男達の宴・3
軽く公園くらいの広さがある美しい庭園で、ネロ先輩のご両親が待ち構えていた。
「あら〜!!ネロくんのお友達?よく来てくれたわね〜!!」
例の、三十歳年下のお母様は、燕尾服に身を包んだスタイルの良い美女だが、たいそう陽気なひとだった。両手の指にそれぞれボールくらいでかい(誇張)宝石のついた指輪をはめていて、大きな身振り手振りで喋る度に薔薇の香水の香りがした。
「たまにはお友達連れて来なさいって言ったはいいんだけど、あら〜この子友達いるのかしらーって心配だったのよねぇ〜!!でもあなたたちみたいな子が来てくれて良かったぁ〜!!キョウくんはよく会うけどジークくんと、ザラちゃん?あなた達今日の仮装よく似合ってるわね〜!!それ着るために生まれて来たみたい!!」
「は、はあ、どうも……」
「うちね毎年こういう面白いパーティーするのが習慣なんだけど、もうそろそろネタ切れかしら〜なんて思ってたら意外とあるのよね〜!!使用人たちも張り切っちゃってどんどん新しいの買い付けてくるんですもの〜この前衣装部屋見たらほんと、サーカスでもやってるのかしらって思っちゃったわってあら、そんなのどうでもいい話よね~オホホっごめんなさいね〜もうお先にワイン頂いちゃって、こんな酔っ払いに絡まれて災難よね〜!!」
すげえ、いつ息継ぎしてるんだこの人。
想像していたネロ先輩の家族とはだいぶ違う印象だ。一人で喋り続けて一人で笑っている。楽しそうだ。なお紹介した当のネロ先輩は完全に顔が死んでた。
「やあ、ようこそ諸君。今日は思う存分楽しんでいってくれたまえ」
海賊の格好で現れた壮年の男性は、今日の主役であるネロ先輩のお父様だ。眼帯だけならまだしも、しっかり右腕がフックになっていて、不便そうなことこの上ない。
ネロ先輩のお父様――レヴァン・グリュケリウス将軍は、私たち一人ずつと丁寧に握手を交わし、一人ずつに丁寧に、
「ところで君達、現政権についてどう思うかね」
とやや据わった瞳で質問し、その度にネロ先輩に引っぺがされていた剛の者だ。
濃い。この家系、濃い。
「いやあ、てっきりキョウくん以外に友達が居ないのかと思っていたよ。人望が無い男にこの家の敷居をまたぐ資格はないからね!」
お父様とお母様の様子から、私とジークは、何故自分たちが招待されたのかをぼんやりと察するのであった。生まれて初めて、ネロ先輩に少し同情した。
その後も、やはり主賓の息子だけあって、屋敷に訪れている殆どの人のところへ挨拶に回るネロ先輩に命じられ、私たち三人はシャンパングラスを片手に、アヒルの親子のように並んでネロ先輩に付いて歩いた。
「ネロ様ー、良かったら私たちと一緒にどうですか〜?」
「生憎友人連れだ」
「やあネロくん、久しぶり。いい儲け話があるんだけど」
「悪いが友人を案内するのに忙しい」
「ネロ、大きくなったなぁ。こっちで国の未来について話し合わないかね」
「今日は友人が居ますので」
ネロ先輩、何もしていなくても、いかにも怪しい人たちに声を掛けられまくるので、その度に私たちを理由に躱していた。
「だから嫌なんだ、こういう集まりは……。馴れ馴れしく話しかけてきやがって」
妖精の王様が忌々しそうに吐き捨てていた。シュールだ。
「大変だよねぇ。誰がいつ凶器持って走ってくるかわからないし」
怪しいハニトラ、怪しい投資家、怪しい思想家だけではなく、中には親族を自称する、ネロ先輩が全然知らない人までいる。なるほどジークたちみたいな囲いが居ないと、面倒に巻き込まれそうなこと請け合いだ。私たちも、自分が見ていない間に運ばれたものは口にしないよう、注意された。
