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前編

「エルツェリア・フォン・ローゼンバーグ! 貴様のような悪逆非道な女との婚約は、今この場をもって破棄とする!」


王立学院の大広間。

卒業記念パーティーの壇上から、王太子ジュリアン殿下の怒声が響き渡った。


国王陛下が外遊でご不在の夜。

それを狙いすましたかのような断罪劇だった。


殿下の腕にこれ見よがしにしなだれかかっているのは、伯爵令嬢のリリア様。


彼女は悲劇に打ちひしがれているかのように胸元を押さえ、痛ましげに声を震わせる。


「エルツェリア様……貴女が結界の研究と称して、王家から受け取っている魔石。その魔力は、幼い子供から無理やり吸い取っていたのでしょう! 私、知ってしまったんです! なんてひどいことを……!」


大広間に、息を呑むような静寂が広がった。


未来の王妃として結界運用を研究する

――その名目で、私が王家から多額の予算と魔石を受け取っていることは、ここにいる誰もが知っている。


子供から魔力を無理やり?…全く身に覚えのないことだった。

「身に覚えがございません。私が子供を虐待したかのような根拠のない出鱈目、断じて受け入れられませんわ」


「言い逃れはおやめになって!」


リリア様が懐からひとつの魔石を取り出す。

にやぁ、と勝ち誇ったような表情が隠しきれていない。


魔力が通されると、録音の術式が起動し、生々しい声が大広間じゅうに響き渡る。


『ちょっと!待ちなさい!』

『――うわぁぁん! もう、むり、もうやめてぇぇぇ……!』


私の声と、泣きじゃくる少年の痛切な叫び。


「まさか、本当に……?」

「年端もいかない少年の声だぞ……」


居並ぶ生徒たちから、非難の囁きが波のように広がっていく。


「エルツェリア様のお部屋からは毎晩のように、子供の苦しげな声が漏れ聞こえていたそうですの!」

リリア様は義憤に満ちた表情で訴えかけた。


「とあるお方から噂をお聞きして、まさかと思って確かめさせてみれば……! こんなこと、断じて許されませんわ!」


(……とあるお方?いや、そんなことより)

「お待ちになって」


私はリリア様を冷ややかに見据え、一歩も引かずに言い放った。

「その途切れた音声ひとつで、なぜ虐待だと決めつけるのです?断片的な音声だけで人を裁くことなど不可能ですわ」


反論されたリリア様が、一瞬怯む。

しかし、殿下が顔を真っ赤にして割り込んできた。


「黙れ、エルツェリア! 見苦しい言い逃れなど聞く気はない! 研究などと称して国費で魔石を湯水のように使いやがって…何ひとつ成果にもつながっていないじゃないか!これはもはや横領だ!公爵令嬢の身分など関係ない――貴様には国外追放を命じる!」


国外追放。


その言葉が耳に届いた瞬間、私の思考がピタリと止まった。

(……え? それって、つまり――)

息の詰まる王妃教育も、派閥争いだらけの夜会も、ぜんぶ無し?

ダンジョンにも古代遺跡にも、こそこそ夜に抜け出さなくても潜り放題……!?


一瞬だけ、魔力を提供していた結界のことが頭をよぎる…が、王宮には師団長がいる。

あの方なら、きっとなんとかしてくださるはずだ。


(……あれ? これ、下手に無実を証明するより、追放されたほうが旨みがあるのでは……?)


