奥様はお義父様と誘拐される エミリアside
お父様とリカルドがパンフレットを買いに行ってくれたので、私とリチャード様は椅子に座ってお芝居の素晴らしさに酔いしれた。
さすが、マシュー先生の脚本だけの事はあったし、演出も出演者もすべてが素晴らしくて、私は涙が止まらなかった。リチャード様もそれは同じで、隣で「これ、最高傑作だよね?」と言って号泣している。
でも、・・・どこだろ???
どこにアメリアとロバートの要素があったんだろ???
・・・若干、ヒロインとヒーローの名前が似ていた気はする。ヒロインがヒーローを庇ってケガするシーンもある。・・・でも、それだけじゃね?・・・これ?
ヒーローは王子様ではなく雪の国の王様だったし、戦う時は魔法を使う。ヒロインは高位の貴族の娘で、政略結婚で別の国に嫁がされる運命を背負っていた。ものすごくドラマチックで、魔法で戦うシーンは演出の上手さもあって、ものすごい迫力があった。
・・・けれども、どこ???
どこに、アメリアとロバート要素あったの???
・・・後で、リカルドに教えてあげよう。
幕間に、ちらりと後ろを見たら、リカルドはスヤスヤと眠っていた。・・・すごく疲れていたのだろう。仕方ない。そのひとつ隣に座るお父様も、コクリ、コクリとうたた寝している。よーし、こっちはむしろ大歓迎!白ける突っ込みを入れられる位なら、寝てて貰ったほうがマシだ。・・・私はそう思って見ていた二人の事を思い浮かべた。
「エミリアちゃん、良かったね!すごく、すごく良かったねー!」
リチャード様が目をキラキラさせて、興奮気味に声をかけてくる。
「はい!リチャード様。さすか、マシュー先生の脚本です。ロマンスも素敵ですが、戦う所も格好良くって、最高でした!!!・・・お父様も大人しくて、助かりましたね!」
「だろ?僕の作戦勝ち!」
「作戦・・・?」
なんだろう、作戦???
リチャード様はニコニコ笑って、ジャケットの内ポケットから、小さな包みを取り出し、私の手に載せた。
「リチャード様?何です、これ?」
「睡眠薬。」
「えっ?・・・お父様に飲ませたんですか?・・・えっ?え?・・・どうやって?」
お父様は軍人だし警戒心が強い。食事や飲み物も、少し口に含んで確かめてから食べる。それは外だけでなく家でもだから、もはや癖なのだろう。・・・薬が入っていたら、絶対に気付くと思うのだけど・・・?
「お茶に入れた。」
「バレましたよね?」
「・・・どうかな?大丈夫じゃない?変な顔してたけど・・・でも、『エリオスお願い、僕の入れたお茶を飲んで?』って言ったら飲んでくれたよ?」
「・・・あ、そうです、か。」
・・・さすがお父様。
リチャード様なら、薬を盛られたと知っても呷るのか。さすがとしか言えないや。・・・愛だなこれは、もはや。
・・・なんだか・・・ものすっごく重い気がするけど。
「?・・・エミリアちゃん家のお茶がマズすぎただけかも?・・・あれ、茶色い水だよね?」
「!!!・・・文句あるなら、飲まないで下さいね!・・・お茶って高いんですよ!飲めるだけありがたいって、感謝しながら飲むものです!・・・お金無いの、リチャード様のせいなんですからね!」
「そっかー。ごめんねー。僕のせいで貧乏になっちゃったの忘れてたよー。・・・リカルドに爵位ごとあげちゃったし。・・・あ、エミリアちゃん、不満無い?」
「・・・不満ですか?無駄遣いした、リチャード様にしか無いです。」
「ええっー!だから、それはごめんねー。・・・そうじゃなくてさ、だってエミリアちゃんて、スチューデント家で不自由なく育ってきたろ?あんな水みたいなお茶飲んだりさ、嫌にならないの?・・・まぁ原因になった僕が言うのも変なんだけどさぁ。」
私は、うーんと唸る。
確かに、ワイブル家は貧乏かも知れない。夜会も最低限しか行けないし、お茶も不味い。でも、リカルドは頑張って立て直し中だし、生活できない程の貧乏じゃない・・・と言うか、私がやっているのは、ゴロゴロしてロマンス小説読んで、たまに帰ってくる大好きなリカルドを癒すと言う、簡単なお仕事だ。・・・不満などあるか?最高じゃないですか。
