ブラムとお喋り 2
「ヴァルトルーデ様。お二方ともお見えです」
ルーカスの声に「お通しして」と返し、立ち上がる。
扉が開いてすぐ、部屋に入ったマティアス様と目が合った。私を見て少し和らいだ眼差しを嬉しく思う。
「待たせたか?」
「ちょうど時間通りです、マティアス様。リートベルク卿も、ようこそお越しくださいました。」
可愛いお客様は彼の隣をとことこ歩いていて、私を見上げて「にゃう」と返事をしてくれた。可愛い。
ここから先は話し声が外へ届くといけないから、扉がきちんと閉まった事を目で確認した上で席についてもらった。
私の向かいにマティアス様、誕生日席にあたる位置にはリートベルク卿専用にテーブルを用意して、席となるクッションと彼のために用意した料理を並べている。
まだフードカバーをかけているけれど、リートベルク卿は既に目をまん丸にして興味津々の様子だ。美味しそうな匂いがしているのでしょう。
ああ、どきどきする。
ちらりとマティアス様を見やったら、わかってると言わんばかりにくすりと微笑み返された。
子供を見るような目をされて恥ずかしいけれど、仕方ないと思う。マティアス様にとっては日常でも、私にとっては初めての機会なのだから。
一つ咳をしてリートベルク卿に向き直ると、彼もクッションの上でちょこんと座って姿勢を正してくれた。
そっと手を伸ばして撫でてみたい、そんな気持ちを抑えて微笑みかける。
「今日は、あの時の御礼をさせて頂きたくてお呼びしました。突然姿を現した私の、それも急なお願いにもかかわらず、マティアス様に手紙を届けてくださった。本当にありがとうございました。」
「にゃあ~お、うみゃうにゃぁ」
「《困っているお嬢さんの頼みだ、当然の事だよ。》」
「っ!?」
あまりに驚いて息を呑み、つい見開いた目は勝手にマティアス様を見てしまう。
私の様子がおかしかったのか、彼は顔を背けて「くっ」と吹き出した。王女らしくない振る舞いなのは重々承知の上だけど、でも今は、今日ばかりは見逃してほしい。
大きい声を出さないように気を付けながら問いかける。
「マティアス様!りっ、リートベルク卿は、そういった話し方なのですか!?」
「ああ。彼は…」
「にゃおん。」
「《私は紳士だからね》、だそうだ。」
「わぁあ……!なんでしょう、この感動は……!」
ちょっぴり誇らしげに胸をそらしているのも可愛らしくて、魔物だという事をつい忘れてしまいそうなほど。
マティアス様には「鳴き声と一緒に人間の声としても聞こえる」らしいとは知っているけれど、それはどんな声なのかしら。
とても気になる、でも今はそれより先にすべき事がある。
今日のために普段彼の食事を用意しているシェフを訪ねて、せっかく一緒にメニューを考えてもらったのだ。早く食べてもらいたい。
いそいそとフードカバーを外してみせると、明らかに嬉しそうな鳴き声を上げてくれた。
「怒鎚鱈をメインに、お好みと聞いたものを用意してみました。」
「《なんとも美味そうな匂いだ。ありがとう、早速頂くよ。》」
「はい!どうぞお召し上がりください。マティアス様、私達も食べましょう」
「ああ。」
もちろん食材も味付けも違うけれど、こちらはこちらで軽食に手をつける。
リートベルク卿はうみゃうみゃと上機嫌に鳴きながら食べていて、マティアス様が言うには「うまい」「最高だね」を繰り返しているみたい。
