Television Blues 悪魔はアニメがお好き? その1
夢を見ていた……。いや、自分で夢だと言い切るのもおかしな話だが、なんとなく直感したのだ。
朝の淡い光が差し込む中、俺は浅い眠りの中にいた。小鳥のさえずりにわずかに目を開けば、ベッドでまどろむ俺の傍らには、俺には不釣合いなほど美しい、金髪の美女が横たわっていた。
光を浴びた金髪は宝石のように煌めき、その全身は雪のように白く、胸元は豊かな膨らみを湛えている。そして薄いシーツの下の俺達の姿といえば、それが当然であるかのごとく、一糸まとわぬ生まれたままだ。
「ん……」
俺が目を覚ましたのがきっかけとなったのだろう。金髪の美女はもぞもぞと動いたかと思うと、ゆっくりと蒼い目を開ける。
初めは焦点の定まらぬその瞳だったが、ゆっくりと、やがて確かに俺を捉える。そして俺と目が合うと、とろけるような笑顔でにこりと微笑んだ。
その蒼い目を見た俺は、深い海に吸い込まれていくような錯覚を覚える。
そんな俺の思いを感じたのだろうか。美女はさらに悪戯っぽく笑う。
その笑顔を見た俺はたまらない気持ちになり、豊満な胸元とは対照的な細い腰に手を回し、俺の上に乗せるように抱き寄せる。
嫌がる素振りもなく、女は俺の上で眠るように、胸元に頭を乗せる。その拍子にまるで猫のような柔らかい毛が胸元をサワサワとくすぐり、弾力のある胸が俺の下腹部近くに触れる。くすぐったさと柔らかさの入り混じった感触に触発され、俺の股間は彼女の体に突き刺さるかのように天を向いて行く。
昨晩散々に抱いたはずなのに、彼女の魅力には抗えない。
『……。うふふっ……』
しかし、その感触を確かめても女は嫌がる素振りもなく、悪戯っぽく笑う。それどころかまるで、これから起こる出来事を期待しているかのように……。
ならばと俺は彼女の体を抱きしめ、その背を指でなぞるように愛撫していく。彼女もうっとりと身を任せ、その口からは徐々に喘ぎ声が漏れる。
「んん……、む~……、うむぅ~……!」
そう、艶かしい……?喘ぎ……声が……?
「ん?」
体の上に感じる妙な圧迫感と、珍妙な唸り声に俺は目を覚ました。何だか随分と楽しい夢を見ていた気がするが、目を覚ました瞬間にその記憶も曖昧になってしまう。
だが、これ以上なく良い夢だった気がする。そう、例えば俺がこねくり回している、このぷにぷにした感触のような……。
「んん?」
仰向けのまま視線を体に向けた俺の視界に、金色の球体が飛び込んできた。それはまるで、人間の頭頂部のようだ。
「んんん?」
さらに俺は自分の両手が無意識のうちに何かを掴み、こねくり回していることに気付く。
「んんんん?まさか……!?」
俺が両手に力を込めるたびに、奇妙な唸り声を上げる物体、それは……。
「お、お前、なんで俺の上で寝てんだよ!」
そう、俺の体の上で、まるでコアラの赤ちゃんのようにしがみつき眠っているのは、なぜか寝る前に着せてやったTシャツどころか、プリキュンパンツまで脱ぎ捨て全裸になったメルだった。しかも、俺が両手で掴んでこねくり回しているのは、メルの小さなお尻だった。
しかも、若い男が朝起きたばかりの状態といえば……。そう、俺の股間はパンツ越しにでもわかるほど、ガッツだぜ状態だ。
「ヤ、ヤバいって、これはヤバい!」
ありえないとは思うが、こんなところを誰かに見られでもしたら、俺の人生は終了である。
俺は慌てて跳ね起きる。その際に勢い余ってメルをふっ飛ばしてしまったが、うまいこと布団の上に落っこちたのでセーフだろう。てか、なんでコイツは布団に落っこちるほどの衝撃を受けても、平然と寝てられるんだよ!
いや、それ以前にツッコまねばならないことがある。
「てか、何で全裸で寝てんだよ!」
しかし、冷静に考えればこいつはシャツを着ることはできなかったけど、ドレスは普通に脱いでたんだよなぁ。そう考えれば、自分で服を脱げたのは不思議ではないのか。
確かに、雨蘭のことを考えれば幼児の寝相の悪さは理解できる。朝には頭と足が反対になっていることなどざらにあるし、何度腹の上に踵落としを喰らって飛び起きたことか。いや、腹の上はまだマシなほうで、酷い時は顔面に裏拳をぶち込まれて、鼻血を出したこともある。
おかげで完全に目を覚ました俺は、あらためてメルを見る。そして、昨日の出来事が現実であったことを嫌というほど思い知る。いや、けっして全裸の幼女を凝視しているわけじゃないよ?