ふと、列席している父へ視線を向けた。

案の定、ローゼンバーグ公爵である父は、私から冷淡に目を逸らしている。

王家とのつながりがなくなるのであれば、私に価値などないのだろう。


壇上の殿下とリリア様は、「我らこそ正義」と言わんばかりにふんぞり返っている。


殿下はさらに声を張り上げた。


「私はここに、聖女のごとき慈愛に満ちた令嬢――リリアとの婚約を宣言する! 騎士たちよ、その女を捕らえよ! 地下牢に繋ぎ、夜明けとともに国境の外へ叩き出せ!」


鎧を鳴らして、騎士たちが詰め寄ってくる。

私はその場で、寸分の狂いもないカーテシーを披露した。


「婚約破棄、承りました。国外追放も、謹んでお受けいたしますわ。リリア様、どうかその類まれなる魔力で、この国をお守りくださいませ」


あまりにあっさりとした返答に、大広間がざわめく。

その隙を逃さず、リリア様がわっと声を上げた。


「お受けになるということは……やっぱり、罪をお認めになるのですね! 子供の虐待も、横領も……ひどすぎますわ!」


殿下の胸に顔を埋めて泣き崩れる。

その肩が、小さく笑いに震えているのを、私は見逃さなかった。


詰め寄ってきた騎士たちに両腕を乱暴に掴まれる。

その時。


髪飾りに擬態していた小鳥――契約精霊のルカが、ちいさく羽を震わせた。

いつでもいいよ、の合図だ。


地下牢で一晩? 冗談じゃないわ。


「罪を認めた覚えはございません。それに、出ていくなら自分の足で参りますわ」


言い終えるより早く、使い慣れた転移術式を組み上げる。


騎士たちの手の中で、私の身体は光の粒となってほどけ、跡形もなく掻き消えた。


「て、転移だと!? 逃げたぞ! 探せ、エルツェリアを捕まえろ!」


会場は一斉に騒然となったが、公爵令嬢の姿はどこにも見つからなかった。


♦︎♦︎♦︎


――そのとき私が、国境の向こうで、

「やったーー! 自由だーーっ!!」

と全力でガッツポーズをしていたことなど、誰ひとり知る由もない。


だって、考えてもみてほしい。

王妃なんて、そもそも私の柄じゃない。


お父様は王妃の父という立場で覇権を振るうつもりで、王家は私の馬鹿みたいな魔力量が欲しかった。

それだけの婚約だ。

私の意思なんてない、政略結婚。


私が欲しいものはそんな生活の中では決して手に入らないもの。


遺跡の奥に眠る古代魔法。

千年前の術式。

まだ誰も読めない魔導文字。


……それから、この有り余る魔力を、遠慮なくぶっ放せる場所。


放っておくと体の中で魔力が暴れ出す厄介な体質のせいで、私は昔から、定期的にどこかで大魔法を撃たないとやっていられなかった。


本当は古代魔法の研究や探検、魔物を相手にした戦闘なんかの方が性に合っている。


大っぴらに冒険家になるのは、淑女文化の世間的にも、公爵令嬢という身分的にも難しかった。

その代わり、完璧な淑女でいれば、誰も文句を言わない。

マナーも、学園での成績も、完璧にこなせば誰も私を詮索しない。


私の本当の魔力量は国家機密だ。


八歳の測定の儀で測定器を粉々にしてしまって以来、師団長にきつく口止めされている。

知っているのは陛下と師団長だけで、お父様でさえ「人より少し多い」くらいにしか思っていない。


だから学院では、ちょっと優秀な令嬢、くらいに力を抑えている。

昼は学院で授業、夕方からは王妃教育。


そして、週に一、二度の夜。

寝室に影の分身を寝かせたら――


「さあ、行くわよルカ!」


転移して国境の向こうのダンジョンへ。

冒険者『エル』の時間の始まりだ。

魔物を吹き飛ばしてすっきりして、遺跡の謎を追いかけて、分身が消える真夜中までに屋敷へ戻る。


それが、私の秘密の夜遊び。


それが、これからは毎日、朝から晩まで!

