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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮
後日談など

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ハムスター化の謎 2.魔法の不調とは



 数日後――情報統括局第三部基地、応接室。


 ケイスの紹介でヴァルトルーデの前に現れた女性は、百八十センチ近い長身だった。

 ドレスでなく文官服を着ており、彼女のすらりと長い手足にはよく合っていてる。

 

「レノーイ伯爵家のシルフィアと申します。お目にかかれて光栄です、王女殿下。」

「こちらこそ、お会いできて嬉しいわ。よろしくね」

「はい。」

 横は短く、後ろは背中まで伸ばしたココアブラウンの髪を一つにまとめ、透き通るような水色の瞳。切れ長の目で鼻は高く、その笑い方は淑女というより紳士のようだった。

 自身の婚約者が隣にいても、ケイスは照れるでもはにかむでもなく、普段と変わらぬ仕草で眼鏡を押し上げる。


「ヴァルトルーデ様。彼女はガルニカ共和国、ネルヴァル公国、セヴァネン王国、ヴァレンティノ帝国……以上四つの国の言語を習得しています。主に魔法にかかわる書類・書籍の翻訳担当です」

「セヴァネン王国まで?それも魔法関連とは…専門用語も多いでしょうに、素晴らしいわ。」

「お褒めに与り光栄です。私でお役に立てるのであれば、喜んでお力添えを。」

 シルフィアは丁寧に一礼した。

 情報統括局の職員は入局時に秘密保持契約を結んでいる。

 それはただ騎士団に入るよりずっと細かに規定されたものであり、彼女がヴァルトルーデの相談内容を他者に漏らす事はない。


「では後の事は頼む。」

「お任せを」

 他人がいるせいか、あるいは普段からそうなのか。

 まるでシルフィアの上官のように声をかけ、ヴァルトルーデに一礼したケイスは部屋を出て行った。


 ――あのでれでれした顔はやはり、小動物に対してしかやらないのかしら……いえ、今はそんな事を考えている場合ではないわね。


 心の中で頭を左右に振り、ヴァルトルーデは気を取り直して微笑んだ。

 細い指でシルフィアに向かいのソファを勧める。


「どうぞ、座って。」

「失礼致します。早速ですが、今回は固有魔法の中でも、変身魔法についてのお話という認識で合っておりますか。」

「ええ、その通りよ。私に成り代わった者は外見こそ魔法を使っていなかったけれど……あのような目に遭った以上、今後の懸念として詳細を知っておきたいわ。」

 これはマティアスと相談して決めた事だ。

 ヴァルトルーデが成り代わりの被害に遭った事をシルフィアに開示しておき、変身魔法について探る理由とする。


 シルフィアは「あのような目」の具体的な内容こそ知らないが、王族が成り代わりの被害に遭う、その重大さはよくわかっていた。

 真剣な顔で頷き、用意していた資料をテーブルに広げる。


「固有魔法は人によって様々ですが、姿を変える魔法も大きく分けて二つあります。」

「実体の変化を伴うものと、外見のみを変えるものね。」

「仰る通り。外見のみであれば、触れる事で視覚情報との差異を調べ、それをもって見破るという手があります。しかし背格好や髪型、骨格が似ていて、衣服まで揃えた場合は難しいでしょう。」

 視覚を騙された中では、色の違いを看破する方法がない。

 顔立ちもまた、指先でじっくり触れられる状況は非常に限られる上に、大抵の人間は触覚で顔を判別する技術がない。大差なければわからないだろう。


「人の疑心を招く性質上、変身魔法の中でも完成度が高い使い手は、人々から疎外される事も珍しくありません。はっきり名が残っている方が珍しい……たとえばガルニカ共和国には、こんな童話があります。」


