#64 目には目を、雷には
『七つの薄い鉄クナイ』と書き記す。
ぽんぽんと現れるそれを、すぐに手にして投げれば、ビュンビュン空気押し退く音が鳴る。
瞬く間に立つ棒の隙間をくぐり抜け、一路ネルトへ。
「おっと? こりゃ細いなぁ、オレの棍の技術じゃ打ち逃しちゃうなぁ」
そう言いながら、彼は大胆に剣を振るっていた。
キンコンカンと小気味よい音が鳴る。
あるものは山を描いて地へ刺さり、あるものはあらぬ方向へ吹っ飛んで、聳える鉄パイプに当たって円の内側に転がった。
ジャストミートでクナイを剣の腹で打ち、全ての投擲を弾いたのだ。
……想定内。
今度は『しゅりけん』と何度も何度も、テスト勉強のように何度も綴る。
そして、現れた手裏剣を、次々絶え間なく飛ばす。
クナイよりも薄い、そして速い手裏剣。
だというのに、その結果はクナイとなんら変わりない。
彼の攻撃範囲に入る度、呆気なく打たれてしまう。
「ほんと面白え、知らねえ道具が沢山出てくる。だが、オレには効かねえ」
最後の一発を弾くと、彼は跳んだ。
そして、掌の窪みぐらいの面積しかない、小さい小さい棒のてっぺんを器用に踏み、更に上へと舞い上がる。
本を開いたまま脇に挟み、鞘から剣を抜く。
もう、刃は目と鼻の先。
「詩歌! 援護頼む!」
言葉尻が、爆音で上書きされる。
間一髪で剣を挟めたが、お、重い……。踵の本底が土にめり込んだ。
両手で耐えるのがやっと、それでいて気を抜いたら潰れてしまいそうなのは依然変わりない。
今度はちゃんときちんと、流れるように抜けられる受けにはしたが……。
心配なのは、この動けない隙に……、あ……!
思って早々、長柄を持っている方の肩を、後ろに引き始めた。
避けな……。
どくんと、心臓が跳ね上がった。
手が……痛い!
峰を支えていた方の手が……もげそう……!
「ぐうッ!?」
飛び散る緑光。
揺さぶられる臓。
腹にめり込む鉄パイプ。
うぐぐ、俺の剣に、電気を流されたんだ!
そして、痛みに集中を持っていかれた、その油断を狙って刺された……。
追電撃が来る……!
……と思って身構えたが、ネルトは両方の武器を戻した。
歌の炎が来たのだ。
今、彼は雷鎧を纏っていない。
魔法の相殺……または打ち消しを介せず生身に受けたら、多少なりともダメージになってしまう。
炎の帯は、蝿のようにネルトの周りを飛び交い、錯乱する。
彼はムッとし、凸凹二刀流で、炎が攻撃に変わる前に次々と確実に切り伏せ始めた。
その隙に、間合いから脱出する。
ふう、助かったが……。俺の剣も金属じゃん……やば、普通に考えてなかった!
……さっきのゴムの盾が欲しいな。
どこにやったっけ? 警戒した草食動物のように、辺りをパパっと軽く見回す。
幸い、緑一色の丘の中で、ゴム盾は色、質感共々浮いていてすぐに発見できた。
書く手間が省けたぜ。
二人に背を向け、急いで取りに行く。
「邪魔だ!!」
咆哮。
振り向くと、雷が双剣から溢れている。
魔法は刃を構成し、巨大な大剣へと進化させる。
ネルトはそれを闇雲にぶん回し始めた。炎はいとも容易くバラバラになって、煙のように消えていく。
相当怒っているぞ、思った以上のコンプレックスらしい。
でも、こうしないと勝てないんだ……許してくれ。
こうして歌がぶつ切られると、詩歌がのめる。
……しまった……。
直接攻撃を喰らってはないが、魔法を切り裂かれ、しかもずっと歌い続けているから、じわじわと削られている状態なんだ……!
「詩歌、大丈夫か?」
「えぇ……まあ……。まだ……戦える……」
そうは言うものの、声を張りあげ切れず、息は荒くて文節ごとに途切れている。遠くてあまり見えないが、顔色も悪そう。苦しそうな猫背だって直らない。
「炎が必要になるときまで休んでてくれ。初戦なのにこんな頼っちゃってごめん……」
「……ごめんなさい」
彼女は気不味そうに、崩れ落ちるようにしゃがむ。
仕方ないのだ。転生して、初っ端こんな争いに巻き込まれたら、俺だったらとっくに倒れてるかもしれないし。
戦い慣れぬ女の子を酷使してしまった罪悪感に塗れながら、盾に手を伸ばす。
風を切る音、足音、迫る気配。
拾い上げて、すぐその方向へ面を向ける。
ぽんぽんと、いくつかのボールがぶつかるような感覚がした。通常の攻撃があまりにも重すぎて、もはや羽根のように軽く感じるこれは……雷弾。
じゃあネルトは!?
