表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/90

#64 目には目を、雷には


 『七つの薄い鉄クナイ』と書き記す。


 ぽんぽんと現れるそれを、すぐに手にして投げれば、ビュンビュン空気押し退く音が鳴る。

 瞬く間に立つ棒の隙間をくぐり抜け、一路ネルトへ。


「おっと? こりゃ細いなぁ、オレの棍の技術じゃ打ち逃しちゃうなぁ」


 そう言いながら、彼は大胆に剣を振るっていた。


 キンコンカンと小気味よい音が鳴る。


 あるものは山を描いて地へ刺さり、あるものはあらぬ方向へ吹っ飛んで、聳える鉄パイプに当たって円の内側に転がった。


 ジャストミートでクナイを剣の腹で打ち、全ての投擲を弾いたのだ。



 ……想定内。

 今度は『しゅりけん』と何度も何度も、テスト勉強のように何度も綴る。

 そして、現れた手裏剣を、次々絶え間なく飛ばす。


 クナイよりも薄い、そして速い手裏剣。


 だというのに、その結果はクナイとなんら変わりない。

 彼の攻撃範囲に入る度、呆気なく打たれてしまう。


「ほんと面白え、知らねえ道具が沢山出てくる。だが、オレには効かねえ」


 最後の一発を弾くと、彼は跳んだ。


 そして、掌の窪みぐらいの面積しかない、小さい小さい棒のてっぺんを器用に踏み、更に上へと舞い上がる。



 本を開いたまま脇に挟み、鞘から剣を抜く。


 もう、刃は目と鼻の先。



「詩歌! 援護頼む!」


 言葉尻が、爆音で上書きされる。


 間一髪で剣を挟めたが、お、重い……。踵の本底が土にめり込んだ。


 両手で耐えるのがやっと、それでいて気を抜いたら潰れてしまいそうなのは依然変わりない。

 今度はちゃんときちんと、流れるように抜けられる受けにはしたが……。


 心配なのは、この動けない隙に……、あ……!

 思って早々、長柄を持っている方の肩を、後ろに引き始めた。



 避けな……。





 どくんと、心臓が跳ね上がった。



 手が……痛い!


 峰を支えていた方の手が……もげそう……!



「ぐうッ!?」


 飛び散る緑光。


 揺さぶられる臓。


 腹にめり込む鉄パイプ。



 うぐぐ、俺の剣に、電気を流されたんだ!

 そして、痛みに集中を持っていかれた、その油断を狙って刺された……。


 追電撃が来る……!

 ……と思って身構えたが、ネルトは両方の武器を戻した。


 歌の炎が来たのだ。


 今、彼は雷鎧を纏っていない。

 魔法の相殺……または打ち消しを介せず生身に受けたら、多少なりともダメージになってしまう。


 炎の帯は、蝿のようにネルトの周りを飛び交い、錯乱する。


 彼はムッとし、凸凹二刀流で、炎が攻撃に変わる前に次々と確実に切り伏せ始めた。


 その隙に、間合いから脱出する。



 ふう、助かったが……。俺の剣も金属じゃん……やば、普通に考えてなかった!


 ……さっきのゴムの盾が欲しいな。


 どこにやったっけ? 警戒した草食動物のように、辺りをパパっと軽く見回す。

 幸い、緑一色の丘の中で、ゴム盾は色、質感共々浮いていてすぐに発見できた。

 書く手間が省けたぜ。

 二人に背を向け、急いで取りに行く。


「邪魔だ!!」


 咆哮。


 振り向くと、雷が双剣から溢れている。


 魔法は刃を構成し、巨大な大剣へと進化させる。


 ネルトはそれを闇雲にぶん回し始めた。炎はいとも容易くバラバラになって、煙のように消えていく。

 相当怒っているぞ、思った以上のコンプレックスらしい。

 でも、こうしないと勝てないんだ……許してくれ。


 こうして歌がぶつ切られると、詩歌がのめる。


 ……しまった……。


 直接攻撃を喰らってはないが、魔法を切り裂かれ、しかもずっと歌い続けているから、じわじわと削られている状態なんだ……!


「詩歌、大丈夫か?」


「えぇ……まあ……。まだ……戦える……」


 そうは言うものの、声を張りあげ切れず、息は荒くて文節ごとに途切れている。遠くてあまり見えないが、顔色も悪そう。苦しそうな猫背だって直らない。


「炎が必要になるときまで休んでてくれ。初戦なのにこんな頼っちゃってごめん……」


「……ごめんなさい」


 彼女は気不味そうに、崩れ落ちるようにしゃがむ。


 仕方ないのだ。転生して、初っ端こんな争いに巻き込まれたら、俺だったらとっくに倒れてるかもしれないし。


 戦い慣れぬ女の子を酷使してしまった罪悪感に塗れながら、盾に手を伸ばす。




 風を切る音、足音、迫る気配。



 拾い上げて、すぐその方向へ面を向ける。


 ぽんぽんと、いくつかのボールがぶつかるような感覚がした。通常の攻撃があまりにも重すぎて、もはや羽根のように軽く感じるこれは……雷弾。


 じゃあネルトは!?