「最っ高じゃない!!」


♦︎♦︎♦︎


国境を越えた先にある、危険度Sランクの未開拓ダンジョン――深緑の樹海。


「あはは! 見た? あの馬鹿王子の得意げな顔!」


月明かりの下、ドレスを脱ぎ捨てて身軽な冒険者装束に着替えた私――冒険者『エル』は、襲ってくる魔物を薙ぎ倒しながら笑っていた。


足元には、飛びかかってきたので電撃砲で沈めておいたエンシェント・ベアが転がっている。


肩の上で、小鳥の姿をしていたルカがぽんっと弾け、十歳ほどの少年の姿で実体化した。


「ひどい言われようだったね、エル!ボクの声、あんなふうに使われるなんてさー」

「本当よ。あれ、続きがあったでしょう?」

「あったあった! 『もう、むり、もうやめてぇぇ……許してぇ!くすぐったいってばぁ!』まで言ったのに、後ろだけ、きれいに切られてたよね〜」


ルカがからからと笑う。


そう。

あの夜、この子が私の夜食のお菓子を横取りしようとしたから、お仕置きに脇腹をくすぐり倒しただけなのだ。


そもそも毎晩の声だって、ダンジョンに行けない夜に、溢れた魔力をルカに吸ってもらっているだけ。

この子が欲張って一気に飲むものだから、お腹がぱんぱんになって「うぅ……もぉ、むりぃ……」と唸りながら転がっている。

ただ、それだけのことなのに。


それに、あの魔石だって浪費なんかじゃない。

私が作った、何度でも魔力を詰め直せる特別製だ。

溢れた魔力をそこへ移して、師団長に渡していただけ。

結界をどう回すかは、師団長たちのお仕事。

私はただ、燃料を届けていたにすぎないのに。


「でも、これで淑女の猫かぶりともお別れね! 泊まりがけなら、遺跡の最深部まで行けるわ。第七層の壁画、ずっと続きが読みたかったのよ!」


これぞ、完全なる自由。

さあ、まずは今夜の野営地を作らなくちゃ。


……と意気込んだものの、私はそこで固まった。

考えてみれば、私は一度も野営をしたことがない。

冒険者としてダンジョンに潜っていた頃も、分身が消える日付の変わり目までには、必ず転移で屋敷へ帰っていたのだから。


「ええと、火を起こすには……こうして薪を重ねて……」


――ボカンッ!!

「きゃっ!?」


ほんの少し魔力を込めただけで、集めた薪が一瞬で灰になって吹き飛んだ。


いけない。

大きな術式ならいくらでも組めるのに、繊細な魔力調整は昔からどうにも苦手なのだ。


「エル、また燃やしちゃったの? テントも吹き飛んでるよー」

「うっ……だ、大丈夫よ。私、サバイバル術の本は三十冊以上読んだもの。野営くらい一人で完璧にこなしてみせるわ!」


煤だらけの顔で意気込んでいると、頭上から、呆れたような――ひどく耳に心地いい声が降ってきた。


「へえ。公爵令嬢ってのは、本を読めば野垂れ死なずに済むと思ってるわけだ」

「……え?」


見上げると、張り出した岩の上で、青年がひとり片眉を上げていた。

黒いコートに、夜風にさらさらと揺れる漆黒の髪。

端正すぎる顔立ちには、いつもの食えない軽薄な笑みが浮かんでいる。


「……クロード?」


私の冒険者仲間。

迷宮でたまたま行き会って以来、なぜか頻繁にパーティーを組むようになった凄腕の魔導士だ。


クロードは音もなく岩から飛び降りると、私の目の前まで歩み寄ってきた。


「エルツェリア・フォン・ローゼンバーグ様、ね。ずいぶん派手に追い出されたじゃない」

「なっ……!何のこと!? っていうか、どうしてここにいるのよ!?」

「君が公爵令嬢だってことなんて、とっくに知ってたよ。こんな世間知らずな人、庶民にはいないからね」

「え〜、そんなぁ……」


私ががっくり肩を落とすと、クロードはふっと口角を上げ、私の頬についた煤を長い指先で拭った。

トン、と触れられた肌が、なぜか急に熱くなる。


「それに君は、転移でも古代術式でも苦もなく組むくせに、火加減みたいな細かい出力調整はまるで駄目でしょ。……ほら、どいて」


クロードが指を鳴らすと、焚き火がぱちりと灯った。

手慣れた仕草で携帯鍋をかけ、あっという間に香草の効いたシチューを煮込み始める。

さらに空間拡張の魔術具から、ふかふかの毛布が敷かれた天幕まで取り出して組み立ててしまった。


(な、何この人……! 手際が良すぎる……!)


