ネックレスオブファイア・3
教えてもらったのは、ホロロギオンの町を出てすぐの街道脇にある、野生のランタンスズが群生する湿地帯だ。
魔性雨で淡く暖かく光るランタンスズの周りには、朧蚕だけではなく、他の昆虫型魔物も多く集まって来る。それこそ朧蚕の成体である天鵞絨蛾とかね!!私はこれが大っ嫌いです。天鵞絨のような羽根を広げてコウモリみたいにばっさばっさと羽ばたく様がマジで無理。ちなみにこっちも捕獲してそのまま布みたいな羽根を加工すれば立派な服飾素材になるよ。
「えーっと……」
資料によると。朧蚕は外敵から身を守るときや、獲物を捕獲しておくのに繭を作り出すそうです。
「ってことは、朧蚕にとって安全じゃない場所に繭があるってことだよな?」
「そうみたい。探すなら巣以外だって。あと、作ったらしばらくは中に閉じこもっちゃうから、使い終わった……?やつ?にしろって」
「つくづく生物じゃないことを思い知らされる生態だな……」
普通の、私たちが家畜として知っている蚕とは大幅に違う。それが、“生物以外のナニか”、魔物というやつである。
朧蚕の繭は私も子供の頃見たことある気がするけど、あれはどこだったかなあ……。
私が必死に過去の記憶を掘り出している間に、ジークはさっさと繭を探しに行ってしまう。大体の数が集まったら、あとはジークが錬金術で糸に精製してくれるらしい。持つべきものは魔族の彼氏。
アルスはというと、うんうん唸っている私を不思議そうに眺めている。
「な、なに、アルス……?」
「俺はザラと一緒に探すよ。その為に来たしな」
ランタンスズに柔らかく照らされたアルスの笑顔が、今日も眩しいよ。
「わ、わかった。とりあえず、ジークが行ってない方見てみよ」
「オッケー!行こうぜ!」
「わー待って待って!」
アルスは元気よく、ジークとは逆の方向へ駆けていく。私がつんのめりながらそれを追うと、彼はおかしそうに声をあげて笑ったあと、私の手を引いてくれた。
.
「ボーイフレンドがいるなんて聞いてなかったぜ」
繭を探して草の根を分けていると、アルスが急に、ぽつんと呟いた。
「き、聞かれてないですし……」
どことなく不機嫌そうなアルスの声色に、肩身が狭くなる。
そりゃあこんな好みどストライクの今の私のナンバーワン推しアイドル相手にわざわざ他の男の話しないですよ。そう、アルスは私の推し……。
「あいつのどこが好きなの?」
「すっ……!!!!???いや、そのォ、わ、私じゃなくてむ、向こうが私を好きって言うかァ、アヘヘ……」
「ふーん……?」
うっ。その何の混じりけもない純粋な疑問の表情が物凄くいたたまれない。幼い子供に赤ちゃんの出どころを問われているような気分だ。
ジークの月光のような視線も心臓に悪いけど、アルスのきらきらした夏の青空みたいな瞳も、軽く拷問に使えると思う。彼の前で嘘を吐いたら、たぶん罪悪感で死ぬ。いままさに死にそう。
「……負けたくねー」
「えっ、な、なに?」
「負けねーって言ったの。俺だってカッコイイところあんだぜ?」
私の耳があえて仕事をしなかったのに、アルスはご丁寧にジークにも聞こえるんじゃないかという明瞭さで言い直してくれました。
「あの、なんでアルスはそんなに……ジークに張り合ってるの」
「だって。俺、ザラに会いに来たんだ。邪魔されたくないんでね」
「いや、今日はそうなのかもしれ……え?うん……だとしても、」
伝わってないと思ったのか、アルスが溜息をついて、再び言い聞かせるように、私の顔を覗き込んだ。
「俺はザラに会う為に生まれてきたんだよ」
「はえぇっぶぁーーーーーーーー!!!!???」
最近私、奇声上げてばっかりじゃない?そろそろ喉がおかしくなると思うの。
そうじゃないよ。歯が浮いて宇宙のかなたまで飛んでいくかと。なん……なんて?いまアルスは真剣に何て口走りました??
