侯爵様はお疲れです リカルドside
俺は、頑張った。
今週、すごく頑張った。
睡眠も、毎日仮眠程度だったし、連日連夜の会議や打ち合わせ・・・そして決まったら、それらを手配して、次の会議の準備をし、空いた時間には議事録を作成する。
本当に、不眠不休で頑張ったのだ。
・・・それは、すべてこの日の為だった。
そう俺は、エミリアとの観劇デートを心の拠り所とし、頑張っていたのに・・・。
・・・なのに、この・・・仕打ち。
俺が仕事を早く切り上げ、デートの為に屋敷に戻ると、エミリアと父上とエリオス様が外出する準備を終えて、俺を待っていた。
・・・ええ?
どういう・・・事だ?
「リカルド、お帰り。・・・すまないね。今夜は私とリチャードも観劇に同行させてもらっても・・大丈夫かい?」
エリオス様に申し訳なさそうに言われ、あ、やっぱコイツらも行くんか、と理解する。・・・そして、その頼みを俺が断れる訳などない。
「大丈夫です。」
不本意だが・・・まことに不本意だが、俺は笑みを浮かべて頷く。
席はボックス席だ。5人までは入れる・・・問題は、ないのだけれど・・・。
・・・もう、いいかな。このメンバーなら・・・俺、行かないで寝てていいかな。すげー眠いんだよな。
思わず漏れ出そうになる心の声を、俺は必死で飲み込んだ。
「リカルド!今日はお芝居、楽しみだね!」
嬉しそうにエミリアが飛びついて来たが・・・あまり嬉しくない。俺が楽しみにしてたのは、芝居などではない。
なんでこんな事になったんだ?
俺は小声でエミリアに聞く。
「・・・何故、父上とエリオス様まで行く事になったのだ?」
ちょっと声が非難げになってしまったが、・・・このくらいは、許して欲しい。
すげー楽しみにして、頑張ってきたのをぶち壊されたんだ。俺だって、嫌味な気分になる。
「んー・・・人生は長いから?」
「は?」
またしてもエミリアだ。・・・意味不明は定番だ。
「リチャード様は仕方ないのよ。・・・でもお父様が来たのは・・・マジうざいわ。」
いや、父上がいる時点ですでに、『マジうざい』だろ。
・・・しかし、エミリアの中で、父上が来るのは想定内だったのか。・・・まぁ、二人は仲良しの残念双子みたいなもんだから、仕方ないのかも知れない。どうせエミリアが自慢して、父上が羨ましがって付いていきたいってゴネたんだろ。
「・・・何でエリオス様まで???」
「うーん、それがさ・・・今朝、お母様に押し付けられちゃったのよ!」
「・・・ユリア様に?」
「そうなの・・・お母様もこのお芝居に、お友達と行きたいんですって。・・・でも、お父様がどうも『俺が行く』って言い出したらしいのよ。そしたら、お母様がものすごーーーく嫌がって、今朝お父様をこの屋敷に連れてきたの。『エミリアとリチャードが心配だから、付いてらして?エリオスは二人の力になって差し上げて。』とかなんとか言って!・・・お芝居、堪能したさに、厄介者を置いて行ってしまったのよ!!!」
ユリア様が???・・・エリオス様とユリア様はいつも仲睦まじいのに、どうしたのだ?
エミリアは、どうやらエリオス様が一緒なのがたまらなく嫌らしく、必死で続ける。
「お母様は昼の公演・・・初日の一回目の公演を見るつもりだったのよ。で、邪魔だから尤もらしい事を言って、ここにお父様を置いていったの!・・・だけどね、お母様が帰ってきたら返品しようと思っていたのよ?!それなのに・・・私とリチャード様の弱みに付け込んで、お父様が夜の公演に付いて行きたいって言いだしてしまったの!お母様は、お父様を置いて、サッサとお友達とご飯に行ってしまったわ!」
「父上とエミリアの弱み・・・???」
「再来週に発売される新刊をゲットする為には、どーしても、お父様の協力が必要なのよ!・・・リチャード様と私で頑張って可愛くお願いしたのに、今夜の公演に連れて行ってくれないなら、協力しないって言うの!・・・酷いのよ!極悪非道だわ。・・・さすが魔王の父親なのよ!お父様がいたら、絶対に楽しめないわ!」
「は、はぁ。」
・・・なんだろう、エミリアは泣かんばかりに悔しそうに言っているが、全然意味が分からない。
分かったのは、また何かを父上と企んでいて、エリオス様を巻き込もうとして失敗し、交換条件として今夜の舞台に付いてくる事が決まってしまった・・・というところか。
はぁ。・・・なんだよ、それ。俺が一番の被害者じゃないか?