「はい、シチュー。熱いから気をつけて」

「あ、ありがとう……」


木皿を受け取り、スプーンを口に運ぶ。

……信じられないくらい美味しい。疲れた身体に、じんわり染み渡っていく。


「少年を虐待する趣味があるなんて知らなかったな」


冗談まじりに言いながら、クロードが私の隣に腰を下ろした。


「……そんな訳ないでしょ。ルカの声を切り取られたのよ。本当に、どこの誰が噂なんて流したのかしら」

「王宮ってのは、怖いところだね」


クロードは肩をすくめて、炎に視線を落とした。

その横顔からは、何の感情も読み取れない。


――あれ? あの卒業パーティーから、まだ数刻しか経っていないのに。

どうしてクロードは、そんなことまで知っているのだろう。


そう思ったけれど、口の中のシチューがあまりに美味しくて、疑問はすぐに溶けて消えた。


「……君がいなくなったって聞いてさ、飛んできたんだよ」


いつもの軽口とは違う、少しだけ低く、真剣な響き。


「公爵家のお嬢様には、俺みたいな便利な人材が必要でしょ。これからの旅、俺も連れてってよ。飯も、宿の手配も、魔獣の解体も、ぜんぶ俺がやってあげるから」


「えっ!? クロードに使用人のようなコトなんてさせられないわ!それに自分の冒険もあるでしょう?」

「俺の冒険は、君の隣にいると達成できることばかりだから…使用人じゃなくて、相棒ならどう?お互いに得意なことで補い合うのさ」

「うーーん…そうねぇ」


魅力的な提案だが、本当にいいのだろうか?と悩んでしまう。


「それに、君をひとりにさせる方が心配でどうにかなりそうだ。」


さらりと紡がれた言葉に、私は息を呑んだ。

焚き火の赤い光に照らされたクロードの横顔が、息が止まるほど綺麗で。


こちらを向いた瞳の奥の熱っぽさに、心臓がトクンと跳ねる。


(……あれ? なんで私、急にこんなにドキドキしてるのかしら……?)


「……本当に、いいの? 私、魔術の実験を始めたら、何日も洞窟に籠もっちゃうかもしれないのよ?」

「知ってるよ。そんな君だから、放っておけないんだ」


クロードは悪戯っぽく笑って、私の頭をぽん、と撫でた。


「エル。俺と一緒にいてくれる?」


「……うん! よろしくね、クロード!」


私は満面の笑みで頷いた。


理不尽な婚約破棄も、国外追放も、今となっては感謝しかない。

だって私は、大好きな魔術を極められる自由と――こんなにも頼もしい相棒を手に入れたのだから。


(……それにしても、クロードの手料理、美味しすぎるわ……!)


相棒の笑みの奥にあるものに気づかないまま、鈍感な公爵令嬢はシチューをおかわりした。

その隣で、クロードが誰にも聞こえない声で呟く。


「――やっと、手に入れた」


♦︎♦︎♦︎


数日後。

王都の中央広場にそびえる大結界の基点――白亜の魔導尖塔の前には、着飾った貴族の若者や、大勢の平民たちが押し寄せていた。


ジュリアン殿下とリリアの主導による、『新時代の結界起動式典』である。

国王陛下が戻らぬ内に、王太子の独断で決められた式典だった。

「新時代」を既成事実にしてしまえば、もう誰にも文句は言わせない――いかにも殿下らしい、浅はかな目論見である。


しかし、式典の開始直前。控えの間には怒号が飛び交っていた。


「正気ですか、ジュリアン殿下!!」


宮廷魔導師団長である老魔導士が、顔を真っ赤にしてジュリアンとリリアに詰め寄る。


「エルツェリア様を国外追放したなど、何の冗談です! 陛下のご不在をいいことに、反対した団員まで持ち場から外して……なんということを!あのお方がどれほどの貢献されていたか、貴方がたは何もお分かりでない!」