「こっちだよッ!」


 横だ!

 稲妻のように折れ曲がった軌道で、がら空きの横へと入り込んだのだ。


 うげぇ!

 既に俺は脇腹にドロップキックを喰らって、鉄砲玉のように吹き飛ばされている!

 吐きそう!

 あまりの猛烈な勢いに、トラックに轢かれたかと錯覚しちまったぜ……!



 二度目のぶっ飛び、一度目より弱かったからか、経験済だからか、ある程度姿勢を空中で整えられる。


 腹を地に向け、柄を持つ手に力を込めて、剣を思い切り大地に突き刺す。


 漫画とか映画で見る、崖とかを降りる時に、壁にナイフを突きつけ勢いを殺すアレの……平行バージョン。

 抉れた黒い土が飛び散り、草原に一筋の創傷が刻まれていく。


 何メートルも大地を彫って、やっと止まれた。



 電撃攻撃を受けてないのに手が痺れる、内臓の痛みがじんじん脳天まで響く。


 顔をあげると、双の電閃が迫っているのが見えた。追い打ちに来たのだ。


 また、軌道を変えるかもしれない。


 気合で立ち上がり、ギリギリまで引きつける。


 ネルトも、俺が盾を構えてから、対処できない位置に入り込むつもりだったのだろう。


 彼はそのまま、一直線に激突。



 肘から上全部を使って盾を支え、凶刃と殴打を防ぐ。


 ミシ……、と盾が軋んだ。



 加えられた力が弱まると、新たな一発が飛んでくる。



 剣と棍。交互に、あるいは同時に、俺を狙う。



 じりじりと後退るように受け流しながら、守りに徹する。



 殴られるのみの俺……もはや勝負ではなく蹂躙。



 何とか凌いでいるものの、速さについて行けず、時折防御が間に合わず喰らってしまって翠の光が飛び散る。



 絶えぬ猛攻、無数の軌道を描く双剣。

 雷の唸りと叫びに包まれた俺は、もはや積乱雲に突入した小鳥。


 ネルトの怒りは収まっていき、いつものお調子者の一面がまた片鱗を見せ始めた。




「さあ! これにて終演だ!」

 

 彼は盾を穿かんと、全身を使って棍を引いた。



 轟く稲妻、煌めく鉄棒。



 ……俺はこの時を待っていた。



 本を大きく開き、消しゴムで一閃。



 その白い四角の下にあるのは、初めの方に書いた同じ文字の羅列、その最後の一単語。


 ……ネルトの持ってる『鉄パイプ』だ。


 たった一回、滑るように動かしただけで、文字は綺麗さっぱり無くなった。


「な……!?」


 文字が消えれば、出した物も消える。


 依存していた鉄パイプの消滅に、ネルトは対応出来なかった。


 空っぽの腕が、虚しく無を突く。



「喰らえ!!」



 がら空きになった腹。

 思い切り剣をぶちかます。


 バチンと、ショートして弾けるような音がして、黄色い光の破片が飛び散った。


 不意の一発にネルトはよろめき、間合いを開けようと後ろへ下がるが、そこは……。



 鉄パイプの円卓の中だ。


 順当に行けば負けぬ優れた武器を入手したことで、彼の気は緩んでいた。

 おまけに、感情の起伏が激しくて、猪突猛進状態にもなっていた。



 俺が誘導していたことに、今更気付いたところで、もう遅い。



「詩歌! 流れる炎の渦で捕まえろ! 出せる力を振り絞ってくれ!!」


 俺は円卓から距離を取り、叫ぶ。

 水、水、水、…………。

 ネルトが逃げぬよう、そしてある目的の為に文字を綴りながら。



 返事代わりに、回復した彼女が隣に飛び込んできて、豪快な業火歌が響き渡る。



 激流のような、大蛇のような、形を持った長い炎が一本、彼女の背後から円卓へと飛び込んだ。


 炎は円卓ごとネルトを包むように、とぐろを巻く。

 瞬く間に螺旋の塔となり、彼を幽閉する。



 彼女と塔の周辺は、夕焼けみたいな紅に。


 炎と空気の境は、陽炎か、ゆらゆら歪む。



「いいぞ、このままだ。破れない全力の炎を維持しろ……!」



 詩歌の瞳に映るのは、塔の赫きだけ。


 頷くこともしないが、辞めもしない。


 汗の滲んだ額をそのままに、タクトをぐるぐると回し、歌詞無き情熱の歌を続けている。



「さあ……ネルト。これで決着だ! 君は……耐えられず、倒れるはずだ!」



「この熱さ……蒸し焼きや直火焼きにするつもりか? それとも単なる目隠しで集中攻撃か? 無駄だ! どうであろうと、オレの全身全霊の雷でこじ開け、向かうもの全て葬る!」