 シルフィアが語り出したことには、ある街に大泥棒がいた。

 どれほど施錠された場所でも必ず盗み出し、鍵は壊される事なく内側から開けられるのだ。幻か、あるいは透明になれる人間でもいるのだろうか。


 血眼になって現場を調べる被害者を嘲るように、ぷんとハエが飛んでいた。

 大事な資金を盗られた男が怒りのままにこれを叩き潰すと、どうしてか見知らぬ女が床に倒れて死んでいた。

 それきり大泥棒は現れなくなり、街は平和になったのだ。


 ――…お、恐ろしい。


 ぞわりと肌が粟立つ心地がして、ヴァルトルーデは軽く二の腕を擦った。

 小型生物になる魔法では、変身後の姿で調子に乗ってはいけない。その理由を端的に表している。


「本当にあった事件かはさておき。魔法の悪用による天罰と、変身魔法は人を騙すものである、というイメージが読み取れます。」

「作った人が好意的でないのは確かね。泥棒の女性がハエに変身する点も含めて。」

「他に、セヴァネン王国では二百年ほど昔……人に変身する魔法を持つ暗殺者がいました。ただし絶対に左右反転してしまうという事で、当時の王宮では必ず左右非対称の装いをするよう厳命されていたとか。」

「……見破れたとして、一対一だと時すでに遅しという事態もありえそうだわ。」

 実際、そういう事もあったのだろう。

 魔法を使って人に成り代わる人間がいる、それも暗殺者だ。その事実がもたらす悪影響は計り知れない。

 警備を増やせば増やすほどに不安は増し、警備を減らせばそれはそれで不安が増す。同じ時代に生まれなくてよかったと、ヴァルトルーデは少しだけ眉間に皺を寄せた。


「変身後の姿が固定のものとは違って、発動条件が何かしら厳しいだろうとは推測されているのですが…。そう、かつてセヴァネンにはその暗殺者の熱狂的なファンがおりまして」

「ふぁ、ファンが……?」

「時としているものです、悪党にも信者が。…後に収監された本人へ取材してまで調べた結果として、その男は、変身する対象の目を近距離で一定時間見続ける必要があったとか。」

 本当かどうかは不明ですがと、シルフィアは付け加える。

 既に本人は死亡し、書いたのも信者めいた変わり者だ。真偽不明なのは仕方がない。


「好意的に名が残ったのはガルニカの曲芸師ギジェルミーナや、ヴァレンティノの英雄《狼男》ヴィットリオくらいでしょうか。ただ、生涯魔法の内容を公にしなかった者の方が多いとは思いますが。」

