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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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マカイライナー




 魔界滞在最終日。

 お酒やお菓子は勿論のこと、ヒルダさんが余った材料で作ってくれたアクセサリーや、ジークがマジで嫌がっていたカレンさんのグラビア写真集など、大量に渡されたお土産とアルスを抱えて、私とジークは来た時と同じ、魔界と人間界を繋ぐ列車に乗り込んでいた。

「わーすげー!ジークって料理めっちゃ上手いよなー!」

「……」

 乗ってからまだ一時間も経ってないというのに、夕飯まで我慢できない・しないのアルスが、ジークが作ってきたサンドイッチをぱくついていた。見ているこっちまでなんだか食欲をそそられる食べっぷりである。しかし生産者たるジークはそんな消費者の顔には興味がないようで。

「もう一度聞くが。どうやって魔界に」

 さっきからアルスに尋問を繰り返している。

「なんふぁっふぁわわー、わおおおうふぃあー、ふぁんおわっへひわおふぃふぉふぉふぃわふぃ……」

「もういい、もう聞かない」

 口の中いっぱいにパンを詰め込んで、幸せな時間を噛み締めているアルスに水を差すのは無粋というものだ。

「サンドイッチうめー!」

「ねー」

 とうとう私も我慢できずにひとつ貰うのであった。

 ハードパンに挟まれたハーブソーセージととろとろチーズのハーモニー、うまー。ちなみにアルスが今手にしているのは厚切りベーコンとオニオンチップの男らしいサンドだ。レタスはみ出してる、はみ出してる。

「お前、何かこいつに甘くないか?」

「かわいいじゃん、アルス。ジークこういうタイプ好きでしょ」

「すっ、好きじゃない……!」

「あはは、俺の前じゃ言わないよなぁ」

「別に照れ隠しでも何でもないんだよ、察したような微笑みをやめろ!」

 アルスはすっかりジークに気を許している。しかも何を言われても百パーセントポジティブに捉え、あのジークに真正面から詰問されてもこうしてはにかんでいる辺り、相当の入れ込み用だ。ジークもジークで露骨にペース乱されてるし。

 な……何よ……あんた達、私が好きなんじゃないのかよ……。ふんだ。




 何事も行きのトロッコだけは順調なもの。それは運賃の中に帰りのぶんの幸運も支払っているからなのでしょう。旅の恥はかき捨てというか、旅にハプニングはつきものというか、一筋縄ではいかないというか。

 どうしてこう、私が何か行動するたびに事故が起きるのやら。ジーク曰く、それもアンリミテッドの特性らしいけど。

 私はジークとアルス、二人に挟まれて、否、座席の隅に押し込められるようにして匿われている。それもこれも、先程現れたトレインジャックのせいだ。

 列車じたいは変わらず走行しているが、武装した鳥頭の一党が列車内を占拠し、乗客たちを脅して金品を巻き上げているのだ。怖すぎる。

 何だってこんなところを襲撃するのかと思ったけど、異界どうしを行き来する列車であることを考えれば、まあ……な、なんか、私では想像できない珍品名品をお目当てにするなんてこともあるのかもしれない……。

 てゆか普通、運転手を脅して刑務所にいる仲間を解放しろ!とかやるのでは。まさにゲリラ強盗。さすがに犯罪者の考えることはわからないわ。

「匂う、匂いまちゅねぇ。女の子だ。人間だ。それも最高に旨そうなニオイだニャ〜」

「こんな所で極上グルメに出会えるなんて、俺達ツイてるんじゃねー?」

 筆頭格らしい派手な色と柄の巨大な鳥獣人が二人、とうとう私たちの所へやってきた。

 鋭く大きな嘴と、真っ赤な六つの目。鱗っぽいざらざらした皮膚や、骨張った翼腕などは、人間界で見る獣人よりも、更に原始的な印象だ。その割にはやたら洗練された防弾チョッキ?のような格好と機関銃を装備していて、何ともアンバランス。二人とも同じ種族なのか、はたまた兄弟か。

