ブックマーク二千ごえお礼SS:メイドはかく語りき。
完結後思いがけずたくさんの方に見ていただけ、ブクマ四桁達成することができました。
嬉しさのあまり、お礼のssしたためましたので、お楽しみいただけますと幸いです。
――メイドの朝は早い。
下働きも他におらず、一家にたったひとりであれば尚更だ。
私、サリー・ローダスはフィロース子爵家に仕える唯一のメイドである。故に、オールワークスメイドとして炊事洗濯掃除全てをこなしている。
空が明けないうちに起き出して、まずは朝食の準備。
主家のご家族四名と、私の分。合計五人分の食事を作ることは、それほど大変でもない。奥様が――子爵夫人であるというのに、自ら厨房に立たれるので、ふたりで手分けして準備もできるから。
本当は私が奥様の起床時のお世話をしたいところなのだけれど、ミリアム奥様はそれはさせてくださらない。お嬢様やお坊ちゃま、旦那様のお世話も同様で、手が足りないのだから自分のことは自分でやらせなさい、とのことだ。
貴族家にあるまじきことである。できればもっと人を雇って、お嬢様やお坊ちゃまにはきちんと貴族らしい生活をしていただきたいのだけれど……。数年前の大嵐と、その後の疫病の流行によりうけた打撃は重く、現在子爵家は大層苦しい状況にある。
この三年でほとんどの使用人に暇を出し、老齢にさしかかる両親と、あの混乱の時期に夫と幼い息子を亡くし、打ちひしがれていた私だけを残してくださったのだ。
旦那様も奥様も、ろくに給金も払えず申し訳ないと言うけれど、衣食住を保証されているだけでも十分だ。あのとき暇を出されていたら、老齢の両親はもちろん、ショックで体調を崩しがちだった私も、野垂れ死んでいただろうから。感謝こそすれ、不満に思うはずもない。
ただ――王都の物価の高騰具合には、さすがに困惑してしまったけれど。
社交シーズンが始まって、王都に着いたばかりの頃は大変だった。予想していたよりも食料品は高く、頼みの綱である裏庭の畑も、放置されていたためにろくに育っていない。生育の早い葉物を中心に植え付けたけれど、収穫できるのはまだまだ先、という状況だった。
結果、育ち盛りのお子様がふたりもいらっしゃるというのに、貧民のようなひどい食生活になってしまったのは口惜しい限りだ。
しかし、それも春のある日、がらりと状況が変わった。メアリーアンお嬢様とリオン坊ちゃまのおかげだ。旦那様がおっしゃるには、メアリーお嬢様は湖で溺れたのをきっかけに、オーシスの忘れ物を思い出したのだろう、ということだった。
確かにその日以来、お嬢様は随分と大人びて、学者である旦那様も知らないような知識を口にするようになったのだ。
そうしてお嬢様の料理レシピと、お嬢様のアイディアを元にリオン坊ちゃまが作ったドライヤーという魔道具。これらが窮乏していたフィロース子爵家の財政を大いに助けてくれたのである。
「おはよー、サリー!」
厨房で芋の皮を剝いていたら、メアリーお嬢様が元気よく駆け込んできた。
「お嬢様、おはようございます」
「あら、お母様は?」
「裏の畑に葉物をつみに行ってらっしゃいますよ」
「そうなの。あ、今日の朝食のメニューは決まってる?」
朝から元気なお嬢様は、もうすっかりお腹が空いていらっしゃるようだ。
「ええ、いつもと同じでございますが」
私がそう答えると、お嬢様は途端にしょんぼりした。野菜スープとパン、チーズとハム。朝食といえばどの家庭もこのようなものだろう。少し前と違って、屑野菜ではなく新鮮な野菜がたっぷり入っているし、チーズもハムも……前よりはずっと厚く切って出せるようになっている。
がっかりするほどに酷いメニューだとは思えないのだが……と思っていたら、メアリーお嬢様はぷくっと頬を膨らませた。
「たまには違うのが食べたいの。いつも同じメニューじゃ、どんなに美味しくても飽きちゃうわ」
「違うもの、ですか……?」
「そう! ほら、卵! 卵あるじゃない。このカチッカチのパンをフレンチトーストにしちゃいましょう!」
「ふ、ふれんち?」
困惑する私に、メアリーお嬢様は牛乳はある? と聞いてきた。この王都では、卵も牛乳も割高であるが、お嬢様と奥様が料理レシピを研究する関係から、常に揃えている。以前では考えられないことだが、いつの間にかそれがすっかり日常になっていた。
「ございますけれど……」