「ま、俺はこの機にコネ作らせてもらうけど〜」
「好きにしろ」
そう言ってふらふら歩いていったキョウ先輩は、ネロ先輩の友人としてではなく、幽……なんとか部隊の兵士として、グリュケリウス将軍側から招待を受けてやって来ているらしい。何しろキョウ先輩の故郷までやってきて、戦術指南を請うたのがグリュケリウス将軍その人なんだとか。苛烈な武勇で名を馳せる将軍だが、彼がこの国に魔物と戦える技術を与えているのは紛れもない事実だ。
パーティー会場である庭園内での行脚を終えて、ようやく一息ついた頃、ネロ先輩は厳しい表情で、屋敷の壁を背に客人たちを見渡した。
「ハーゲンティ、妙な気配はするか?」
「……いや。流石に警備が行き届いているな」
ネロ先輩が危惧していたような反応は見受けられないらしい、私も、私の杖にも、そういった感覚は無い。
「あの……変な魔物が出るって決まってるわけじゃないんですよね?」
「ああ。あくまで親父が、報告を確認しただけだ。ああ見えて臆病なジジイなんだ」
あ、じゃあ、全然杞憂ってのもあるのか……。ネロ先輩なりに、心配していただけだったのかしら。口先では嫌だ嫌だ言うけど、この人、家族に甘いみたいだ。
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「あ!君、なんでこんな所に……!?」
どこかで、パーティーには似つかわしくない、キョウ先輩の緊張したような声が響いた。珍しい知人でも見つけたのかしら。
そう思って振り返ったのは、私だけではなかった。
「貴様か!幻魔を操っているという男は!」
何故かキョウ先輩を中心に、仮装に武器を持った男の人たちの包囲網が展開されていた。
剣呑な空気を感じ取ったネロ先輩が一歩前に踏み出て、ジークが私を遮るように腕を伸ばす。妖しいパレードのようだった会場の空気が一気に張り詰める。
状況を確かめようと何とか背伸びをしてみると、私も、キョウ先輩と同じかそれ以上の衝撃を受けることになった。
「よりにもよって俺が犯人だって言いたいのか?」
じり、と何者かに詰め寄る将軍の部下と思われる人たちの間から、レトロな白いマントの端が覗いた。
「はぁ〜普通に凹むぜ……」
私はジークと一緒になって、人混みをかき分けて行く。
「すみません、通してくださーい!」
「こら、危ないから下がっていなさ……うわっ!」
このセクハラ鎧も、人を押しのけるにはなかなかに便利じゃないの。バーゲンセールの時に使えるわね。あとやっぱりジークのメイド姿もそれなりに人の思考を奪う効果があるらしい。初見で混乱しないほうが無理だもん。
怪訝などよめきを潜り抜けて包囲の先頭近くまでやって来ると、多勢に無勢で槍や剣の切っ先を突きつけられたアルスが、呑気にこっちに手を振っていた。
ああ、やっぱり。
アルスと目が合ってしまったせいで、更に私へ不審な目線が注がれた。
「ま、待ってください。彼は私の友人です!」
放っとく訳にもいかないので、とにかく説得を試みよう。アルスの前に出て、全身で彼を庇う。
「なにやってんのよ、アルス!」
「いや~、ちょいと野暮用でさ……」
アルスの様子からすると、いつもの変な格好だから普通に参加者として見過ごされてたのか……。
屈強な戦士たちがおかしな格好で顔を見合わせるなか、私たちが通ってきた道が海を分けるように開き、海賊姿の将軍が現れた。途端に誰もが動きを止めて、彼に敬礼する。