「そうね……変身に限らず、固有魔法は安易に明かすものではないから。」

「ええ、基本的には。」

 ケイスのような、魔法があると知れていた方が牽制になる場合は別だろう。

 騎士や護衛は戦いの場で魔法を見られてしまうものだ。隠していればそれを知らぬ者に対して不意を突けるが、いずれ知れ渡るのだから懸命に秘匿するのは徒労だ。


「警戒する側としては、変身魔法も時には失敗してくれるといいのだけど。変身が中途半端だとか、不意に変身が解けてしまうとか。そういう話はないかしら。」

「先程の泥棒のように、意識を奪う事で変身が解ける話ならあるのですが……」

「…変身に限らず魔法全般で考えた時、使えていたはずの固有魔法を扱い損ねる例というのは?」

「それならございます。」

 シルフィアが淀みなく答える。

 多いのは強い怒りや深い悲しみのような精神的負荷によるもの、薬や酒による酩酊状態・怪我や病による激痛など明らかに通常と異なる場合だ。


 ――やはり普通は、そのくらいのレベルでなければ魔法の不調が起こらないのかしら。


 マティアスに触れられて焦るとハムスターになってしまう。

 そんな間抜けな不調を起こしているのは自分だけかもしれないと、ヴァルトルーデは心の中で恥じた。顔には一切出さぬよう、落ち着いた表情を心掛けている。


「後は……ネルヴァルの研究者が出していた論文に、使用状況の変化における魔力乱調について記したものがありました。」

「使用状況?」

「ええ。魔法を使う頻度や発動時間が変わったとか、対象範囲を広げたとか……状況という言葉には様々な項目があてはまりますが。たとえば…」

 ちらりと部屋を見回して、シルフィアは青空が見える窓を指した。落ち着いた緑のカーテンが両脇に束ねられている。


「外が常に暴風だったとして、一週間に一度、一秒だけ窓を開ける必要があるとします。それがとある時から、毎日一時間開ける必要が出てしまったら?」

「大事になるわね。少なくとも、この部屋の内装は見直さないと。」

 置いただけの小物や燭台は飛んでいき、壁の絵画に燃え移り、花瓶は倒れて割れるだろう。

 ほんの一秒ならまだしも、一時間もの暴風に耐えうる状況ではない。


「仰る通りです。魔法研究において魔力は、体内に専用の通路があると仮定した話し方をする事が多いのですが、吹き込む暴風は魔力で、この部屋こそは魔力の通路。」

「窓を開け閉めする者は、魔法を使う術者の意識やコントロール力といったところかしら。」

「はい。ゆえに精神的な動揺や負担があると、窓の開け閉めが上手くいかず……開かなかったり、反対にきちんと閉じられなかったりする、というわけです。」

 にこりと微笑んで解説を終えたシルフィアだが、ふと、「変身魔法という議題からは少々逸れたか」と冷や汗をかく。

 元はヴァルトルーデの質問であり、彼女はその程度で怒り出さないだろう事は既に理解しているが、だからこそ、相談にはきちんと応えたかったのだ。

 論文だと何だのの語りが始まって途中からは不要な話だった…などという結果にはしたくない。


 幸いにも、銀髪碧眼の麗しい王女殿下の関心は続いているようだ。

 思案するように目を伏せた、書類の傍らに置かれたティーカップへ手を伸ばしている。喉の渇きを感じたシルフィアもまた、ヴァルトルーデに続いて紅茶を頂く事にした。

 淑やかな王女殿下が、心の中で頭を抱えているとは気付けない。


 ――使用状況の変化、そこへ畳み掛けるような精神負荷!思いきり心当たりがあるわ。


 ヴァルトルーデは元々、ほんの時折、一夜だけハムスター姿で眠るのを楽しむ程度だった。

 父に幽閉されてからハムスター姿で走り回ったりもしていたが、変身時間はせいぜい日に数時間あるかどうか。頻度としては一、二回。


 それが、カルラに襲われてハムスターになってからはどうか。

 変身しっぱなしの期間が続き、かと思えば短時間だけ人間に戻ったり、またハムスターになったり。

 そんな中でもどうにか耐えていたのだろうが、カルラの件が片付いた事で、緊張感が薄れてしまったのも原因の一つかもしれない。駄目押しとしてマティアスとの触れ合いに耐え切れず、暴発しているのだ。


「……勉強になったわ。私の周囲では、あまりそういった失敗を聞いた事がなくて。」

「殿下は王族であらせられるので……未熟と見られがちな魔法の失敗を吐露できる者も、中々いないかと。そもそもが、そういった変化を経験しない者も多いでしょうから。」

「ええ。固有魔法の持ち主かつ、魔法を公にしていて、急激な変化に耐えうる魔力量があり、人が見ている場で失敗するか、あるいは私に直接失敗談を言えるような人でなければ……話さないでしょうね。」

 そんな人はいない。

 ヴァルトルーデの不調を知っているのは現状マティアスのみだが、彼もまたそんな失敗談を聞く機会がなさそうな王族である。


「ちなみにその論文には、解決方法も記されていたのかしら。」

「そうですね。まぁ至極単純なものではありますが」

 細かく聞いてくれるヴァルトルーデの姿勢をありがたいと思いながら、シルフィアは微笑んで答えた。


「慣れです。」




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