「じゃあ、フレンチトーストは私が作るから、メアリーはスープをお願いね」
「はぁ……」
こうなっては、お嬢様は止めても聞かないだろう。ふれんちとーすとなるものがどういった料理かはわからないが……。もうすぐ奥様も戻ってくるだろうし、お嬢様の監督は奥様にお任せしよう。
***
朝食の給仕と後片付けを終えたら、次の仕事は洗濯だ。寝室を回ってシーツや使用済みの衣類などを回収し、半地下の洗濯室で片っ端から洗浄魔法をかける。
私の魔力は一般的な平民よりは多い方だが、貴族に比べたら遙かに少ない。洗浄魔法だって、連続では五回かけるのが限界だ。
それ以上は魔力が減りすぎて危ないので、五回で洗浄が終わらなければ手洗いするか、時間をおいて午後か夜あたりに魔法をかける必要がある。今日は量が多いから、半分ほどに留めて、残り半分は籠に入れたまま洗濯室の隅にまとめておく。
魔力が大分減って少し疲れたけれど、休んでいる暇はない。
次の仕事は掃除だ。
フィロース家はここ数年かなり窮乏しているが、王都のタウンハウスは先祖代々受け継いできた立派なものである。……つまり、とても広いのだ。
流石に毎日この大きな屋敷をひとりで掃除するのは無理があるので、領主一家が普段から使う領域と、来客の目に触れるエントランスを中心に掃除をすることにしている。
エントランスや応接間を掃除し終えたあたりで正午となり、昼食の時間となった。メニューはほとんど朝と同じだが、誰も文句ひとつ言わない。どこまでも質素倹約が染みついてしまっているご一家だ。
もっとも、パンだけは朝のフレンチトーストじゃなくて、普通のパンだけれど。
でもあのフレンチトーストとかいうのは、美味しかったわね。
主人一家の食事と同じものを私も食べているのだけれど、メアリーお嬢様のレシピはどれもびっくりするほど美味しいのだ。オーシスの忘れ物は、前世の記憶であるそうだ。ならばお嬢様の前世は凄腕の料理人だったのかもしれない。
朝から甘いものを食べるというのは、とても驚いたけれど、一口食べただけで幸せになれるような素晴らしい味だった。
記憶を反芻しつつ、午後からは旦那様たちのプライベートスペースを掃除していく。
ちょうど中庭に面した、主寝室の窓磨きにとりかかったところで、私は思わず手を止めた。
「……何をなさってるんですか、リオン坊ちゃん」
「あ、サリー」
つい声をかけてしまったのは、中庭の一番大きな木の枝の上に、リオン坊ちゃんが腰掛けていたからだ。
「しー。今、かくれんぼ中なんだよ」
「かくれんぼ、ですか」
静かに、と仕草と言葉で頼まれて、私は面食らってしまう。
かくれんぼ、だなんて。この恐ろしい程物覚えが良くて賢い少年がする遊びとは思えなかったからだ。
そりゃあ、ちょっと前ならメアリーお嬢様のままごとに付き合ってあげてたりもしたけれど、ここ数ヶ月はそんな姿はさっぱり見なかったというのに。
それに、今は……。
「……セイクリッド公子様がいらしているのでは?」
旦那様がセイクリッド公爵家と事業提携なさることになったのは、春のことだった。その後からたびたび、セイクリッド家の公子様が従者を連れて遊びに来るようになっている。
初めこそ旦那様や奥様、私も揃って出迎えていたけれど、数を重ねるごとに、公子様の接待は坊ちゃんやお嬢様にお任せするようになっていた。今日も三十分ほど前に馬車でいらして、おふたりに引き合わせたばかりだったのだ。
「そうだよ。公子様がかくれんぼをしたことがないと言うからね。庭限定でのかくれんぼ中なんだ」
「まあ……」
セイクリッド家の公子様は、七歳ながらとても聡明で賢いお子様だ。フィロース家にいると感覚が麻痺してしまいそうになるけれど、あのご年齢では滅多にみない利発さだろう。
そんな公子様が、かくれんぼだなんて。確かにやったことはなさそうだけれど。
「……あ。メアリーが見つかったみたいだね」
ふと遠くを眺め、リオン坊ちゃんはそうつぶやいた。しかし中庭を見渡せる窓辺に立っているというのに、私にはお嬢様やウィリアム公子の姿は見えない。
「お嬢様たちはどちらに?」
「裏庭にいるみたい。メアリーってば、裏庭なら公子様が遠慮して近づかないかもって思ったのかもね」
「……何故わかったのですか」
「魔法で聴力を強化したから?」
「それは……」
かなりずるいのでは?
