記憶の欠片と、残された希望
ソフィアが話せるようになった喜びは、ステーション全体を明るく照らした。一方でソフィアはというと、頭の中に響くステーションメンバーの声に戸惑い、怯えた様子を見せた。
「お兄ちゃん……誰もいないのに声が聞こえるよ……もしかして幽霊さん?」
『違うよ、ソフィアちゃん。私はミア。妖精さんだよ』
ミアが咄嗟に優しい嘘をつく。
『……妖精さん?』
『そうだよ。ね、お姉ちゃん』
『え、ええ、そうよ。私はエマ。よろしくね、ソフィアちゃん』
その言葉に納得したのか、「うん!」とソフィアの表情がぱっと明るくなる。それからは、それぞれ自己紹介をする。
『あとね、妖精の王様と女神さまもいるんだよ』
「王様と女神様?」
ソフィアは嬉しそうに弾んだ声を上げる。それは久しぶりの会話を楽しむように、ミアと会話をする。
『そうだよ。王様の名前はゼノて言うんだよ』
『お、おい、ミア何を言ってるんだ⁉』
ゼノは慌てたようにミアを制止しようとする。
「王様怖い人?」
『あっ……いや、怖くないぞ、うん、怒ってないぞ……ソフィアよろしくな』
その声色は優しく子供をあやすようにゼノは語り掛ける。その思いが通じたのか、ソフィアも元気に「はい!」と答えた。
その温かな光景の裏で、ディアーナは沈黙を守り、ソフィアの新たな身体構造とナノマシンの適合率を徹底的に解析していた。
やがて瀬戸は、膝の上で落ち着いたソフィアに静かに尋ねた。
「ソフィア、今まで……どうしていたんだい? 何か覚えていることはあるかい?」
ソフィアは小さな体を傾げ、記憶の奥底を探るようにしばらく黙り込んだ。やがて、たどたどしい声で話し始めた。
「最初……気がついたとき、私ねこの格好だったの。パパもママもいなくて……周りには、私と同じ格好の子しかいなかったの……」
飢えも渇きも感じない、ただそこに存在するだけの世界。5歳の少女にとって、それは終わりのない夜のような時間だったはずだ。
「おうちに帰りたくて、頑張って歩いたの。でもおうちに誰もいなくて……お部屋でずっと隠れてたのね。そしたら、外でね、怖い人が……私と同じ子を壊しちゃうのを見たの……」
ソフィアの小さな体が震える。恐怖のあまり自分のおもちゃ箱に隠れ、街から誰もいなくなった頃に外へ出たが、そこにはただ冷たいコアだけが転がっていた。
「……怖くて……帰ろうとしたら、また怖い人に会ったの。私も壊されるって思ったとき……別の子が、私を助けてくれたの。」
ソフィアは一心不乱に逃げ、またおもちゃ箱の中で震えていたという。しかし、助けてくれたあの子が気になって場所へ戻ると、そこにはもう石しか残っていなかった。
「お礼も、言えなかった……。どうしてかわからないけど、それからみんなの石を一生懸命集めるようになったの。そうしないと……私、消えちゃいそうだったから……」
それが使命だったのか、それとも孤独に耐えるための唯一のよすがだったのか。瀬戸はソフィアを抱きしめる手に力を込めた。この壮絶な孤独を、彼女はずっと一人で背負っていたのだ。自分だけが悲劇の渦中にいるのではない、この世界では無数の命が、ソフィアと同じように静かに消えていたのだと改めて痛感する。
『紬、そのスライムはもしかして…』
(…ソフィアの両親、か…)
そうかもしれないし、違うかもしれない。その答えはだれも知るすべがないのだ。だがその行動が、ソフィアが生き延びるきっかけになったと思うとやるせなさがある。
話がひと段落したその時、静かだったディアーナの通信が、新たな希望を運んできた。
[ディアーナ:――解析が完了しました。重大な報告があります]
一同の視線が集中する。一方、ソフィアというと……。
「女神様?」
[ディアーナ:……]
返答にどうすべきかディアーナが躊躇している。ミアがディちゃん合わせてと必死になっている。
「ちがうの?」
[ディアーナ:……私はディアーナです。よろしくお願いします。ソフィア]
ディアーナなりの必死な回答なのだろう。その裏でミアはグッジョブとやっているように瀬戸は感じている。
「うん、よろしくね。ディアーナおねいちゃん」
[ディアーナ:……]
「おねいちゃん?」
またディアーナがフリーズしたようになる。先ほどから様子が変だ。いや、ソフィアを助けることになってから人間のような行動をとる気がしてならない。
『ディアーナ、どうした? 早く報告を聞かせてくれ』
ゼノがじれったそうに結果をせかす。この中で一番ソフィアを心配しているのは彼なのだろう。
[ディアーナ:………おねいちゃん………]
「ディアーナ?」
[ディアーナ:…報告します。ステーション内にてバイオ漕を使用して作成する生体アンドロイドの素体を使用し、コアのデータを同期・移植することで、ソフィアを……かつての『人間』としての肉体へ戻せる可能性があります]
その言葉の意味を理解するまで、数秒の沈黙が流れた。
人間としての姿を取り戻せる。それは奇跡のような報せか、それともソフィアたちに課される新たなる試練の始まりか。
『本当か、ディアーナ!』
ゼノの抑えきれない声が響く。まだ希望の段階であり、成功が約束されたわけではない。だが、絶望に覆われていたこの場所で、確かに一つの扉が開かれた。メンバーは顔を見合わせ、安堵と希望の光を浮かべる。ソフィアにはまだ、何が起こうとしているのか分かっていないようだったが、瀬戸の温かい手のひらを感じながら、不思議そうにしていた。




