第43話 「術式が示すもの」
シェルナの宿に戻ったのは、夜になる少し前だった。
ドルフが夕食を用意してくれていた。お礼の意味だという。テーブルに温かい料理が並んでいた。肉の煮込みと、厚いパンと、野菜のスープ。シェルナの家庭料理らしい、素朴な味だった。
五人で食事をしながら、しばらく誰も話さなかった。
遺跡での出来事を、それぞれが頭の中で整理しているのだと思った。
食事が終わると、セルマが立ち上がった。
「私は少し外を歩いてくる。街の様子を確認したい」
「一人で大丈夫ですか」
アルクが聞いた。
「Bランクをなめるな」
セルマは短く言って、出ていった。
エリナが食器を片付けながら言った。
「セルマさん、かっこいいね」
「そうですか」
「そうでしょ」
エリナはアルクを見た。
「アルクもそう思わない?」
「実力は本物だ」
アルクは答えた。
「それ以外のことは言わない」
エリナが少し笑った。
カルロが俺を見た。
「話がある」
「遺跡の術式のことですか」
「そうだ」
カルロは立ち上がった。
「エリナとアルクも聞いた方がいい」
四人で宿の一室に移った。
カルロが椅子に座った。いつもの改まった姿勢だ。
「遺跡の壁に刻まれた術式を、作業中に読んでいた」
カルロは言った。
「全部は読めなかった。始祖の時代の言語は、私の知識では解読しきれない部分がある。だが、大まかな構造と、目的は理解できた」
「どんな目的でしたか」
俺は聞いた。
「記録だ」
カルロは答えた。
「術式は、魔法の仕組みを記録したものだった。今の魔法体系がどのように生まれたか、その過程が、あの壁全体に刻まれていた」
「始祖が残した記録、ということですか」
「そう考えるのが自然だ」
カルロは続けた。
「始祖は死ぬ前に、自分が発見したことを、あの壁に刻んで残した。後世の人間に伝えるために」
アルクが口を開いた。
「セインはその記録の写しを手に入れた。何のために使うつもりですか」
「私にはわからない」
カルロは正直に言った。
「ただ、レイの言った通りなら、セインは研究をやめようとしている。その状況でレイが単独で動いたのは、レイ自身がセインとは、別の方向に進もうとしているからだ」
「レイはセインがやめようとしている研究を、自分が続けようとしている、ということですか」
エリナが言った。
「今日は確認できなかった」
カルロは続けた。
「ただ、一つだけ読めたことがある」
カルロは少し間を置いた。
「術式の最後の部分に、メッセージが刻まれていた」
「メッセージ?」
俺は聞いた。
「始祖が残した言葉だ。解読できた部分だけを読む」
カルロは目を閉じた。記憶から言葉を引き出すように、ゆっくりと言った。
「『次の器へ。この力は、破壊のためにあるのではない。繋ぐためにある。世界が分断されるとき、器は橋となれ』」
誰も何も言わなかった。
カルロが目を開けた。
「以上だ。それ以降、私には読めなかった」
俺は言葉を頭の中で繰り返した。
次の器へ。この力は、破壊のためにあるのではない。繋ぐためにある。世界が分断されるとき、器は橋となれ。
「次の器というのは、俺のことですか」
「そうだと思う」
カルロは頷いた。
「始祖が器に向けて、残したメッセージだ」
「繋ぐとは、どういう意味ですか」
「わからない」
カルロは続けた。
「ただ一つ、考えられることがある」
「何ですか」
「世界が分断されるとき、という部分だ」
カルロはゆっくり言った。
「今の世界を見たとき、何が分断されていると思うか」
俺は考えた。
分断。何と何が分断されているのか。
「人間と魔物、ですか」
「それもある」
カルロは続けた。
「もっと大きなものかもしれない」
「魔力とマナですか」
カルロは少し目を細めた。
「どこからそれが出てきた」
「始祖が魔力とマナを繋ぐ方法を、最初に発見したと言っていました。繋ぐという言葉が一致した」
カルロはしばらく俺を見た。
「正確かどうかはわからない」
カルロは続けた。
「ただ、的外れではないと思う。今の魔法体系では、個人の魔力とマナを繋ぐことで魔法が発動する。始祖が最初にそれを可能にした。だがその繋ぎ方は、始祖が本来意図したものとは、違うかもしれない」
「本来の繋ぎ方とは、何ですか」
「わからない」
カルロは言った。
「ただ器が橋となれ、という言葉が気になる。橋は、二つのものを繋ぐためにある。器が橋になるということは、今は繋がっていない何かが、将来繋がる必要があるということだ」
エリナが静かに言った。
「それが、セインの研究記録の最後に書いてあったこととも、関係しているんですか。世界の魔法体系が変わるって」