「おい!流石の俺もそこまでは言わないぞ!今に見てろ!そういうこと言うとザラは――」
騒ぎを聞きつけジーク乱入。がさっと音を立ててどこからともなく怒鳴りこんで来ました。ちなみにどこから聞いてた?
「も、もうっ!何言ってんのよ!ばかね!」
「ハハハッ、ホントだって」
「誰にでも同じようにしてんでしょ!」
「――」
おジークさん、絶句。
「俺の時と反応が違いすぎるだろうが……ッ!!」
顔が熱い。
まるで家族を奪われた断崖の復讐者のように激しく打ちひしがれるジークは放っておいて、私は少しでも身体の熱を逃がすために必死に両手を扇ぐ扇ぐ。
ひぃえ~おでれぇたぁ。最近の男子、油断できないな。冗談でも凄いこと言うんだから。手慣れてるのか天然なのか分かったもんじゃない。
いまこの瞬間、アルスへの警戒レベルがちょっと上がった。相変わらず太陽みたいに笑うアルスの背中を気が済むまで叩いて、自分のチョロさに自分でも呆れる。
「だから、んー、そうだな。ジークウェザーのことも好きでいいけど、俺の気持ちも知ってくれてたら嬉しいって話。ザラのこと考えると、俺は幸せな気持ちになる。あったかくて、優しい力が湧いてくるみたいで。だから、これが好きってことなのかもなーって思ってる」
――それは、あまりに飾らない言葉だった。
本当の本当に、アルスの想いが、全部詰まっていた。それは、気持ちを向けられた私が一番わかることだった。
たぶん彼は単純に、好きだから一緒に居たい、たったそれだけなんじゃないかな。
ジーク同様、何で私なんかをそんなに想ってくれるのかは分からないけど、それもきっと、大した理由じゃないんだろう。そんな気がした。
「……アルスって不思議」
「お?ちょっとは俺のこと気になった?」
「調子いいんだから」
たったそれだけで、私もアルスのことが大好きになった。前から好きだけど、上っ面じゃなくなった。アルスの魅力そのものに触れた気がする。
彼は――彼は信頼してもいい人だ。
アルスの瞳の中にやましさを覚えるひとが居たとしたら、多分それは、そのひと自身の後ろ暗さなんじゃないかと思えるくらい。
結局、油断も隙も無いとか言ってジークも無理矢理合流し、繭探しは三人でリスタートした。私はむしろ、アルスは二人っきりでも変なこと絶対しないって確信したけどなぁ。
しかし、一時間ほど経ったところで、私は自分の呑気を呪うことになった。
ダリダさんが、これが一番難しいと言っていたのも納得だ。
「全然見つからないな~」
──そう、全然見つからないのである!!
