第1話 僕の妹は転生者らしい。
よくある転生令嬢ものの、兄視点のお話、はじまりはじまり~
ある日突然、家族の様子がおかしくなったら、どうするべきだろうか。
僕の取った選択は――まず、様子を見る、だった。
つまりこれは、僕、リオン・フィロースが妹の身に何が起こったのかを調査するために始めた、観察記録である――。
***
三日前、妹のメアリーアンが我が家の裏手にある湖に落ちて溺れて死にかける、という騒動があった。基本的に平和な我が家にとって、一大事件である。妹はその後、二日間高熱にうなされ、ようやく目が覚めたのだが……この時にはもう、随分と様子がおかしくなっていた。
目が覚めて良かった、無事で良かった。何でひとりで湖で遊んでいたんだ、ボートに勝手に乗り込むなんて、と。
安堵と心配から無事を喜びつつも小言を連発するお母様や僕のことを、メアリーときたらぽかんとした顔で見つめていたのだ。まるで、起きたら知らない人に囲まれてました、とでもいうように。
そうして呆然とすること、数分。その後はだらだらと変な汗を浮かべ、動揺からか眼球をせわしなくあちこちへ走らせていた。
小さな声で「誰、ここどこ、メアリーアン? え、なんか聞いたことある名前……?」などとつぶやいていたあたり、本当に僕らが誰か解らなかったらしい。
まさか湖に落ちたショックで記憶が混濁しているのだろうか。
もう少し眠りたいと希望するメアリーアン。小言を言いつつも、心配していたお母様は仕方ないわね、眠っていなさい、と僕を促し部屋を出た。
さて、そこからのメアリーの奇行、というか、奇特な発言は、彼女の身に何が起こったのか把握するためにも詳細に記録を残しておこうと思う。
曰く、
「ど、どどど、どういうこと!? 私、転生しちゃったの!? メアリーアンって……! 死ぬ前に読んでた小説に出てくる悪役令嬢の取り巻きの小物悪役じゃないっ!!」
だそうである。
まったくもって意味がわからないが、メアリーの独り言はまだまだ続いた。
「ええっと、ええっと、落ち着け、落ち着けー、私。最後の記憶は……そうだわ、『竜の乙女は光を抱く』の最終刊を徹夜で読み終わって、最推しのウィル様が死んじゃったのにショックでぼーっとしながら歩いてたら、エキの階段から足滑らして落ち……あーっ、良かった!! ホームに突っ込んでデンシャにはねられたとかじゃなくて良かった――! 階段から落ちてオダブツも最悪だけど、デンシャの運行は邪魔してないわよね!? 遺族に賠償請求なんてされてないよね!? 万が一されてたらパパとママを悲しませる前に路頭に迷わせるとこだった――!!」
「……はぁ、はぁ、待って、違うわ。そうじゃないわ。前世の死因とか、もうとりあえずおいといて、今のこの状況よ……。鏡、鏡……よっこいしょっと。うわ、私ちっちゃい! えっ、結構、可愛くない?? いや普通に可愛いな!? え? いくつくらい?」
もうすぐ五歳だよ、と僕は心の中で教えたけれど、もちろん大きな声で独り言をこぼしているだけのメアリーに届くわけもない。
ちなみに何故僕がこんなにもメアリーの独り言を詳細に把握できているのかというと、僕とメアリーの部屋は隣同士で、声が筒抜けだったからだ。貧乏子爵家である我が家の壁は、去年僕が魔道具作成中の失敗で開けた穴すら、ろくに修繕もできずにいる。半年前にメアリーの部屋を模様替えしたときにメイドのサリーがベッドを配置して上手く隠したと言っていたから、多分メアリーは気付いていない。一応、薄い木の板で塞いではいるけれども、つまり、隣の部屋の声は耳を澄ませば聞こえてしまうのだ。
「あー……。うん、そうだわ……私の名前、メアリーアン・フィロース。フィロース子爵家の長女。家族構成は両親、兄、私の四人。うん、思い出してきた。ってことは、小説の登場人物に憑依したんじゃなくて、転生で間違いないわね。湖で溺れて死にかけたって言ってたっけ? それがきっかけで前世の記憶を思い出したってわけね。あはは、何ソレ、前世で読みまくった小説や漫画みたいじゃないの……」
「それにしてもメアリーアンって……。悪役令嬢のローゼリアじゃないだけマシ、かなぁ……? いやいや待って、メアリーアンも大概だわよ。だって主人公のセレーナに姑息ないじめしかけるわ、ローゼリアにいいように使われたあげく捨て駒にされて、中盤で断罪されて投獄されるじゃない……! ぎゃー、どうしよう、どうしよう!? いじめなければいい!? ていうかローゼリアの取り巻きにならなければいいの!? と、とりあえず、そうだ、年表! 年表作ろう、原作の情報まとめよう! どうするかはまずそこから……! ああっ! ノートどころかメモ用紙すらない! ペンも! そういや私まだ幼児だったっ」
そうだね、文字の読み書きだって、来週の君の誕生日のあとから教育が始まる予定だったからね。そりゃあ、君の部屋に書き物をするための道具なんてないだろうさ。
メアリーはしばらくうんうん唸ってから、僕の部屋が隣であることを思い出したらしく、寝間着のまま恐る恐る訪ねてきて、書き物道具が欲しいとねだった。優しい僕は、何に使うの? 君、まだ文字書けないよね? なんて質問は飲み込んで、去年の誕生日にお父様から貰ったノートを一冊と、羽ペンとインクを分けてあげた。
我がフィロース子爵家は貴族とは名ばかりの極貧であるので、ノート一冊手に入れるのも容易ではないのだ。隣国から製紙技術が広がって、値が下がってきたとはいえ、紙というのはまだ庶民にとっては高級品。貧乏子爵家にとっても同様である。
僕にとって、誕生日にもらえる数冊のノートとペンやインクは貴重なものだった。それでもそれを妹に譲ってやったのは、妹が何を書き留めるのか興味があったからに他ならない。この時点で、僕は妹の身に何か尋常でないことが起こったのだと確信していた。
だって、湖で溺れる前のメアリーアンならば、絶対に僕に書き物道具をくれだなんて言わなかっただろう。そうして、これらをことさら大切に扱っていた僕が、あっさりと渡したことに違和感を覚えもしない。
転生したとか前世の記憶がとか言っていて、実際四歳の子どもにあるまじき語彙を駆使して騒いでいたし……。僕の知る限りこの世界……少なくとも我が国では聞き覚えのない単語を連発していたあたり、妹の中にこれまでと違う精神が宿っているのは間違いないようだが――。
粗忽で注意力散漫なところは変わっていないんだね。




