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神に何も貰えなかった転生者、実は成長上限がありませんでした  作者: Nagiousen


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第1話「名もなき目覚め」

目が覚めた瞬間に、俺は二つのことを理解した。


 一つ目。自分がどこにいるか、まったくわからない。

 二つ目。自分が何者なのか、これもまったくわからない。


 天を見上げれば、空は緑がかった金色だった。

太陽に相当するものが二つ浮かんでいる。

風は冷たく、湿っていて、どこか腐った木の匂いがする。

俺が寝ていたのは地面の上で、背中には根の感触があった。

巨大な木の根だ。

幹は俺の背丈の十倍はあろうかという太さで、見上げても頂上が見えない。


 森、だ。

だが、俺の知っているどんな森とも違う。

待て。俺の知っている森。その記憶はどこにある?

頭の中をまさぐる。

出てこない。


森の記憶だけじゃなく、何もかもが出てこない。

名前は? 生まれた場所は? 家族は? 友人は? 昨日、何をしていた?

 空白だ。

 ぽっかりとした、恐ろしいほど完全な空白。


 俺は自分の手のひらを見た。傷一つない、細い手だ。若い。十代の後半か、二十代の前半か。手の甲に静脈が浮いている。リアルで、確かに生きている手。だが、この手が誰のものなのかを、俺は知らない。


「……俺は、誰だ」


 声に出してみた。声変わりは済んでいる。思ったより低い声だった。

 答える者は、いない。


 森の奥から鳥の鳴き声が聞こえる。いや、鳥ではないかもしれない。音が奇妙だった。三つの音程を同時に出しているような、不自然な響き。現実の鳥にはない鳴き方だ。


 俺は立ち上がった。足がふらつく。どれくらい倒れていたのかはわからないが、体は限界に近かった。腹が減っている。のどが渇いている。体中が痛い。服は薄い布一枚で、防寒の機能はほとんどなかった。


 ポケットを探る。何もない。武器も、食料も、金も、身分を示すものも何もない。

 完全な、無だ。


 そのとき、視界の右端に何かが浮かんだ。

 半透明の、青白い光の板のようなもの。

 俺は思わず後退りしたが、それは俺の動きに合わせて追ってくる。逃げられない。ゆっくりと、俺の正面に陣取るように位置を変え、そこに静止した。


 文字が書かれていた。


 【ステータス確認】


 名前 :---

 年齢 :不明

 種族 :人族

 職業 :なし

 レベル:1


 HP :12/12

 MP :3/3


 筋力 :3

 敏捷 :4

 魔力 :1

 耐久 :2

 知力 :6


 スキル:なし


 称号 :なし


 備考 :◆◆◆◆◆◆(解読不能)


 見た瞬間に、俺は全部を理解した。


 ここは異世界だ。

 転生した、のだろう。おそらく。元の記憶がないから確証はないが、このステータス画面というものが自然に読めて、その仕組みが当然のものとして脳に入ってくることから考えると、前世の何らかの知識がここに流れ込んでいるのだと思う。


 そして、俺のステータスはひどかった。


 レベル1はまあいい。転生したばかりなら当然だ。だが、筋力3、魔力1という数値は、普通の人間の平均値が10であることを考えると、目も当てられない。知力だけが6あるのが唯一の救いだが、それだって平均以下だ。


 スキルは、ない。

 称号も、ない。


 そして名前の欄が「---」になっている。記憶がないから名乗れる名がない。システムもそれを認識しているらしかった。


「最悪だ」


 そう言って、俺は苦笑しようとした。だが笑えなかった。笑う余裕が、まだない。


 備考欄の「◆◆◆◆◆◆(解読不能)」が気になった。何かが書かれているのに、読めない。なぜ読めない。この世界の言語は問題なく理解できているのに、その部分だけが黒く塗りつぶされたように、意味をなさない記号として表示されていた。


 まあいい。今はそれより、生き延びることを考えなければならない。

 水を探す。食料を探す。安全な場所を見つける。

 俺は歩き始めた。ステータス画面は俺が意識をそちらから外すと、自然に消えた。


 森の中は薄暗かった。光は木々の隙間から差し込んでいるが、二つの太陽が重なっているせいか、影が奇妙に二重になっている。足元には見慣れない植物が生い茂り、踏むと青白い液体が染み出してくるものもあった。毒かもしれない。触れないようにした。