葉っぱの裏も木の根っこも土の中も石の裏も、どこをひっくり返せど影も形も見当たらない。おかしいと思って地図を確認しても、場所は絶対にここで間違っていない。
「もうここ一帯焼野原にしたほうが早くないか」
「魔界式解決法やめろ」
非効率なフィールドワーク&疲労&泥まみれで苛立っているジークはさておき、私は再度手元の書類に目を通す。
ダリダさんが手渡してくれたのは、ギルド発行の朧蚕の狩猟認可証、この湿地帯への立ち入り許可証、チョーカーの設計図、朧蚕の生態調査書、魔物の図鑑の写し、地図、0だらけの見積書などだ。
結論。『多分、見たら分かる。』
「そんな……そんな赤ん坊にも理解できるようなレベルのことなの……?」
能力への信頼か、その辺りの説明は完全に放棄されていた。見つからないほうがおかしいとでも言いたげに。
「参ったな。一度聞きに戻ってみるか?」
「それも含めた試練だろう。エンチャントアクセサリーを装備する者が、自ら素材を探すという行為そものが儀式の一環になる」
「となるとやっぱり自力以外ないかぁ~」
どうしたものか。
もう、それこそここに生えている草花ぜんぶを根こそぎ浚うか……あとは移動してるとしか……。
闇雲に探し回るのも体力の無駄なので、ひとまず三人集まって作戦会議。
「うーん……繭……ランタンスズ畑……どこかで」
どこかで、私は同じ体験をしたような。
必死に記憶の倉庫を洗い出す。あれでもない、これでもない。もっと深い過去に、その答えか、片鱗が眠っている。
同じように腕を組んでいるアルスの碧い瞳が、ランタンスズの光で煌めくのを見て――私の頭の中の誰かが、呼応するように囁いた。
――『見ろよ、ザラ。これが朧蚕の繭だぜ。めっちゃキモいだろ。魔性雨が降ると、全部ここに流れちゃうんだ。ほれ!これなんか中にまだ居るぞ!ギャーッハッハ!!』
「思い出した…………」
えっ、とジークとアルスが私を振り返る。
アルスの湖みたいな目と、腰に提げたミストラルの姿で思い出した。水だ。
あれは私がうんと幼い頃だ。
お父さんとお母さんと、三人で森にピクニックに行った。
池のほとりで遊んでいた私に、お父さんが死にかけの朧蚕を見せびらかしてきたのを、今完全に思い出した。
「……近くに池とか、ないかな」
「あ、それならさっき、深そうな水たまりがあったぜ。なんか真っ黒できたねーからスルーしちゃった」
「それだー!!」
さっそく、アルスが見つけたという水溜りに案内してもらう。先日の魔性雨で出来たと思われる大きなそれは、確かに彼の言う通り、底の見えない真っ黒な池のようだった。
そして私は、すぐにその色の正体を察した。これは底なしでも泥でもない。
深く深呼吸する。大丈夫だ、覚悟を決めろ。ブラウスの袖を出来るだけたくし上げ、もう一度胸に手をあてる。ふふ。そういえば前も、池から魔物が出てきたっけね。
私は目をぎゅっと閉じて、思い切って両の腕ごと、水溜りに突っ込んだ。私の行動に男子二人は驚愕を隠せない様子だ。
視覚をシャットアウトしたせいで、指先の触感がいやに研ぎ澄まされる。メッチャ嫌だ。でも嫌とか言ってらんないし。
「ああああああ~~~~~…………」
薄目を開けて、自分の両手で掬いあげたものを確かめると、そこには一口大くらいの真っ黒な繭が、雨水と謎の粘液を滴らせながら山盛りになっていた。
「「ええ~……」」
「引いてんじゃないわよぉ!!」
ジークとアルスが、それを不気味そうに見ていたので、思わず怒鳴ってしまったわ。
父、曰く。
『陽の光避けてるから、どんどんこうやって同じとこに集まってくんだよな。そんでどんどん沈んでくわけ。いっぱいあるとマジキモいなー!アッハッハ!!』。
お父さん、ありがとう。まさかあのおぞましい思い出がこんな形で役に立つなんて。まさか、陸の虫が水中に居るなんて。帰ってきたらお父さんの枕元にこれをいっぱい置いてやる。
憔悴した私を見かねたジークがすぐにハンカチを取り出して、私の手を拭いてくれた。
「お前はよくやったよ……俺なら絶対無理」
「うえ~~~~ん……はやく手洗いたい~」
「うわー、なんかプルプルしてる。触っていい?」
三者三様のキモがり方で繭を堪能したあと、約束通りにその場でジークに糸を錬成してもらい、私たちのお遣いは完了した。
