トラック野郎2025 1/8
2026年5月
その日も辰雄は、東北地方から大田市場へ農産物や水産物、加工食品を運ぶ為に高速道路を走った。
無事に市場に荷物を届けた後、休憩がてら従業員食堂で一息ついていたところだ。食堂のテレビからはバラエティ番組が流れていたが、突然、放送が切り替わり、国会中継が始まった。
画面に映し出されたのは、総理大臣の石葉 重雄。
彼の表情は硬く、その言葉には異様な重みがあった。
「3か月後の8月15日。この日、1年に一度、12時間だけ、すべての犯罪を合法とするパージ法を施行します。」
その言葉を聞いた瞬間、辰雄は食べかけの弁当を手にしたまま、硬直した。周囲の人々も、まるで時間が止まったかのように静まり返った。
「…何だって?」
―
村田 辰雄、47歳。
彼はフリーランスの大型トラックドライバーとして全国を駆け巡り、幾度となく危険な道を乗り越えてきた。
20代のころから大型トラックの運転をしており、長年の経験から道路の混雑状況を予測する能力や、時間内に荷物を納品する確実性、さらには路面が凍結するような悪条件下でも配送を可能にする高いドライビングテクニックを持つことで、業界では「頼れる運転手」として名を知られていた。
そんな辰雄には、3年前に新型コロナウイルスのワクチンを接種した息子、勇太がいる。だが、その接種後、原因不明の病状により息子は突然意識を失い、現在も大学病院で植物状態のまま寝たきりとなっている。毎月かかる医療費は高額で、妻も必死にパートの仕事をして支えているが、それでも家計は火の車だった。
紫陽花が雨粒を抱き、色を深める季節。
その日の配送を終え、荷下ろし場にトラックを停めた辰雄は、今月分の請求書を眺めながら、病院のベッドで眠る息子の顔を思い出していた。植物状態の治療には、長期間の集中治療が必要なため、治療費は非常に高額になる。人工呼吸器や輸液などの処置が必要な場合、月々50万円以上かかることも珍しくなかった。
さらに、今後の治療費や入院費、リハビリ、介護費用を含めると、数百万円から数千万円の費用がかかると担当医から説明されていた。
「もっと稼がなければ…」
辰雄がぼそりと呟いた瞬間、彼のスマートフォンに「配送依頼」の通知が届いた。
自身が登録している「配送を依頼したい企業」と「配送可能なドライバー」をマッチングさせるサービスから自分宛てにメッセージが届いたのだ。
「8月15日の夜。
関東から大阪に運んでいただきたい荷物があります。詳細を確認しますか?
YES or NO?」
「なんだこれは…?」辰雄は疑念を抱きつつ、画面に目を凝らした。
通常の配送依頼であれば、送り主の会社名や荷物の詳細などが記載されている。
しかし、今回はそれらが一切書かれておらず「YES or NO?」という選択肢だけが提示されていた。この不審な内容に辰雄は警戒しながらも、画面をスクロールさせた。
すると、さらに驚くべき内容のメッセージが追加表示された。
「報酬は500万円。ただし、公共事業に関わる内容のため、情報の取り扱いには慎重を期す必要がありますので、事前に、秘密保持契約(NDA)を締結させていただきます。ご了承いただける場合は詳細をお送りいたします。YES or NO?」
辰雄は目を見開いた。「500万円!?…これは一体…」
通常、関東から大阪間の長距離配送でフリーランスドライバーに支払われる報酬は、距離や荷物の内容にもよるが、およそ50,000円から150,000円程度だ。それが、今回の依頼では10倍近い金額を提示してきたのだ。
「いったいどんな裏があるんだ…」辰雄は心の中でそう呟いた。しかし、同時に目の前には高額な医療費の請求書が突きつけられている現実があった。
しかも、配送日として指定されている8月15日は「パージの日」。
いたずらにしては悪質で、正規の依頼にしては怪しいと考えたものの、息子の顔が脳裏に浮かび、葛藤の末、辰雄はスマートフォンの画面に「YES」と入力した。
送信ボタンを押すと、すぐに新たなメッセージが届いた。
「ありがとうございます。
2025年8月8日深夜0時、下記の場所にお越しください。
前金として半金をお渡しし、詳細をお伝えします。」
辰雄はメッセージに添付された地図を確認し、指定された場所を確認した。それは、都内郊外にある古びた倉庫だった。周囲には目立つ建物もなく、ひっそりと佇む場所だった。
いつの間にか雨が降り出し、濡れた地面には灰色の空が映り込んでいた。降り続く梅雨の雨と、不透明な未来の状況が重なり合い、辰雄はまるで未来が霞んで消えてしまったかのような錯覚を覚えた。彼はスマートフォンをそっとポケットにしまい、ゆっくりと歩きだした。様々な葛藤と共に。