「こっちだよッ!」
横だ!
稲妻のように折れ曲がった軌道で、がら空きの横へと入り込んだのだ。
うげぇ!
既に俺は脇腹にドロップキックを喰らって、鉄砲玉のように吹き飛ばされている!
吐きそう!
あまりの猛烈な勢いに、トラックに轢かれたかと錯覚しちまったぜ……!
二度目のぶっ飛び、一度目より弱かったからか、経験済だからか、ある程度姿勢を空中で整えられる。
腹を地に向け、柄を持つ手に力を込めて、剣を思い切り大地に突き刺す。
漫画とか映画で見る、崖とかを降りる時に、壁にナイフを突きつけ勢いを殺すアレの……平行バージョン。
抉れた黒い土が飛び散り、草原に一筋の創傷が刻まれていく。
何メートルも大地を彫って、やっと止まれた。
電撃攻撃を受けてないのに手が痺れる、内臓の痛みがじんじん脳天まで響く。
顔をあげると、双の電閃が迫っているのが見えた。追い打ちに来たのだ。
また、軌道を変えるかもしれない。
気合で立ち上がり、ギリギリまで引きつける。
ネルトも、俺が盾を構えてから、対処できない位置に入り込むつもりだったのだろう。
彼はそのまま、一直線に激突。
肘から上全部を使って盾を支え、凶刃と殴打を防ぐ。
ミシ……、と盾が軋んだ。
加えられた力が弱まると、新たな一発が飛んでくる。
剣と棍。交互に、あるいは同時に、俺を狙う。
じりじりと後退るように受け流しながら、守りに徹する。
殴られるのみの俺……もはや勝負ではなく蹂躙。
何とか凌いでいるものの、速さについて行けず、時折防御が間に合わず喰らってしまって翠の光が飛び散る。
絶えぬ猛攻、無数の軌道を描く双剣。
雷の唸りと叫びに包まれた俺は、もはや積乱雲に突入した小鳥。
ネルトの怒りは収まっていき、いつものお調子者の一面がまた片鱗を見せ始めた。
「さあ! これにて終演だ!」
彼は盾を穿かんと、全身を使って棍を引いた。
轟く稲妻、煌めく鉄棒。
……俺はこの時を待っていた。
本を大きく開き、消しゴムで一閃。
その白い四角の下にあるのは、初めの方に書いた同じ文字の羅列、その最後の一単語。
……ネルトの持ってる『鉄パイプ』だ。
たった一回、滑るように動かしただけで、文字は綺麗さっぱり無くなった。
「な……!?」
文字が消えれば、出した物も消える。
依存していた鉄パイプの消滅に、ネルトは対応出来なかった。
空っぽの腕が、虚しく無を突く。
「喰らえ!!」
がら空きになった腹。
思い切り剣をぶちかます。
バチンと、ショートして弾けるような音がして、黄色い光の破片が飛び散った。
不意の一発にネルトはよろめき、間合いを開けようと後ろへ下がるが、そこは……。
鉄パイプの円卓の中だ。
順当に行けば負けぬ優れた武器を入手したことで、彼の気は緩んでいた。
おまけに、感情の起伏が激しくて、猪突猛進状態にもなっていた。
俺が誘導していたことに、今更気付いたところで、もう遅い。
「詩歌! 流れる炎の渦で捕まえろ! 出せる力を振り絞ってくれ!!」
俺は円卓から距離を取り、叫ぶ。
水、水、水、…………。
ネルトが逃げぬよう、そしてある目的の為に文字を綴りながら。
返事代わりに、回復した彼女が隣に飛び込んできて、豪快な業火歌が響き渡る。
激流のような、大蛇のような、形を持った長い炎が一本、彼女の背後から円卓へと飛び込んだ。
炎は円卓ごとネルトを包むように、とぐろを巻く。
瞬く間に螺旋の塔となり、彼を幽閉する。
彼女と塔の周辺は、夕焼けみたいな紅に。
炎と空気の境は、陽炎か、ゆらゆら歪む。
「いいぞ、このままだ。破れない全力の炎を維持しろ……!」
詩歌の瞳に映るのは、塔の赫きだけ。
頷くこともしないが、辞めもしない。
汗の滲んだ額をそのままに、タクトをぐるぐると回し、歌詞無き情熱の歌を続けている。
「さあ……ネルト。これで決着だ! 君は……耐えられず、倒れるはずだ!」
「この熱さ……蒸し焼きや直火焼きにするつもりか? それとも単なる目隠しで集中攻撃か? 無駄だ! どうであろうと、オレの全身全霊の雷でこじ開け、向かうもの全て葬る!」
ズドンと、落雷が渦中で轟く。
次の瞬間、炎蛇の腹が、食い千切られるように吹き飛んだ。
詩歌は驚愕する。
フルパワーが呆気なく破られれば、そうもなるだろう。
だが、彼女は歌い続けた。
雲の隙間から差し込む薄明のように、刃に付与された黄色い光が、壁の外へ姿を見せる。
だか同時に、ギャリっと、鼓膜に刺さる音が鳴る。
炎を裂いたのには、全く合わぬ硬い音が。
剣は、内部から現れた、黒い線に阻まれていた。
線は大きくたわみ、刃と接した部分は破壊されたものの……。
……へへ。
こっそりチェーンを仕込んでいたんだ。『大蛇の背骨となる鎖』をな。
川っていうのは、流水のように物を運ぶことが出来るようなって意味だ。
水魔法に気を取られている隙に産み出したこれを、炎中に投げ込んだんだ。
さて、チェーンに電撃をぶちかまし……流れた電気は何処へ行く?
