違和感
終わるのは一瞬だから懸命に生きよう。
生きるのは簡単ではないからこそ、自分の弱さに耐えられず人と比べるのだと思う。誰かが勝手に生きてくれないかとさえ思ったこともある。
毎日同じことを繰り返す。満員電車で揺られている人を見ると思う。毎日同じで、ベルトコンベアーのように流される生活に見える。
自分ではない誰かが制御してくれないかと、漠然とトキは思った。
*
チリチリリ、と耳を刺すような音で目覚まし時計が鳴った。
今日も一日が始まる喜びと、それ以上の恐怖が頭の中で混ざり合って、また新しい一日が始まる。
トキは、重いプレッシャーに背中を押されるようにして、急いで身体を起こした。自分の意思というよりは、周囲から抑圧された見えないプレッシャーによるものであろう。
トキは顔を洗うため、洗面台に向かった。冷たい水で顔を洗い、ふと鏡を見上げる。
「……なんだ、これ」
鏡の中の自分の顔をじっと見つめたが、その表情が怒っているのか、それとも泣いているのかがわからない。まるで感情の抜け落ちた他人の顔のようだった。
少し不思議に思ったが、学校に遅れるかもしれないという焦りが勝ち、トキは急いで家を飛び出した。
通学路には、多くの人間が歩いていた。
だが、彼らはみんな同じ表情をして、同じ色のように見えた。トキにはそれが生きた人間とは思えず、精巧に作られた操り人形の集団のようだと感じた。気味が悪かったが、気にしないように視線を足元に落とし、先を急いだ。
学校では、常に独りだった。
けれど、その孤独を寂しがるというよりも、むしろ楽しんでいた。独りのほうが圧倒的に楽であり、誰にも気を遣わなくて済むからである。
唯一、学校で言葉を交わすのは、メイだけだった。
メイとは幼馴染であり、この地球上でたった一人の友達と言える存在だ。
「おはよう、トキ」
「あ、おはよう、メイ。……最近、何に興味があるの?」
特に決まった話題はなく、いつも話が前に進まなそうな、たわいもない会話ばかりだった。
だが、私はそれがたまらなく嬉しかった。話が長くなると、周囲の目がチクチクと突き刺さって辛くなるからだ。
周囲の視線に勝手に疲れて、勝手に最悪な妄想をする。
クラスメイトたちの目が、まるで腹を空かせたライオンの群れのように、こちらを一斉に睨みつけているような錯覚がして、トキはいつも小さく身を震わせていた。
学校が終わり、ようやく自宅に着いた。
玄関の鍵を閉めた瞬間、学校にいた時の緊張と疲れが一気に蓄積されていたせいなのか、ものすごい疲労感が身体を襲う。
自宅は、トキにとって唯一の安全な場所であり、外敵を阻むためのシェルターのようなものだった。あの日が来るまでは、このシェルターの静寂が、永遠に続くものだと信じて疑っていなかった。
異変が起きたのは、翌朝だった。
パチリと目を覚まし、いつものようにリビングのドアを開けた時、トキは凍りついた。
「おはよう、トキ。早く朝食を食べなさい」
振り返った母親の顔。そして、新聞をめくる父親の顔。
その二つの顔が、文字通り「全て同じ」に見えたのだ。どこかおぞましいほど「平均的」なパーツの羅列。昨日まで個性のあったはずの両親の顔が、完全に同質化していた。
朝食を食べ終わり、逃げるように学校へ向かう最中も、街全体の行動が、色が、あまりにも同質で同色だった。とても気持ち悪い光景だと、トキは胃の奥がせり上がるような不快感を覚えた。
学校に着くと、異様さは頂点に達していた。
教室では、みんなが規則正しく寸分の狂いもなく座っていた。そこには人間の個性が持つ「濁り」がまるで無かった。異質なものは一瞬で排除されるような、張り詰めた、冷たい空気。
それでも、まだこの無色で不気味な幸せが、ずっと続いていくのだと思っていた。
しかし、翌日。
世界を破滅させる「悪い知らせ」が、あまりにも唐突に教室中を駆け巡った。
それは、一瞬だった。
さっきまで規則正しく並んでいたクラスメイトたちの顔から、血の気が引き、笑顔が完全に消え失せる。代わりに、どす黒い「絶望」の二文字が、彼らの体中へ、そして私の五感へと急速に広がっていく。
――ガタガタガタガタッ!
その瞬間、世界が激しく揺れ始めた。
頑丈だったはずのシェルターの壁が、悲鳴をあげるようにきしむ。
トキは机の脚を必死に掴みながら、これが、この世界の終わりの合図であることを本能で悟っていた。