・・・でもまぁ、もう行くと決まってしまったんだ、仕方ないか・・・。時間を確認すると、もう四時に近い。確か六時に開場し、七時からの公演だ。急ぐ必要があるだろう。
「エミリア、俺はシャワー浴びて、着替えてくるから、ちょっと待っていて。」
「分かった。馬車をお願いしとく。」
「ああ、そうしておいてくれ。」
そう言って、俺はその場を後にした。
◇◇◇
「絶対に、お父様は公演中に話してはダメよ。」
「そうだよ、エリオスは一言もしゃべったらダメだからね。」
会場に着いて、席に案内されると、エミリアと父上がエリオス様に、しつこく公演中は口をきくなと言い出した。エリオス様は苦笑いをし、二人に頷いている。
ユリウス様が用意したこの席は、貴賓室と言われるボックスシートで、部屋の様になっており、舞台が正面にくる特等席だった。エミリアが狙われているかも知れないという疑惑は、まだ晴れておらず、セキュリティ的に安全で、エミリアへのご褒美にもなる、ここを選んだのだろうと言う事が伺い知れた。
・・・薄暗いこの部屋はデートには最適だったろうな。
そう思って、俺はエミリアと二人っきりで、ここで芝居を見る自分達を想像した。
二人で前列の椅子に座って舞台を見ながら・・・手も握って、肩も寄せて、そのうちに・・・あ、なんかマズイかも、視察にならなくなってしまいそうだな。これ。・・・俺は慌てて首を振った。
うん、内容も報告書にしなけらばならない。余計なオマケが付いてきてしまったが、まぁ内容が薄い報告書を書いて、ユリウス様にニヤニヤと怒られるよりはマシな気もする。気持ちを切り替えて、芝居を楽しもう。・・・俺は芝居など滅多に観ないからな。
部屋には前列に椅子が二脚、後列に三脚並んでいた。
俺はてっきり、前列には俺とエミリアが座るのかと思っていたが、なぜか父上とエミリアがすごい勢いで前列のシートを独占した。
「リチャード様!いい席ですわ!!!」
「本当だね!ユリウス君には感謝だよ!ね、見て?今日の為に僕、オペラグラス新調しちゃった!」
「うわぁ、いいな!すごーい良く見える!」
「でしょ?今日のエリオスの態度と舞台の内容次第では、また来るかも知れないからね!」
「はぁ。羨ましい・・・。けど、お父様次第ではなくて?マシュー先生の脚本に抜かりは無いはず・・・!」
「いやいや、エミリアちゃん。舞台はさ、演出とか出演者も大切だから!・・・ヒロインがイマイチな舞台なんて、見られたものではないよ!」
「確かに・・・!」
二人は前列に座ると、手摺から乗り出さん勢いで前に乗り出し、舞台を見ながら話し始めた。・・・なんだろう、本当におしゃべり双子だ。同じ様な姿勢で手摺にもたれかかって、盛んに話している。
エリオス様はそれを目を細めて嬉しそうに眺めながら、父上の後ろの席に座った。
俺も、仕方ないので、同じようにエミリアの後ろに座る。
「終わったら、プログラム買いたいわ!」
「だね。やっぱり先に買っちゃうとネタバレ的で嫌だよね。」
「そうなんですよ!リチャード様!・・・公演の感動をお持ち帰りするのがパンフレットですわ・・・!」
「終わったら、買いに行こうね。」
どうやら、二人はものすごくこの芝居を楽しみにしている様で、まだ開演まで時間があると言うのに、手摺に齧りついて幕が上がるのを待ち構えている。
まぁ・・・イチャイチャはできなかったけど、エミリアのいい気分転換にはなったみたいだ。・・・彼女の息抜きが目的でもあるんだ、良しとするか・・・。
俺はそう思い、開演までの間、ほんの少し目を閉じた。
・・・そう、ほんの少しのつもり、だった。
「・・・カルド!」
・・・。
「リカルド!」
・・・。
「リカルド、起きろ!」
ハッと気が付くと、劇場は歓声と拍手に包まれていた。
俺の一つ隣に座っていた、エリオス様が俺の肩を揺らし、声をかけていた。
・・・え?・・・終わった?