「気に入って頂けてよかった…マティアス様も、ご協力頂いてありがとうございます。すごく……すごく新鮮な体験で…!」
「君にそこまで喜んでもらえるなら、俺としても来た甲斐があったな。」
「話の内容だけでなく、聞こえた言葉そのままを教えてくださっているからこそ、リートベルク卿のお人柄…いえ、お猫柄……?」
と、言うのもちょっと違うかしら。つい首を傾げてしまう。
人となり…猫と、いえ「魔物となり」……「性格」だけではなくて、全体的なものを言いたいのだけれど。
「…気質と言いますか、品性というか。どんな方なのかがよくわかります。」
「ふみゃう、にゃ~おにゃ。」
「《マティアスは日頃さまざまな動物の声を聞いているからね。》」
「にっ…にゃんにゃぐわうにゃう、なぉん」
「《口調…言葉選びはその者の知性に大きく依るという事を、よく知っているのさ。》」
「だからこそ、私にもリートベルク卿の言葉を伝えてくださったのですね。」
「ああ。俺自身、初めて会う動物の言葉を聞く時は、毎回なんとも新鮮な驚きがある。」
そう言うマティアス様の視線の先には、私。
ちょうどぱくんと食べた一口サイズのサンドイッチを、もぐもぐごくんと飲み込んで。
「私の時もですか?」
「もちろんだ。君が流暢に『殿下』だの『ご安心ください』だのと話すのを聞きながら、ねずみの中でも知能が高い種なのかと考えていた。」
「賢いかわからない、とも言われた気がするのですが。」
「それは……っふ、その。」
「あっ、やめておきましょう。よくない事を思い出されてしまいそう」
「にゃおん?」
「ブラム、くく…言ってやるな。」
通訳をしてほしい。今私はなんと言われてしまったのかしら。
顔をそむけて肩を震わせるマティアス様はもしかして、お皿に手をついて顔をぶつけた事とか、オレンジの汁が沁みた事とか、お水に飛び込んで溺れかけた事とか、そんな余計な記憶を思い出してしまった?
「マティアス様。」
「ごほん。…失礼、なんでもない。」
なんでもないは無理があるのでは。
そう思ったけれど、すんと真面目な顔に戻ったマティアス様が口を開いたので、ひとまず話を聞く事にする。
「普通のねずみは大体子供くらい…十歳程度の知能だ。それに比べると君は飛びぬけていた。」
「十歳……確かに私が話した事のあるねずみは、それくらいだったかもしれません。」
「なう?」
「…そうか、君は変身していると動物――ねずみの言葉ならわかるのか。そういえば以前、五の塔で云々と話していたな。」
「はい、ねずみの家族とお友達に。」
私が幽閉されていた頃の事だ。
出くわした時はかなり警戒されたけれど、「へんな人間!」とびっくりながらも仲良くしてくれた。
……元気かしら、あの子達。私が塔を出る時、物陰からこっそり見送ってくれたけれど。
リートベルク卿が「にゃんにゃん」と可愛く――いえ、紳士的に何か仰っている。
期待を込めてマティアス様を見やると、考え込んでいたらしい彼がはっとして教えてくれた。
「…《変身魔法の使い手は少ないから、中々すぐ考え至らなかったね。》と言っている。俺も気付けていなかった……君がその話をしてくれた時、あまり冷静ではなかったしな。」
「そうなのですか?ピーナッツを受け取ってくださったのは覚えていますが。」
「カルラに殺されかけたと聞いて、君を質問攻めにしていた。それに確か、君が名乗ったのは五の塔の話のすぐ後だ。今まですっかり忘れていた」
言われてみると、そうだったかも?