「うるさいぞ、師団長!」


ジュリアンは忌々しそうに手を振り払った。


「あんな悪女を庇い立てするな! 研究などと称して国費を食いつぶしていたやつだ!これからは、聖女と名高いリリアが結界を支える!」

「そうですわ、師団長様」


リリアもフンと鼻を鳴らす。


「頭の固いお年寄りはこれだから困りますの。あんな人に頼らなくても、私ひとりで十分お釣りが来ますわ!」

「馬鹿を言うな! リリア嬢ひとりで足りるはずがなかろうが!」


師団長が必死に叫ぶ。


「王都の結界を支えていたのは、エルツェリア様が納めてくださる魔石だったのだぞ!あのお方の魔力は、リリア嬢とは桁が違う!魔石の接続を外せば、結界のコアは術者の魔力を喰らい尽くす――今すぐ式典を中止して、エルツェリア様を連れ戻さねば――」


「エルツェリアが?父上からそんな話は一言も聞いておらん!どうせ浪費を誤魔化すための方便だろう!」


「見苦しいぞ、師団長!」

「そうだそうだ! 魔石頼みの運用なんて時代遅れだ!」

「殿下とリリア様の新時代を邪魔するな!」


野次を飛ばしたのは、王太子の側近や、新鋭の若い貴族たちだった。


彼らは師団長の警告を老人の戯言と嘲笑い、警備兵に命じて、師団長を控えの間から強引につまみ出させてしまう。


「愚か者どもがぁぁっ! 後悔するぞ!!」


師団長の悲痛な叫びを置き去りにして、式典は予定どおり強行された。


壇上に立ったリリアは、大歓声を送る民衆に向けて高らかに宣言する。

「皆様!エルツェリア様が国費で行っていた、子供から魔力を奪って魔石に詰めるような非人道的な行いは、本日をもって私が完全に終わらせます!私の潤沢な魔力があれば、あんな穢れた魔石など一切必要ございません!」


拍手喝采の中、リリアは勝ち誇った笑みを浮かべ、壇上の巨大な術式核の前に立った。

エルツェリアの魔石へとつながる接続は、前夜のうちに、リリアの実家お抱えの魔導士たちの手で、すべて取り外されていた。

エルツェリアが日々満たしてきた魔石は、もはやただの石ころだ。

剥き出しになったコアが、鈍く脈打っていた。


「さあ、ご覧なさい! これが新時代の光ですわ!」


リリアは自信満々に両手をコアへかざし、自身の魔力を流し込んだ。


その刹那。


――ゴォォォォォォォッッ!!!!

大気が悲鳴を上げるような重低音が鳴り響いた。


「……え?」


リリアの喉から、間の抜けた声が漏れる。

吸い込まれる。

尋常な勢いではない。

まるで足元に底なしの奈落が開けたかのように、体内の魔力がごっそりと引きずり出され、結界コアに飲み込まれていく。


「ちょっ……なにこれ!? 止まらな……ッ! 離れない、手が離れな――っ!!」

「リ、リリア……!?」


隣のジュリアンが顔色を変える。

引き剥がそうとしても、リリアの両手は強力な磁石のようにコアに張り付いて離れない。


「ぎゃああああああああっっ!!」


衆人環視の中、リリアの絶叫が広場にこだました。

見る見るうちに、艶やかな金髪は色を失って白く褪せ、瑞々しかった肌からは水分と生気が根こそぎ奪われ、深い皺が刻まれていく。

背中は曲がり、指先は枯れ枝のように痩せ細った。

魔力は、生命力そのものだ。

底なしの結界コアに全身の生気を吸い尽くされ、若き美貌の令嬢は、瞬く間に見る影もない老婆へと干からびていく。


「ひぃっ、化け物……!?」

「リリア様が……!?」


広場が阿鼻叫喚に包まれる。

ほんの数十秒後。

限界を迎えたリリアは枯れ木のような姿のまま、壇上にばたりと倒れ伏した。


直後――パリンッ!