 五分ほど歩いたとき、川の音が聞こえた。

 近づくと、幅三メートルほどの川があった。水は透き通っていて、底の石が見える。飲めるかどうかはわからないが、選んでいる余裕もない。両手で掬って口に含む。


 冷たい。そして、甘かった。


 微かに、果物のような香りがする。毒じゃない、たぶん。少なくとも今の俺の貧弱な知識では判断できないが、口にした瞬間に体が欲していると感じた。三口、四口と飲む。少しだけ、力が戻ってくる気がした。


 川のほとりで一息ついたとき、対岸の茂みが揺れた。

 俺は動きを止めた。

 ゆっくりと、茂みの中から何かが出てくる。

 犬のような形をしていた。だが、毛並みは赤黒く、目は四つあり、口からは緑色のよだれが糸を引いていた。体高は俺の腰ほど。


 俺はステータス画面を呼び出し、その生き物に意識を向けた。


 スライムウルフ Lv.3

 HP:28/28

 危険度:F(最低)


 Fランクのモンスター。最弱の部類だ。

 だというのに、俺の体は震えていた。

 本能が告げている。こいつに噛まれたら、今の俺では死ぬ、と。


 スライムウルフはゆっくりと川を渡り始めた。水に入ることを恐れていない。四つの目が、じっと俺を捉えている。


 武器はない。魔法も使えない。筋力は3。

 俺にできることは一つだけだった。


 逃げる。


 振り返り、来た道を全速力で走る。足がもつれる。転びそうになりながら、木の根を飛び越え、茂みを掻き分け、ひたすら走った。


 後ろから足音が追ってくる。速い。俺より確実に速い。

 追いつかれる。


 そう思った瞬間、俺の足が何かに引っかかった。

 地面に激突する。泥だらけになりながら顔を上げると、スライムウルフが飛びかかってくるのが見えた。

 終わった、と思った。


 だが。

 ウルフの軌道が、唐突に逸れた。

 横から何かが飛んできて、ウルフの側面に命中したのだ。石だ。人の手ほどの大きさの、丸い石。ウルフはよろめき、四つの目を飛んできた方向へ向けた。


 俺もそちらを見た。

 木の上に、人がいた。

 少女だ。十五、六歳くらいだろうか。ボロボロの布を身にまとい、短く切った黒髪が風に揺れていた。手にはもう一つ石を持っている。目が合うと、彼女は小声で言った。


「早く立ちなさい。次の石を投げたら、絶対に走って」


 俺は立ち上がった。

 少女が石を投げる。ウルフが怯む。


「今!」


 俺は走った。

 少女も木から飛び降り、並走してくる。ウルフが再び追ってくるが、しばらく走ると、その足音が遠ざかっていった。縄張りの境界を越えたのかもしれない。


 俺たちは大きな岩の陰に身を潜め、しばらく息を整えた。

 少女が俺を見た。警戒と、それから微かな好奇心が混ざった目だった。


「あなた、どこから来たの」


「わからない」と俺は答えた。「記憶がないんだ」


 少女は眉をひそめた。


「名前は?」


「それもない」


 しばらく沈黙が続いた。少女は俺をじっと見て、何かを判断するように目を細めた。そして言った。


「じゃあ、今つけなさい。名前がないと、この世界では生きていけないから」


 俺は少し考えた。

 記憶はない。過去もない。持っているものは何もない。ゼロだ。文字通り、何もないところから始まる。


「ゼロ」と俺は言った。「俺はゼロだ」


 少女は一瞬、何かを言いかけて、やめた。代わりに小さく頷いた。


「私はエリナ。……よろしく、ゼロ」


 こうして俺の、何もないところからの出発が始まった。


 このとき俺は知らなかった。自分のステータス画面の備考欄に書かれた、解読不能の文字が何を意味するのかを。

 それが読めるようになるのは、ずっと後のことだ。


(第1話 了)


次回・第2話「Fランクの現実」


冒険者ギルドの門を叩いたゼロを待っていたのは、嘲笑と、そして思いがけない出会いだった。

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