小さなルルを見下ろすマティアス様の顔を思い返してみる。
私は言葉が通じないと思って正直に話していたけど、マティアス様には全部はっきり聞こえていたのよね。
「にゃあう、みゃお。」
「《そのうち彼らも紹介しよう、私は同席できないが。》…俺に協力しているねずみ達の事だ。」
「ああ、確かにご挨拶が必要ですね。うっかりお会いしたら、お互い困るでしょうから…」
見知らぬねずみだと追い回されたら大変だ。
私、たとえねずみ相手でも戦闘力は無いに等しいから……餌場の邪魔者とでも思われたら勝てやしないし、ねずみ達だって安心して暮らしたいはず。
「リートベルク卿が同席できないというのは、やはりその…ねずみ達が怖がるのでしょうか。」
「猫型で、魔物だからな。」
「にゃーうなっ。あ~うにゃ。」
「《食べやしないがね。追うのは好きだが。》」
「追うのは好きなんですね……!?」
つい、楽しそうなリートベルク卿に追われる自分を想像してゴクリと唾を飲む。
そうだわ、ちょっと怖いけどこれも聞いておかなくては。
「あのっ……リートベルク卿は、私…変身して小さくなった私の事は、どう思っていますか?」
「にゃあん?みゃう」
「《可愛らしいと思っているよ?どうしたんだい》…ブラム。食用に見えないか不安なんだろう」
「にゃっ!?」
心外だと思ったのか予想外だったのか、リートベルク卿が目を見開いて尻尾をぴんと立てる。
そんな反応になるという事は、私は安心して大丈夫なのかしら。だとしたら、疑って申し訳ない気持ちになってくる。
「みゃおわご、にゃうにゃー。にゃおん!な~うにゃっ、にゃ。」
私とマティアス様を交互に見ながら、何か一生懸命話しているみたい。
どんどん喋るものだからマティアス様も通訳の暇がなく、黙ってリートベルク卿の声を聞いていた。そうしてようやく話が終わり、一つ頷いたマティアス様が私を見た。
「食べたりしないから安心してほしい、と言っている。」
「絶対もっと沢山話されていましたよね……!?」
「総括するとそれで合ってるだろう、ブラム?」
「にゃ」
「《うむ》、だそうだ。」
「そ、そうですか…」
焦って話が長くなってしまっただけなのか、あるいは聞かない方がいい何かを喋っていたのかしら。マティアス様の時間を貰って通訳して頂いている以上、聞く必要のあるなしは彼の判断に任せるしかない。
リートベルク卿には私を食べる気がないという事がわかったのだから、これでいい。
そう考えたところでふと、疑問が浮かんだ。
今まで自然に受け入れていたけれど……よく考えたら、理屈が通らないのではないか。
「あの、リートベルク卿…」
「んな~う、なっ。」
「《ブラムと呼んでくれ、お嬢さん。》」
「…よろしいのですか?」
私はまだ新参者で、貴方はマティアス様のお祖父様の代から城にいらっしゃって。
三代に亘ってアーレンツ王家を見守っている、すごい魔物なのに。
「みゃ。にゃむにゃあ、な~お?」
「《もちろん。君はマティアスの妻になる人で、私の大事な友だろう?》」
「…!ありがとうございます。えぇと、ブラム様?」
「にゃん」
ふるりと一度頭を横に振られ、私はマティアス様を見た。
彼は薄く微笑んで私達のやり取りを見守っていて、目が合うと頷いてくれた。
「呼び捨てでいいそうだ。」
「わかりました。では、ブラムと。」
「なう!」
それでよろしいとばかりにぱちりと、ブラムが片目を瞑る。
茶目っ気があって紳士的で、可愛らしい。自国を離れて嫁ぐ私にとって、この方もまた、アーレンツでの心強い味方だ。
こほんと一つ咳をして、居住まいを正す。
聞いてみましょう。一度気付くと気になって仕方がない、謎について。
「マティアス様は、魔法を使って貴方の言葉を聞いておられますが……反対に貴方はどうやって、私達の言葉を正確に理解しているのでしょう?」
おまけ:あの時の翻訳
「…ブラム。食用に見えないか不安なんだろう」
《何だって!?確かに泣鼠が好物だしねずみは楽しい玩具だ、小さい時のお嬢さんはついぱくんとくわえたくなる大きさだね。でも食べやしないさ!私は血のついた生肉より調理後の整えられた食べやすさを好むし、分別もある。》
「食べたりしないから安心してほしい、と言っている。」