前列のエミリアと父上は立ち上がって、拍手をしながら泣いている。
・・・え、マジで?舞台・・・終わった?
慌てて、エリオス様に小声で聞く。
「え?上演って・・・。」
「・・・今、終わったよ。・・・疲れてたんだ、この暗さだ、眠くもなる。」
エリオス様は労わる様に俺にそう言って、ご自分も欠伸をかみ殺した。
・・・ど、どうしよう。これはやばい。
報告書が書ける気がしない。・・・内容が薄いどころか、何もない!!!
二人に聞けば、超大作の報告書が完成できそうだが、そこまでの必要はないだろう。
それに、泣いて感動している位だ、ガッツリ寝たのがバレたら、責められるだろう。
・・・ここはエリオス様に内容を教えていただこう。
「エ、エリオス様。・・・ど、どんなお話でしたか?」
エリオス様は、眉間に皺を寄せ、少し考え込む。
「・・・男と女が出て来たな。」
「はぁ。」
「色々あって、ハッピーエンドだ。」
「それで?」
「・・・終わりだが?」
・・・。
マジか・・・。エリオス様が役に立たないなんて事、あるんだな。
「エリオス様、ど、どうしましょう。これは視察だったんです。これじゃ報告書が書けないです。エミリア達には聞きにくいし・・・。ユリウス様に何て言ったら・・・。」
俺は思わず動揺して、エリオス様に泣き言を言ってしまった。
・・・ユリウス様に内容の無い報告書を出して「ほう、リカルドは公演より別の事でお楽しみだった様だね。・・・そっちの報告書でも構わないから出してくれ。」とか、そういうのを言われるのが、リアルに想像できる。「寝てしまいました。」と正直に言っても、意味深な笑顔を返されるのだろう・・・嫌だ。
・・・何にもないのに、さも何かあったかの様に揶揄われるのは・・・嫌だ!
エリオス様は、優しく肩を叩き、
「こんなにリカルドを疲れさせる程、こき使うユリウスが悪いんだ。休息できたと前向きに考えろ。・・・そうだ、リカルド。公演前にエミリアとリチャードがパンフレットにはネタバレがあると言っていたでは無いか。それを買ってくれば芝居の内容は把握できるのでは無いか?」
そう言って、俺を励ました。・・・さすがエリオス様だ!そうだ、その手があったか!
「俺、買いに行きます!」
「一緒に行こう。買ってやれば、二人も喜ぶ。」
エリオス様は、俺に優しく笑いかけると、興奮冷めやらぬ二人を嬉しそうに見つめた。
俺とエリオス様は、二人にこの部屋から動かない様に指示し、パンフレットを買う為に、ロビーへ向かった。
ロビーは混雑していた。
この混雑だ。何かあっても速やかには動けない。・・・二人を連れて来なくて良かったと、俺は思った。
パンフレットが売られている売店もかなり混雑していた。俺とエリオス様はエミリアと父上用になんとか二冊購入し、席に戻ろうとした。
「リカルド、先に内容を確認したほうがいい。二人はあのはしゃぎ様だ、しばらくパンフレットを離さないかも知れない。」
「ああ、そうですね!」
俺は、柱の側に寄って、購入したばかりのパンフレットの内容を確認した。
中身は・・・舞台女優と俳優の絵姿ばかりで、内容に触れるモノは特にはなかった。
・・・え、今日の俺、マジでついてない。
ガックリを肩を落とす俺に、エリオス様は少し苦笑して、「仕方ないが、エミリアとリチャードに夕飯の時にでも聞こう。・・・ここまで来たんだ、何か旨いものでも食って帰ろう、な?」そう言って、俺を励ました。
エリオス様の言葉に、俺は少しだけ気分が軽くなる。
そうだ、何か旨いものでも食べれば、気分も良くなるだろう!そうだな、それも良い。
俺はそう思い、二人の待つ部屋に戻った。
俺達が戻ると、部屋は静まりかえっており、・・・そこには誰もいなかった。
・・・父上が自慢していたオペラグラスが、そこには落ちているだけだった。