「それでは証拠にならないんだ、お嬢さん」
「でも……!」
「そこを退きなさい。二度は言わない」
さっき挨拶したときとは別人のようなグリュケリウス将軍の迫力に、背筋がぞっとする。今まで会ったどんな人よりも、多分、怖い。学校にも強い人は沢山居るけど、強い人に敵意を向けられるとこうも足が竦むのか。
まずい。こんな状況から抜け出す方法なんて習ったことない。
「新種の魔物と目される“幻魔”……その目撃情報の傍らでは、必ず君と同じ特徴を持つ男も同時に確認されている。詳しく聞きたいものだ」
「アイツらと同時に現れるから、俺がアイツらを使って人を襲わせてる犯人だろうって?そんなのが居るなら、俺が会いたいくらいだよ。俺は、むしろアイツらを追ってんだけどね」
いつになくアルスは不機嫌そうに答えた。彼の苛ついたような声は、初めて聞いた。
……でも言われてみれば確かに……初めて会ったときも変な魔物に襲われたし、この間もグレンが、アルスくんが町はずれで暴れてたよーとか、よくそういう報告聞くのよね……。
『新種と思われる異様な魔物』を追っている将軍たちとしては、魔物を追っているというアルスをとっ捕まえてでも話を聞きたいのは山々だろう。ネロ先輩にも何か言ってほしいけど知り合いじゃないだろうしな~。うーん。やはりかくなる上はこの身を……。
「だ、旦那様!」
睨み合っていた将軍が、先ほど着替えを手伝ってくれたメイドさん――モルガンさんの必死の呼び声に振り向いて、ようやく私は一瞬、緊張感から逃れることができた。
モルガンさんは屋敷内から走ってやって来ると、その顔に玉の汗を浮かべ、肩で息をする間に何とか言葉を繋いでいた。
「どうした」
将軍がモルガンさんにベンチに座るよう促した。
「た、大変です、ま、魔物が現れて……使用人が……」
その場にいた人たちの顔色が変わった。
「襲われたのか?」
「く、食われて……しまって……!」
「食われた……?」
誰かが、どこかで、きゃあと悲鳴を上げた。恐らくはそこが爆心地だった。
あっという間に恐怖は拡散し、サーカスの最後の日みたいな光景が、私たちを差し置いて流れ出していく。
「陣形を乱すな!!」
唯一それに毅然と立ち向かったのは、ネロ先輩のお父様、グリュケリウス将軍だった。執事らしき人から軍刀を受け取って、今度はアルスではなく、モルガンさんを追ってきたそいつに向けて突撃の合図をした。
「なっ、なにあれ……!!」
逃げ惑うカーニバル衣装のひとびとの影から、奴は現れた。
口元に誰かの足をぶら下げて。そいつがいくつか咀嚼を繰り返すと、誰かであったものは、硝子になってきらきらと空中に散っていってしまった。
『こんにちは こんにちは こんにちは こんにちはこんにちはこんにちはお元気ですかお元気ですかお元気ですか今日も 今日も一日頑張りましょう明日の天気は――』
なんの脈絡もなくそう発音しているくぐもった声は、抑揚がなく、よく出来た人間の偽物のようだ。
庭に植えられた樹を軽く越す図体は――人型といえば人型だ。頭があって、短い手足が生えているように見える。顔は人間のらくがきみたいな愛嬌さえあるデザインをしているけど、その表面の皮膚は、鈍い色の銅板?で覆われていて、歯車やネジ、ボルト、コインや時計の針みたいの、何かのハンドルみたいな金属のガラクタがびっしり張り付いている。映画や本でちょっと見たような。
ああ、授業で作るゴーレムに近い……かも……?
