左腕が裂けている事に気付いて、心配そうに見つめてくる。
「これからは、街から離れて野営するような依頼も、受けるようになると思いますから、ちゃんと準備してくださいね。」
なるほど、今までは近場の森で採集と狩りをしていたが、泊りがけで遠征に出ることもあるのだろう。
「そうですね、そう言った物も準備しないとですね。」
雑貨屋さんに行けば買えるのかな。
「あの、ですね。明日は仕事が休みなんですけど、その、良かったら一緒に買い物とか・・・。」
「マウラさんがいてくれると、必要なものも分かるしありがたいですけど、いいんですか?」
「はい、大丈夫です!」
もじもじしていたマウラさんが、笑顔になりそう答える。
翌朝、街の中央にある広場で待ち合わせをする約束をして、宿に戻った。
その日は念入りに体を拭いて寝る事にした。
◇ ◇ ◇
落ち着かないので、約束より四半刻(30分)前に待ち合わせ場所に来たら、既にマウラは待っていた。
「おはようございます。すみませんお待たせして。」
「おはようございます。落ち着かなくて早く来てしまっただけなので、気にしないでくださいね。」
マウラも同じく、落ち着かないので早く来ていたようだ。
「僕も何となく落ち着かなくて、早く来ちゃったんですが、マウラさんの方が早いとは思いませんでした。」
お互いに顔を見合わせると、思わずクスクスと笑いがこぼれる。
「朝ごはんは食べてきました? 私食べ忘れていて・・・。」
「そう言えば、僕もですね。」
間の抜けた者同士、また笑いがこぼれる。
「それじゃ、おいしいスープを出してくれる安いお店があるんですよ。どうですか?」
「いいですね、行きましょうか。」
連れ立って、市が立っている方に向かって歩き出す。
市で働いている人向けに、早くからやっている店なのだそうだ。
野菜がたっぷり入っているのに安いスープと、焼き立てのパンを2人で味わった後は、また雑貨屋さんに向かう。
野営をするのに必要となる、テントや手鍋、カトラリーなどを、真剣に説明しながら選んでくれる。
寝袋もあると便利だが、マントを買っておくと代わりになると言うので、今日はやめておく。
夜間の灯りに使える、照明用魔道具や着火用魔道具というものも必要になるそうだが、レオナルトはそれを魔法で済ませられるので、必要ないそうだ。
うん、魔法を覚えておいてよかった。
その後はまた古着屋に行って外套、つまりマントを見たが、少々お高かった。
雨合羽の代わりにもなる革製がいいようだが、たくさん革を使うのでどうしても高額になるそうだ。
プレーリーヘアですら、毛皮は高く引き取ってもらえるので、仕方ないだろう。
外套は、もう少し懐が暖かくなってからと言うことで、断念する。
昼に軽くおやつを屋台で買って食べた後は、東門から街の外に出た。
街のすぐ近くに、小さい迷宮があるというので、案内してもらったのだ。
街が管理しているそれは、冒険者ギルドのギルド証がないと入れないそうだが、マウラも2級のギルド証を持っていたので、そのまますんなりと入れた。
なぜ持っているのか聞いたところ、元々はマウラも魔法が使えるので冒険者だったそうだが、性格的に合わず悩んでいたところを、ギルドマスターが職員として採用してくれたのだそうだ。
そう言えば、なんでギルド職員のマウラが魔法を使えるのか疑問に思っていたが、聞き忘れていたのを思い出す。
そもそも、ギルド職員は元冒険者が多いのだそうだ。
迷宮の中は、洞窟のようになっているが、内部は灯りがあり明るくなっていた。
中には魔物が出るが、討伐しても解体できずに、そのまま死体が消えてしまうのだそうだ。
その代わり、迷宮で魔物を倒すと位階が上がりやすく、死体が消えた後に魔石と素材が残ることがあるのだそうだ。
倒した魔物は自分で解体して素材としなければならない外とことなり、この迷宮の中はゲームの世界のようだった。
この迷宮は小さく、出てくる魔物も弱いため、冒険者になったばかりの新人が来る程度だそうだ。
マウラも、よくこの迷宮に来ていたらしく、3層まで行っていたそうだ。
「1層だけでも行ってみます?」
「僕一人ならいいんですけど、マウラさんを危ない目に合わせる訳に行かないので、やめときましょう。」
「コボルドしか出ませんよ?」
「コボルド相手でも、囲まれたり不意を突かれると危険ですから。」
「心配性ですね。それじゃ、戻りましょうか。」
レオナルトは慎重だった。
これは絶対に、想定外の強力な魔物が出たり、未知のトラップで強い魔物がいるところに飛ばされるフラグが立ってると思っていたのだ。
実際に、1層のボスにハイ・コボルドやコボルド・ソルジャーが出る事が極稀にあるため、決して杞憂ではないのだが。