「うがあああああッ!!?」
塔の中で、さっきの落雷に負けぬくらいの、断末魔の如し絶叫があがった。
彼の足元には、さっき散らした金属製の道具が散らばっている。
鎖の先端の方は、鉄パイプやいくつかの道具に接している。
つまり、自分の放った魔法が、そのまま自分に跳ね返ってきたってことだ。
死角から自分に殴られた気分はどうだ?
さぞかし痛いだろうな。
だって全身全霊じゃない普通の攻撃でさえ、悶絶したくなるほど痛かったのだから……。
剣は離れ、断裂されていた部分に炎魔法が流れ込んですぐに埋められた。
もしかしたらまだ元気で、突然飛び出してくるかもしれない。注視しながら塔に駆け寄る。
……内部から物音は聞こえない。聞こえるのはただ、熱のうねりだけ。
詩歌に歌を止めさせる。
焔は風に千切られ、運んでくれる存在を失った鉄紐は重力のままに落ちていく。
ネルトは膝をついていた。
辛そうに肩で息をして、頭をもたげる力も失い俯いている。
だが、再起の意志は秘めていた。両腕を震わせながら、剣を突き立てている。不屈の魂が、必死に動かぬ身に抗おうとしていた。
しかし、もうチェックメイトだ。
鋭鋒を、腹に刺さるギリギリに近付けた。下しか見えない彼に見えるように、そしてもう動けないように。
詩歌もパイプを引き抜いて、真似するように首筋に先を向ける。
動きの消えた空間で、唯二発されている音は、俺の心拍と、彼の荒い息。
血が送り出される度、胸が膨らみ縮む毎、一サイクル過ぎるにつれ、音は小さくなっていく。
闘争の滾りから、平常へと移った時。
彼は、悔しそうに笑い出した。
「オレの負けだ」
その言葉に負け惜しみや恨みといった、淀んだ思いは含まれてない。
後腐れのない、さっぱりとした降参であった。
立てていた剣を横にすると、もう戦う意志が無いことを示すように鞘に納める。
……爽やかな奴だ……。
武器を仕舞い、本を閉じた。
下敷きになった武器たちも、俺が呼び出した何もかもが消えた。
そっと、手を差し伸べた。
一人じゃあ、もう立てそうになかったから。
悪いよ……と彼は躊躇い拒否したが、手を戻さず黙っていたら、やっと掴んでくれた。
引っ張って立ち上がらせ、肩を貸す。
ああ、重たい……。
相当強い電気を使ったらしい、自力で自重を支えられないぐらいヘロヘロだ。
まあ……俺も……人の事言えないんだが……。
「ちょ、ちょっとショーセ!」
……俺、今倒れそうだったのかな。
慌ててやってきた詩歌が、俺たちの間に潜り込み、肩を組んで支えてくれた。
「すまない……オレは敵なのに……」
顔を背ける体力さえ無いらしい、目だけ逸らして心苦しそうに謝る。
「敵じゃなくてラフェムの友だろ?」
「それに、キミたちを侮っていた……」
「今日から認めてくれよな!」
「はは、ははは……。何もかもオレの負けだ、ショーセ……。キミたちの旅……もうとやかく言わないよ……」
先程まで怒ったりいい気になったり、荒ぶっていたのが、嘘のように穏やかだ。台風みたいな人だな……。
いつの間にか、花火は止んでいた。
聴こえるのは、穏やかな波の音と風の流れだけ。
ラフェムの方も、決着がついたのだろう。
勝敗は、どうだろうか。
……ラフェムが負けるわけない……と思っていたけれど、クアがあんな力を持っていたとは知らなかったしな。
どうであれ、合流しなければ。
静かになった草原をゆっくり歩み、友の側を目指した。