「ハーゲンティ!」
ネロ先輩が何か言いたげにジークを振り返るも、
「気配、しなかったぞ……」
当のジークも想定外だと言わんばかりに、顎に手を当てて考え込んでいた。
「どうもアイツら、そうっぽいんだよねえ」
そんな中、キョウ先輩だけが悠長に戻って来て、魔物のような怪物をまじまじ観察していた。
「お前、知ってたのかよ」
「うーん。新しいのが居るなーとは薄々感じてたけど。余所者の俺達に、軍部からの情報なんて回ってこないしね」
「クソ、親父め……」
「将軍には感謝してるけど、あのヒューマー至上主義はどうかと思うよぉ」
「さっさと椅子は退いてもらうつもりだ、それまで待ってろ」
「はいはい」
ヘルメス(変態)三銃士の名は伊達じゃない。三人は魔物を迎え撃つ気満々で、臨戦態勢を取ろうとして――
私とネロ先輩だけが動きを止めた。
モルガンさんが、一人逃げ遅れている姿が目に飛び込んできた。
「モルガン!!」
誰よりも早く、ネロ先輩が駆けだした。
『こんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――』
魔物の素早い腕のスイングからモルガンさんを庇い、彼女を叱りつける。
「ぼ、坊っちゃま……」
「ボサッとしてんじゃねえ鈍間!さっさとお袋達の所行け!」
「す、すみません、腰が抜けてしまって……」
「チッ、っとにトロくせえ……!」
んん?騒がしさと魔物の足音で掻き消えてしまうけど、二人は何やらやり取りを交わすと――ネロ先輩はモルガンさんを横抱きにしてこっちへ戻ってきた。
「大丈夫ですか?もしかして怪我……!?」
「い、いえ、そういうわけでは……!」
先ほど目の前で同僚を魔物に襲われたモルガンさんは、ショックのあまり立てなくなってしまったらしい。一度この場はお父様に託して、ネロ先輩は屋敷内まで彼女を避難させることになった。
「なーるほど、校内で浮いた話がない訳だねえ」
「ばっ……ばばばば馬鹿言えテメェ!!!!こいつはただのメイドだ馬鹿!!!!」
その様子を見たキョウ先輩がわざとらしくからかうと、ネロ先輩も同じくらい分かりやすく反応した。
知らなかった……。私はまたしてもどうでもいい人のいらんギャップ萌えを目の当たりにしてしまったのであった。誰が得をするというんだ……。いや、でも、事実、ネロキョウジークの通称ヘルメス変態三銃士は何故か一部で大人気なのだ。私の友達にはファンいないけど。
アルスを囲んでいた将軍の部下の方々が、すっかり魔物に意識を奪われてしまったのをいいことに、私はどさくさに紛れてアルスの脱出を手伝うことにした。
「アルス、今のうちに逃げて!」
「――ダメだ」
「何でよ!?」
手を伸ばしても、アルスは首を横に振るばかりだ。
「今ふざけてる場合じゃ――」
「俺は戦う」
「え……」
アルスは、ミストラルを鞘から引き抜いて、魔物のほうへ向いた。
確かにアルスは戦えるかもしれないけど、今そんなことしていたら、彼自身の身が危ない。ただでさえグリュケリウス将軍は何をするのかわからない人なのに!
「捕まっちゃったら元も子もないでしょ!」
「それとこれは別。あれを倒すのが俺の役目ってやつでさ」
私が制止する間もなく、アルスは飛び出してしまった。それとまるで交代するように、異様な格好に身を包んだ愉快な軍人さんたちが、軍刀を手に私ににじり寄る。
「ザラ!」
振り返るアルスに、私はいいから行って、と目で訴えることしかできない。
アルスは一瞬複雑そうに歯噛みするも、「悪い」と短く謝罪すると、マントを翻して魔物に立ち向かっていった。その先では、既にキョウ先輩が魔物と応戦している。
「すみません。あの彼とはどういったご関係か――お話をお伺いさせて頂きます」
「ネロ坊ちゃまのご友人だ、丁重に扱え」
好き勝手言ってくれるわぁ。私は両手を挙げて、ただ降伏する。
ジーク、あとはよろしくね。
私は、たった今放たれた煙幕の中からやってくる影に、そう合図した。
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・風邪とか実生活とかP5RとかP5Rとかで忙しくてェ……。。。
・とにもかくにもアレですね、ジークは煙幕とか好きですね。これは彼が(人間界では)その身体能力の高さで、視界の悪い環境でも自由に行動できることが起因になっています。そして毎日ちまちまこういうったアイテムを製作しては、近所のアイテム屋や魔術師ギルドに卸したりして生計を立てているようです。
とかいう小ネタでお茶を濁します。




