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青い恋と守り神  作者: 月丘きずな
第三章
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決意の朝

 伊織が早く起きてこっそり風呂へ入りリビングへ向かうと、凛がいつものように朝食の準備を整えてくれていた。

「伊織くん、おはよう。今日も可愛いね」

 美しく微笑みながらそう言われたけれど、今日の伊織の髪型は六十点くらいだ。六十点を直してくれるジンはいないから、今日は六十点のまま登校するつもりである。そんな伊織が可愛い訳ない。でも昨日の今日で凛に対してどんな顔をしたら良いのかわからなくて、天井の豪奢なライトを眺めながら「お、おはよう」とだけ返した。

 それから緊張のままに食事をして、もう限界だと凛より早く玄関から出ようと躍起になった。ところが、玄関扉を開ける直前になって背後に現れた気配。恐る恐る振り返ると、そこには伊織のお弁当を持った凛が立っていて、「忘れてるよ」と微笑んだ。

「あ、ありがとう」

 やっと感謝を伝えると、凛は当然のように「一緒に行こう」と言いながら、伊織の隣でローファーを履いたのだった。

 結局一緒になってしまったことに絶望しながら玄関から出て広い庭を歩いていると、ふと門の向こうに人影が見えた気がした。通り過ぎるでもなく、人の家の前に立っている様子が非常怪しい。もしかしたら凛のストーカーかもしれない。そう思い立って、伊織は早足で凛の前へ進み出た。

「凛、何かあったら逃げるんだよ」

 困惑した様子で「なにが」と首を傾げた凛は、門の外を見ると顔を顰めた。その視線を追ってみると、そこには思いがけず見知った顔が立っていた。

「なんだ、赤城くんか」

「赤城くん?」

 伊織の呼びかけに疑問系で答えたのは凛だった。確かに凛からしてみたら、赤城は凛と伊織を傷つけようとした男でしかないだろう。でも伊織からしたら、腹の痛みに悶え苦しんでいた可哀想な病人だった。伊織は門を開けて道路へ出ながら赤城の顔を見上げた。

「おはよう。お腹、大丈夫?」

 赤城は視線を逸らしながら一つ頷いてみせる。

「お前、こんなところでなにしてんの」

 凛がすかさず口を開くと、赤城は視線をさらに明後日の方に逸らして、「別に」とだけ言った。そのくせに、彼は右手で持った何かをズイッと伊織の胸の辺りに押し付けてくる。よくよく見下ろしてみると、それは缶のアイスカフェオレだった。パッケージはアイスなのに、常温のそれに首を傾げる。

「もしかして、長いこと待っててくれたんだ」

 伊織が顔を覗き見ても目が合わない。でも口をぎゅっと噤んだ姿は、もしかしたら何か言いたいことがあるのかもしれない。

「もしかして、昨日のお礼ってこと」

 伊織が聞いても特別反応はなかったけれど、伊織が確かに缶を受け取ったのを確認すると、彼は満足そうな顔で踵を返した。

「赤城くん!悪い仲間と遊ぶくらいなら、商店街の喫茶店にサイダーでも飲みにおいで」

 伊織がその背中に大きな声で呼びかけても赤城は振り返らなかったけれど、去っていく後ろ姿は晴れやかに見える。

「昨日助けたのって、あいつなの」

 凛が眉を顰めながら伊織に尋ねてきた。

「そう。トマトのスーパーの横で蹲ってたから」

「へぇ」

「まあ、きっともう凛を傷つけたりしないはずだよ」

「それはいいけど、伊織くんも手を出されないように気をつけてよ」

「カフェオレくれたんだもん。もう大丈夫だよ」

「そういうことじゃなくてね」

 隣でなにやら小言を言っている凛に適当に頷きながら、伊織はもう一度赤城の後ろ姿を眺めた。本当に元気になってよかった。きっと、彼の家族も安心していることだろう。

 伊織はジンを思い浮かべながら、青い空を眺めた。

(ジン、俺もしかしたらちょっとくらいは良いことしたんじゃないかな)

 しばらくしてもジンの声は聞こえなかったけれど、きっとジンも伊織を褒めてくれるだろう。

「伊織くんは怖いもの知らず」

「そんなことないって。怖いものばっかりだよ」

「ジンのことだって、出会ってからきっとすぐに受け入れたんでしょ」

「あれは小学生の頃だったから、純粋だったんだね」

 凛と会話をしながら通学路を歩いていたら、学校の方から男子生徒が一人歩いてきた。登校時間帯にも関わらず、学校の反対方向にやってくるのは何故だろうか。体格は細身でスラリとしていて、見たことがない生徒だった。さらりとした短髪は小さな顔を引き立てており、どちらかといえば可愛らしい顔立ちが際立っている。だんだんと近づいてきた彼は、伊織と凛の方を見ると小さく右手を振ってきた。

「凛の知り合い?」

「伊織くんの知り合いじゃないの?」

 正面から歩み寄ってきた彼は、伊織たちの前までやってくると当たり前のように立ち止まった。もしかしたら今度こそ凛のファンかもしれない。自宅での出来事同様に凛を庇おうとすると、今回は凛が伊織の腕を掴んでグイッと引っ張った。そして伊織よりも半歩前に出た凛は、相手をまっすぐ見据えている。

「もしかして、春川くん」

 凛の言葉に、目の前の彼はパッと目を輝かせた。

「そうだよ。如月くん、おはよう」

 彼は凛にそう挨拶すると、伊織に顔を近づけた。長い前髪と大きなメガネがないだけで、イメージが全く異なって見える。

「伊織先輩」

 その呼び方をきいて、彼が本当に春川なのだとやっと理解できた。心底安堵しながら「おはよう」と笑ってみせると、春川は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

「髪切ったんだね」

 伊織が頭を指でさし示すと、春川は照れくさそうに前髪を人差し指で摘んで頷いた。

「似合うじゃん」

「ありがとうございます」

 頬を染めても決して背を丸めない彼は、きっと今の自分が好きなのだろう。

「僕、女の子みたいな顔が好きじゃなかったんですけど、伊織先輩のおかげでやっと前髪を、切れました」

「そうなんだ。なんか、俺が照れるな」

 ふふっ、と笑うと、前方にいる凛から小さく舌打ちが聞こえてきた。そして無表情を通り越した氷のような表情で春川を見ている。

「伊織先輩、今度デートしましょう」

「それは」

「それは無理」

 はっきりと答えたのは、伊織ではなく凛だった。凛は伊織の肩を抱き寄せて、伊織と頭をこつんと合わせる。

「伊織くんはね、俺のだから」

 それはなんだか語弊があるなと思っていたら、春川は険しい顔をして凛をまっすぐに見据えた。それから小さく息をついて今度は伊織の目を覗き込んでくる。ジンや凛とは異なるパチリとした瞳がやっぱり可愛らしいなと思った。

「僕は、伊織先輩が言うことしか信じません。それに、諦めません」

 そう言って真正面から微笑まれたら、伊織は無視できなかった。ああ、ちゃんと考えて、ちゃんと答えを出さないといけない。伊織のことを、こんなに真剣に思ってくれているのだ。凛のことも、春川のことも、自分で考えて考えて、そして答えを出そう。伊織がそう心に誓って小さく頷いたら、頭のどこかで(伊織は面食いなんだからね。本当にちゃんと考えるんだよ)と聞こえた気がした。

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