「オウ、ニーチャンたち。ソレ、寄越しな」

 ソレ、とはまさしく、ジークとアルスの荷物に隠れている私のことです。鳥強盗はそれぞれ銃とボウガンを向けて、私たちの行動を牽制している。

 やっぱり。やっぱり食べる気なんじゃん、魔族!私は初日の“門”でのやりとりを思い出していた。

「断る」

 ジークが立ち上がり、鳥強盗と対峙する。

「あっそ」

「ッ……!」

「ジーク!」

 ジークの足元に、血が滴る。すぐにジークが、鳥強盗兄(仮)の手元から、隠されていたナイフを奪い、廊下側へ放り投げたことで、私はその出血が腹部ではなく掌からのものであったことを知る。

 しかし私は思わず、ジークとアルスの後ろから顔を覗かせてしまった。今まで隠れながら見ていた鳥強盗ズと、直に目が合う。

「やっぱりアンリミテッドちゃんだァ!お人形さんみたいでキャワイイ〜ッッ!!ママぁ、あれ買ってェ!」

「おー。人間(ヒューマー)にしては見られる方じゃん。食うより売る方がいいんじゃねえの?」

「うえぇ……」

 キモい。

 最悪のファーストコンタクトね。私は再度アルスに庇われ、彼の背中にぴったりくっつく。私じゃなかったらこれだけでトラウマものよ。

「その腕の紋章(イレズミ)……バルバトスか」

「しょーなのぉ!ボク、バルバトス兄弟の末っ子!お兄ちゃんは何ゲンティー?モーモー。あっ、羊だ!」

「こっちのカレシもいいモン持ってるねぇ。何、コレ。是非ウチのコレクションに追加したいんだけど」

「あ、こら!触んな!」

 ガタイの大きい方が弟だった。兄弟はそれぞれ勝手に喋りながら、舐めるように私たちを品定めする。けれどその所作に一切の隙はない。

「俄然キョーミ出てきたわ。アンリミテッドに幻界のデバイス、ついでにハーゲンティの坊ちゃんの身代金かァ。こら死んでも持って帰りたいねぇ」

「わかりみが深すぎてしんどいオブザイヤー」

 兄弟が明らかな殺気を纏ったのを察して、ジークがすかさず鍵を解き放つ。

「ッ“兜姫の庵”、展開!」

 鋼の光を纏った魔法の障壁が私たちを覆い、紙一重で兄弟が発砲した銃弾を防ぐ。

「アルス!」

 すぐさまジークが私の肩を掴んで伏せ、名前を呼ばれたアルスがバトンタッチするように前へ駆け出す。

「くっそー、狭いんだよ!」

「うぉっ!?」

「やーらーれーたー」

 直後、アルスの渾身の体当たりによって、どたどたと大きな衝撃と共に兄弟の呻き声が響く。

「二人とも、息を止めろ!」

 更に畳みかけるようにジークがアイテムの瓶を宙へ放り投げる。

 ジークの声で、その意図の把握もしないうちに手で口を覆う。

 ちらと横目で確認したアルスは、いつの間にか防護マスクのようなものを装着している。何それずるい。と思ったけどよく見たら普段つけているゴーグルが変形したものだった。いや何それずるい。

 ぱん、と花火のように瓶の中身が弾け、周囲に極彩色の煙が舞う。

 ジークが散布したのは恐らく麻痺とか毒とかその辺りのエンチャント薬品だ。中身をモロに浴びた兄弟が、四肢を放り出して窓側にもたれているのがその証拠。

「どうするんだ、こいつら」

「今考えてる……!」

 ジークとアルスが短く会話を交わす……そのあいだに、既に兄弟は何てことも無かったように起き上がりだしていた。煙の隙間から、六ツ目がこちらを睨む。

「おいおいおい、いてーじゃんか。魔族のくせに何本気で人間守ってんだよォ」

「萎えぽよ。テンションいと下がりけることサカナのごとし(鳥はあげぽよなので)」

「……流石に効かないか」

 私は咄嗟に(キャスリング)を構えるが、ジークにそっと手で制された。

「殺しもしね〜とかナメてくれちゃって」

「ここが列車の中じゃなきゃ殺してる」

「そ、それはだめだってば!」

「……」

 物騒なこと口にしないでよ。いや、うん、さすがに自分の命かかってる状況で甘えたこと言ってたら、たとえここが魔界じゃなくても私はうるさいだけのお荷物に他ならないんだけど。