とはいえ、いつまでもメルを全裸で放っておくわけにもいかないし、俺の股間は朝の生理現象真っ只中である。こんなところを人に見られたら、完全にロリコン性犯罪者の誕生である。
時計を見れば、すでに朝の9時30分を過ぎている。いくら昨夜寝るのが遅かったとはいえ、幼児に夜型生活をさせるのは良くないだろう。いや、悪魔だからむしろ夜型のがいいのか?
「おい、起きろ、起きろよ」
「む~、もうちょっとらから……。ママ……」
「寝惚けてんじゃねえよ!」
俺の叫び声に、ようやくメルは目を覚ます。ぼんやりとした瞳の焦点が定まってくると、目の前の俺を認識したようだ。
「んにゅ……。おはようございます……」
「え!?あ、ああ……。おはようございます」
メルは布団の上に座りなおすと、俺に向かい頭を下げる。つられて俺も頭を下げるが、正直意外だった。メルは挨拶の出来る子だったのだ。いや、むしろ俺の方こそ、こんな起きがけの挨拶をしたのは何年ぶりだろうか。まだ実家にいた頃、それも、せいぜい中学生くらいまでではなかったか。
「てか、何で全裸で寝てんだよ!」
「え?だっていつも、はだかんぼでねてるから」
メルの答えは簡潔だった。
「……。そうか……。とりあえずバンザイしろよ。ほれ、腕を通して。パンツは履けるんだろうな。いや、いい。ほれ、足上げろ。違うって!一つの穴に片足ずつ通すんだよ」
残念ながら、ヨタヨタとしながらかなり怪しい仕草でパンツを履こうとするメルを見かね、仕方なしに手伝う。もちろん、目の前のオマタなど目もくれない。やれやれ、こいつより年下の雨蘭だって、もうちょっとちゃんとしてるぞ?
とはいえ、着るものが一着しか無いというのも問題だ。
「ちくしょう。やっぱ俺が買ってやるしかねえのか。あとちょっとで貯まるところだったのに……」
アパートでも気兼ねなく練習できるようにと、サイレントギターを買うために貯めていた貯金を諦めた瞬間だった。
「ところで、テレビはどこにあるのじゃ?」
「は?」
寝起きの頭がはっきりとしてきたのだろう。プリキュンパンツを履き終えたメルは、大人びた口調に戻ると部屋の中をキョロキョロと見回す。
「もうすぐプリキュンの始まる時間じゃ。そろそろ準備をせねばなるまい」
ああ、そういや今日は日曜か。確かに10時からは、プリキュンタイムだ。
「テレビって……。見りゃわかんだろ?そんなもん無ぇよ。そもそも、なんで悪魔のくせにプリキュンなんか知ってるんだよ。魔界にも日本のアニメが流れてるってのか?そういや、そんなことより契約内容だよ!うやむやになっちまったが、お前と契約することで、俺にどういうメリットとデメリットがあるんだよ?」
俺の言葉にメルはキョトンとし、何を言っているのかわからないという顔をしている。
「え……?じゃあ、どうやってプリキュンみるの?」
「いや、そっちかよ!って、どうやってもこうやっても無ぇよ。そもそも俺はプリキュンを見ねえんだよ。いや、プリキュンどころか、テレビすら持ってないんだからな。そんな事より、契約内容……って、まあいいや、そいつは後回しだ。とりあえず飯食うぞ。俺は昨日の夜から何も食って無ぇんだから腹ペコなんだよ。って、おい?」
俺の言葉の後半あたりから呆けていたメルだったが、徐々にその表情が変わって行く。
「え……?だって、プリキュンみれないって……。で、でも、メルはプリキュンみたいのに……。なんでみれないの?ううっ……。ぐすっ……」
ヤバい!今泣かれれば、アパート中にこいつのことが知れ渡ってしまう。いや、別に無理に隠す必要は無いのだが、まだ心の準備が出来ていない。
グズり始めたメルを見た俺は、必死に考える。だが、どんなに考えようが、テレビの無い俺の部屋でプリキュンを見ることは不可能だ。
そうこうしているうちに、メルの目には大粒の涙が溢れてくる。もはや詰みなのか……。そう思った瞬間、俺の頭にハタと一つの案が浮かぶ。
「そうだ!よぉしメル、これからお出かけだ。プリキュンを見に行くぞ!」




