第2話 「Fランクの現実」
冒険者ギルドというものは、どこの街にも必ずあるらしい。
エリナがそう教えてくれた。歩きながら、彼女はよく喋った。一人でいる時間が長かったせいか、話し相手ができたことが嬉しいのかもしれない。俺は聞き役に徹しながら、できるだけ多くの情報を頭に入れた。
この世界の名前はアルディア。人族、獣人族、エルフ族など複数の種族が共存しており、魔物と呼ばれる危険な生き物が各地に生息している。冒険者とは、その魔物の討伐や物資の調達を請け負うことで生計を立てる者たちのことだ。ランクはFから S まであり、Fが最低、Sが最高。ランクは依頼をこなすことで上がっていく。
「あなた、冒険者登録したことある?」
エリナが聞いてきた。
「ない。というか、記憶がないから何もわからない」
「じゃあ今日登録しなさい。この世界で身分証明になるのはギルドカードか貴族証明書かのどちらかだから。あなたみたいに何も持ってない人間は、ギルドカードを作るしかない」
なるほど。合理的だ。
エリナに連れられて街に入った。門番にとがめられるかと思ったが、エリナが「新人の案内をしている」と言うと、あっさり通してくれた。街の名前はランドル。人口は五千人ほどの、中規模の街だという。
石畳の道。木造と石造りが混在する建物。行き交う人々の服装はまちまちで、旅人風の者もいれば、鎧を着込んだ者もいる。露店では見慣れない果物や干し肉が売られていた。
全部が初めて見るものなのに、なぜか懐かしい感じがした。前世の記憶のどこかに、似たような風景があったのかもしれない。
冒険者ギルドはすぐにわかった。街の中心部にある、一際大きな建物だ。看板には剣と盾を組み合わせた紋章が描かれている。扉を開けると、煙草と酒と汗の混ざった匂いが鼻をついた。
広い。
一階はほぼ全面が酒場と休憩スペースになっており、昼間だというのに冒険者らしき人物が数十人はいた。奥にカウンターがあり、受付嬢が数人並んでいる。壁には依頼書が貼り出されたボードがある。
エリナが慣れた足取りでカウンターに向かった。俺もついていく。
「登録をお願いします。この人、新規で」
受付嬢が俺を見た。二十代前半くらいの、赤髪の女性だ。愛想のいい笑顔を浮かべているが、目が一瞬、俺の全身をスキャンした。値踏みするような視線。
「お名前は?」
「ゼロ」
「苗字は?」
「ありません」
受付嬢は少し眉を上げたが、何も言わずに書類を取り出した。名前、年齢、種族、出身地を記入する欄がある。年齢と出身地は空白にした。受付嬢は何も言わなかった。こういうケースは珍しくないのかもしれない。
しばらく待つと、一枚のカードが出てきた。木製の、手のひらサイズのカード。表面に俺の名前と、ランクを示す文字が刻まれている。
ゼロ Fランク
「登録料は初回無料です。ただし、最初の一ヶ月以内にF級依頼を三つ以上完了しないと、自動的に登録抹消になります。ご注意ください」
「わかりました」
カードを受け取った瞬間、背後から声がかかった。
「おいおい、また新入りか」
振り返ると、テーブルに座っていた男が俺を見てにやにや笑っていた。三十代くらい、体格のいい男だ。隣に二人の仲間を連れている。胸元のカードにはCランクの文字が見えた。
「兄ちゃん、ステータスどんくらい?」
答える義理はない。黙っていると、男は立ち上がって近づいてきた。
「まあそんな睨むなよ。新人に洗礼をくれてやろうと思っただけだ」
そう言って、男は俺のカードを覗き込もうとした。エリナが間に入った。
「やめてください。この人は私が案内してる人です」
「エリナちゃんか。相変わらず世話焼きだな」男は肩をすくめた。「まあいいや。兄ちゃん、一つだけ教えといてやる。Fランクってのはな、人間のランクじゃない。モンスターのランクで言えば、スライム以下だ。この街で一番弱いのがお前だってこと、忘れるな」
男は笑いながら戻っていった。仲間も一緒に笑っている。
俺は何も言わなかった。
怒りがないわけじゃない。ただ、男の言っていることは事実だ。今の俺のステータスで言えば、確かにスライム以下かもしれない。事実を指摘されて怒るのは、ただの感情の無駄遣いだ。
「気にしないで」エリナが小声で言った。「ロックスはああいう人だから」
「気にしてない」
俺は依頼ボードに向かった。
F級の依頼が十数枚貼られている。薬草の採取、害虫の駆除、荷物の運搬、道の清掃。戦闘を伴わない依頼がほとんどだ。報酬は銅貨数枚程度。
その中に一枚、気になる依頼があった。
【F級】森の東区画における薬草「ブルーリーフ」採取
報酬:銅貨8枚
備考:単独不可。二名以上で受注のこと。スライムウルフの目撃情報あり
俺はその依頼書を手に取った。
「これにする」
エリナが覗き込んで、少し目を見開いた。
「スライムウルフが出るって書いてある。さっき逃げたばかりじゃない」
「だから行く」
「……は?」
「逃げたままにしたくない」
エリナはしばらく俺を見ていた。それから、小さくため息をついた。
「わかった。私も行く。二名以上って書いてあるし」
「助かる」
「でも一つだけ約束して」エリナの目が真剣になった。「無理だと思ったら、すぐ逃げること。死んだら終わりだから」
俺は頷いた。
「それはわかってる」
カウンターで依頼書を提出し、受理のスタンプをもらった。赤髪の受付嬢が、少し心配そうな顔をした。
「スライムウルフは、Fランクには少し荷が重いですよ」
「承知の上です」
受付嬢は何か言いかけて、やめた。それ以上は止めないのがギルドのルールなのだろう。
俺とエリナはギルドを出た。
午後の日差しが石畳に落ちている。二つの太陽は今、少し角度がずれていて、影が二本になっていた。
歩きながら、俺はステータス画面を開いた。
名前 :ゼロ
レベル:1
HP :12/12
筋力 :3
敏捷 :4
知力 :6
スキル:なし
今の俺に武器はない。魔法も使えない。あるのは知力6と、観察眼だけだ。
スライムウルフを倒す方法を、歩きながら考え始めた。
正面からは無理だ。力では絶対に負ける。ならば、力を使わない方法を探す。習性を観察する。弱点を見つける。地形を利用する。
知力6の頭を、フル回転させる。
それが今の俺にできる唯一のことだった。
次回・第3話「観察と罠」
武器も魔法も持たないゼロが選んだ戦い方は、冒険者たちの常識を少しだけ、狂わせることになる。