 もし、どうしても()()()()()()()()()()()()()()――私は自分でやる。ジークやアルスには絶対に殺させない。

「あのさ〜……俺ちゃま気になってたんだけどさ、一個聞いてもよいー?」

「ハイ、ソーマくん」

 そんな私のシリアスな覚悟とは裏腹に、バルバトス兄弟の弟のほうが、剽軽に挙手してみせた。兄のほうがすかさず指名する。

「ハーゲンチーくんは、なぜゆえヒューマーたそをお守りあそばしてんの~?」

「あ~ソレ俺も気になる~!何かァ、モノだから大切にしてるってカンジじゃないよね~。そこの気配の読めないオニーチャンもだけどさ」

 答える義理はない、と思いつつも、逃走・撃退が負荷なら説得も選択肢の一つとしてはアリか―とか考えてそうなジークの横顔から、ありありと彼の心境を察する私なのであった。

「もしかしてコレ?」

「バカそりゃオカマだ」

「間違えた。コレ?」

「それもオカマだ」

「じゃーコレだ」

 二人は漫才のように次々おかしなゼスチャーをする。最後にようやく示されたのは、まあ、いわゆる、奥さんや恋人を示す合図だった。

「そうだが」

 ジークが戸惑いながら頷くと、兄弟は真顔で顔を見合わせていた。

「……」

 そしてしばらくの沈黙の後。

「あっはっひゃっひゃっひゃ!!マジかよ、マジで言ってる!?」

「ただのアンリミテッドならまだしも、人間の小娘を?ドギツイ性癖だなぁオイ!!」

 うっっっっっわぁ…………。

 私、このリアクション見たことある~~~。魔族のツボわかんね~~~。

 “あの時”も、こいつ情緒イカレたんか、と心の中でツッコんだ気がする。

「そんなヤバいことなの?」

「いや……まあ……何というか……」

 アルス、なに小声で訊いてんのよ。

 ジークからまだ詳しくは教えてもらってないけど。人間と魔族、という組み合わせは。

 ――ナシ寄りのナシ、らしい。

「おじょーちゃんマジ?オレらが言うのもなんだけどさー、魔族ってクズだぜ?騙されてね?それか脅されてる?」

「い、今の所は合意の上かと……」

「ぶはゃーっっ」

「「合意!!」」

 おい。憐憫からの爆笑はおかしいでしょ。

 段々恐怖通り越してイライラしてきたわよ。

「に、人間と、純愛!やべえやつじゃん!ハードすぎる!どんだけ過酷な幼少期過ごしたらそんな歪んだ性癖になんだよ!!」

「オラ車とドラゴンのエロ本思い出したたゾ」

「それ!マジムジナ!同じホールのバジャーよコレ!」

 もはや何語を喋っているのかわからないほど、語彙の崩壊寸前まで到達した兄弟のテンションに、私たちはただただ呆けるばかりだ。

「そろそろ口を――」

「「い〜〜〜じゃん」」

 いい加減苛ついていたのは同じだったのか、威圧的に切り出したジークを遮って、兄弟二人は不敵に微笑んだ。

 私は魔族の価値観を説明してくれていたときのジークの言葉を思い出す。

 ――人間と魔族はナシ寄りのナシ。

 しかし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 なるほど。だんだん分かってきたわ。この人たちが人間界では(割と)凶悪な存在として扱われている理由も。