「可能性はある」
カルロは頷いた。
「セインはあの研究記録を書いたとき、まだ始祖の遺跡の内容を知らなかった。だが、方向性は同じだったのかもしれない」
「つまり、セインも同じものを目指していた」
アルクが言った。
「人間と魔物を融合させる研究も突き詰めれば、今は繋がっていないものを、繋ごうとする試みだった」
「そういう見方もできる」
カルロは続けた。
「ただし、手段が違った。セインは力で繋ごうとした。始祖が示したのは、器が橋となることで繋ぐと、いうことだ」
俺は手のひらを見た。
力で繋ぐのではなく、橋となって繋ぐ。
その違いが、何を意味するのか、まだはっきりとはわからない。
「一つ聞かせてください」
俺は言った。
「何だ」
「今日遺跡の中で、温もりを意識し続けてくれと言いました。それは術式と関係がありましたか」
カルロは少し間を置いた。
「関係があった」
カルロは答えた。
「始祖の時代の術式は、今の魔法とは少し仕組みが違う。通常の魔力だけでは安定させるのが難しい。だが、始祖の器が近くにいて魔力を意識していることで、術式が反応しやすくなる」
「俺の存在が、封印の安定化に役立ったということですか」
「そうだ」
カルロは続けた。
「レイもお前が近くにいることを、計算に入れていたかもしれない。だからお前を、遠ざけようとしなかった」
俺は少し考えた。
レイは俺を遠ざけなかった。むしろ、そのまま広間にいることを容認した。
「レイは最初から、俺に封印の安定化を手伝わせるつもりだったと、いうことですか」
「確認していないが、可能性はある」
カルロは続けた。
「レイは頭が良い。一つの行動で複数の目的を達成しようとする」
「術式の写し取りと封印の安定化、俺の能力の確認を同時にやろうとした」
「そういうことだ」
アルクが静かに言った。
「レイは侮れない相手だ」
「敵ではないかもしれないが、単純に信用もできない」
俺は言った。
「今日は約束は守った。だが次は、わからない」
「その通りだ」
カルロは立ち上がった。
「ただ、一つだけ言える」
「何ですか」
「レイがセインに会ったとき、何かが変わるかもしれない」
カルロは続けた。
「私がレイに言ったことを、レイがどう受け取るか。それがわかるまでは、判断を保留する」
俺は頷いた。
カルロが扉に向かった。
「今夜は休め。明日、ランドルに向けて出発する」
「はい」
カルロが出ていった。
エリナが少し息を吐いた。
「難しい話だった」
「難しかった」
「ゼロはわかった?」
「全部ではない」
俺は正直に言った。
「ただ、方向はわかった」
「どんな方向?」
「俺がここにいる理由が、少し見えた気がする」
エリナは少し考えてから、俺を見た。
「橋になる、ということ?」
「まだわからない」
俺は続けた。
「ただ、破壊のためではなく繋ぐためという言葉が、今の俺には合っていると思った」
「なんで?」
俺は少し考えた。
「力で解決したことより、話して解決したことの方が、この二ヶ月で多かった気がする」
エリナが少し笑った。
「確かに」
エリナは続けた。
「石投げよりもあなたの言葉の方が、いろんなものを動かしてきた気がする」
アルクが立ち上がった。
「休もう。明日は長い道のりだ」
部屋に戻り、ステータス画面を開いた。
ゼロ Lv.9
HP:37/37
MP:20/20
筋力:12 敏捷:15 魔力:7 耐久:10 知力:17
スキル:なし
備考欄:◇◇◇◇◇◇
耐久が10になった。人族平均に届いた。
魔力はまだ7。平均の10まで、あと三つ。
始祖のメッセージ。器は橋となれ。
俺はステータス画面を閉じた。
橋がどんな形になるのか、まだわからない。
ただ今日一日で、感じたことがある。
遺跡の中で術式を見たとき、「懐かしい」と感じた。理由はわからない。だが、その感覚は本物だった。
始祖の魂が俺の中にある。その魂が、百年以上前に自分が残したものを、懐かしいと感じた。
それだけは、確かだと思った。
**次回・第44話「帰路、五日間」**
> ランドルへの帰り道、五日間の旅の中で、五人の関係が少しずつ変わっていった。そしてセルマが、ランドルまで一緒に戻る理由を話した。
始祖のメッセージ「器は橋となれ」、ゼロの物語の核心に触れる回でした。力で解決するのではなく、繋ぐことで解決する。ゼロらしい在り方が少しずつ見えてきた気がします。レイというキャラクターも、まだ動きそうです。
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