あれだけ不快だったものも、この魔界の錬金術師の腕にかかれば立派な生糸の束になるのだから、なんというか……私の人生……捨てたもんじゃないな……。
家に帰るまでがクエスト達成、私たちは急いで町に戻り、ガーリーな喫茶店で大股開いて煙草を吹かすダリダさんのもとへ糸を届けることに成功した。
道中、男子二人の無用な争いもなく、私の手の指の隙間のぬめりを除けば全てが無事に運んだのでした。
「よしきた。今直すから、ちょっと待ってな」
糸を受け取るなり、ダリダさんは自分の仕事用具をテーブルに並べ始めた。
「え?ここでやるんですか?」
「そーよ。すぐの方がいいだろ?」
「そりゃそうですけど……」
「ほれ、おかわり貰ってきて」
ダリダさんは私を追い払うように、空になったカップを押し付けると、水晶が円状に嵌められた羅盤を取り出して、魔法を発動する体勢に入ってしまった。私もタダで色々やってもらっている身分なので、大人しくカウンターへ行ってコーヒーを注いでもらうことにした。おかわり一杯十ソルじゃないですか。まあいいや……。
「ほい」
コーヒーのおかわりと引き換えに、私の手に、黒いレースチョーカーが渡った。
ダリダさんは何てことのないようにしていたが、チョーカーを見れば、その仕事ぶりがいかに精密で正確なものなのか、一目瞭然だった。
引っ張ったように裂けた部分が、全く、無かったことのように消えていた。いや、実際に無かったことにしたらしいのだ。
時魔法という、治療術にも使われる魔法は、物の状態を過去や未来へ行き来させることができるという。
ああ、帰ってきた。私のよく知る友人が。
十年間そばにあり続けた相棒を握りしめて感慨に耽っていると、ダリダさんが早速着けるように視線で促してくれた。
「何か、手が滑る……」
先ほどの繭を掬ったときの謎の粘液が、未だに指に付着しているせいで、後ろ手で小さな金属部分をうまく操ることができない。石鹸で洗ってもダメなの……。
「俺が着けてやる」
苦戦する私の手から、ジークがチョーカーを奪う。
「うわひゃ」
ジークの手袋が髪と首筋に触れて、くすぐったかった。ほんの微かに、金具が繋がる音と感覚があり、ジークが私の髪を梳いたことで、一連の動作の終わりを理解した。
「あ、ありがとう」
「やっぱり、これが一番似合うな」
「あっそう…………どうも……」
何も人前でやらなくてもなぁ。その様子を見ていたダリダさんが満足気に頷いた。
「変なとこない?」
「全然、ほんとに全部元通りです。ありがとうございます」
「そんならいいわ。万が一何かあったらまた連絡して。次もサービスしてやるよ」
白い歯を見せて笑うダリダさんの頼もしさに、すっかり心を鷲掴みにされた私だった。これはリピーター増える。絶対次何か壊したらお願いしちゃうもの。素手でネバネバの繭を掴む以外なら、いくらでも払えるわ。
ユウナギさんにそうしたように、ダリダさんにも何度も頭を下げて、子供の迎えがあるという彼女を駅まで見送った。
その間、気になることが。
「……」
「どうしたの、アルス」
「なっ、なんでもない。俺もそろそろ行くよ」
アルスが黙って私とジークのやりとりを凝視していたのである。
あまりに食い入るように見られているので何度か彼の様子を窺ったが、「気にしないで、続けて」の一点張りだ。
首を傾げながらアルスと別れたあと、ジークにも訊いてみると、やはりジークもアルスの言動に違和感を覚えていたらしい。
「妙に俺たちに注目してたな」
「チョーカー着けてるときも、すごくなかった?」
「ああ」
「ほらぁ。やっぱりイチャついてるって思われたんだ。やだなあ、恥ずかしい~」
「俺は恥ずかしくないッ!」
知るかい。声でっけえな。
私は何度も首元を触って、そこにいつものチョーカーがある喜びを噛みしめながら、帰路についたのだった。
ちなみに手のぬめりは、数日取れませんでした。
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・ジークやアルスは心に余裕があるので、あまり嫉妬とかしないタイプなのかもしれませんね。
・朧蚕の繭は、魔法を跳ね除け、水や衝撃に強いといった特性があります。
・これは少女漫画回だー見ろー!!と思って書くと、そうでもない感触が返ってくることが多々あります。