「働かなくて良いって、控えめに言っても、最高です。」
「あのお茶でっ?!」
「リチャード様の、そーゆーとこですよ。そうやって、贅沢したから、貧乏になったんですよ!・・・可愛くて賢い奥さんは、頑張って働く旦那様の為に、節約するもんです!」
「・・・エミリアちゃんて、やっぱり変わってるね・・・。」
「リチャード様に言われたくありません!」
私たちが、そうやって騒いでいると、廊下に繋がるドアがキィと音を立てて開いた。
・・・リカルドとお父様、思ったより早かったな、パンフレット楽しみ!そう思って、わたしとリチャード様は、ドアの方へ振りかえった。
◇◇◇
多分、誘拐された。
ドアから入って来たのは、見たことのないゴツイ男たちで、私とリチャード様は抵抗する間もなく、あっさりと確保されてしまった。そうして、後ろに手をひねるように掴まれ、混雑するロビーを抜け、見たことのない馬車に押し込まれて、ロープで縛り上げられてしまった。幸いにも口は封じられてなかったので、叫ぶ事はできそうだが、馬車は壁が厚く防音がしっかりしてそうだし、動き出したら何を叫んでも無意味だろう。
だから私とリチャード様は、寄り添って、おとなしくしていた。
男たちはそれを見て、満足したように、馬車から出て行った。少しすると、ガタリという音と共に、馬車は動き出した。
「リ、リチャード様・・・どうしましょう?」
「う、うん。誘拐?されてる?よ、ね?」
「こ、殺されたりするのでしょうか・・・?」
「わ、分からないよ。でも、殺すなら、あの部屋でも良かったはず。僕たちをどこかに連れて行きたいんじゃない?ほら、エミリアちゃんと駆け落ちさせたい王子様がいるんでしょ?」
「・・・な、なんでリチャード様まで?」
「うーん・・・リカルドと間違えたんじゃない?似てるし。」
「暗かったですしね。」
「ねぇ・・・遠回しに老けてるって言いたいの?」
「老けてますよね?」
「・・・そうだけどさ。」
馬車はガタガタと揺れ、どんどん走っていく。
「・・・どこかの国に連れて行かれるのでしょうか・・・。どうなっちゃうんでしょうか・・・。」
そう言うと、涙がにじんできた。リカルドにもう会えなくなるかも知れない。そう思うとすごく辛かった。
リチャード様は、少しだけ動く手で、私の手を握ってくれた。
「大丈夫だよ。エミリアちゃん。」
リチャード様は、余裕のある表情で、私を明るく励ます。・・・どうしてリチャード様は、こんなにも余裕があるのだろう?私は怖くてガタガタ震えながら、リチャード様に寄った。
あ、・・・も、もしかして!
こう見えて、リチャード様も武が立つのかも知れない。お兄様なんて、女顔で優し気だから弱っちく見えるのに、かなり強い。だから・・・リチャード様もそういうタイプなのかも?
「リチャード様、実は強かったりします?」
「え?・・・そんな訳ないでしょ?どう見てもヒョロヒョロでしょ?」
「実は前世で格闘技してたとか・・・。」
「チェスのチャンピオンだけど、格闘技のチャンピオンじゃないよ。あ、でも・・・ランニングはしてたけど!」
・・・だめじゃん。ランニングじゃ敵は倒せない。
「・・・どうしよう。怖い・・・。」
私はそう言うと、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。・・・こんな事になるなら『デジ甘』の限定ストーリーにほだされて、リカルドとのデートを諦めるんじゃなかった。新婚さんらしくイチャイチャしてから誘拐された方がマシだった。こんなの、こんなの・・・ないよ・・・。
私が泣いているのに気が付いたリチャード様は、イイ笑顔で私に軽くウインクする。
・・・めちゃめちゃ余裕ですね。
「大丈夫!エミリアちゃん、泣かなくても大丈夫なんだよ。待ってたら直ぐに助けが来るから!・・・僕のクイーンは最強だからね。」
「・・・何ですか、それ。」
「僕がキングで、エリオスはクイーンなの。『チェック』がかかったら、猛然と助けに来るよ。・・・エミリアちゃんの、ナイトとルークもね?」
「私、そんなの持ってないです・・・。」