大気を揺るがす甲高い破砕音が響き渡り、王都の青空を護っていた大結界が、硝子のように粉々に砕け散った。


誰しもが茫然と立ちつくす。

目の前で起こった最悪の事態を、理解することを拒むかのように。


「ち、違う……! 私は悪くない!」


ジュリアンは、枯れ木のようになったリリアから飛びのくように後ずさった。


「この女だ! この女が、自分ひとりで十分だと言ったのだ! 私は騙されたんだ!」


民衆の目が、一斉に王太子へ向けられる。

そこに宿っていたのは、もはや歓声ではなかった。


「言わんこっちゃない、大馬鹿者どもがぁぁぁっ!!」


締め出されていた師団長が広場へ駆け込んできたが、もはや手遅れだった。


結界を失った王都に、地底からの瘴気の侵入を告げる鐘の音が、けたたましく鳴り響き始めていた。


♦︎♦︎♦︎


同じ日の夕暮れ。

樹海の奥にある古代遺跡の入り口で、私はふと足を止めた。


――キィン、と。


遠く、王都の方角から、空気を裂くような魔力の波が届いたのだ。

肌がぴりりと粟立つ。

この感覚には覚えがある。

私の魔石を通して、毎日のように触れていた大結界の波長だ。


「……嘘でしょう。結界が、砕けた?」

こんなに早く? コアにつながった魔石には、まだ私の魔力が残っていたはずなのに。


つまり。

「あの人たち、接続を引っこ抜いたのね……」


肩の上のルカが、ぶるっと羽を震わせる。

「うわぁ……リリアって子、自分の魔力だけで回そうとしたんじゃない? あのコア、エルの魔力でも満腹にならない大食らいなのに」


血の気が引いた。

結界がなければ、地底の瘴気が王都に流れ込む。

私を追い出した人たちだけじゃない。

何も知らない街の人たちまで巻き込まれてしまう。


「……戻らなきゃ」


魔石に魔力を充填して、接続をつなぎ直せばいい。

私なら、一晩あれば――


踵を返しかけた私の腕を、後ろから誰かが掴んだ。


「戻ってどうするの。追放された罪人が王都に現れたら、今度こそ牢屋行きだよ」

「クロード……でも、街の人たちが!」

「心配すると思ってさ。対策しておいたよ」

「……え?」


「君の部屋に溜まってた魔石、全部回収して師団長の手に渡るようにしておいた。あの爺さんなら、それで王都の中心くらいは臨時の結界で守れる。当面の瘴気はしのげるはずだ」


私はぽかんと口を開けた。


「いつの間に、そんなこと……」

「俺は、君の憂いを取り去るのは得意なんだ」


いつもの軽い笑み。

張り詰めていた肩から、ふっと力が抜けていく。

師団長がいてくださるなら、きっと大丈夫。

追放された立場だから、もう戻れない。

あとは、あの方たちに任せるしかない。


(……ごめんなさい。どうか、持ちこたえて)


王都の方角に向かって、私は小さく祈った。


「ありがとう、クロード。本当に助かったわ」

「どういたしまして」


クロードは王都の方角へ静かに視線を向けた。

夕陽を背負ったその横顔は、なぜだか少しも驚いていないように見えた。


「……思ったより、早かったな」


「え? 何か言った、クロード?」

「いや? これでもう、君を連れ戻しに来る奴もいないなって」


クロードはいつもの笑みに戻り、私に手を差し出した。


「さ、行こうか。エル」

「ええ!」


私はその手を取り、遺跡の奥へと駆け出した。


――だから、私は知らなかったのだ。

リリア様に噂を吹き込んだ「とあるお方」が誰なのか。

結界が砕けるより前に、なぜクロードが魔石を手配できていたのか。

そして、この婚約破棄劇のすべてが、たったひとりの男の掌の上で踊らされていたことを。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

初めて書いた作品ですが、少しでも「いいな」と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!

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