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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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魔界の車窓から・2




「開いてる……」

 ――開いてる。

 ジークの部屋の前までやってきて、ドアノブが軽いことに気付いた。中からは、ジークと、女性らしき声がする。ドタバタと忙しなく動く気配もして、私はいてもたってもいられなくなった。

「たのもーッ!!」

の掛け声と共に、扉を全力でぶち開ける。


「あ」


 部屋には、上半身裸のジークと、たしかに、角の生えた妖艶な美人が向かい合っていた。

「だっ…………」

 まさか、こんな台詞を自分で口にする日がやってくるなんて。

「誰よその女ーッ!!!!!!!!」

 ジークの裸にきゃ、と照れる暇もなかった。

 私の感情に共鳴したのか、同時にキャスリングが強く輝いた。待て待て誤解だとかなんとか宣うジークを無視し、私の魔力は限界まで引き絞られると、雷の閃光となって、ジークの頭上に放たれる。

「理不尽な暴力……ッ!!」

 黒焦げになったジークがそう叫びながら、煙を上げて倒れるのを見届け、ようやく私は深呼吸した。

「はじめまして、私、ザラ・コペルニクスです」

 痙攣を繰り返すジークを脇目に、私は勇気を振り絞って、角族の女性に歩み寄る。

「私、ブリムヒルダ。よろしくね。アンリミテッドのお嬢さん」

 ――。

 まただ。

 目の前の女性――ブリムヒルダさんは、確かに、長い二本の角が生えた人間に見える。だけど、角族は、本来()()()()だ。彼女の角は偏光で緑にも紫にも見える鉱石のような色合いで、螺子のようにうねっている。耳はやや尖っていて、よく見ると、尻尾も生えているようだ。

 纏っている雰囲気も、身につけている衣服も、()()()()()()()()()()()()。しかもこの血の気の感じられない、彫り深く濃い顔立ちと、鋭い黄金の虹彩。

 何よりも私を“アンリミテッド”と呼ぶのは、経験上、まともな人間種ではない。

 つまり――総合的に判断すると、黒こげでピクピクし続けているこの男にそっくりじゃありませんか?

「うん。ジークウェザーの姉。あ、もしかして、貴女が例の婚約者?」

「はい!!???」

 何故そんな認識。そう思ってジークを睨みつけるも、そういえばさっき死んだんだった。

 うん。冷静になってみれば。

 この二人、どこからどう見ても姉弟じゃない、なーんだ。早とちりしちゃった。てへぺろ。失礼かもしれないけど女装したジークとか……前の女体化ジークに似てる。迫力のある美人だ。

 この人がジークからたまに聞くお姉さんか。……だとしたらすごい……大変に自由な性格をしてらっしゃるとお伺いしてますが。いかんせんジークの一方的な印象しか知らないから何とも。

 いやていうか、婚……なに??

「丁度いいや。あなたもサイズ計らせて」

「サ、サイズ……何のですか!?」

「私、服屋なの。次の作品、ブライダル用のイメージしてて。予算掛けすぎたから、ジークウェザーにモデルやってもらおうと思って来たの」

「そ、そうだったんですか……」

 ジークが半裸だった理由に合点がいった。着替えなり採寸なりの途中だったのね。改めて反省……いやいや、心配掛けるほうが悪いし。紛らわしいし。戸惑う私に、巻尺を持ったブリムヒルダさんがにじり寄る。

