春川くんと赤城くん
昼休み、今日も天に近い屋上で弁当を広げる。すると、朝ぶりの春川が屋上の入り口から顔を出した。
「伊織先輩、今日も一緒に良いですか」
伊織は少し戸惑いつつも、こくりと頷いた。春川は隣へやってくると、伊織と同じように弁当を広げていく。その横顔は昨日よりもずっと元気そうに見えるのは、さっぱりとした髪型のせいだけではないだろう。きっと自分の魅力を理解して自信がついたのだ。
「髪型、みんなに褒められただろ」
「まあ、ちょっとだけ」
「すごく似合ってるもん」
「でもみんな、見た目だけで離れたり、寄って来たり、嫌な感じです」
「そうだよな。まぁ、俺も可愛くなったなと思っちゃったけど」
「先輩に可愛いと思われるのは大歓迎です」
春川は伊織に笑顔を向けると、「伊織先輩のことが、大好きなので」と言った。それに対しては、ひとまず愛想笑いを浮かべることしかできない。どうして春川が伊織のことを好きなのか、一晩経っても伊織にはさっぱりわからなかったのだ。確かに春川を不良から助けようと努力はしたけれど、どう考えても結局中途半端だったはずだ。
「なんで好かれてるのかなって、考えてますね」
心を読まれていたことに驚いて慌ててコクコクと頷くと、春川は校庭の方を指差した。
「最初は、先輩がサッカーしてるところを見て、素敵だなと思ったんです」
「そうなの?」
「体育祭で、先輩はシュートを空振りしてました」
伊織にとって微妙な思い出が蘇る。あの後きちんとゴールを決めたはずだけれど、人から言われるのは空振りのことばかりだった。
「見られてたの、恥ずかしいな」
「でも、頑張ってるところがすごくキラキラして見えて、それで一昨日助けられて、運命だなと思いました」
どちらも鈍臭さを披露していて、あまり良い思い出ではない。でもその話をしている春川は嬉しそうで、彼が嬉しいなら伊織はなんでも良いかもしれないと思った。
「俺が伊織先輩と付き合いたいって言ったこと、考えてくれましたか」
「あ、それは、えっと」
「敵にあの如月くんがいるんだと思って、最大限努力しようと思ったんです」
「う、うん」
「おかげで自分の殻を破れました」
「そうなの」
「これが僕の精一杯なので、もし先輩が如月くんを選んでも後悔はありません」
伊織を見つめる瞳はキラキラと輝いている。なんて魅力的なのだろうかと思った。きっと彼は本気でこんな伊織を想ってくれているのだ。だからこそ、伊織は何も言えなかった。今は何を言っても軽率なように思えたのだ。
「先輩がどんな選択をしても、僕はずっと先輩が好きです」
優しい目で見つめられながらひたすらに考える。こんなに悩ましいのは生まれて初めてだった。一体何が正解なのだろう。伊織に好意を伝えてくれた凛も春川も、とっても素敵な男の子だ。自分を卑下するわけではないけれど、伊織には勿体無いとすら思う。きっと彼らのことを好きな可愛い女の子がたくさんいるのに、伊織の何が良いのだろうか。それがわからないなりにも、伊織は何かしらの答えを出さなければいけない。だからひたすらに考えて、そして伊織は決めるのだ。
伊織はそっと天を見上げた。ジンに相談したくて堪らない。でも、これはもしかしたら伊織が自分で答えを見つけるべきことなのかもしれない。伊織はそう考えて、弁当箱を左手に、箸を右手に持つと、ご飯を思い切りかき込んだ。
*****
伊織は考えた。ひたすら、考えて考えて、考えすぎて、放課後アルバイト先である喫茶店へ向かう途中で歩けなくなった。冗談ではなく、頭からはプシューッと湯気が出ているに違いない。人の波を避けて、街頭脇の花壇の横にふらふらとしゃがみ込んだ。人から好かれるということは確かに嬉しい。でも、それ以上に苦しくて仕方がない。人生で初めての恋愛の悩みに、伊織は今日何十回目かの溜息をついた。しゃがみながら視線を落として、花壇に咲くよくわからない花を見つめる。可愛くて華やかで、平和で羨ましい。きっと悩みなんて何もないのだろう。
そうやってしばらくぼんやりしていたら、後ろから突然肩を叩かれた。ビクリと驚きつつ振り返った先にいたのは、学ラン姿の赤城だった。
「どうした」
心配そうに目を覗き込まれると不思議な感覚になった。あんなに嫌なやつだと思ったのに、今朝の行動しかり、もしかして不良ぶっているだけなのではないだろうか。
「ちょっと、考えすぎて」
「なにを」
「色々と」
伊織はそう言って、もう一度大きな溜息をついた。すると、赤城の手が伸びてきて、伊織の額に充てられる。大きくて無骨な手は、想像以上に優しい。
「なんか、熱ありそうだけど」
「嘘だ」
「本当だって」
「熱ならこの前出したばっかりだもん」
「へぇ」
「赤城くんが凛と俺を囲んだ時、雨に降られたせいでね」
「それは……、なんか悪い」
叱られたような顔で素直に謝る赤城が面白くて、伊織は少し元気が出た気がした。
「良くないけど、もう良いよ」
伊織がそう言って笑うと、赤城もぎこちなく口角を上げる。よくみると一重瞼に鼻筋が通っていて、男らしいってこういう顔をいうのかもしれない。きっと女の子にもモテるのだろうと思ったら、同時に伊織が抱える問題を思い出した。一瞬忘れかけていたけれど、今現在伊織がモテすぎている件について、きちんと考えないといけない。でも今はとにかくアルバイトに行かなければならないのだ。気合を入れて、勢い良く立ち上がる。その瞬間だった。驚く間もなく目の前が真っ白になる。頭から血の気が引いて、伊織の意識はそのまま完全に途切れたのだった。