マウラは、一度レオナルトが戦っている所を見てみたかったから、ここに誘ったのだが、別にどうしてもという訳ではなかったので、それほど拘らずに了承した。
門番にギルド証を見せて街に戻ってくると、別の雑貨屋を見る事にした。
そこは、アクセサリーや小物を売っている店だったので、レオナルトがはマウラに合うイヤリングを選んで買ってプレゼントした。
レオナルトは、この前の魔法を教えてもらった際に発生した、粗相未遂事件のお詫びのつもりで軽く考えていた。
しかし、この世界の平民の間では、プロポーズの際に渡すのが指輪ではなくイヤリングだったのは、知らないとはいえレオナルトの誤算だった。
それは、銀製のそれほど高くないものだったが、マウラは顔を真っ赤にしてしまっていた。
約束の食事に行こうと、日が暮れだした街中を2人で歩いていく。
どこか緊張した面持ちで、2人が手を繋いで歩いているのは、傍から見て何とも初々しいものだった。
「待てこの野郎! この間はよくもあんなインチキ魔道具を掴ませやがったな!」
突然の怒鳴り声に周囲を見渡すと、少し先に男が剣を抜いて立っていた。
以前、ぼこぼこにされた3人組の1人、背の高いやつだ。
剣を抜き放ったことで、周囲から悲鳴が聞こえる。
兵士に伝えに走ってくれている人もいるようだ。
「勝手に勘違いしたのはお前らだろう。盗賊になった逆恨みはやめろ。」
男に言い放つと、マウラを庇うようにして立ち、腰の剣がいつでも抜けるように手を置く。
「手前のせいで街にも入れなくなったんだ! ここで叩き斬ってやる!」
「マウラさん、下がっていて。」
男が剣を構えて駆け寄ってきたため、マウラを少し下がらせて抜刀する。
読みやすく早くもない剣戟を、いとも簡単にレオナルトは受けて見せる。
剣が心許ないので、できるだけ受けずに躱したいのだが、下手に躱してマウラさんの方に行ってしまうとまずいので、受けざるを得ない。
実際、男が振るっているのは鉄の剣なので、一度受けただけでレオナルトの剣はだいぶ刃こぼれしているようだ。
「剣では僕に勝てないよ。大人しく兵士の所にいって自主しろ。」
「ふん、それはどうかな。」
初撃をあっさり防がれたくせに、やけに自信ありげなので油断せず、目の前の男の挙動に注意する。
「レオくんあぶない!」
後ろからマウラの叫び声がすると、斜め後ろの路地から剣を構えた小柄の男がレオナルトの元に突っ込んでくる。
そっちに気が一瞬逸れた瞬間に、前にいる背の高い男も斬り掛かってくる。
両方を避けるために、前からの攻撃は受け流し、後ろからの攻撃が届かないようにしようとするが、小柄の男の前にマウラさんが分け入り、立ちはだかる。
声を出す間もなく、小柄な男の剣がマウラの胸を貫く。
予想外の出来事に、レオナルトも、2人の男も呆然と立ち竦む。
「マウラさん!」
レオナルトがマウラに駆け寄り、すぐに中級の光魔法で回復をかける。
「聖なる光よ その優さにより 我らを癒せ ヒーリングライト」
マウラの体に光が集まり、傷が癒されていく、はずだった。
しかし、完全に傷が深すぎるのか、塞がらず血も止まらない。
「う、うわ、やべええ!」
2人の男が逃げ出していくが、レオナルトは気にも留めない。
「マウラさん、いま回復するのでしっかり!」
再び同じ魔法で癒すが、やはり傷は塞がらない。
「ごめ、んね、れ、お、くん。」
「謝らないでください。いいから早く元気になってください。」
レオナルトが泣きじゃくりながら、回復魔法を使い続ける。
少しずつ傷が小さくなっているが、やはり深すぎるようで塞がらない。
「さいご、に、たのし、か、た、あり、がとう。」
「最後じゃないですから、また行きますよ!」
既にレオの顔は涙でぐしゃぐしゃになっているが、必死に回復魔法を使い続ける。
周囲からもあまりの悲劇に嗚咽の声が漏れている。
「いや、りんぐ、は、こん、やくなの、しらな、かった、でしょ、でも、うれし、い。」
「婚約だけじゃなくて、ちゃんと結婚しましょうよ!」
「れお、くん、は、しあ、わせ、にな、て、ね。」
「マウラさん! あなたも幸せにならないとダメなんです!」
回復魔法の使い過ぎで、レオナルトの顔色が悪くなってきている。
「わた、し、れおくん、と、あえ、て、しあ、わ、せだ、よ。だい、す、き。」
「マウラさん! こんなのってないよ!」
周囲から見てても、明らかにマウラは事切れているが、レオナルトは涙まみれになりながら、マウラの体を抱いたまま回復魔法を使い続けた。
周りが止めてもそれは続き、やがて魔力切れによりレオナルトは気を失ってしまった。