 ズドンと、落雷が渦中で轟く。



 次の瞬間、炎蛇の腹が、食い千切られるように吹き飛んだ。


 詩歌は驚愕する。


 フルパワーが呆気なく破られれば、そうもなるだろう。

 だが、彼女は歌い続けた。


 雲の隙間から差し込む薄明のように、刃に付与された黄色い光が、壁の外へ姿を見せる。


 だか同時に、ギャリっと、鼓膜に刺さる音が鳴る。

 炎を裂いたのには、全く合わぬ硬い音が。



 剣は、内部から現れた、黒い線に阻まれていた。

 線は大きくたわみ、刃と接した部分は破壊されたものの……。


 ……へへ。


 こっそりチェーンを仕込んでいたんだ。『大蛇の背骨となる鎖』をな。


 川っていうのは、流水のように物を運ぶことが出来るようなって意味だ。

 水魔法に気を取られている隙に産み出したこれを、炎中に投げ込んだんだ。



 さて、チェーンに電撃をぶちかまし……流れた電気は何処へ行く?



「うがあああああッ!!?」



 塔の中で、さっきの落雷に負けぬくらいの、断末魔の如し絶叫があがった。



 彼の足元には、さっき散らした金属製の道具が散らばっている。

 鎖の先端の方は、鉄パイプやいくつかの道具に接している。



 つまり、自分の放った魔法が、そのまま自分に跳ね返ってきたってことだ。



 死角から自分に殴られた気分はどうだ?


 さぞかし痛いだろうな。


 だって全身全霊じゃない普通の攻撃でさえ、悶絶したくなるほど痛かったのだから……。



 剣は離れ、断裂されていた部分に炎魔法が流れ込んですぐに埋められた。


 もしかしたらまだ元気で、突然飛び出してくるかもしれない。注視しながら塔に駆け寄る。


 ……内部から物音は聞こえない。聞こえるのはただ、熱のうねりだけ。




 詩歌に歌を止めさせる。


 焔は風に千切られ、運んでくれる存在を失った鉄紐は重力のままに落ちていく。



 ネルトは膝をついていた。


 辛そうに肩で息をして、頭をもたげる力も失い俯いている。



 だが、再起の意志は秘めていた。両腕を震わせながら、剣を突き立てている。不屈の魂が、必死に動かぬ身に抗おうとしていた。


 しかし、もうチェックメイトだ。


 鋭鋒を、腹に刺さるギリギリに近付けた。下しか見えない彼に見えるように、そしてもう動けないように。



 詩歌もパイプを引き抜いて、真似するように首筋に先を向ける。



 動きの消えた空間で、唯二発されている音は、俺の心拍と、彼の荒い息。



 血が送り出される度、胸が膨らみ縮む毎、一サイクル過ぎるにつれ、音は小さくなっていく。




 闘争の滾りから、平常へと移った時。

 彼は、悔しそうに笑い出した。


「オレの負けだ」


 その言葉に負け惜しみや恨みといった、淀んだ思いは含まれてない。


 後腐れのない、さっぱりとした降参であった。


 立てていた剣を横にすると、もう戦う意志が無いことを示すように鞘に納める。



 ……爽やかな奴だ……。


 武器を仕舞い、本を閉じた。

 下敷きになった武器たちも、俺が呼び出した何もかもが消えた。


 そっと、手を差し伸べた。


 一人じゃあ、もう立てそうになかったから。


 悪いよ……と彼は躊躇い拒否したが、手を戻さず黙っていたら、やっと掴んでくれた。


 引っ張って立ち上がらせ、肩を貸す。


 ああ、重たい……。

 相当強い電気を使ったらしい、自力で自重を支えられないぐらいヘロヘロだ。


 まあ……俺も……人の事言えないんだが……。


「ちょ、ちょっとショーセ!」


 ……俺、今倒れそうだったのかな。


 慌ててやってきた詩歌が、俺たちの間に潜り込み、肩を組んで支えてくれた。



「すまない……オレは敵なのに……」


 顔を背ける体力さえ無いらしい、目だけ逸らして心苦しそうに謝る。



「敵じゃなくてラフェムの友だろ?」


「それに、キミたちを侮っていた……」


「今日から認めてくれよな!」


「はは、ははは……。何もかもオレの負けだ、ショーセ……。キミたちの旅……もうとやかく言わないよ……」


 先程まで怒ったりいい気になったり、荒ぶっていたのが、嘘のように穏やかだ。台風みたいな人だな……。



 いつの間にか、花火は止んでいた。


 聴こえるのは、穏やかな波の音と風の流れだけ。

 ラフェムの方も、決着がついたのだろう。


 勝敗は、どうだろうか。


 ……ラフェムが負けるわけない……と思っていたけれど、クアがあんな力を持っていたとは知らなかったしな。


 どうであれ、合流しなければ。


 静かになった草原をゆっくり歩み、友の側を目指した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