 景色の配色と同じで、何もかもが反転しているのだ。白の反対は黒、感情の反対は論理、――悲劇の反対は、喜劇とでもいうかのように。

「気に入った。頑張んなー?オレら、超応援すっから」

「とってもドリーミーじゃない……アタイ、嫌いじゃないよ……」

 ひととおり笑い終えた兄弟は、そう言うとあっさり武器を降ろしてしまった。

「は?」

「ラクに眷属化できる道具とか貸してやろーか?」

 すでにさっきまでの殺気や態度は感じられない。この二人は今や、席を見下ろすようにして、真摯にジークと対峙していた。

「あーあ、笑ったら疲れたわ。オイ、超すべらん話のストック出来ちゃったし、ろそろそ()ぇるべ」

「んだなッス〜」

「え、ちょっと!」

 戦意を捨て武器を収めるどころか、そのまま私たちを放って別のフロアに去ろうとする兄弟の背中に飛びかかろうとして――再び止められる。

「こら!」

「大人しく帰ろーとしてんだから!な?」

 さすがに男子二人がそう言うなら。つい反射的に体が動いちゃうのよ。こっちが良くても別の場所でまだ他の構成員にちょっかい掛けられている人がいるんじゃないかと思って。

 しかし私のそれは、

「きょーだーい!引き上げんぞー!」

 という、兄のほうの掛け声で全くの杞憂に終わる。

 私たち三人は、目をまん丸くして、さっきの兄弟のように顔を見合わせる。どうやら本気で、この列車から手を引く気らしい。

『えぇー!?兄ィ、何言ってんだよ!ちゃんといいモン見つけたの?』

「安心しろよ、これも一つの、プッ、くっ……ト、トレジャーだから!」

『何にそんなウケてんの??』

 通信用と思われる魔石から騒がしい応答を拾いながら、兄弟は窓に手をかける。

「いーから殺されたくなかったら兄ちゃんの言うこと聞きやがれーィこの腐れほっかむりが!カラスが鳴いてんのわかんねーのか田吾作ゥーッ」

『わかった、わかったよ!ほっかむり被ってねーし!』

 それっきり魔石を放り捨てて、兄弟は――()()()姿()()()()()、今にも窓から飛び立とうとしていた。

「ほんじゃまかバイビー」

「まーたどっかで会おうぜー」

 ちゃっかり他から集めたらしい宝石をいくつか咥えて、大鷲の群れが、列車をあとにした。そして同時に、私たちは、彼らの侵入経路も理解したのであった。

 相変わらず呆気にとられていた私たちは、ぼんやりと突っ立っていたことにようやくはっと気づいて、すごすごと席に座り直し、安堵の溜息を深く、深く吐いた。

「これ……安心していいやつ?」

「そうなんじゃねーの……俺、なんか疲れた。腹減ってきた」

 私もそれくらいの肝の強さが欲しい……。

 騒ぎらしい騒ぎも聞こえてこない辺り、ほかの乗客たちも今の私たちと同じように、拍子抜けしている最中なのだろう。

「てか……運転手さんとか車掌さんが何も言わないし、マジで大丈夫……ってことなのかな?ずっと走ってたし……」

「……そんなもの居ないが」

 え。

「えーっ!!?」

 さすがにアルスと二人でジークに詰め寄る。

「説明してなかったか。これ自体が魔族だ。名をカロンと言う。歴とした公務員だ」

「えぇーーーっ!!??」

 ていうかシレッと答えるジークにやや怒りすら覚えるんですが。なんだその顔は。私たちのほうがゲストなんですけど。

「彼が運行上問題無いと判断したなら走り続けるし、彼の機嫌が悪ければ一生動かない」

「な、なにそれ……」

 魔界、なんでもアリだな。

 私は今度こそ、ぐったりと座席にもたれかかった。






.


.

.

.

・アルスですが、正確には、幻魔が魔界に現れるのを直感し、幻界に打ち捨てられた知識の中から、「アトリウム王国のさらに南にある龍風島に、魔界に通じる井戸がある」という情報を得てそのまま向かい、無事魔界に辿り着くと、“門”では「ジークの知り合い」だけで押し切ったようです。


・バルバトスのビジュアルイメージは「サバゲー始祖鳥」です。兄の名前はルドラ、弟の名前がソーマ。今回襲撃してきた一党はほぼ彼等の血の繋がった兄弟たちです。当初はトレインジャックのトの字も予定していなかったのに、なに勝手に出てきて強キャラ感残してってんだこいつら。


・基本ジークをはじめとするソロモン72柱の名を冠する魔族たちは貴族ですが、こうやって好き勝手やってる連中も間々います。そしてそれはそれで“魔族らしい行い”なのでスルーされています。彼等は権能であるお宝の収集に力を注いでいるだけなので、方法はアレですが一応真面目に役割は果たしているわけです。大体後から魔王様に超叱られてバラバラにされたりしていますが。そしてそのたびに戻ってきている。

人間界にも、空を飛べる種族の中にはこういう犯罪集団もいると思います。それを抑止する対空警察組織もちゃんとありそうですが。


・LGBT当事者として「オカマ」という言葉を使うべきか否か悩んだのですが未だに蔑称と知ってか知らずか使う人もいますし、むしろそういう言葉遣いをするのが彼等の個性の表現になるかなと思ってそのままにしています。悪役がコンプラに忖度してたら嫌じゃないですか。


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