「え。てかモデルて」

 どこまでスペックを盛るつもりなんだこの男は。

「たまにな。ヒルダは個人で全部やってるから。顔は出さないって約束で、写真だけ撮ってる」

「はえ〜……」

 ようやく回復したジークが、身体の煤を払いながら戻ってきた。さすが魔族、大概の傷はギャグにしかならないらしい。次はもうちょっと強くても良さそうだな。

 シャツでも何でも着てほしいので、私は直視しないように手で目元に壁を作った。うちに男性がいないので私は見慣れてイナインデス。

「女性用のモデル、友達に頼もうかと思ってたけど、どうせなら二人がいいよね」

「わ、私にそんなの務まらないですよ……」

「サンプルだし、売る時のマネキンみたいなもんだから」

「マネキンよりスタイル悪いですぅ……」

「そんなことないない、ザラちゃん細いよ。ほら脱いで。ジークウェザーはあっち向いてな」

 すっかりブリムヒルダさんのペースに乗せられ、自分でもごく自然な流れで上着を脱ごうとして、はたと気付く。何か看過してはいけないことを看過しそうになっていた。

「いや、てか、婚約者て!!何の話です!!???」

「この間うちに帰ってきたとき、啖呵切ってったの。次は婚約者連れて帰るって」

 この間。って、そういえば連休にジークが帰省していた時期があった。あのときか。

 本当に、この男は、油断も隙もないな。ぶちっと私の大事な袋の尾が切れる音がした。主に乙女心とか羞恥とかが纏めて入っているやつ。

「はあああぁぁぁぁーーーーッッ!!???何言ってくれちゃってんのおぉーーーーー〜〜〜ッッ!!!!???」

 瞬間的に、発作的に、ジークに飛び掛かり、

「わぎゃお!!」

 そういえば彼が上に何も羽織ってないのを思い出し、火を向けられた獣のように跳び退いてしまった。

「だってそうだろ」

 目を塞いだ指の隙間から、ジークの涼し気な表情が窺えた。い、いけませんよこれは。へへ……前から思ってたけどお兄さんいい身体してますねぇ……スポーツとかやってんの……?

「こっ、こここ婚約どっ、どころか、……どころかどころかどころかワッショイ!!!!!!!!」

「ワッショイ!?」

「はっ、はばっ、はばばっ、あばばば……!!」

 混乱と混乱の乗算で、もはや呂律が回らなかった。目を開ければ半裸の変態・【真】が居るし耳を澄ませば婚約がどうとか聞こえるし八方塞がりだ、これは、籠城もやむなしの詰みですよこれは。

 次から次へと意味のない言葉が浮かんでは消えを繰り返す。熱に浮かされて物凄い速度で脳は活性化しているのだけど、脳じたいがクソなので叩き出される計算結果にポンコツが付き纏っている。

 何か心拍数もやばい気がしてきた。何回も大声を出したせいで喉周辺が熱い。顔が熱い。汗が止まらない。へ~ここがサウナか~。

「お、落ち着けザラ、悪かった、取り敢えず深呼吸しろ」

「ヒッヒッフーヒッヒッフー」

「そんなベタなボケをかますくらい混乱してるのか……!?」

 ベタどころか骨董品並みですよね。

 やばい、呼吸できない。私がその場にうずくまると、ジークが狼狽しながら肩をさすってくれた。服を着ろ。その良い匂いで私に近づくな。次の瞬間にはお前が私の鼻から噴出した返り血で真っ赤に染まることになるぞ。

「やっぱ言ってないんじゃん」

「いや、こいつは外堀から固めておけば最終的には拒絶できないので大丈夫だ」

「ナニモダイジョブジャナイ…………」

 話の文脈は理解してないけど、ジークがドヤ顔で大丈夫って言ってるときはマジで大丈夫じゃない。大丈夫すぎて大丈夫じゃない。ギャンブルで一億勝ってきてやるよと宣言して本当に勝ってくるくらいの“大丈夫”だ。そのあと周りがどういう風に振り回されるか何一つ、考慮はするのに配慮はしないのがジークが危険人物たる所以だ。

「まあ私は何でもいいんだけど。モデルやってくれんの、やらないの」

「そこまで弟の恋人に興味ないのもヤバいなお前……」

「姉に向かってお前言うな。どう?撮影、魔界だけど。うち泊まればいいし」

「――う゛ッッッ」

 オレサマ、マカイ、オトマリ。

 そのフレーズを自覚した瞬間、心臓が急速に収縮した勢いで、私は半分意識を持っていかれる。ジークの腕の中でばたりと倒れ込み、全ての細胞の活動を放棄した。全身から……力が……抜けていく……。

「レフェリー、一旦タイム!選手のキャパシティオーバーだ!!」

「燃え尽きたぜ、真っ白によ…………」

「ザラーーーーーーッ!!」

 死ぬときはお母さんよりもうんと後が良かった。

 伴侶や友達よりも後で、私は大人になった子供たちと、そのまた子供たちに看取られて、笑顔で眠りたいと思っていた。

 私のお葬式で悲しむ人は誰も居ないの。ちょっとくらい泣いてもいいけど、みんなが「あーあ、居なくなっちゃったね」って簡単に思えるくらい沢山の愛情を注いで、お別れができたらなって。

「その子プロポーズしたらショック死しそう」

「有り得る…………」

 朦朧とする意識のなか、二人のやたら良い声が響いていた。

 全く、最近の女性向けコンテンツはすぐ結婚とか言うんだから。ターゲット層が年取ってきてる証拠よ。







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・最後の一文に他意はないです、他意は。

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