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強みは弱み  作者: 篠原
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落ちぶれ

私は中学2年生までは、みんなに好かれたいと思って積極的に相手のことを思いやる

行動をする良い子であった。

幼稚園では先生に

「どうやって育てたらこんなに良い子に育つのですか?」

などと聞かれていたと自慢げに母が話してくれた。

私も喧嘩をしたり反抗的な行動や言動をとった記憶はない。

私は大人の言うことを聞き従順に行動していた

小学校の時もそうだった。少し自分の自我が出てきたが私は反抗の仕方を知らず理不尽なことも飲み込んできた

理不尽なこと筆頭は少年野球時代の記憶だろう

監督コーチ共に頭の硬い連中で昭和仕込みの過酷な練習で肉体と精神と共に疲弊しとても大変で最悪な記憶である

そもそも私は野球をやりたかったわけではない。友達が元々入っていて勧誘がしつこかったのと親がスポーツをしろとうるさく強制的に入れられたのだ。

私は3年生になる頃にはswitchが家に来て暇な時間はずっとゲームをしていた

本当は家でするゲームの好きな陰気で臆病なのに

5年の夏とうとう限界のきた僕は野球を辞めたいと親に話した

だが親は辞めさせてはくれなかった。

「あと一年なんだから頑張りなさい」

そんな事言われても僕は親には反抗出来ない、この頃はしないことは偉いことだと勝手に思い込む域にまで達していた。

だが今考えると選手の親同士の仲が良く一緒に行動する口実のようにも覚えるが真相は

闇の中だ

結局小学6年生の卒業までやらされた少年野球での思い出は今も引きずっている。

テレビなどで野球関連の報道を見ると「うわ」「しね」などのネガティブな言葉が咄嗟に出てきてしまうし野球選手を応援している人間を見ると心の底からイライラする

中学校生活の始まりは順調な滑り出しだった

前にいる子と話し友達となり一緒に帰る

小学校の頃からの友達もいたのでなんとかやっていけた

だが根が陰な自分はだんだんとクラスに馴染めていけなくなった

そんな状態の中私は色んな人に過剰に親切になるようになった

親切といいつつ相手には親切では無かったと今は思う

宿題を友達の分を全部したり、掃除も他の人がやらなく良いように人の何倍も掃除をした

時には委員会の仕事を奪ってしまったこともあった

そこまでする理由はこの頃はまだ無自覚だったが私はとてつもなく自尊心が低く

とてつもなく承認欲求が高かったのだ。

クラスからの評価はなんかよくわからないが良いやつ

私はその評価に酔い友好強度を上げることを怠ってしまった

中学2年生になり新しいクラス

私はこのクラスで友達を作ることはできなかった

小学校からの友達も中学校で出来た友達と連み

人間同士の絆が固くなってしまっていたのだ

私が入る隙間などなく孤立してしまった

絆を包み込むような立ち回りをすればまだ学校での立場があったかもしれないが

その立ち回りができるほどの元気も気力も無くなってしまっていた





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