私がそう思ったのが伝わったのか、リオン坊ちゃんはふふっと唇の端を持ち上げて笑った。この表情は、ここ数ヶ月よく見るものだ。主に坊ちゃんがメアリーお嬢様を観察しているときに。
リオン坊ちゃんは基本的に穏やかで物静かで、子どもとは思えないほど冷静で賢い。妹の面倒もよく見るし可愛がっているが――。珍奇な観察対象として見ている節があるのは、周知のことだ。お嬢様以外のご家族には。
「魔法を使うのは禁止とは言われていないよ」
「お嬢様も公子様もまだお使いになれないでしょうに、大人げない」
「だって子どもだもの」
ああ言えばこう言う。
ちょっと咎める気持ちを込めて睨み付ければ、リオン坊ちゃんは降参だ、というように両手をあげた。
「冗談だよ。僕はかくれんぼが始まってから、ここからまったく動いていないし、見つかるまで動くつもりはない。鬼役が近づいて来てもね」
「……はぁ。まったく。年下の子たちに意地悪しちゃダメですからね」
「もちろん、わかってるとも」
もっともらしく頷く坊ちゃんは、視線を中庭の端にやった。ちょうど裏手から、メアリーお嬢様と公子様がやってくるのが見える。公子様の少し後ろを、従者の青年が歩いていた。
ここで私と坊ちゃんの会話も終了だ。私と話していたらすぐに気付かれてしまうから。
――結局、それから三十分がたっても、お嬢様も公子様も坊ちゃんを見つけることはできなかった。こんなに堂々と木の上から、坊ちゃんを捜し回っているおふたりを眺めてにこにこしていらしたというのに。
三人のかくれんぼが終わったのは、私が主寝室の掃除を終え、隣の部屋の掃除に取りかかる頃のこと。どうやら制限時間を決めていたらしく、それを過ぎたことで坊ちゃんが木から降りたようだ。
「あーっ! お兄さま!」
「リオン!? どこから出てきたんだ!?」
「この上からですよ」
少し窓を明けて様子をうかがえば、悔しそうに地団駄を踏むメアリーお嬢様と、驚いている公子様の姿が見える。リオン坊ちゃんはあっさりと種明かしをして、さっきまでご自分が登っていた木を指さした。
「えっ!? あっ! 木の上!! あーっ! く、悔しいっ」
「……何度もこの下を通ったのに、まったく気付かなかった」
「人間、自分の視線の高さより上は、見落としがちだといいますからね」
リオン坊ちゃんの話によると、人の視線は歩行時、正面からやや下に向けられているものらしい。歩行時の安全確認のためにそうなっているのだとか。だから視界より上は意識しないと目を向けないので、上にあるものは見落としがちなのだ、と。
ウィリアム公子は素直にそうなのか、と驚き感心しているようだったけれど、メアリーお嬢様は「知ってたのに!! それ知ってたのにぃっ!」と悔しがっている。どうやら、知識としては知っていたのに、気付かなかったのがことさら悔しいようだ。
そんなメアリーお嬢様の様子を、リオン坊ちゃんはにこにこと眺めている。
まったく、いくら可愛いからって、そんなことばっかりしていたら、妹に嫌われてしまいますよ。
内心でそう忠告して、私はそっと窓を閉めたのだった。
新連載を開始しましたので、そちらもごらんいただけましたら幸いです。
「婚約破棄から国外追放された令嬢ですが、前世がマタギの爺さんだったので追放先では楽しく暮らします!」
https://ncode.syosetu.com/n2372mv/