「・・・エミリアちゃんの騎士はリカルドだろ?で、おっそろしいルークがユリウス君。僕たちには、いいコマばっかり残ってるよ?・・・信じて待ってたら、助かるからね。」
リチャード様は、励ます様に続ける。
「それにね、僕はキングだから・・・いざとなったら打って出るよ?エミリアちゃんくらい、守るからね?」
そう言うと、リチャード様はモゾモゾと動いて、靴から小さいペーパーナイフみたいな物を取り出した。
「ペーパー・・・ナイフ・・・?」
私はポカンとした。『守る』なんて、リチャード様カッコいい・・・なんて、一瞬でもときめいた私を殴りたい。・・・ペーパーナイフはこの上なくセーフティだ。
「うわっ!その顔、やめて?・・・そうだよ、ペーパーナイフだよ。僕がナイフなんか使って立ち回りなんて出来る訳ないでしょ?・・・一応さ、狙われてるエミリアちゃんとお出かけするからね、護身用にってリカルドの書斎で見つけてきたんだ。・・・ほらぁ、ロープ、切るよ。」
そう言って、私とリチャード様は擦り寄って、悪戦苦闘しながらセーフティ・・・つまり、ものすごく切れ味の悪いペーパーナイフで手を縛るロープを切ると言うか、切れ目を入れて引きちぎった。
「よーし、手の脱出成功!あとは、チャンスが来たら残りを解いて逃げよ?」
「えっ?それだけですか?」
「エミリアちゃん、ペーパーナイフじゃ戦えないよ。・・・僕たちは、基本は逃げるくらいしか出来ないって。でも、いざとなったら、僕が時間を稼ぐから、その間にエミリアちゃんは逃げる・・・いいね?」
リチャード様は、決心した様に顔をキリリっとさせ、私の肩に手を置いて言った。
・・・かなりカッコいい顔して言ってるけど、ちょっと待て。
「えっ・・・ま、待って下さい!・・・リチャード様。時間を稼ぐってどうやって???ペーパーナイフじゃ、張り倒されて終わりでは???」
「あ、えっ?えーっと???・・・えっ?・・・チェスに誘ってみる?」
「いやいやいや、そんなのノッてくる感じじゃないですよね!どう考えても、めっちゃ武闘派じゃないですか。あの人たち!スカーンって殴られたら、数秒ですよ!・・・私、数秒で縄を解いて逃げられる程、足速くないです。」
・・・まさかの、無計画。
リチャード様は、あわあわしている。やっぱり、私とリチャード様では、こんなもんだよ・・・。
「あの・・・なるべく大人しくして、救出を待つのが一番、ですかね。」
「そ、そうだね・・・。僕たち、余計なことしないのが一番なのかも。あ・・・手のロープ、切らない方が良かった?」
「あー。そうかもですね。見つかったら殴られたりするかも・・・。」
リチャード様は青ざめて、切ると言うより、ほぼ引きちぎったロープを結んで、元に戻そうと格闘し始めたが、すぐに悲しい顔になって、しょんぼりとしてしまった。
「エミリアちゃーん。どうしよう。うまく繋がらない。・・・やっぱり僕、余計な事した?」
「・・・と、とにかく集めて、縛ってあるっぽく見せましょう?見えたら良いんですよ、見えたら。・・・そ、それに、手が自由になったの、私は嬉しいですよ!手が使えるのは便利ですからね。痒いとこも掻けますし!」
私はそう言って、リチャード様を励ましながら、二人でロープを直し始めた。
その時・・・。
馬車がガタガタと大きく揺れ、急停止したと思うと、外から激しい喧騒が響いて来た。それはあまりにも激しく、時おり悲鳴の様なものも聞こえてくる。
・・・な、何?何があったの???
リチャード様も、青ざめている。
私たちは、固く身を寄せて、ただただ震えながら、怖ろしい音が響く外に続くドアを見つめているしか出来なかった。
ドカッ!
大きな音と共に、私たちが見つめていたドアが蹴り開けられ、大きな影が目に飛び込んでくる。
「きゃぁあああ!」
「うわぁあああ!」
私とリチャード様は恐怖で限界に達し、ひしっと抱き合いながら、その影を見つめて悲鳴を上げた。
「エミリア、リチャード!助けに来たぞ。・・・おい?」
・・・。
・・・。
「お、お父様?」
「エ、エリオス?」
涙でグシャグシャになっている私たちを、見つめていた大きな陰は・・・少し、困惑した顔のお父様、だった。




